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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
45/365

第045話

 力強いシャトルの応酬が繰り広げられる。たまに落とされるドロップや、ネット前のヘアピンもすぐさまハイクリアで飛ばされ、強打で相手コートに沈めようとする。

 刈田の頭の中にあるのは、最後はスマッシュで相手を点を取ること。

 それをこれまでのゲームで確信しているからこそ、武は裏をかいてネット前に落とすというようなことはしない。

 一つは裏をかかれることを予測しているため、よほどバランスを崩されない限り何とかシャトルを捉えることが出来ること。

 もう一つは、それが逃げだと思われたくないというプライドだった。武が持つそれを刈田も持っていると似たタイプのプレイヤーだからこそ理解できる。


(吉田なら力勝負はしないだろうな)


 吉田のスマッシュも速い。その武器で押していこうと思えば出来るだろう。だが、今の武ならば分かる。吉田は勝利にこだわり、あらゆる手を使っていくだろうと。

 スマッシュに固執している自分は勝ちにこだわりきれていないのかもしれない。


(でも――!)


 コート右奥からクロスにスマッシュが突き刺さる。刈田が顔を引きつらせて武をにらみつける。すでに余裕はない。


「ポイント。テンオール(10対10)」

「――っし!」


 左手で拳を作り、腰に引き寄せて気合を入れる。何度かサーブ権を取られながらも遂に追いついた武の士気は高まり続けていた。身体に疲れはあるが、ほとんど感じることなくコートの中を軽やかに動ける。


「一本だ!」


 シャトルを受け取ってすぐに叫ぶ。明らかな挑発。刈田の顔に「このやろう」というニュアンスの歪みが起こった。そのままの勢いで武はサーブを放つ。高く、刈田のスマッシュを誘うサーブ。


(スマッシュをカウンターで返す!)


 その場で爪先立ちになり、ストレートとクロス両方に対応できるように構える。刈田のラケットがシャトルを捕らえる瞬間に、武は予測を立てた。


(右!)


 その予測は的中し、シャトルと武の移動先は重なる。

 違ったのは、その速度だった。


「なっ!?」


 切れのいいクロスドロップ。武が今まで対戦した相手ならば、早坂のフィニッシュショット並。反応してラケットを差し出した武だったが、打ち返してもネットに引っ掛けるのがやっとだった。


「サービスオーバー。テンオール(10対10)」

「ちっ」


 シャトルを刈田に返すと、してやったりという顔が見えた。

 恥ずかしいことをした、などという感情が少しも見えない顔。今までスマッシュの応酬をしてきた相手とは別人のものに武には見えていた。

 その時になって初めて武は、刈田もまた吉田と同じく勝利にこだわっているのだと知った。

 自らのスマッシュ攻勢で押し切れない相手と対戦した時、搦め手を堂々と使う。思考し、相手の裏をかくというバドミントンの性質通りの行動。


(……それも、そうか)


 一回のドロップが武の動きを鈍らせる。強烈なスマッシュに早坂並の切れるドロップ。完全に勘で動けば取ることは可能だろうが、予想は外れて武のいる逆方向へとスマッシュが決まる。


「ポイント。イレブンテン(11対10)」


 自分の中にある闘志の炎が小さくなる。絶妙なショットを決められたこともあるが、刈田との間に同じものを感じた瞬間に突き放されたことが大きい。


(あの体育館の時は勝った、と思う。でも、考えてみれば俺よりもよっぽど吉田に近いやつだったんだ)


 近づいたと思った瞬間、突き放される。常に傍にいる吉田は追いかける対象だからまだしも、刈田とは一度互角の勝負をしている分、精神に受けるダメージは深刻だった。次々と決まるスマッシュも武の自信を削り取っていく。

 更に言えば、同点に追いついてから逆転をしようとした時にあっさりとドロップを決められたことで試合の流れを完全に引き戻されていた。武は気持ちをすぐ切り替えて攻めていれば良かった。

 完全に、試合経験の差が出ていた。


「ポイント。フォーティーンゲームポイントテン(14対10)」

「く、そ」


 同点に追いついたときから一気に追い詰められる。内から生まれた劣等感が焦りを誘発し、思考力を奪っていく。中盤までは感じることの無かった疲労までも身体が訴え始める。

 勝てる要素が、見えない。


(負けたくない、ちくしょう)

「ストップー!」


 その時、耳に届いたのは早坂の声だった。導かれるように顔を上げ、その先に刈田の顔を見つけた時、武の中にあった悔しさが眼光を突きつけさせる。そのままゆっくりと息を吐き、吸い込む。


「ストップ!」


 吸い込んだ空気を惜しげもなく吐き出す。刈田は反則になる手前、腰すれすれの高さでサーブを打った。角度が少なく低く飛んでいくシャトルをサイドストロークで思い切り打ち返す。刈田はその軌道をあらかじめ読み、先回りしてからバックハンドで武の逆サイドに打ち、武もまたバックハンドでネット前に落とす。

 刈田が追いつきヘアピンで運んだシャトルを武はコート奥に飛ばした。

 追い詰められて蘇る動き。武の中には先ほどまでの弱気は消えていた。

 あるのは一つの思い。


(みっともないところは見せられない!)


 目標としている物の視線。顔を上げた時、早坂だけではなく吉田の姿も見つけていた。バドミントンを始めた頃から。そして、中学での自分のパートナー。新旧の仲間の視線を受けて、恥ずかしい試合をすることはプライドが許さなかった。


「うおお!」


 叫ぶだけじゃ移動速度は変わらない。それでも気迫が刈田のインパクトをずらしたのか、スマッシュは普段よりも遅い。それを武は力強く弾き返す。

 逆方向へのクリア。それでも刈田はその巨体を動かして追う。スマッシュまでは無理だったのか、武の左側へのクロスクリアで返した。ストレートでくると思っていた武は一瞬出遅れ、追うも回り込んでオーバーヘッドストロークで打つのは不可能に近かった。


「お……らぁ!」


 それでも武は強引にスマッシュに持っていった。身体を限界まで左側にそり、斜め上から打ち下ろす形にして。中空でのバランスが難しいショットだったが、コートぎりぎりにシャトルは突き進む。刈田が追いつき、ネット前に落としても飛び降りた衝撃を分散させて、すぐに前に飛び込んでいく。

 ヘアピンをすれば引っ掛けると即座に判断し、また後ろに飛ばした。


(落とさなければ……続くんだ!)


 スマッシュを取れないのならば仕方が無い。だが、自分でネットに引っ掛けてしまえば逆転の目さえ潰れてしまう。

 今、出来ることは落とさずラリーを続けて勝機を見出すこと。

 武は自分のやるべきことを見つけた。


「らぁ!」


 刈田のスマッシュをひたすら上げる。シャトルはそれまでとは違って中途半端にはならず、コートの奥へと釘付けにしている。

 しかし、攻めている刈田には余裕がある。武がいくら返してきてもそのシャトルが刈田からサーブ権を奪い返すことは無いからだ。上から下にシャトルを叩きつけていけば、いつかは武の防御を突き抜けられる。その伏線として、徐々に刈田はスマッシュを左右に振り始める。

 クロスもストレートも、武はコート奥へと上げるまま。無論、刈田はこうして後ろに釘付けにしておいて、武が前に落としてくることも予測している。

 だからこそ、いつまでもスマッシュを打ち続ける今の状況に不自然さを感じた時には、すでに遅かった。


「はっ!」


 二十は超えただろう、スマッシュ。シャトルは今までの弾道を逸れて、ネットの真ん中を叩いていた。


「サービスオーバー。テンフォーティーン(10対14)」

「よし!」


 武のガッツポーズと右腕のだるさに、刈田は武の狙いにようやく気づく。

 声には出さなかったが、武は刈田の顔からそれを読み取る。だが、次に見えたのは真っ向から挑もうとする彼の笑み。力勝負を受けてたったということだ。


「一本!」


 武にとって望む展開。だが、それは刈田の土俵でもある。小学生時代から他のプレイヤーよりも巨体だっただけに、刈田のスマッシュは強力で、返せるものは過少だったろう。幼い時は特にスマッシュの速さが実力に結びつく。返せたのは吉田と西村。他にいたのかは武にも分からない。

 ただ、思い浮かんだ二人は真っ向からスマッシュを受け止めることは無かっただろう。巧みにスマッシュを封印させ、放たれてもその防御能力で確実に返す。武は打たせることを選んだがレシーブが上手いというわけでもない。

 だからこそ、これは賭け。

 刈田の腕の体力が尽きるのが先か、押し切られるのが先か。


「らぁ!」


 甘めに浮かんだシャトルが刈田の咆哮に捕らえられ、叩きつけられる。動こうとした武よりも先に落ち、審判がサービスオーバーを告げた。


(さすがにまだまだ、耐久力はあるか)


 次なる刈田のサーブも鼓膜を震わせる音と共に放たれる。スマッシュを打とうと振りかぶり、刈田の行方を視界に一瞬入れると前に詰めていた。

 武の次手がスマッシュと読み、ネット前でインターセプトする気だと気づいて、武の脳裏に迷いが生まれる。


 打つか、逃げるか。


(――打つだろう!)


 躊躇は最小限にスマッシュを放つ。しかし、迷いなき一撃から少しだけ劣ったラケットスイングは十分なパワーを伝えきる前にシャトルをガットから解き放つ。

 ストレートに進んだシャトルに伸ばされる刈田のラケットがシャトルを捕らえ、前に静かに落とされた。


「ポイント。フィフティーンテン(15対10)。チェンジコート」


(まだ、諦めない)


 武の中に燃え上がる闘志。次の一ゲームを取ってファイナルゲームまで行けば、勝機はある。

 グリップを強く握り締め、武はコートから出た。



 * * *



 セカンドゲームに入ってからも、武はスマッシュを刈田に打たせ続ける。その合間にドロップが来ることも警戒して、前のほうでシャトルを拾う。威力に防御を突破されることも多かったが、やがて武は速度に慣れ始めていた。


(考えてみれば、いくら速くても来る軌道は同じなんだ)


 スマッシュを上げさせる以上、武も気を使って出来るだけコート奥から打たせていた。それも左右のどちらかから。中央ならば左右のどちらにもクロススマッシュを打てるだろうが、どちらかのサイドならば話が違う。ストレートとクロス。威力十分のストレートとは違い、クロスに放たれるシャトルはどうしても滞空時間が長くなる。今の武ならば取ることは不可能ではない。

 そして、そのスマッシュをヘアピンで返したのならば、最も遠い位置にいる刈田が更に武のコートへと返すのは不可能に近かった。だからこそ警戒し、刈田はストレートで押していく。


「ポイント。エイトファイブ(8対5)」


 刈田がまだリードはしている。しかし、武の粘りはまだその差を離させない。

 数度の応酬の後でサーブ権を奪い返し、一点を取る。またサーブ権が移り、刈田が得点する。牛が歩くかのような試合展開の遅さ。他のコートで試合が流れていく中、武と刈田の世界だけが時間の流れが遅いように感じられる。

 それでも。


「一本!」


 武の挑戦は続く。時間をかければかけるほど、武の思い通りに行くはずだった。


(これで刈田の腕がつぶれなかったら……仕方が無い!)


 衰えないスマッシュの威力に挫けそうになる心を叱咤する。速度に慣れた武はもう、簡単には突き破られない。このまま行けば、思い描いた展開になる……はずだった。

 だが。


「ポイント。フォーティーンイレブン(14対11)。マッチポイント」

「うぉっしゃ!」


 おそらく百回にもうすぐ届くだろうスマッシュが武のコートに突き刺さった時、刈田はこの試合で初めて叫んだ。全身に力をみなぎらせて。右腕は確かに疲労がたまっているらしく、左手で揉みほぐしながらサービスラインまで戻っていく。

 隠そうともしない。武の策は確かに効いている。


 しかし、それでも届かない。

 そう言わんばかりに刈田は堂々と腕の状態を確かめていた。


「ラスト一本!」

「ストップ!」


 刈田に負けずに声を出すも、武はその先にある敗北を見てしまった。

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