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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
355/365

第355話

 シャトルが高速で早坂達と相手の間を行き来して行く。

 ドライブ合戦に突入したラリー。

 早坂が打ったドライブに対して坂本が打ち返したことに端を発したこの戦いは、繰り返すごとに徐々に早坂が押していった。

 やがて坂本が耐えきれずにロブをあげた時には早坂が前に出て、武が後ろに回り込む。


「はあっ!」


 渾身の力を込めて放たれたスマッシュを坂本は取ることが出来ず、シャトルはコート外へと弾かれる。後ろで気合いをこめて吼える武にナイスショットと声をかけてから、早坂は気を引き締め直した。ようやくサービスオーバーであり、自分達が得点するために重要なところだ。


「サービスオーバー。スリーシックス(3対6)」


 序盤から広がった点差を何とか詰めようとしている。しかし、相手が一人一点取れているのに対して自分達は二人でようやく一点という現状から生まれたスコアだ。明らかに力負けしている現状を変えなければこのままずるずると進んでしまうだろう。


(まずは、相沢に任せよう)


 武の後ろに回って腰を落とす。ゆっくりと息を吸ってサーブの体勢を整える武の背中を見てから、ネット奥に構える坂本の姿を視界に収める。武のサーブを前に叩き落とさんと掲げているラケットは、これまでの攻防からもはったりではないことは分かっている。

 少しでも失敗すれば鋭いシャトルを叩きこんでくるため、武も慎重に気を落ち着かせてからサーブを打つため遅くなっていた。

 あまりに遅ければ審判から警告を受けるが、出ていないところを見ると審判もまた気付いているのかもしれない。

 コートの上空を渦巻くようなプレッシャーを。


「一本!」

「一本!!」


 武は言葉に上乗せするようにして叫んで、流れに乗るようにシャトルを放つ。打ちだされたシャトルが白帯を越えたところで坂本はストレートにプッシュを放ってきた。

 最短距離を狙うと右利き相手ならば打ちづらい場所にいくのだが、左利きの坂本には絶好の場所にシャトルが飛んできていることになる。

 それでも軌道は低いため、威力は出せても飛距離が伸びてしまう。その間を埋めるのが早坂の役目。


(ここからコントロールして……)


 早坂が狙ったのは武の頭上を越えてネット前に落ちていく軌道だった。

 ストレートにプッシュされたシャトルをクロスに、ネット前へと落としていた。

 武の姿をブラインドにしたものの、坂本は反応してシャトルを追う。

 左利きの坂本にはフォアハンド側であり、腕を伸ばして触れさせた。

 ネット前の強打と異なり、今度はゆっくりと落ちていく。しかし、武がシャトルを上げてラリーはひとまず立て直す形になった。

 今度は相手からの攻撃であり、武は右側に立っている。早坂は左側に腰を落として待ち受けるとシャトルを追ったのは西村であり、飛び上がって高い角度からスマッシュを打ち落としてきた。


「くっ!」


 何とかシャトルの軌道を捕らえてラケットを入れると、腕のスナップを利かせて高く打ち上げる。

 かろうじてシャトルは相手コート奥へと返ったが、ここまでと同じ展開になると早坂の中に焦燥感が募っていく。


(二人ともローテーションが速い……それに、西村もいろいろ、速すぎるじゃない!)


 スマッシュも、コートを移動する動きも西村は早坂の目から見て尋常ではない速度を保っている。スマッシュ自体はおそらくは淺川亮のほうが速いだろうが、対戦したことがない早坂にとっては西村のスマッシュ速度もこれまで比較になる選手と対戦をしたことがない。武や小島でさえ敵わないだろう。

 一発で沈められず、何とか均衡を保っているのは相手のシャトルの軌道をある程度把握して、そこにラケットを振っているからにすぎない。

 半分は勘。半分は、これまでコートに立ってきたことによる経験則。

 どちらもいつ裏切られるか分からないが、今は何にでもすがるしかない。


「おら! ら! らあ!」


 早坂ではなく武へとスマッシュを叩きこむ西村。

 回数が重なる度に押されていく武を一瞬だけ見て、早坂は前に出た。武ならば必ずチャンスを掴んでネット前に落とすだろうと信じて。

 その予想は当たり、武は西村のスマッシュの威力を完全に殺してネット前へと打ち返す。

 前に出る早坂と同時に坂本もシャトルへと向かった。

 白帯を越えた所で坂本がラケットを伸ばして短く揺らす。シャトルに鋭い勢いを与えて、自分もネットに触れないように間合いを外していた。

 今度も武がシャトルを拾う気配を感じて、早坂はネット前の中央で腰を思い切り深く落とした。その刹那、シャトルが頭上を斜めに横切っていく。再びラケットを掲げて追いついた坂本だったが、バックハンドだったからか他の理由か、一瞬タッチが遅れて緩やかなプッシュになる。


「早坂!」


 武が吼えたと同時に早坂は右後方へと移動する。シャトルはストレートにロブが上がって、二人はサイドバイサイドの陣形を取るとスマッシュに備えて腰を落とした。

 流れるような動きに、早坂も自分の体と意識がダブルスの速度に慣れてきていることを理解する。序盤はシングルスとの違いに体感がついていけていなかったが、細胞が活性化して行くように武との連携がスムーズになっていく。

 それでも、西村と坂本のローテーションの速さには微妙に足りない。


「やっ!」


 武達が横に広がるのと同時に前衛にいた坂本がシャトルを追い、西村が前に出てきていた。坂本が振りかぶってスマッシュを早坂の胸元へと打ち込んでくると、西村の前衛に緊張して高く上げるしかない。

 奇しくも、男子ダブルスと女子ダブルスの時に状況は似ていた。

 違うのは、安西や女子ダブルス二人よりも実力がある早坂が防戦を強いられていること。


(やっぱり……取りづらいし、それに、西村!)


 左利きの選手が打つスマッシュは右利きの選手よりも少しだけ速い。シャトルにつけられた羽の向きによるもので、その微妙な差がハイレベルな試合の中だと確実な差として広がっていく。

 早坂も武も何とか微修正を行ったが、3点の差を献上してしまった。もちろん、それだけではなく西村の実力も離される要因となる。

 試合が始まってからの西村のプレッシャーの変化は、向かい合っている武と早坂の気力を少しずつ削っている。

 自分達が知っている時よりも身長が伸びたからか、手足の長さまで伸びて、しかもフットワークは当時以上に軽やかだ。

 元々素早い動きでシャトルを追っていくスタイルだった西村に手足の長さが加わり、武達よりも一歩速くシャトルに追いつき、二歩分速く打ち返してくる。パワーも淺川には劣るもののタイミングや当てるポイントが良いのか強烈で、少しでも気を抜けば上手く弾き返すことが出来なくなる。

 早坂には君長並の速度と、沖縄戦で小島と対戦した田場並の高さを有して襲いかかってくる西村の姿が見えていた。


(……こ、の!)


 押し寄せてくるプレッシャーの波を突き破ってシャトルが飛び込んでくる。

 早坂はバックハンドでネット前にカウンターを打ち、自ら後を追うように前に出る。坂本が待ち構えているのは分かっているが、手ごたえからはプッシュを叩けるような軌道ではない。

 ヘアピンならば真正面かクロスかの二択となる。その分、前に出て選択肢を削っていく。


(ここで一点取らないと……駄目だ!)


 早坂は決死の覚悟と共に飛び込み、坂本はプレッシャーに押されたのかヘアピンを打ってもネットを越すことが出来なかった。

 白帯にぶつかって自分へと向かって跳ね返るシャトルを額で受け止めてしまうのを見て、早坂は足を止める。審判がポイントを告げる前に坂本は早坂へとシャトルを渡した。


「ナイスドライブ」


 坂本は先ほど声をかけてきた時と同じように笑顔で早坂に言った。

 ポイントは4対6となり、ようやく二点差。早坂は息を吐いて天井を見上げた。


(一点が、遠いなぁ……)


 これまで経験したどの試合よりも一点が遠いように思える。君長との試合が近いが、それでも感覚的には今のほうが上だ。

 西村の総合的な実力と、坂本のサウスポーから放たれるシャトルの取りづらさに防御力。

 試合の中で気を緩ませることなど基本的には存在しないが、それでも常に張り続けていれば体力も無駄に消費する。

 ラリーの間にもハイクリアをあげることで一時的に呼吸を取り戻す機会はあるが、そこでの休息がほとんど意味をなしていなかった。


「早坂。大丈夫か?」


 声をかけてきた武に向けて早坂はシャトルを手渡す。

 武の問いかけには答えずに肩を軽く叩いて後ろへと回った。大丈夫ともそうではないとも言わない。言葉にすれば自分の集中が切れてしまいそうだったから。


(大丈夫にする。それだけよ)


 武は早坂を一瞥してから前を向き、バックハンドに持ったラケットの面にシャトルを置いた。


「一本!」

「一本!!」


 武と同調するように吼える。その後すぐに武はショートサーブを打っていた。今度は西村に向けたものだったが、相手は白帯からほとんど浮かないシャトルを綺麗にプッシュしてコースまで狙ってきた。ダブルスコートの右奥。更に端に向けて放たれたシャトルを、足でコートを蹴って飛びこむように追っていく。


「こ……のぉお!」


 早坂は腕を目一杯伸ばしてラケットを届かせる。だが、体勢が悪く打ち返してもストレートにしか返せる状況ではない。

 西村も早坂が打つ軌道を完全に読んでいて、シャトルが放たれるであろう先にラケットを立てて構えていた。早坂は西村の姿を視界に入れると左足にもう一度力を込める。


「やぁあああ!」


 自分でも驚くほどの気合いがこもった咆哮。体をもう半歩分後ろへとずらして打つ場所を微妙に変える。そのままラケットを振り切ると、ストレートではなくクロスにシャトルを飛ばすことが出来た。完全に逆サイドではなく中央寄りだが、読みの裏をかかれた西村は一瞬だけ動きが止まり、シャトルを追って行って追いついても強打を放つことが出来なかった。

 前をカバーする武から遠くなるように、左ネット前の一点に落とすような絶妙なコース。それでも武はバックハンドですくい上げていた。


「うおおら!」


 武にとっても取りづらいシャトルだったが、早坂に応えるように吼えて打ち上げる。

 まだ攻撃は止んでいないが、立て直すために横に広がり、中央で腰を落とす。早坂も慌てて右サイドの中心部で腰を落としてスマッシュに備えた。

 しかし、放たれたのはハイクリア。坂本が打ったシャトルは弓なりではなくドライブに近い形で早坂の後方をえぐる。フットワークを駆使して追いつこうとしたが早坂の想定以上にシャトルが伸び、飛び上がって体を弓なりに反った。


「はっ!」


 自分の体の柔らかさを利用してのハイクリア。だが、足運びで追いつけていれば不要なもの。まだ速度についていけていない。体の速度ではなく、思考速度。シングルスプレイヤーとしての自分は武との連携こそかなり克服できているものの、ダブルスの動きにはまだ届かない。


(もっと速く。もっと鋭く)


 普段ならハイクリアを打つ場面でもハイクリアは打たない。

 本当に体勢を立て直す時くらいならば打たざるを得ない。そう分かっていて、実際に守っている自信はある。だが、西村や坂本からのドライブやスマッシュ攻撃に自分の体に刻まれたシングルスの記憶がどうしても邪魔をして、微細な動きの遅れを生み出していた。

 それは外から見ても、並のダブルスにも分からない程度の遅れだったが、西村と坂本というミックスダブルスにはその隙は致命的になるらしい。


「だっしゃ!」


 西村が飛び上がって角度を変えたスマッシュを早坂へと打ち込む。一歩前にえぐりこんできたシャトルにラケットを伸ばしたが、届かずにフレームに当たって相手コートの前にふらふらと浮かんだ。

 前に飛び込んだ坂本の格好の餌食となったシャトルは、確実に早坂側のネット前に叩き落とされた。


「セカンドサービス。フォーシックス(4対6)」


 苦い顔をして相手を見返すと坂本は嬉しそうに西村とハイタッチを交わしていた。二人で早坂を集中して狙い、出来た隙に叩きこむ。忠実な戦法をこなしているところと二人の間にある気軽さに、早坂はため息をついた。


(ミックスダブルスの練習時間なんてなかったはずなのに……なんで西村達はあんな感じなんだろ)


 ミックスダブルスが中学の公式戦で種目にない以上、西村と坂本は組むのは初めてのはずだ。同じ部内ということで何かの練習で組むことはあるのかもしれないが、それでも魅せるコンビネーションは早坂から見る武と吉田のそれに近い。向こう側に合わせて表現するならば、西村と山本龍のペアとほぼ同等と言ってもいいかもしれない。


「早坂。あんまり気負いすぎるなよ? 俺らは俺らだ」


 先ほどとは逆に、今度は武が早坂へとシャトルを手渡してくる。

 相手ペアのことを考えているのが顔に出ていたのか、武は相手を意識しすぎないようにということを念押ししてくる。

 早坂は素直に頷いて、口を開いた。


「相沢。このままだと押し切られるかも……どうしよう」


 早坂の問いかけに武は動きを止めて顔をじっと見つめた。視線に恥ずかしくなり目をそらしながら「なによ」と呟くと武は笑って肩を叩く。


「まさか早坂からどうしようって言われるとはなって思ってさ」

「私だってダブルスは不慣れなんだから。ダブルスメインのあんたに聞くのがいいと思って――」

「そうだな」


 武の声に混じる安堵に早坂は初めて気づいた。そして、自分一人で何とかしようといつしか思っていたことにも気づく。ダブルスのパートナーとして武を信頼しているのは間違いないが、ラリーを続けてきて自分だけが狙われるうちに自分だけで何とかしないと行けないと思いこんでいた。

 それこそ、シングルスで戦ってきた思考回路が集中攻撃によって開かれたのだろう。

 西村達の故意なのか偶然なのかは分からないが、良いように翻弄されていたのかもしれない。


「相手は早坂を狙ってきてる。そして早坂は速さ負けしてる」

「まだシングルスの癖が抜けてないかもね」

「なら、強引に速さに慣れてもらおう」


 武が説明する今後の作戦に早坂は目を丸くした。弱点を隠さないまま戦っている早坂に、更に剥き出しにして挑めと言っているようなもの。しかし、早坂は不敵に笑う。


「いいじゃない。攻めて攻めて攻めまくるってやつね」

「そ。お前の性格にも合ってるだろ?」

「なんで相沢が私の性格分かってるのよ」

「分かるだろそりゃ」


 あっさりと言い返してきたことに早坂は呆気にとられる。

 その様子が更に要領を得なかったのか、武は首をかしげながらレシーブ位置についた。

 あまりに時間をかけていれば注意を受ける。

 早坂もそれは分かっていたが、武が自信を持って言うことが気になって視線だけは向けている。武はため息をついて呟く。


「小学校の時からバド続けてるんだからさ。分かるだろ」


 恥ずかしそうに視線をそらしながら言う武に、早坂は逆に力が抜けていた。

 小学校一年から六年は町内会のサークル。そして中学生からは部活。一番仲がいい由奈と共に、武もまた一緒の時を過ごしていた。

 当時は実力も段違いで、怖がって近づかれなかったものの、その差を埋めるために武はずっと自分を見ていたのかもしれない。


「よし、一本」

「おう!」


 西村達の重圧が弱まったかのように思えるが、実際には自分が放つ気合いが跳ね返している。自分の中から生まれる気迫に乗るように、早坂はサーブ体勢を取っていた。劣勢を取り返すために。


(いくわよ、西村。坂本!)


 バックハンドからのショートサーブは無駄のない力によって白帯すれすれに飛んで行った。

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