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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
364/365

第364話

 姫川は一瞬頭を落としたことでその急激な変化に驚き、目を覚ました。

 自分が寝ていたと気づくのはさらに数秒後。

 フリーズしていた頭が動き出すと共に周囲を見回せば、呆気にとられた藤田と清水の顔が見えた。口元を伝う涎の感触があったため左手で拭き取ると清水がティッシュを差し出してきた。


「ありがと、しーちゃん。女子力あるぅ」

「女子力って」


 苦笑する藤田の返答を聞く前に、自分の声が掠れているのが聞こえてきた。

 完全に寝起きの声で、自分が想像以上に深く寝ていたのだなと自覚すると背筋を思い切り伸ばして唸った。

 気だるさは体にまとわりついたまま離れないが、一度眠ったことによって脳は覚めて、眠気はどこかにいなくなった。

 藤田が呆れ顔で問いかけてくる。


「大丈夫? だいぶ疲れてるんだろうし。もう寝たら?」

「いやー。せっかく試合も終わって後は帰るだけーなんだから。もう少し女子トークしたいでしょ」

「お菓子食べながらバドミントンの話しかしてなかったけど」


 藤田はそう言ってスティック状で周りにチョコがついているお菓子を口に入れる。ポリポリと食べつつ次に手を伸ばしたものの、袋の中には何もなくなり、袋を綺麗に畳んで箱の中に詰めてからゴミ箱へと捨てた。


「お菓子も残ってないし。そろそろお開きにしない? 私も眠くなってきた」

「あそこまでギリギリ試合したの一回しかなかったのに」


 清水も藤田もあくびを手で隠しつつ呟く。

 その一回の試合が南北海道の明暗を分けたと言っても過言ではないため、姫川は満面の笑みで二人に言う。


「それだけ集中して、頑張ったからだよ! 二人のおかげで南北海道が優勝できたんだから誇って良いよ」

「できすぎだったけど……ほっとしたよね」


 清水はペットボトルのお茶を一口飲み、言葉通りほっと息を吐く。藤田も同じようにお茶を飲んだが表情は暗い。姫川がどうしたんだと目で問いかけると体をぶるりと震わせた。


「あの時は必死というか、考える余裕なかったんだけど。振り返ると、よく勝てたなってゾッとする。十回やったら絶対九回負けてるよね」

「でも一回を引き当てたんだからいいんだって。余計なこと考えず勝つことだけ考えればいいって証明されたじゃん。ダブルスって凄いと思う。一人だと勝てない相手にも二人なら勝てるんだからさ」


 テンションが再び上がった姫川は言葉を畳みかける。

 勢いに任せて言っているようでも二人の実力を冷静に評価していた。

 藤田も清水も、姫川の歯に衣を着せぬ性分は分かっているため苦笑いするしかない。

 どれだけ良い結果を出せたとしても、自分達の力が足りないのは事実だ。

 全国大会で一勝できたことが自分達の格段の成長に繋がった、とは考えはしない。


「私。シングルスしかやったことなかったけど、このチームでまゆまゆとダブルスやって、凄く面白かったな。中学でも両方に出られれば楽しいのに。って、まゆまゆとは学校違うか」

「まゆま……。瀬名とのダブルスはバランス良かったよね」


 藤田の言葉に姫川が頷き、続けて清水が解説のように言葉を連ねる。


「姫川が拾って、瀬名が打つって連携凄くはまってたし。外から見てて一番かっこよかったよ」

「えーほんと! そっかー。あーもう、まゆりっちと同じ学校ならいいのに」


 コロコロと瀬名の呼び名を変えて弾むように語る姫川を見ながら、清水は「進路かぁ」と呟いた。

 寂しげな様子を見て藤田が尋ねると、ため息を付きながら清水は言った。

 陰鬱な表情を張り付けたままで。


「私らさ。もう中三じゃん。高校どこいくかとか決めないといけないし。私は……西高の家政科に行くって前から決めてるけど、あそこはそんなにバドミントン強くないし。でもバドミントンも、もう少し頑張ってみたいし」

「それ言ったら私も、かな。私は頭的に緑聖かな。あそこは女子バドミントンそれなりに強いから、三年間で試合に出られるか分からないけど」

「あ、私も緑聖行こうと思ってるよ」

「え!?」


 姫川の言葉に藤田が大きな声を出して驚いた。

 その場での急な驚きに清水と姫川が体をびくりと震わせて引いてしまう。二人の様子に気づいてはいるのだろうが、それはさておきと横に置いて藤田は言った。


「姫川。あんた、もっとバドミントン強いところから誘い来てるじゃん。早坂と一緒にさ。青森の、えーと……」

「青森山城でしょ? そうだねー」


 青森山城高校は青森市にある女子高で、女子バドミントンではここ数年団体戦ベスト4を逃したことがない。そして毎年、実業団で活躍する選手を排出していることでも有名だった。

 今、女子バドミントン界を牽引している選手――ナショナルチームの半分は青森山城高校の出身だ。

 大会の後でしばらくインタビューを受けていた早坂が落ち着いたところで、青森山城高校の監督を名乗る男性が二人に声をかけてきたのだった。


「早さんとのダブルスなら、もっと姫川もいいところいけるんじゃない?」

「もったいないって。特に理由ないなら行った方がいいよ」

「あるよ、理由」


 清水と藤田が言い連ねるのを一言で止める姫川。

 首を傾げる二人に対して全く動じずに口を開く。


「早さんとのダブルスは、何か違うなーって。あと、試合で戦いたいなって思ったんだよ。早さんと」


 自分の胸の中にある思いが目の前の二人にも伝わればいいのにと、姫川は思う。

 理由なんてシンプルだ。同じチームで切磋琢磨するよりも、別のチームでぶつかり合いたいだけ。

 今回の大会で姫川が思ったのはチーム戦の楽しさ。

 仲間を信じて、自分は勝つことだけを目指してバトンを渡す。

 そうした繋がりが勝利に繋がるのだと知った。

 そして、もう一つ。


「それに。私はせなちんとダブルスを組みたいって思ったんだ」


 早坂と組めばいいと誰もが考えるかもしれない。

 でも、姫川にとって一番しっくりときたのは瀬名とのダブルスだった。

 男子は強い者同士が組むことで強くなり、女子は相性が良い者同士で強くなると何かの雑誌で読んだことが姫川にはあった。

 つまりは、瀬名とは気が合うのだろう。

 打倒早坂を胸の中に掲げた同士として。


「せなちんとダブルスを組んで、早さんが誰かと組んだダブルスと戦いたい。案外、君長凛と組むかもよ?」


 青森山城が女子の有力選手を集めるならば、当然、君長や有宮も候補に入っているだろう。

 一緒にスカウトを受けた時の感触としては、早坂はバドミントン越境入学には肯定的のようだった。特に何もなければ入るだろう。

 そして、君長凛も後を追って青森山城へと入るなら、北海道の一位と二位が同じチームとなる。それをコートの向かいから見ている自分しか姫川にはイメージできなかった。


「こうして一緒のチームで試合できてとてもよかったけど。やっぱり私達ってライバルだなって思った。同じチームで応援するのは物足りないよ。相手側に立って、戦いたい」

「姫川は、熱血してるね」

「そんなスポーツに熱心で好きな男子とかいないの?」

「今はいないよ。でも、恋愛を犠牲にする気はないかな」


 一度言葉を切ってから、言う。

 バドミントンも好き。友達との会話も好き。好きな人との会話も好き。

 好きだった人への思いに蟠りはなく、新しい出会いを探すだけ。

 だからこそ、スカウトは断ったのだから。


「だから、女子校は断ったでしょ?」


 清水と藤田は動きを止めてから笑い出す。

 つられて姫川も爆発するように笑った。

 夜中ということは歯止めにならず、三人はしばらく笑い続けていた。


 * * *


 公園のベンチで相手が来るのを待っている間、小島はいつになく緊張していた。

 試合でも今の自分の状況になることはないだろうとはっきり分かる。

 冷静になろうと頭の中で羊が何匹も柵を越えている光景を思い浮かべていたが、全く効果はなかった。

 砂を踏みしめる音がして小島は大きく体を震わせた後に固まった。

 ゆっくりと近づいてくる足音。そして、斜め下を見ている目線に入ってくるつま先。

 顔を上げると、早坂が立っていた。

 ジャージの上にジャンバーを着た姿。

 全国に乗り込んだ面々は皆、荷物に余裕がないため行きと帰り分くらいしか私服は持ってきていない。早坂も荷物は最小限で試合に集中したのだろうと思うと苦笑した。


「すまんな。疲れてるところ呼び出して」

「こっちもごめん。うたた寝しちゃって起きたら時間ぎりぎりだった」


 言われてから腕時計を見ると待ち合わせの時刻を五分過ぎていた。全く気にする必要はない。今日、一番疲れたのは有宮と戦い、西村坂本組を相手に優勝を勝ち取った早坂だろうから。


(俺は……負けちまったからな)


 自分の敗戦が蘇る。決勝まで温存されたのを除いてずっと勝ってきたのは、全て浅川に勝つためだった。

 だが、それらの積み重ねも虚しく破れてしまい、後に託すしかなかった。

 いつも託される側だっただけに、慣れない精神状態で疲弊した小島は武と早坂の試合になってようやく本調子になり、応援できたのだ。


「まあ、座れよ」

「うん」


 隣に座る早坂からふわりと良い香りがする。髪の毛は試合の時とは異なり結んでおらず、背中に流している。普段と雰囲気が異なる早坂に小島の心臓は徐々に心音を高めていく。


(やばい……なにもかんがえられない……)


 言おうとしていたことはシンプルだ。しかし、その言葉を口にする自分が混乱し、震えて上手くしゃべれない。何度もつばを飲み込み、息を吸っても体は固くなり、喉は渇いた。


「今日は、お疲れさま」

「お、あ、お、おう」


 数度どもってしまってから何とか返答し、咳払いをする。

 早坂はかすかに笑みを浮かべながら小島の方を見て、優しい光を宿した瞳を向けてくる。

 早坂の様子にようやく小島はいつもの自分を取り戻す。徐々に落ち着いてくる鼓動の途中で、問いかけた。


「……やっぱりそっちも疲れたか?」


 今の早坂はいつものオーラのようなものが全くなかった。

 普段はリラックスして瀬名や姫川と話していてもどこか気を張って隙がない。

 しかし、今の早坂はそうした精神的な防御がまったくなくなっているように小島には思える。相当疲れているのかもしれない。そこまで考えて、呼び出したことを謝った。


「すまん。お前の方が疲れてるのに。俺のわがままで」

「いいよ。だって、私も小島と話したかったもの」


 視線だけではなく言葉までも柔らかい。バドミントン選手として凛々しくコートに立つ様を知っているだけに、今の早坂とのギャップに心臓が一瞬で最高潮に達する。小島は乾いてきた喉を何とか唾で潤して、潤しきれなかった分は咳払いで何とか凌ぐ。


(今の早坂……近い。今なら、言える)


 深呼吸を三回してから、小島は思いの丈を早坂へと告げていた。


「早坂。やっぱりお前のことが、好きだ。俺と付き合ってくれ!」

「うん。いいよ。ありがとう」

「え、あ、っはい………………え?」


 渾身の告白にあまりにもあっさりと答えた早坂。

 小島は返事を受けて言葉を返したものの、完全に思考停止していた。

 数秒間のフリーズから再起動。そして今のやりとりを反芻する。

 自分の告白の言葉を聞いて早坂は「いいよ」と言った。

 つまり、付き合ってもいいということになる。


「い、いいの?」

「? いいけど。何かダメだった?」

「いや、ダメってわけじゃなくてな」


 本当ならば浅川亮に勝って、堂々と告白するつもりだった。

 そうした目標を持つことで全力の更に上の力を出し切れると信じた。

 実際に、決勝は自分の持てる力以上のものが出せたと思う。それでも破れてしまった。

 支えを得るためにということではないが、自分が心底好きな人と心が通じ合い、応援してもらえれば自分はもっと強くなるのではないかと思ったのだ。

 自分が一時期、実業団で活躍する選手のコピーから強くなったように。

 コピーをするのは即ち、その相手を好きな気持ちが強いかどうか。

 自分にとって人を好きになること。

 人から好かれることは自分を高める上で必要だ。

 いろいろと説明しようとまとめてきたものが、全て頭の中から消え去り、結果として言う必要が全くなくなったという現実にまだ頭が対応していない。早坂は全て分かったわけではないだろうが、小島が落ち着くまで笑みを浮かべたまま待っていた。


「正直、断られると思ってた」

「なんで? 小島は、かっこいいし。やっぱり好きって言われたら嬉しいよ。私も、気になってたし」

「そう言ってくれると嬉しいが……お前は、相沢のことが好きなのかと思ってさ」

「そうだね。好きだった」


 一瞬だけ息をのんだ後にさらりと口にする。

 小島はこれまでの経験の中で早坂の中の思いを少しは掴んでいた。

 そして、いつの頃か正確には分からなかったが、早坂は武への思いを過去にするために必死のように見えた。だからこそ、自分の支えになってほしいとも思えたが、早坂自身は武の事を忘れるまでは誰とも付き合わないかもしれないと考えていたのだ。

 その考えは正しかったのだろう。そして、正しいならば、彼女の思いはもう完結したのだ。


「今はもう友達、というか。仲間だよ。ダブルス組んではっきりした。私は、もう相沢にも由奈にも笑って、普通に過ごせるよ」


 由奈というのがおそらく武の彼女だろうと思い、特に口は挟まない。早坂は一度息を吐いてから小島に向けてしっかりとした口調で言った。


「小島。私のこと、好きでいてくれてありがとう。これから、よろしくね」

「……おお。お互い、切磋琢磨しようぜ」


 手を差し出すと早坂は苦笑しつつ握ってくる。普通の彼氏彼女っぽくないと呟いていた早坂に笑いながら告げる。


「俺は、そうだな。一緒に競い会える人といたいんだよ。早坂に負けないようにって思えて、強くなれる人と。そんな人を引っ張りたい」

「支え合うっていうよりは互いに引っ張り合う、か。小島らしいね」

「おう」


 小島はベンチから立ち上がり、早坂をしっかりと視界に収める。

 改めて見ると、自分より小柄で華奢なのが分かった。試合でのカットドロップや体重を乗せたスマッシュを見ていれば体格も女子の中では大きい方と勘違いしそうだ。


「一つ心配なことがあるんだ」


 早坂が節目がちに呟く。小島は一つ頷いてから続けるように促すと、早坂はためらった後で言う。


「青森山城に誘われてるんだ。私。そこに行きたいと思ってる」

「高校からの話か。俺も札幌光明からスカウト来て……行こうとしてる」


 お互いに高校でのインターハイ常連。

 学校が違うだけならまだしも、早坂にいたっては北海道からいなくなる。

 早坂が言いたいことが小島には理解できた。

 付き合うのは嬉しいが、一年と少し経てば遠距離恋愛になるということ。


「できれば一緒にいたいけど。やっぱり、今は私、バドミントンを中心に考えたい。高校は越境入学して、バドミントンをしていきたい」

「俺もだな。だからこそ、一緒に頑張っていこう」

「いいの? 離れても」


 早坂の問いかけに小島は頷く。しっかりと一言添えて。


「お前が好きだって言ってくれるだけで、十分さ」

「……そっか」


 早坂は不意に立ち上がり、小島へと近づいていく。その動作があまりにスムーズだったため、小島は頬から唇が離れるまで自分が何をされたのか分からなかった。


「うわっ!?」


 咄嗟に飛び退いて頬に手を当てる。まだ早坂の唇の感触が残っていて、顔が真っ赤に染まった。早坂を見ると、うつむき加減になって小島とも目をあわさないまま早口で言った。


「お礼だよ。じゃ、また明日」


 そそくさと去っていく早坂の後ろ姿を見ながら小島は火照りが収まるのを待つ。

 疲れからくる弱さなのか、今日の早坂の弱々しさは守ってやりたいもの。小島が望んでいる強い早坂とはまた違った魅力がある。


「よろしく、な」


 小島は立ち去った去った背中に届くように、小さく呟いた。


 全国での戦いを乗り切った全員がそれぞれの思いを抱きつつ、最後の夜を過ごしていった。

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