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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
48/365

第048話

 武も刈田戦で試してみた方法。スマッシュを打とうと体勢が前に行こうとすることを利用して、奥に返すことでのけぞらせて体力を削る。

 武は打ち返すだけがやっとで強くは返せなかったが、吉田の返球は確実にスマッシュをラケットの中心で捕らえていて、高く速く奥へと突き進む。結果、打った後の体勢を強引に戻して返ってきたシャトルを打つことを刈田は迫られた。

 やがて耐え切れずにクリアを打ち、それを吉田がスマッシュで刈田のコートを穿つ。

 その繰り返し。


(あいつと俺の差はやっぱりここなんだ)


 一つ一つのショットの強さ。特にクリアやスマッシュ、ドライブといった力を必要とするショットの場合は部活を通してきて、吉田よりも威力があると自信が持てた。

 だが、バドミントンの強さはスピードと技で決まる。吉田は、技に優れていた。

 ラケットの中央でシャトルを捕らえ、甘い返球がほとんどない。そこから生まれる、シングルスでもダブルスでも変わらない防御能力が吉田の強みだった。その結果は今の試合でも現れている。


(あの刈田を完全に抑えてる。あれはただの防御じゃない。返すコースで攻撃してるんだ)


 返球で相手の攻撃の幅を狭める。詰め将棋のように数手先を見据えて返し、やがて来るチャンス球を物にする。それが吉田のスタイル。武や刈田のように激しくもなく、淡々と勝利への道筋をつけていく。

 その単純な作業の中で、吉田は考え続けているのだ。どうすれば相手に隙が生まれるかを。


(吉田。やっぱり、お前は……)

「強いじゃないの」


 後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向く。傍に由奈がいて現れた人物を見て唖然としている。

 小島は不敵な笑みを浮かべながら吉田と刈田の試合を見ていた。


「上から見るほうがよく分析できると思ってきたけど。さすが吉田香介だな。相手にとって不足なしだ」

「分析、と言いつつ早坂を見にきたんじゃないのか?」

「それもある」


 全く否定しないところに武は少なからず好感を得た。自信がみなぎっているゆえの潔さが良く作用していた。


「だが、ここで見ておいて正解だよ。同じ目線よりイメージしやすいからな」


 小島は武に向けて口を開きながらも、意識はもう吉田の試合にしか向いていなかった。

 今、質問しても条件反射で答えるだけで何を話したかまでは思い出せない。そんな様子を武は想像できてしまう。それは大げさなものだろうが、近しいことをしそうな雰囲気を小島は持っている。


「あの刈田って奴も頑張ってるんだけどな。吉田香介のほうが二枚くらい上だ」

「やっぱりそうかな」

「刈田の武器はスマッシュと体格に似合わないヘアピンの上手さだ。ネット前での攻防になった時に相手にシャトルを上げてもらうためと、スマッシュを取られて前に落とされた時にも攻撃出来るよう磨いたんだろうけどな。どちらも吉田は受け流してる」


 口は動かし目はそのまま。器用な芸当を見ながら武は小島の眼力に驚いていた。おそらくこちらにきて初めて見たはずの刈田のプレイスタイルや得意なショットなどを口にした。武でさえヘアピンのことは思いつかなかった。何度も試合で決められていたにもかかわらず。


(スマッシュの印象が強すぎて、ヘアピンも上手い、くらいにしか思っていなかった……プレイ一つ一つに意味はあるんだ)

「武」


 思考に沈んでいた武を由奈が引き戻す。試合は吉田が優勢のまま進めていた。刈田もすでにスマッシュだけではなくハイクリアやドロップなど全てを駆使して吉田のバランスを崩そうとしていたが、前後左右に動いても吉田の重心は全くずれない。常にコート中央に戻り、磐石の態勢で刈田を迎えうっていた。


「あいつはシングルス向きかもな。はてさて、どっちに来るのやら」


 小島はそう言い残して離れていく。もっと違った角度から試合を眺めるためだろう。武は視線を試合に戻しながら言葉の意味を考える。


(そうか! 中学の試合はシングルスとダブルスどちらかしか出られない。学年別だけが特別。俺は……)


「ポイント! フィフティーンイレブン(15対11)。チェンジコート」


 吉田の小さいガッツポーズを見ながら、武は自分の行く道を考え始めていた。



 * * *



 セカンドゲームも吉田が刈田を徐々に追い詰めていく。どんなに攻めても攻めきれない。たまに豪打が決まりはするが、全体を通して見ると明らかに足りない。更に、後半から刈田の運動量が低下してきていた。体力低下と共にスマッシュの威力も落ち、その機を逃さず吉田が畳み掛けていく。


「ポイント。テンスリー(10対3)」


 あっという間に広がる点差。そのまま決まるかと武は確信していたが、刈田もそこからポイントを奪い返す。


「ポイント。フォーテン(4対10)」


 いまや吉田にある流れを身体を張って食い止めようとする様に、武は心が熱くなる。


(刈田は諦めてない。あれだけの身体だ。もう動くのも肺が痛くなってそうなのに)


 動きに精彩をかきつつも、刈田はシャトルに追いついている。フォームは崩れ、いつでも倒れそうにも関わらず。


(あの刈田の必死さって……そうだ。見たことがある)


 武の記憶の底に埋まっていた、入部当初の映像。そこには金田を相手に必死にシャトルに喰らいつく吉田の姿があった。どんなに劣勢でも諦めることなくラケットを振り続け、身体の悲鳴を意思の力で押さえつける。


「おああああ!」


 腹の底から噴出したような叫びと共に、渾身のスマッシュが吉田のラケットを潜り抜けてコートに突き刺さる。ポジションだけならば十分取れていた。しかし、その威力にラケットが間に合わなかった。


「ポイント。ファイブテン(5対10)」

「一本!!」


 まだシャトルをもらう前からけん制する刈田。その熱意が客席の武の下までやってくる。隣にいた由奈も気迫に身体を震えさせる。


「刈田君。凄いね……」

「ああ。でも」


 言葉はサーブの爆音にかき消される。タイミングを外されて武は口をつぐんだが、言いたかったことはすぐ由奈の前に結果として現れていく。

 吉田のスマッシュが決まる。刈田はドロップに追いつけず、その場に膝をついてしまう。

 体力はもう、意志の力ではどうしようもないところまで来ていた。


「さっきのスマッシュが、最後か」


 武の呟きと審判の試合終了を告げるコールが重なっていた。

 試合を終えた刈田は天井をしばらく見上げていた。武の側からは、その表情はうかがい知れなかったが、微かに笑っているように見えた。それも一瞬で、吉田のほうに視線を戻して歩き出す。コート前で握手を交わし、吉田は勝者のサインを書き、刈田は自分のラケットバックの下へと去っていく。

 勝者と敗者。それまで対等にコートの中にいた二人が、確実に差をつけて離れていく。今までそれが当たり前だと思っていたにも関わらず、武は小さいが確実な切なさを抱いていた。


(これが負けるってことなんだ)


 今になって刈田に負けた悔しさがこみ上げる。それは小学生時代に感じたものと似ているが、一つ違う。

 負け続けたことで一勝も出来なかった悔しさと。

 勝つ喜びを覚えた上での、負けた時の悔しさ。

 勝利を覚えたことで、負けることがどんなに寂しいものなのかを改めて知ることになったのだ。


「由奈」


 不意に話しかけられても由奈は慌てず武のほうを向く。武も由奈の反応を特に見ず、呟いた。


「もっともっと俺は強くなる。絶対強くなって……」

「強く、なって?」


 武の言葉が止まる。その先を口にしたいという思いは出ているが、言葉に出来ない。正確には、言葉を持っていない。

 負けるのが嫌ならば勝つしかない。それは何のためなのかを、まだ言い表せるほど武の中で形にはなっていなかった。


「まだ私達、中一だよ。あせらず考えればいいよ」


 由奈も雰囲気で武の言葉詰まりを察し、優しく語る。それに武は静かに頷き、口を閉ざした。

 次の試合のコールがかかり、小島がコートへと歩いていく。そこでまだ残っていた吉田といくつか言葉を交わしている。小島も吉田も笑っている。その内容はきっと、小島がけん制し吉田が受け流す。そんなものだろうと武は考えた。


「そう、だな。俺もあいつらと同じ場所に立ちたい。まずは」

「そうだね。一度に決めなくていいと思う」


 小島と明光中の安西の試合が始まり、みんなの目が釘づけになる。


(次はきっと、あの場所に。いや。まずは、ダブルスで絶対に行く)


 目標を改めて、決めた当初よりも強い思いで武は確認した。



 * * *



 吉田の試合が終わって三十分が経過していた。その間、一度も目を開けることなく観客席の椅子に腰掛けていた吉田だったが「試合のコールをします」というアナウンスが出たと同時に目を開いた。その場でしばらく黙っていた武はその瞬間を目撃する。驚きが収まらないうちに、吉田は立ち上がって武の横を過ぎていった。


「男子一年シングルス決勝。吉田君、浅葉中対小島君、清華中」


 残るシングルス決勝とダブルスのベスト四。吉田はシングルスでどうなろうともしばしの休憩を挟んでダブルスに入らなければいけない。その体力の消耗は武には想像がつかなかった。

 だから。


「吉田。頑張れ!」


 歩いていく背中にそうとしか声をかけられない自分にもどかしさを感じた武だったが、振り向いた吉田の顔には笑顔があった。


「おうよ。相沢も次のダブルスまで身体温めておけな」


 去っていく吉田の姿に重なるようにかかるアナウンスは、二年生男子シングルスのコール。その後は女子、と次々とファイナルが告げられた。その中には早坂も混ざっている。


「早さんしっかりね!」


 女子の輪の中から抜けてきた早坂と目が合った武は、軽く手を上げて頑張れと同じように言うと、勢い良く上げていた掌を打ち付けられた。乾いた音が響き、女子達も驚いて武と早坂に目線が集中する。


「早く追いついてきなよ」


 そう言葉を残して去っていく早坂を見て心が震える。

 吉田と早坂。コートと観客席。

 それが二人と武のいる場所の差に直結している。先ほど決めた誓いを胸に、武はコートの試合を見る。


(ああ。追いついてやる。まずはダブルスで、だ)


 一年、二年男女のシングルスの決勝が、幕を開けた。

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