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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
361/365

第361話

 ラケットを振って空気を切り裂く音が自分の耳に届く。しかし、武の打ったシャトルはネットにぶつかり、相手コートに届くことはなかった。連続してスマッシュを打っていったが、その度に軌道を微妙にずらされていたらしいと気づいたのは、ネットを越えて向けてくる西村の視線から読み取ったもの。

 自分の都合の良い解釈かも知れないが、そうではないという予感がある。


「サービスオーバー。トゥエルブフォーティーン(12対14)」


 審判が告げると共に早坂がシャトルを相手へと返す。武は自分がスマッシュを打ってから早坂がシャトルを相手に渡すまでの間の記憶が抜け落ちていることに気づいた。

 気を失ったわけではない。よくよく思い出してみると自分の視界にはシャトルを拾いに行き、羽を整える早坂の姿が見えていた。しかし、全く意識をしていなかった。


(いよいよ、限界が近いのか)


 12-10から二連続で相手に打ち込まれてサービスオーバー。

 再び取り返してからまた点を取り、先に14点とマッチポイントに乗せたものの奪い返された。

 ラリーは一進一退の攻防で勝敗を決める天秤はどちらに傾いてもおかしくない状況。

 その中で武は西村の動きに完全についていき、早坂をうまく機能させて得点させていく。

 逆に相手は西村を中心に攻撃を組み立てて、坂本の攻撃を撒き餌にして最後は西村が決めるというスタンスを貫いていく。

 武が西村についていけなくなった時が、点を取られる時。

 終盤にきて再び西村の実力が上がっているようにさえ感じる。


(ありえるか。俺が自分で成長してるって思えるほどなんだから。あいつだって)


 武も、吉田にも起こったことならば、西村にも起こるはず。

 自分の中からの確変はより強いライバルとの対戦で生まれる。

 個人的な力量は西村の方が上だったろうが、呼応するように成長してくる武に対して西村も響きあうように力を上げてきた。

 素早かった動きが更に洗練され、まるで踊っているようにシャトルへとラケットを届かせていく。それはラリーを終えた後に早坂が思わず感嘆のため息を漏らすほどだった。


「相沢」

「ああ。もう少し、だな」


 追いつめられている。二点差など全く余裕ではない。今の二人には弱気になれば、受け身になればすぐに同点に追いつかれてしまう。だからこそ武は覚悟を決めた。


「西村達に追いつかれても、セティングはしない」

「そもそも、追いつかせない。一点もやらないわ」


 セティングで終わる点数が伸ばせるという考え自体に隙が生まれると判断して、武はあえて明言する。更に早坂は意図を汲むように点数を奪わせないという宣言までしていた。

 言葉には魂が宿る。

 あえて口にすることで自分達にはっきりとした目標を植え付ける。


「一本!」


 坂本がサーブ体勢を取って早坂と向かい合う。

 武は早坂の後方で腰を落としてプッシュに備え、早坂はラケットを掲げてレシーブ体勢を整えた。

 そこを見計らって坂本はショートサーブを打つ。

 武の目から見てこれまで最も弾道が綺麗で、白帯を越えてくる。

 だが、ほんの少し白帯に羽が掠ったのか、軌道の中で一瞬だけシャトルがぶれた。

 前に踏み出した早坂はラケットを突き出した状態でその変化に気づいたものの止められず、右手ごと前に押し出す。

 文字通りプッシュした形になったがシャトルは躊躇の分だけ威力を伝えられず、坂本を越えた先で西村が拾った。


「らあ!」


 鋭いドライブでシャトルが早坂の眼前を強襲する。目を閉じることはなかったが、咄嗟に躱すためにしゃがむと同時にラケットは立てたままでインターセプトを狙った。

 しかし、シャトルはフレームに当たり、中途半端に弾かれる。

 坂本の頭上を越えて上がったシャトルに西村が飛びついてスマッシュを放った。


「おらあぁああ!」


 魂を口から吐き出しているかのような気合いの入った咆哮と共に、シャトルがコートを蹂躙せんと落とされる。着弾すれば爆発でも起きたかのような音を鳴らすであろうシャトルはしかし、武のラケットによって阻まれた。


「うらっ!」


 手にかかる重さを自覚しつつ、渾身の力で跳ね返す。だが、弾道は低くなってしまい坂本のラケットの防御圏内へと入る。自分のインターセプトできる範囲をケアするために坂本は横っ飛びでシャトルに喰らいついたが、強打はできずにネット前に落とした。

 早坂が反応してラケットを構えていた場所に落ちてきたシャトルを、気合いを込めず冷静に判断して坂本の肩口を狙うように打ち、コートに落としていた。


「セカンドサービス。トゥエルブフォーティーン(12対14)」

「しゃ!」

「ナイスショット!」


 武と共に熱くなっているはずの早坂は、強打ではなくコントロールで坂本と西村双方が届かない場所へとシャトルを打ち落とした。強打だろうと緩い打球だろうと、コートに落ちれば同じ。武はいま一度冷静になるために脇にラケットを挟み、頬を両手で張った。


「ストップね、相沢」

「ああ。お前の言うとおり、点数はやらない」


 今度は西村のサーブに向き合うために武はレシーブ位置に身を置いて身構える。

 早坂も武の真後ろから右側に外れるようにして腰を落とし、両足を開いて待ち構える。西村は、サーブ姿勢を取った際にフォアハンドで打つような体勢を取った。


(……なんだ?)


 ダブルスならばバックハンドサービスで打つほうがセオリーだ。バドミントンを初めた頃はバックハンドに慣れることが出来ずに慣れ親しんだフォアハンドでショートサーブを打つこともあったが、慣れればショートサーブの軌道を取りやすかったり次の防御姿勢への動きが滑らかになるなど利点が多いためまずいなくなる。

 それでも、何人かはフォアハンドでショートサーブを打つ選手はいた。


「一本!」

「ストップ!」


 西村のラケットが動き、シャトルが白帯を越えてくる。綺麗な軌道を描いてフロントラインへと落ちていくシャトルを途中で取ることはできず、無理せずに武はロブをしっかりと上げた。

 サーブを打った西村はそのままネット前に入り、坂本はジャンピングスマッシュで武を狙う。

 速さはもう慣れており、返せないシャトルではない。低めの弾道だと西村に返されてしまうだけに、しっかりと上げることを忘れなければラリーは十分継続できる。だが、スマッシュの連打が五回目を数えた時、武の視界の端で西村の体がぐっと下に移動した。早坂の影で見づらかったが体勢を崩したのが分かり、武は本能の赴くままにシャトルをドライブで返す。

 終盤で一瞬の油断が命取りになる場面での西村の隙を絶好のチャンスと体が感じ、動いた。

 だが、次の瞬間に西村はラケットでシャトルに飛びかかっていた。

 利き腕の右腕ではなく、左腕で。武にはネットに平行している間にラケットを右から左へと持ち換える西村の姿が見えていた。そしてシャトルを打ち、早坂の反応が間に合う前に着弾音が届く。西村が足を踏み出して倒れるのを防ぐ音が響き渡ったあとは少しの間静寂が支配し、次には大きな声援が舞った。


「ポイント! サーティーンフォーティーン(13対14)!」


 13-14と一点差。点を取られないという一つの目標が失われ、次に残るのはセティングに突入させないという意志だけ。

 再び追いつめられた中で武は何度も深呼吸をしながら自分の心音と、呼吸を聞いている。


「ほんと、よく分からんプレイするやつだよ」


 武の言葉が聞こえたのか、ネット前から去る前に西村が武に向けて言う。


「ああいうのは一回だけ使うから効果あるんだよ。もう無理だな」

「……凄い人間と同期なんだな、俺は」


 トリックプレイの出しどころと引きどころまで心得ているのかと考え、武は自嘲する。西村だけではなく、現在の日本一強い中学生の淺川亮や西村のダブルスパートナーの山本龍も手ごわい。

 でも淺川といい勝負をする小島や、ダブルスで善戦した吉田や安西。女子も早坂は姫川。怪我で出れなくても瀬名も強い。安西や岩代。藤田と清水もまたここまで来るまでに強くなっただろう。

 もう、武も強い選手に憧れるのではない。自分が憧れる存在になりつつあるのだと自覚する。


「ストップだ」

「うん。最後の勝負、かな」

「最後は次だ」


 武はレシーバーとなる早坂の肩を叩いて言った。


「次でサービスオーバー。その次で終わりだ」


 武の言葉に頷いた早坂は西村と向かいあう。

 審判が得点を告げて試合の再開を示すと同時に西村からのプレッシャーが膨れ上がり、早坂と武を飲み込む。だが、早坂は全く逃げずに西村のショートサーブからのシャトルをプッシュしていた。


(おお!)


 心の中で驚く武。早坂の滑らかな動きからのラケットワークによって西村のショートサーブが簡単に取られる。最も、ショートサーブでのシャトル軌道はある程度になればやれることは限られてくる。その一つである緩やかなプッシュを打ち込んだまま早坂はネット前に入った。

 そして、西村の後ろから飛び出した坂本もロブを上げて武へとシャトルを打ち上げた。


(ここだ……)


 後方まで移動して、シャトルの落下点よりも更に後ろへと両足を付けてから飛び上がる。右腕をしならせて、エビぞりに近い形になり前へと飛ぶ。全身の力と前方への勢いを右腕一点に集中させていく。


「おああ!」


 渾身の力を込めて放ったスマッシュ――のはずだった。だが、実際にはシャトルはフレームに当たって周りへと甲高い音を響かせる。声を出して前方に転びそうな体を抑え、少しでも次に襲ってくるシャトルを取ろうと視線を前に向ける。

 だが、シャトルはネットギリギリに入って誰も打ち返しては来なかった。


「サービスオーバー。フォーティーンサーティーン(14対13)」

「ナイスショット」


 早坂がシャトルを拾って武へと手渡してくる。表情は微妙なものを浮かべていたが武は苦笑いしつつ言葉を返す。


「一点は一点さ。なんか、杉田みたいだな」


 今は一緒にいない仲間を思い出す。今頃は部活で練習を重ねているに違いない。

 自分は遠く離れて、他校のライバル達と共に試合に望んでいる。それでも浅葉中バドミントン部の仲間として、忘れてはいない。


「なんだか、随分と昔のことのような気がするな」

「何それ。リラックスしてるみたいね」

「当たり前だろ。フレームショットも作戦だって」


 全く意図していなかったが作戦と言い張ると次のことが浮かんでくる。

 完全に宣言通りとはいかなかったが、一点だけでサービスオーバーとして、セティングには到達していない。今後、あと二回のサーブ権の内に一点を取ればいいのだから難易度はだいぶ下がるだろう。


「ストップ!」


 しかし、ネットの向こうで吼える西村と坂本の様子を見ていると二回でも一点は足りないのではないかと思えるほどだ。前だけを向き、セティングがあるという考えに頼らずにひたすら目の前の一点を取るだけ。そのためには全力のスマッシュを決める必要がある。


(あのフレームショットで、もしかしたら選択肢が生まれているかもしれない)


 強打かフェイントか。フレームショットは大げさになったが、武の全力のスマッシュ体勢からフェイントを使われたら取れないことが露呈したことになる。ならば、同じ状況で今度こそスマッシュを成功させれば、最後になるかもしれなかった。

 武は唾を飲み込んで自分を落ち着かせると、早坂に「一本」と静かに呟いて移動する。そして次の瞬間、両足に一気に痛みとだるさが噴き出した。


(疲れてる時にジャンピングスマッシュ、か)


 全身を用いて全力以上を引き出そうとした代償。そうしなければ負けるかもしれないのだから選ぶしかない道。武は思い切り足を踏み込んでフロアに地響きに似た衝撃を行き渡らせると、ゆっくりと腰を深くした。


「ラスト一本!」


 ラスト一本という宣言を武は最近してなかった。あくまで十五点目であり、最後を意識すると萎縮するかもしれないと。だが、今回は言葉に乗せて自分の意志を告げてきた。つまりは、このラリーが最後という意思表示。


「いいねえ! こっちは絶対ストップだ!!」


 西村が笑いながら吼える。早坂も坂本も互いのパートナーをしょうがないなという視線で見つつも、それぞれ応じた。


「ラスト一本!」

「絶対ストップ!」


 早坂のサーブを受けるのは西村。早坂が弾道低めのロングサーブを飛ばした瞬間に西村のラケットが動いてシャトルを打ち返す。尋常ではない反応速度で強打されたシャトルを武は慌てて躱しつつもラケットを軌道に置いて打ち返した。

 辛うじてラリーへと持ち込み、再びドライブで打ち返されてきたシャトルを武はコートにいる全員の位置関係を把握した上で左足を前にして右足を後ろへ踏ん張る体勢を取ると、ラケットを後ろへと思い切り振りかぶった。

 先ほどフレームショットを杉田が打ったように思えたため、今度は林の打ち方を真似してみる。


「おあああ!」


 あくまでも思いつきのショット。

 渾身の力を込めたドライブはフレームショットとはならず、ダブルスの右サイドを真っ直ぐに貫く。

 西村が、今度はラケットをバックハンドに持ってロブで打ち返すと、武は飛び上がって逆サイドにスマッシュを放った。距離があったことと速度が遅かったために坂本が拾ってネット前に落とす。

 早坂がヘアピンでストレートに返したところ西村が再び追いついてクロスヘアピン。

 サイドラインに沿うようにストレートへと軽く打ち返すと、西村が逆サイドに切り裂くようにシャトルを打っていた。


「いかせない!」


 早坂は右足を思い切り踏み込んでから逆方向へと飛んでいた。

 西村のきわどいクロスヘアピンを取るために、体をダイビングさせてシャトルを拾う。フロアに叩きつけられる音が響く中、シャトルは坂本の頭上へと向かった。早坂はまだ立ち上がれず、武はスマッシュを予測してネット前に飛び込んでいく。坂本は武達の状態を確かめたうえで、シャトルを低く打ち上げていた。


(予定、通り!)


 あえて前に出て後ろへとシャトルを誘うという作戦が成功した。武は驚く顔を浮かべる坂本が遠ざかるのを見ながらシャトルの落下地点の後方まで移動し、前方に思い切り飛ぶ。

 体中の力を右腕に込め、シャトルすべての思いを結集するイメージを頭へと思い浮かべる。


(これで、最後だ……今日、ラケットでシャトルを打つのを、これで終わらせるんだ!)


 自分の中からこれほどまでに強い想いを吐き出したのはなかったのではないかというくらい、武はシャトルに向けて思いを込めてラケットを振る。

 シャトルがガットの中心を的確にとらえた感覚と共に、会心の音を響かせてスマッシュが西村と坂本の間へと落ちていった。


「うおあ!」


 それでも西村は咆哮と共にシャトルを返してくる。

 最速のスマッシュが返されて、ネット前にふらふらと上がったものを早坂が飛んでラケットを使った。手首で強引に角度をつけて落とすものの威力はなく、再び西村が上を見ないまま勘で振ったラケットにシャトルが当たり、武と早坂の中間部に落ちた。


「相沢!」

「う――あああ!」


 渾身のジャンプで両足が悲鳴を上げていたが、武はそれでも飛んだ。

 飛び上がる軌道。落ちてくるシャトルの軌道。

 武は、これまで打ってきたどのシャトルよりも完璧なタイミングでシャトルを捉えた。


「だっ!」


 ラケットを振りきった先で再びラケットを振るう西村。

 だが、ガットに打ち返される音ではなく、響いたのはフロアへと着弾する音だった。

 着地に失敗して四つん這いになった武は、そのまま顔を上げられずに息を切らせる。どうなったのかを把握する前に審判の声が耳に届いていた。


「ポイント。フィフティーンサーティーン(15対13)。マッチウォンバイ、相沢・早坂。南北海道!」


 審判の言葉に弾かれるように、武は顔を上げた。

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