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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第043話

 その場に縫いとめられたようにドライブを繰り返す。方向を変えようにも速度が速く押し出すことしか出来ない。それは互いに共通することらしく、武も須永もその場から最初は動くことが出来なかった。

 だが、均衡を徐々に破っていったのは武だった。

 ドライブを打ちながら前に進んでいく。それは須永のドライブの威力が弱まった何よりの証拠。パワー勝負では武に分があり、一気に押し込んでいく。


「はぁっ!」


 武に押し込まれて須永の返球は浮き、武はドライブからプッシュへと変更。須永は何とか反応してシャトルを返すも、武がネット前でスマッシュを叩き込んだ。


「ポイント。フィフティーンセブン(15対7)。チェンジエンド」

「しゃ!」


 勝利の喜びは、その一瞬。すぐに思考をセカンドゲームに切り替える。実際、流れは勝利の余韻を残さずにセカンドゲームに移っていった。コートから出て、相手がいたコートへと足を踏み入れる。そのプロセスは機械的で、武も思考を切り替えやすかった。


(次からはもっと手ごわくなるだろうな……)


 武は須永の変化に警戒していたが、けして負けるつもりはなかった。自分の中に生まれる力を確実に感じていたから。


(どんどん動きがよくなる。なんだろ)


 武自身分からない力が、彼の身体を動かす。

 二ゲーム目に入ってからも武は更に動きの速さを増して須永を追い詰めていく。

 次々とスマッシュ、ドロップが決まり、移動速度が持ち味の須永も武の緩急をつけた攻撃に次第に鈍らせていく。

 そして――



 * * *



「ポイント。フォーティーンマッチポイントフォー(14対4)」


 息は切れてきていたが、集中力はそうではない。それどころか今迄で一番高まり、疲れを感じなくなっていく。

 自分の中の変化の理由を見つけ、武は最後のサーブを放つ。


(そう、か)


 ハイクリアの応酬の中、須永の隙を探す。相手もまた終盤に来て更に闘争心が高まったのか、なかなかバランスが崩れない。それでもスマッシュを叩き込むうちに威力に押されて後ろへと下がっていった。


「はっ!」


 同じモーションから繰り出されるドロップは、須永の動きをその場に縫い止めてネット前に落ちていく。

 試合の終わりは静かなシャトルの落下音と共に訪れた。


「ポイント。フィフティーンフォー(15対4)。マッチウォンバイ相沢」


(これが、今までの成果なんだ)


 ラケットを高く掲げて全身で喜びを表しつつ、武は一つ自覚していた。

 中学に入ってからほぼ一年。初めてこの大会を観戦してからはちょうど一年前。月日が流れた分、自分の中に生まれた力。

 それが初めて結実した試合だったのだ。


「ポイント。サーティーンオール。セッティングしますか?」


 握手を終えてコートサイドのラケットバッグを手に取った時、隣のコートの審判が告げた声が耳に入る。その時ようやく隣で橋本が試合をしていたことに気づき、スコアを確認する。

 お互い一ゲームずつ取り合い、ファイナルゲームが十三点で並んでいる。バドミントンのルールとして、そこから五点取ったほうが勝つかそのまま十五点まで続けるかという二択が出来る。追いつかれたプレイヤーが選ぶということで、相手の勢いをそぐために五点伸ばす方をとる者が多い。

 それでも橋本は逆を選んだ。


「セッティングは無しで」


 審判はもうセッティングをするという前提でいたようで、少しの間動きを止めていた。思考と違うことをするのに身体がどうしていいか分からなくなったかのように。


「あ、はい……サーティーンオール」

「ストップ!」


 橋本が構え、相手がサーブを打つ。ロングではなく、ショート。橋本は思い切り踏み込んでコートに轟きを残しながら、ネット前に落とした。甘くなりつつも、相手は反応が遅れてクリアを上げる。


(あれ?)


 今のプレイに武は違和感を覚えた。けして上から叩けない高さではなかったように見えたからだ。

 武の違和感をよそに試合は続いていく。上げられたシャトルを橋本は逆サイドの奥へとクリアを返し、相手はストレートにクリアを返す。それに追いついた橋本はまた真っ直ぐクリアを返す。

 相手がドロップを前に落としても橋本は同じ場所へとシャトルを上げていく。相手はどうにかその連鎖から抜け出ようとスマッシュやドロップなど前に落とすショットを相手は多用していたが、橋本はただ一点を目指して打ち返し続ける。

 相手の左奥。ただ一点を。


(そこが相手の弱点なのか?)


 武が知っている橋本の武器。

 それは相手を分析して活路を見出す洞察力が武と比べ物にならないくらい高いことだ。セッティングを止め、相手の一点だけを狙い続ける行動が橋本が出した結論ならば、そこに勝機を見出しているはずだった。


(あ!?)

「はっ!」


 甘い返球だと武が思ったのと同時に相手のスマッシュが橋本の胸部へと吸い込まれる。真正面のシャトルを上手く捌けず、橋本は身体で受け止める形になった。


「ポイント。フォーティーンサーティーン(14対13)。マッチポイント」


 シャトルを返す橋本の顔に焦りはない。それが勝機を十分に見出しているからなのか相手に弱みを見せないための虚勢なのか武には分からない。


(橋本が何かを狙っていたのは間違いない。でも、手遅れなんじゃないか?)


 武の内心の心配をよそに、ゲームは進んでいく。あと一点取れば相手が勝つ。橋本のいる場所は、二つの塔の上に張られたロープのように細く不安定だ。少しでも相手が橋本を押し込めば簡単に、落ちる。


「ラースト、一本!」


 誇張するように言い方を変えて、相手はサーブを高らかと上げた。絶対的優位に立つ者の余裕。武の中で橋本の勝利への不安が増大していった。


(橋本、どうするんだ!)


 次の瞬間、武は目を疑った。橋本は躊躇なくドロップを打ち、シャトルがネットへと向かう。追い詰められた場面で、ミス一発で終わるこのタイミングで、ネットに引っかかる可能性があるドロップを放つなど完全に武の想定外だった。しかし、ドロップは少し高めにネットへと向かう。武がさっき見た相手の動きならば前に詰めて取れるはずだった。


(やっぱり駄目か――)


 だが、そのドロップは邪魔されることなくシャトルを相手コートの床へと届けていた。終わりを予期して目を背けていた武は聞こえるはずだったシャトルの到着音が小さいことに驚き、顔をコートへと戻す。相手が途中で転んでいる姿を目の当たりにして、サーブ権が橋本に戻ったことを理解した。


「サービスオーバー。サーティーンフォーティーン(13対14)」


 橋本は表情を崩さない。無表情のままにシャトルを受け取り、サービスラインに立つ。相手はそんな橋本を睨みつけながらふらつく足取りで構えた。そこに流れるようにショートサーブを打つ橋本。


「ちっ!?」


 後ろに下がりかけた相手は前に右足を踏み出す。だが、身体を支えきれなくなったため、打ち上げると同時にその場に倒れてしまった。橋本はスマッシュをネットに引っかからない程度の角度で相手コートの奥へと打ち込んだ。

 前で倒れていた相手は何も出来ずシャトルの行方を見るしかなかった。


(そう、か。これが橋本が狙っていたものか)


「ポイント。フォーティーンオール(14対14)」


 二度目のセッティングはない。あと一点どちらかが取れば勝つ。

 橋本の手に戻ってくるシャトル。それまでは敗北を呼ぶ使いだったにもかかわらず、一瞬で自らの勝利を引き寄せるものとなった。相手の足の震えが武にも分かる。力の流れを止めきれずに倒れる姿が目に焼きついていた。


(橋本がミスしなければ、勝てる)


 ミスしなければ。言うが易いが、簡単ではない。互いに力が拮抗しているのならば集中は途切れないが、今回のように相手の弱りようが分かってしまう時にはどうしても油断してしまう。相手から離れるように打とうとしてアウトになってしまったり。確実に一本を取ろうと安全策に走り、逆にチャンス球を上げてしまってサーブ権を取られるなどが起こる。


(守りに入っちゃ駄目だ、橋本)


 アドバイスを送りたいが、最後の場面になり大声で叫んで集中を乱すのは得策ではないと、武はただ見るだけだ。客席からは早坂ら聞きなれた女子の声がする。橋本は息を何度か吸って吐き、整えてから口を真一文字に結んだ。


「一本!」


 攻撃する瞬間を見逃さず、武は声をかける。後押しされるようにシャトルを飛ばした橋本は両足を広げ身体を落とし、シャトルを待ち構える。そこに打たれたスマッシュを、橋本はヘアピンで前に落とす。ちょうどぎりぎりの場所を狙って。


(橋本!)


 予想外に厳しいショットに武は驚きを隠せなかった。あと一点で勝つ。もしミスしたならば今度は相手がシャトルを打ち込めば勝つ。そんな状況で厳しいコースへとシャトルを放つ。追い詰められた時こそ強気。それが出来る橋本の精神的な強さに武は成長を見ていた。


(由奈だけじゃない。橋本も。早坂も成長してるんだ)


 相手はヘアピンを何とか拾うも、よろけたと同時にシャトルが上がる。そこに飛び込む橋本。

 ラケットを立ててネットの触れる直前に後ろへと下げる。

 鋭く叩かれた一撃はシャトルをコートへと落下させていた。


「ポイント。フィフティーンフォーティーン(15対14)。マッチウォンバイ、橋本」

「やった!」


 コールが告げられたと同時に武は叫んでいた。

 握手をしてコートから去る橋本に武は駆け寄る。スポーツタオルで顔を拭く橋本の背中を軽く叩きながら武は笑った。


「やったな! 橋本。中学初勝利!」

「やったけど……少し静かにしてくれないか」


 聞こえてきた声に宿る拒絶の刃に武は身を引いた。せっかく勝ったのにどうしたのかと思ったが、フロアの端まで来て壁に寄りかかると滑り落ちるように尻もちをついた。


「だ、大丈夫か?」

「かなーり、大丈夫じゃ、ない」


 笑いながらも眼鏡を取ったままつけようともしない橋本。目を閉じて息を何度も吸ったり吐いたりを繰り返す。武はここで橋本がセッティングを選ばなかった理由を悟った。

 あと一歩で勝てるという相手の焦りを引き出し、逆に相手を追いこみやすくする。その効果より何より、橋本の体力も限界間近に来ていたということが最大の理由だった。

 体力は確かに中学に入って格段に増えたが、久しぶりの公式戦。しかもファイナルゲームまでもつれ込む試合をしたのだから、身体がついていかなくなるのも無理はなかった。武はそこまでしても思考を止めなかった橋本を素直に凄いと思った。


「お疲れさん。しばらく休め」


 労いの言葉をかけて武はその場を去る。一人のほうが体力回復も集中しやすいだろうという配慮。フロアに出て上にいこうとしたところで、刈田と出会う。


「次は俺とだな」

「ああ。あの体育館での決着つけられるな」


 刈田と初めて会った日が武の中に蘇る。そこでシングルスの試合をして、自分の力に気づいたのだから。その意味で、武の中学バドミントンを始めさせたのは刈田と言っても過言ではなかった。


「今度はちゃんと勝つ」

「やってみな」


 武の言葉に余裕で返す刈田。過ぎ去っていく巨体からみなぎるのは自信だった。それも、虚勢ではなく努力によって裏打ちされた、真の自信。


(そうだ。大会でのあいつに勝ってこそ、俺は上の仲間入りができる)


 握った拳が痛くなるまで、武は力を込めていた。

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