表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
44/365

第044話

 試合も中盤に入ると勝ち残る数も当然減ってくる。ベスト八が出揃い、一年で残っているのは、ダブルスは武と吉田、橋本と林。女子では早坂と清水。シングルスの男子は武、吉田、橋本の三人。女子は早坂のみとなっていた。

 二年は多数残っていて、ベスト八で同じ学校で対決を迎えるのが二組いた。


「部活を楽しもうぜー」

「いつもの恨みを晴らさせてもらう!」


 次に『部活』をする二年部員が笑いながら降りていく。

 試合で同じ学校の部員同士で対決することを『部活』と称していた。誰が言い出したのかは定かではないが、武も先輩らが言ってきた事を引き継いでいる。


「次はシングルスから……俺は刈田とだ」

「あいつに勝ったら俺だな」


 確かに刈田に勝ち、吉田が次の相手に勝てば準決勝は武と吉田で『部活』ができる。武は吉田の言い方が少し気になって尋ねた。


「お前が勝ったら、もあるだろー」

「俺は勝つよ。油断しないし」


 その言い方が油断しているようにも武には思えたが、今までの部活でも試合でも吉田が油断をしたところなど見ていないことに気づく。おそらくは本能に油断しないことが刷り込まれているのだろう。幼い頃からバドミントン協会に所属しているような父親から教育を受ければ、油断が一番の敵というのを叩き込まれるに違いない。

 強くなり、更に油断しないという状態にはどう練習すればたどり着くのか想像がつかない武にとって、近づいたと思った吉田の背中が更に遠くなる事実だった。



 * * *



 何かに集中すると外の流れを感じなくなる。数分が数秒、などと時間の短縮ではない。時間という概念さえ忘れさせる。

 武が試合のコールに我に返ったとき、すでに刈田と話してから三十分が経過していた。握り締めていた拳は血にまみれ……などということはなく、爪が食い込んだあとが掌をうっすらと赤色に染めていた。

 気にしないように努めながらコートへと向かう。だが、身体は正直に武の内心を表している。


(震えてる)


 視線を向ければ、掌が震えている。あたかも他人の掌を見ているかのような、自分の精神が身体と剥離していく感覚。それもすぐに身体へと戻り、また離れるとを繰り返す。


「武者震いか。はは」


 独り言を呟きつつ笑う武の顔を見る者は、誰もが否定はしなかっただろう。これから待ち受ける試合に対する高揚感を前面に押し出した笑みはプレイヤーならば誰もが覚えのあるもの。観客でもプロの選手が試合に望む際に浮かべるものに告示していたことで素直に受け入れるに違いない。それはコートに入るまで続く。

 だが試合の場に足を踏み入れた時点で、武には周りは見えなくなっていた。

 あるのは対戦相手である刈田との戦いのビジョン。以前の対戦からシミュレートされたもの。それでも、一ゲームの途中で終わっていたため満足なものは得られない。

 欲しいものは、目の前の相手が与えてくれる。

 ネットを挟んで聳え立つ、刈田篤という名の山が。


「では、刈田君、翠山中。相沢君、葉中の試合を始めます」

「「よろしくお願いします」」


 刈田の手に握られた右手に圧力がかかる。武の掌を丸ごと包めそうな大きさ。実際に押しつぶすように握られて武は顔をしかめた。パワーこそが刈田の最大の武器。スマッシャー同士の対決で、少なくともその点は負けている。


「ちゃんと、勝つ」


 それでも武は握り返す。たとえ大したことはなくとも、挑発で逃げることは嫌だった。手を離そうとしていたときに握り返されたことで、刈田は自然とその場に縫いとめられる。少しあっけに取られた顔で武を眺めていたが、急にその顔を笑みに変えた。何も邪な思いのない笑み。


「お前面白いなー。マジで、全力で試合しよう」


 そう言って離れていく刈田。じゃんけんでサーブ権を得たのは武。軽くシャトルを打ち合って感触を確かめてからサーブ位置に立つ。息を整えながらその時を待つ。


「フィフティーンポイントスリーゲームマッチ。ラブオールプレイ!」

「お願いします!」


 挨拶と同時に構える刈田。そこに洗礼として、武はショートサーブを放っていた。いきなりの、しかもショートサーブ。前に落ちるシャトルを掬い上げた刈田の顔には無事にシャトルをコート奥へと返せたことの安堵が浮かんでいた。


「ストップ!」


 奥へと飛ぶシャトルを追いかける武の耳に届く刈田の想いが端的に詰まった言葉。その言葉ごと打ち砕こうと、下に回りこんでスマッシュを真正面に叩き込む。刈田にとってはバックハンド側。それでも爆発に似たような音を立ててクロスに返す。


(ほんと、力だけで跳ね返してくる!)


 バックハンドでの不利など刈田には何の障害もない。

 力を込めにくいため、ラケットグリップの持ち方を専用のものに変え、タイミング良く当てることがバックハンドの打ち方だ。だが刈田はその力で強引に打ち返すため、持ち替えるタイムラグもタイミングも必要ない。難しさをキャンセルできる。

 鋭い軌道を描いたシャトルは武が追いつく前にコートに落ちていた。


「サービスオーバーラブオール(0対0)」

(分かってたけど、スマッシュは簡単には通らない)


 ダブルスや先のシングルスではほぼ確実に決まっていたスマッシュも、刈田には簡単に無効化される。考えてみれば自分よりも遅いスマッシュを取れない道理はない。バランスを崩さない限り、スマッシュで点は取れないだろう。


(なら!)


 放たれたサーブも勢いがあったが、武は威力を殺してドロップを前に落とす。だが、そこに刈田が詰めてきてヘアピンを絶妙な位置に決めてきた。

 武はただシャトルの行方を見るしかできない。攻めをすぐ変えたにも関わらず反応してきた刈田に、驚いていた。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 シャトルを返しながら武は刈田の姿を見ていた。試合をする直前に比べて、身体が大きく見える。まるで山のように。


(これが、試合での刈田、か)


 武はこのとき初めて知った。試合と部活、練習時の明らかな違いを。

 そして違いは試合が進むにつれて出てくる。

 刈田の力が増していく。ハイクリア、スマッシュといった武が得意とするショットが相手から返ってくる。武から見れば不完全な、左手をだらりとさげた刈田のフォーム。力の伝達をどうしているか分からないが、威力に徐々に押され始める。

 上げる度に相手コートに返る距離が短くなり、最後に角度をつけて打ち込まれる。


「ポイント。シックスラブ(6対0)」


 ほぼ同じパターンで六点目。武は何とか突破口を見つけようと、靴紐を結びなおしながら思考する。


(上げたらスマッシュ。クリアが甘くなってきたら叩きつけられる。結局、そのパターンでしかない。なら……ドライブか?)


 低い弾道のドライブならばパワーで負けていても簡単にはコートにシャトルは叩きつけられない。だが、その展開でも問題はある。


(刈田がクリアを上げてしまえばそれは成り立たない。俺がずっとスマッシュやドライブを打ち続けるしか……ずっと?)


 脳内に光が差しかけた時には靴紐を縛り終えていた。シャトルを拾い、刈田に返す。点数がリードしている余裕からか、不敵な笑みを武へと向けてくる。


(期待外れだな)

(これからだよ)


 刈田の言葉は想像だが、思っていることはそうだろうと当たりをつけ、声にならない言葉を送りつける。刈田も武の脳内の言葉を受け止めたのか、笑みを消して鋭い眼光を叩きつけてきた。


(俺も、試合と練習じゃ違う)


 構える間に身体の中に力を溜める。足の裏に神経を集中。シャトルの動きを捉えたならばすぐ移動出来るように。全身をアンテナとしてサーブを待つ。

 サーブの時だけ唯一使われる左手。そこから落ちたシャトルはロケットのごとく飛び出す。移動して増したから少し後ろに位置取り、発射台へとスマッシュを叩き込む。


(ボディ中央、だ!)


 鋭いスマッシュも刈田には見えている。少し身体をずらしてバックハンドで返そうとした時、武の脳裏に違和感がよぎる。それに導かれるように前に出る。

 刈田の返球はネット前に少し浮かび上がった。今までのヘアピンとは明らかに違う仕損じ。飛ぶように前に駆けた武のラケットがシャトルを痛打して、スマッシュで狙った腹部へと打ち込んだ。


「サービスオーバー。ラブシックス(0対6)」


 自分の腹に当たり落ちたシャトルを刈田は憮然とした表情で拾い上げ、武に返す。その顔がけしてぶつけられた不快感だけによるものとは武は考えなかった。一瞬感じた違和感に従って前に飛び込み、シャトルを打ち込んだ今となっては。


(弱点は見つけた。だけど、そうすんなりはやらせてくれないだろう)


 シャトルを持ち、サーブの体勢を取りながら次の攻防を脳内に展開させる。いかに弱点を突くか。刈田に行っていた流れを止めたことで頭が冷めていく。身体の底からこみ上げる熱は逆に高まっていた。


「一本!」


 シャトルに想いを乗せて飛ばす。シングルスコートの左奥。少し内側に寄ったが、狙い通り。


(ストレート!)


 先読みしてバックハンドで取れるようラケットを構える。今までの六ポイントは全てストレートスマッシュで押し切られた。特に今回は奥に押しやった分、距離にすればストレートに返したほうが威力も十分で隙も少ない。

 だがそこで、武の脳裏に警告が走る。ラケットを持ち直したのと、刈田がクロススマッシュを放つのは同時だった。

 長い距離を飛んでいるとは思えないほど速いスマッシュが逆サイドへと向かう。武は向かいかけていた右足を戻し、左足でコートを蹴った。


「うおお!」


 伸ばしたラケットにシャトルが当たり、勢いを殺す。そのまま相手のネット前へと落ちていった。


「ポイント。ワンシックス(1対6)」

(あ、危ない……)


 相手コートに残っているシャトルをラケットで引き寄せる間も、顔に焦りを浮かべないようにすることは一苦労だった。ここで今の動きがまぐれに近いものだと知られれば、刈田に一気に押し切られると感じていた。

 バドミントンはメンタルが左右する。心が折れたほうが、負ける。


(でも、今の予感は)


 自然と今の動きがまぐれだと武は考えていたが、どこかで否定する自分もいた。


(良く分からないけど、何か、違う)


 思考に沈もうとする自分を、頭を振って現実に戻す。目の前の刈田を、今は倒すだけと。


「一本!」


 シャトルが空気を切り裂いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ