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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
360/365

第360話

 坂本から勢いよくえぐり込まれてきたシャトルに対して、武はラケットを差し出すだけで精一杯だった。

 しかし、シャトルはネット際ギリギリに返されて西村もラケットを出すだけで強打はできない。西村の移動速度を上回る速さを持ってシャトルにタッチすることで武も十分前衛で対抗できていた。


「はっ!」


 それでも前衛で不利になるのは西村のネットプレイ。

 そのタイミングで、というところで簡単にクロスヘアピンを打ち、武は追いつくだけで精一杯でまたチャンス球をあげてしまう。

 インターセプトされなくなったことが救いだが、相手からの攻撃の手を止められないというところは危機に陥っているまま。


(ここで離されたら……)


 武は素早いラリーの中でも一瞬だけ得点を意識する。

 10-9で西村達の攻撃。

 早坂に攻撃を任せて自分は完全に防御に回り、西村のプレイも好きにさせないようにしてきた結果、一点リードされているもののまだ離されてはいない。

 セカンドサーブからのこの回を抑えれば、再び攻撃権は武達に移って得点で引き離すことになる。

 セカンドゲームと似たような状況だが、違うのは互いの動きだ。

 西村の反応速度に武も追いつくのが精いっぱい。それでも前衛から無理に後衛へと押し出すという戦術を止めた分、武もまた西村が使ったように早坂のスマッシュやドロップの動きを極力読ませないという動きにシフトした。

 お互いに、パートナーに攻撃を任せて自分は防御に徹する。

 見えなくても経験則や前衛の男の動きを意識してコースを予測するということを繰り返していくと、精度は西村のほうが上かもしれないが試合をする上ではそこまでハンデにはならなかった。

 しかし、武は油断しない。


(ほとんど互角にもちこめていても、あっちのほうに分があるから一点の差がついている……のか……)


 総合力でいえばやはり西村と坂本ペアのほうが上かもしれない。

 それは間違いなく自分と西村の差だ、と武は自覚する。足を引っ張っているとまでは思っていないが、自分のマイナス点をどれだけ減らせるか。坂本に対する早坂の加点をどこまで増やせるかが勝利の分かれ目になるだろうと考えていた。


「おら!」


 坂本のスマッシュを打ち返した武の前で即座にラケットを振る西村。

 武の防御をこえた先には早坂が待ち構えており、大きくロブを打ち上げる。

 武も西村に決定打を与えるようなシャトルを打っていないため、早坂も何とかカバーできている。それに文句を言う早坂でもないし、武も戦略上必要なら助けてもらうということには納得している。


(でも、勝つにはあいつが攻撃しないと)


 再び坂本のスマッシュ。飛んできたシャトルを打ち返せずに顔をしかめた武だが、ふと気づいたことがあった。

 再び上がるシャトルの真下でジャンプをして坂本はジャンピングスマッシュを放ったが、シャトルはネットに引っかかって落ちてしまった。


「サービスオーバー。ナインテン(9対10)」


 審判のカウントに声を出さずにガッツポーズする武。体中の力を凝縮するかのように拳を握って腰だめに置く。ここでサービスオーバー。しかも相手のミスでシャトルを取り返せたことは大きい。精神的に追撃するためにもいい条件だ。

 跳ね返ったシャトルは西村が拾って武へと返す。その後に坂本のところへと近づいて肩に手を置いた。

 優しい手つきと坂本が怯えた顔が穏やかなものに変化する様子を見ていると、胸の中に浮かんでくるものがある。


(まさかな……別に、今の状況で関係はない、か)


 浮かんだ考えを一度切り捨てて武はサーブ位置へと向かう。そこに早坂が立っていて肩に軽く手を置いて叩いた。


「一本。お願いね」

「フォロー頼むよ」

「任せておいて。絶対取るから」


 この場において、絶対という言葉にどれだけの説得力があるのか。

 しかし、武には早坂の絶対は100%だと理由もなく思った。

 この根拠のない信頼感がダブルスを繋げてくれる。

 追い込まれている試合でも堂々としたショットを打つための自信をくれる。

 吉田からもらっていた自信を、今は早坂が与えてくれる。

 

(俺は、早坂に与えられているのかな……)

「相沢がショートサーブを打つなら、大丈夫だから」


 武の心の内を読んだかのように早坂が呟く。

 汗を手のひらで拭いて太ももになすりつけてから、笑顔で続けた。


「自分を信じてよ。ここまで私を引っ張ってきてくれたんだから」


 一つだけ力強くうなずいて前を向く。

 世辞ではない早坂の心からの言葉だと思える力。

 疑えばきりがないが、疑う意味もない。早坂はもともと冗談を言わない人柄だが、本心をちゃんと話すことも少ない。おそらく聞いているのは特に仲の良い数人だろう。その本心を今、この場で明かしている。それほどまでに自分をパートナーとして認めているのだという信頼が伝わってきた。

 互いが信頼で繋がっている。ダブルスで、二人だけど一人のような感覚。

 自分達が一つの個体として相手と戦っているのだ。


(そうだ。この感覚は吉田と一緒だ)


 本当に辛くなった時に何度も助けられた、吉田と一体化したような感覚。

 それが早坂とのダブルスでも感じている。

 サインもなく、声もかけずに武は坂本が構えているのを見て、さらりとシャトルを押し出していた。

 あまりにも滑らかに射線上を走るシャトル。

 坂本は前に出ることも忘れていたのか一瞬動かなかったが、慌てて前に出てラケットを伸ばす。かろうじて打ち上げたところに武のラケットが飛び上がり、追いついていた。


「はあっ!」


 気合の咆哮と共に坂本の左足の傍へとシャトルが叩きつけられる。

 同点になる一撃に、坂本も西村も反応できなかった。

 現実が追いついて審判が得点を告げても坂本は呆然として動こうとしない。

 武がネットの下からラケットを伸ばしたところでようやく回復したのか、自分でシャトルを拾い上げると羽を整えてから武へと渡す。だが、その表情はこれまで見たことのないような困惑を浮かべていた。

 逆に武は楽しくてしょうがなくなり、笑顔になっていた。その表情が坂本を更に困惑させる。武はネット前から離れてサーブ位置につくと早坂に向けて言う。


「できるだけ連続してポイント取ろう。ここで、終わらせるつもりで」


 自分の口から出た言葉を聞いて目を大きくする早坂を見て、笑いながら武は前を向く。自分もまた大言に驚いていたが外には出さず、落ち着いた表情のままでラケットを構える。

 シャトルをラケット面の前に置き、リラックスした体勢を保ったままでシャトルを打つ。

 西村も、女子二人も構えていてシャトルを打つのは問題ない。

 だが、武のサーブは全員の思考の間隙を突いたかのように西村の動きを止めていた。

 ひとつ前の坂本へのサーブと同様に、西村は遅れて前に出てシャトルを打ち上げる。

 帰ってきたシャトルの軌道上へラケットを差し出した武は勢いが緩む前にインターセプトし、相手側へと返す。坂本のロブとは異なり強烈な一撃ではなかったことと、西村の反射神経によって落としたシャトルはコートへ落ちる前に打ち上げられた。

 二度目のロブはインターセプトできずに早坂のほうへと舞う。

 武はすぐに前衛の中央に戻り、早坂のスマッシュに備える。


(そうだ。早坂はここで、思い切りスマッシュを打つ)


 早坂の思考を完全に読めた気になっている。

 実際に、シャトルは武が咄嗟にしゃがみこんだ頭上を飛んでいき、西村がラケットを持った手を全力で伸ばして届かせた。

 シャトルの行き先を遮るように武もラケットを伸ばし、西村の視界に入ると表情が驚愕に歪むのが見えた。

 武の動きに明らかに戸惑っている西村はそのままロブを上げようとする。その意識が線のように見えたことで、ラケットをその先に伸ばす。


「はあっ!」


 武のラケットはシャトルを遮り、今度こそ西村の足元へとシャトルを叩きつけていた。


「ポ、ポイント。イレブンテン(11対10)」


 これまでと違ってあっという間に点を取り逆転した武はしかし、これまでと同様に早坂へと向き合って軽くハイタッチをするだけ。少しだけ異なるのは笑顔が自然に浮かぶようになったことだ。


「相沢。楽しそうだね」

「……そうだな。俺、今、すごく楽しいよ」


 素直に自分の気持ちを表現して西村達のほうを見ながら呟くように言う。

 一言ずつ噛みしめるように。


「早坂とダブルスしてるのも楽しいし。西村と坂本のペアを相手に試合してるのも楽しい。ほんと、ここにいて……これて、良かった」


 西村が整えていたシャトルを打って武へと渡してくる。武は空いている左手で受け取って羽を自分で整える。左手で取りやすい位置に寸分ずれることなく飛んできたシャトルに、西村の技量を感じ取って身震いしてからサーブ位置についた。


「こいつらに、勝てるかもしれないってことが。嬉しい。皆のおかげで、俺は強くなれた」

「……私もだよ」


 サーブ体勢を整えている武の傍まで歩いてきて早坂は、背中で言う。

 すぐに離れてプッシュを迎え撃つ準備を整えたのを感じ取り、武は「一本!」と吼えた。

 同時にショートサーブを打つと坂本がプッシュでシャトルを奥へと打ち抜く。

 ギリギリの弾道でサーブを放ったにもかかわらず強打で沈められようとしたが、早坂の読みが上回ったのか素早くラケットを差し出してしっかりとロブを上げた。

 武は咄嗟に早坂が移動した逆サイドへと踊るような軽やかさで移動し、サイドバイサイドの陣形を取った。シャトルがロブで飛んでいった奥には西村が飛び上がっていて、ジャンピングスマッシュでシャトルを叩き付けるように打ち抜いていく。

 狙われたのは早坂で、サイドぎりぎりに落ちようとする軌道。だが、早坂は速さに負けずにラケットを振り抜いて、西村が打った場所と逆サイドへとしっかりと返した。

 西村は高速移動から横に飛びながら、またしてもスマッシュを放ってきた。ただでさえ姿勢制御が難しいのに、横っ飛びのまま打ってきてもシャトルの軌道はぶれず、威力が増している。今度は武が拾ったが、重さにも力強く返球した。

 早坂とは違い、逆方向ではなく今、シャトルを打った場所へと返されたシャトル。だが、それも武の意図通り。

 着地した直後に重なるように打ち上げたシャトルに対して、西村は再び飛び上がった。常人ならば脚力が落ちるかもしれないが、西村は違って前よりも跳躍しているように武には見える。十分な滞空時間の末に体を弓のようにしならせて放ってきたシャトルが武と早坂の間を抜けようとする。


(……見える)


 武はバックハンドで咄嗟にラケットを出し、シャトルに触れさせていた。

 力を入れずにシャトルを受け止めるというようなイメージで差し出した結果、威力を完全に吸収してネットすれすれの位置にシャトルを運ぶ。

 ネット前に控えていた坂本も距離がほとんどない場面では、強打もコースを狙うこともできずにただ前に返すだけ。

 目の前にいた武にとっては、絶好球でしかなかった。


「はあっ!」


 鋭く下から上にスライスするような軌道で振り抜かれたラケットによって、シャトルは坂本の横に叩き落された。

『ポイント。12-10』と告げる審判の声は何故か武の耳には遠くに聴こえた。


「ナイスショットだ! 相沢!」

「武!」

「早さん!!」


 口々に叫ぶ仲間達。応援とよべるのかさえ微妙な、口から泡を吐くほどに一心不乱に声を出している。

 北北海道の選手達も、西村と坂本に止めろと声を出して行く。

 観客席から見ている同世代や監督世代の応援の声も届いていた。

 同じくらいの比率で両校を応援する人々。自分達とは全く関係ない人達のはずなのに、地元でもないのに声援が響いていく。

 声の洪水の中で坂本からシャトルを受け取った武は高鳴っていく心臓の鼓動を抑えようと深呼吸した。興奮だけではなく、体力的に一気に減っていた。

 今のプレイに集中力を過剰に使ってしまったためらしい。


(感じる……俺は、強くなってる)


 先ほどから感じている成長の鼓動。それに体が付いていかなくなっている。だが、開いた蓋から溢れ出た流れに乗らなければ、西村と坂本を倒すことはできないことは直感的に悟っていた。


(橘兄弟とやった時と同じだ。蓋が開いて、どんどんシャトルに反応できるようになってる。あの時と同じ感覚……)


 武はサーブ位置について構える。何度も深呼吸をすると徐々に体の中に酸素が循環していき、異常な状態から正常な流れへと戻っていく。少し時間がかかったことで後ろから早坂が心配そうに声をかけてきた。


「相沢、大丈夫?」

「ああ。大丈夫。一本、取るぞ」


 大丈夫と言えば大丈夫。自分にマインドコントロールをかけるつもりで呟いて、武は西村と向かい合う。相手から来るプレッシャーが増大して、押し潰されそうになるような錯覚にも武は真正面から受け止めていた。

 堂々と背筋を伸ばし、ラケット面にはシャトルを当て、肩の力を抜き、リラックスした体勢のまま動きを止める。あとは、タイミングを見計らってシャトルを打つだけ。


「――綺麗」


 誰かが言った言葉が聞こえたような気がして、武はそれを合図にシャトルを打つ。ショートサーブで運ばれたシャトルは西村にネット前で撃ち落とされる。しかし、武がすでにラケットを出していてロブをしっかり打ち上げていた。

 サイドバイサイドになって左サイドを守りながら武は西村の動きを追っていた。

 シャトルを打ってくるのは坂本であるため、シャトルの動きは目の端に留めておく。だが、ほとんどの意識は西村を追う。ネット前でラケットを構えて坂本のシャトルを待つ西村の姿が一瞬ぶれたところで武は真っ直ぐ前へと進んでいた。


「えっ!?」


 早坂が慌てる声を後ろに聞きながら、武は自分へと迫ってくるシャトルにラケットを掲げる。前方に押し出したラケットにぶつかったシャトルはスマッシュの威力をそのままに方向を変えて、西村がいるコートへと落ちていく。

 それでも西村は追いついてラケットを伸ばし、ロブを打ち上げていた。二歩も三歩も速いカウンターを使った武もだが、そのカウンターに反応して打ち上げた西村も、明らかに武の動きを読んでいる。


(俺が、西村の動きを読むところまで計算されたか?)


 一瞬の内に頭が回ったとは考えたくはなかった。西村のバドミントン選手としての勘が体を動かしたとしか思えない動き。本来なら決まるはずだったシャトルが返されたことで少なからず動揺したが、早坂から渾身のスマッシュが相手コートの陣地を切り裂いていくのを見て、立て直す。


(西村! 絶対勝つ!)


 胸の内から溢れ出す闘志を抑えずに武は迫ってくるシャトルをより前で打つようにラケットを伸ばしていた。

 12-10

 武と早坂の2点リードで、試合は遂に終盤へと向かう。


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