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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
353/365

第353話

 宇佐美の放ってきたドライブを同じくドライブで弾き返す藤田。

 しかし、球威は向こうのほうが上であり、前に出ていた岬が更にドライブを打ち返してきたことで清水の防御が抜かれてしまった。

 後ろにいた藤田は何とか腕を伸ばしてラケットを届かせたが、シャトルを強く打ち返せずにネット前に上がってしまう。無防備に上がったシャトルへ飛び込んだ宇佐美は渾身の力でラケットを振り、清水の足元へとシャトルを叩きつけていた。


「ポイント。トゥエルブサーティーン(12対13)」

「ナイッショ!」

「しゃ!」


 嬉しそうに声をかける岬と、男子のように吼える宇佐美。

 二人の歯車が完全にかみ合って清水と藤田へと襲いかかってくる。

 その力は想像以上にあっさりと一点差まで詰め寄らせた。

 最初の得点時にファーストサーバーの得点を失敗させたところにまだ救いがある。次の岬のサーブからの攻撃を防ぐことが出来ればサービスオーバー。詰め寄られたところから逆に突き放し、勝つチャンスが生まれる。


(幸い、ここまでほとんど一方的だったから体力は減ってないしね)


 強引に攻めてくる相手の速度に負けないようにロブで返して、できるだけゆっくりとしたペースを保とうとする藤田と清水。

 それに対して速度をつけて烈火のごとく攻めこんできて、得点差を一気に詰めようとする宇佐美と岬。

 攻めようと決めた藤田達だったが相手はその隙を与えてくれず、望まぬ防戦に持ち込まれていた。

 精神的にも辛くなってまた初期のスタイルに戻すと決めたが、今までと違って猛攻を防ぎきることはできない。シャトルが打ち込まれる度に速度があがっていき、最後はラケットが追いつけなくなる。宇佐美達は高くなったテンションをラケットからシャトルへと伝えているに違いなかった。


「よーし一本!」


 岬はセカンドゲーム途中までと打って変わって明るい声で宣言する。

 宇佐美もサーブ体勢を整える岬の後ろで腰を落としながら笑顔で反応していた。北北海道の面々も笑って二人に対する声援を厚くしていき、既に試合が決まったかのような空気がコートを包み込んでいく。武達も連続得点にめげずにストップするように藤田達へと声をかけているが分が悪い。

 だが、藤田はプレッシャーを感じることはなくなっていた。

 清水のほうを見ると、同時に互いを見たのか視線がぶつかる。お互いの顔はうっすらと笑みを浮かべている。あと一点で追いつかれるという状況は間違いなくピンチ。セティングを使って得点を伸ばしてもサーブ権を奪えず終わるかもしれないのに、心は重たくない。


「さ、ストップしようか」

「うん」


 互いに笑いあって手を打ちつけ合う。

 乾いた音はコートに響き渡り、互いの声援が止まった。

 何が起こったのか相手も分からなかったのかあたりを見回して、藤田と清水の立てた音だと悟る。

 すぅっと息を吸い込む音を立ててから、一瞬で吐き出した。


「ストップ!」

「ストップ!!」


 静まったところを見計らっての、全力の咆哮。

 それまでの空気を押し流すには十分な一撃だった。

 固まっていた岬は後ろにいた宇佐美の声によって我を取り戻し、改めてサーブ体勢を整える。

 迎え撃つのは清水。後ろに藤田がついて一緒に腰を落とし、まるで二人同時にサーブを打ち返そうとしているようだ。

 あたり前だが打ち返せるのは清水のみ。岬も分かってるのか、一瞬だけ藤田に意識を向けたものの清水へと改めて意識を集中した。


(サーブ権を取り返せるビジョンなんて……ないけどね)


 相手に対して虚勢を張りつつ、内側では必死になって打開策を探す。

 それでも、実力差を埋める手立てはバックハンド側を狙うという行為にあるくらいで、ほとんど封殺されている。

 しかし藤田も清水も同時に思い至ったのだ。

 ここで虚勢でもしっかりとしたところを見せつけることで、流れを食い止めなければいけないと。


「一本!」


 改めて言った岬はショートサーブを放つ。白帯を越えて進むシャトルへと向かわずに、その場でロブをあげることには変わりがない。だが、藤田の眼にはこれまでのショートサーブよりもシャトルが高く向かってきているように見えた。清水もそれは感じていて、実際に差し出したラケットが飛ばしたシャトルはほんのわずかだが早く、遠くへと飛ぶ。

 シャトルを追った宇佐美は難なくシャトルの下へと追いつき、スマッシュを放つ。だが、そのシャトルも鋭さがほんの僅かだが悪いように藤田には思えた。

 清水は迎え撃って取ろうとしたシャトルに対してラケットを出し、バックハンドでロブを打ち上げる。シャトルを打ちこんできた相手にではなく、更にタイミングも早い。

 宇佐美はほぼ真横に移動してシャトルに追いつき、今度は藤田の前へとスマッシュをストレートに打ち込んだ。


(これを、ストレートに!)


 岬が前衛にいることは分かっていたが、藤田は自分の胸元へと飛び込んできたシャトルへと逆に突進してバックハンドでストレートに打ち返す。岬がシャトルをインターセプトしようとラケットを伸ばしたが僅かに届かず、シャトルは低い弾道で宇佐美へと飛ぶ。

 バックハンド側にスマッシュもできない低い弾道で飛んできたシャトルを、体を左側に反らすことにより強引にフォアハンドで打ち抜く宇佐美だったが、バランスを崩してコート外に足を踏み出して体を留まらせた。

 返ってきたシャトルを、致命的な隙が生まれた左側へと打ち込むために藤田はラケットを構える。だが、軌道を塞ぐように岬が腰を落としてラケットを掲げていた。どこの軌道に打ってもラケットで触れさせるという気迫は、藤田に失敗のビジョンを浮かび上がらせた。


(ならこっち!)


 藤田の取った行動はシンプルだった。隙を突こうとすれば相手に見切られて逆にカウンターを取られる。

 ならば相手がいる方向に無理せず打とうと。


「はっ!」


 藤田が打ち返したのはストレートのドライブ。

 宇佐美はラケットが間に合わず、フレームに当ててコート外へとシャトルを飛ばしていた。


「サービスオーバー。サーティーントゥエルブ(13対12)」

『ナイスショット!』


 パートナーの清水よりも先に、コートの外から武達が藤田の値千金のショットを誉める。声の洪水に頭を揺さぶられながらも清水は笑って手を挙げた。藤田も掲げられた左手に思い切り掌をぶつけて高い音を立てる。

 追い詰められたところから一転、大チャンス。

 二回のサーブで二点を取れば、自分達の勝利が決まる。


(ここで取れないと多分、負けるけど)


 最悪の事態を思い浮かべてから追い出して、藤田は受け取ったシャトルをゆっくりと体の前に出してラケットを添える。

 深呼吸した後でネットの先を見ると、宇佐美が飛んできたシャトルを叩き落としてやるという気迫を前面に押し出してきていた。藤田は相手の気合いに飲み込まれないように一度目を閉じて、再度開くと無言のままシャトルを打ち上げた。これまで放っていた気合いの言葉を省略したからか、宇佐美の後ろへと移動するタイミングが一瞬だけ遅れる。

 サイドに広がって腰を落とした二人のどちらにスマッシュを打ちこむか決めた宇佐美は、裂ぱくの気合いと同時にラケットを振り切っていた。


「はあっ!」


 自分へと続く空間を切り裂いて飛んでくるシャトルを、清水はどう見たのかは藤田には分からない。

 しかし、それまでロブをちゃんと上げていた清水が前に打ったのは、けして間に合わなかったということではなく、意識して打ち返したに違いなかった。

 能動的にラケットを振った結果生まれたシャトルの軌道と、その後の動き。

 まるで決められたルートを進むように体が前へと流れて、シャトルは勢いを完全に殺してネット前へと落ちていく。

 これまでと違う軌道。

 これまでと全く異なる自然な動きに、岬は全く動けないままシャトルを見送った。


「ポイント。フォーティーンマッチポイント、トゥエルブ(14対12)!」

「な……ナイスショットっ!!」


 審判が得点を告げた事実から体が動き、清水へと駆け寄る。自分がしたことにも関わらずどうなったのか把握していなかった様子の清水は、藤田が肩を叩いたことでようやく実感を得たらしい。笑顔で頷いて藤田へと告げる。


「さ、一本だよ」

「うん」


 シャトルがちょうど藤田のところへと飛んできて、ラケットで受け取る。打ち返した宇佐美の表情はここにきて感情を浮かべてはいなかった。崖っぷちに追い詰められたからこそ、平常心を保とうとしているのかもしれない。

 コートの周りから押し寄せてくる応援の気配。相手も味方も、観客の視線も全てが集まってくるコートの中心にいる自分。全く想像できなかった展開に藤田は自然と笑っていた。


「なにこれ……夢みたいよね」


 誰にも聞こえないように呟く。

 おそらくは、もう二度とこんな場所でバドミントンをすることはないと思うほどに顔が緩んでいく。

 ネットを挟んで構える岬の表情が険しくなったところを見ると、笑っている自分が不快に映っているのだろうことが分かった。

 それでも、止まらない。

 それはけして諦めや馬鹿にしているということではなく、純粋にこみあげてくる嬉しさによるものだった。

 立つことはないと思っていた場所に立ち、するとは思わなかった勝負をして、期待されるとは思っていなかった勝利を肩に乗せる。

 バドミントンをしてきたから。全国大会でほとんど活躍することがなかったとしても、仲間を応援し続けた結果がここにあると信じることが出来た。


「一本」


 声は力みなく出る。ラケットをシャトルに添えて構える時も力は入らなかった。無重力状態にでもなかったかのように体は軽く、ラケットもシャトルも重みを感じない。

 だからこそ藤田は打ってしまったのだろう。

 ラケットのうごきを最小限にした上でのショートサーブ。これまで打つことがなかったショートサーブを放って、シャトルは白帯を越えて向こう側へと落ちていく。

 飛距離は十分。高さも白帯を越えてからは落ちていき、プッシュはできなかった。

 しかし宇佐美は前に出てロブを上げる。

 インターセプトされないように角度をつけて。それでも、藤田のラケットはシャトルへと届いていた。ネットに貼りつく寸前まで近づいてロブが打たれた瞬間にラケットを伸ばして飛び上がる。

 シャトルは藤田のラケットを躱してコート奥へと飛んでいくはずだったが、藤田の背の高さのせいか、ロブの角度が僅かに足りなかったのか、フレームに当たってシャトルは岬達のコートへと跳ね返っていた。


(入れ……)


 跳躍から着地する前までにシャトルも共に落ちていく。シャトルはまだ藤田側にあり、どちらに入るかは分からなかった。ネットを越えて相手コートにあるシャトルを叩くわけにはいかないため、前に出た岬もプッシュすることはできない。

 ギリギリまで見極めて自分のコートの領域に入ったところで、ラケットを動かすしかなかった。だが、シャトルは最後まで二つのコートの境界線を進み、白帯へとシャトルコックがぶつかった。


(あ――)


 シャトルは岬の側へと倒れて落ちていく。自分が打つ出番だと分かった時は、岬にとって致命的な遅れ。

 落ちていくシャトルを拾うことが出来ずに、ネットへと引っかけた瞬間に、全てが終わっていた。


「……ポイント。フィフティーンサーティーン(15対13)。マッチウォンバイ、藤田・清水。南北海道!」


 審判が熱を込めて伝えるカウントと勝利者。自分の名前が呼ばれた瞬間に、藤田は腰を抜かしてしまった。

 外から入ってくる音が全く聞こえなくなる。心臓の鼓動が自分の体を包み込むかのように、いきなり音が途切れたかのようだった。これまで塞き止められてきたものが解放されたように、息は切れて視界が暗くなる。

 それでも周囲を見回すと観客席には拍手をしている人達が見え、コートの外からは武や早坂。小島、姫川、吉田に安西、岩代。そして瀬名が立ちあがって二人を見ていた。


(清水……)


 清水の姿を探すと自分へと接近した彼女が見えた。

 伸ばされた手をしっかりと掴んで立ちあがり、改めて顔を見ると目は赤く染まっていた。汗が入ったというような理由ではないだろうということは想像に難くない。


「勝ったね」


 何も聞こえなかったところに届く言葉。

 その直後から一気に周囲の音が清水へと押し寄せるような錯覚を得る。

 本当ならばずっと聞こえていたのだろうが、無意識のうちにセーブをかけていたのかもしれない。試合が決まった後に初めて聞こえるのは清水の声。そんな思惑がどこかにあったのかもしれないが、藤田にはそれを考える余裕はなかった。清水に起こしてもらっても足は震えて上手く動けない。だが、ネット前にゆっくりと歩いていき、立っている宇佐美と岬の前で頭を下げた。

 二人は息を切らしていたもののしっかりと床を踏みしめて立っている。


(それでも、私達が勝ったんだ)


 いくつかの幸運が重なったとしても、ここまでシャトルを打つことが出来たのは日ごろの練習成果と、全国大会に入ってからいろんな選手のプレイを目に焼き付けてきたことが要因だろう。

 才能も努力も足りないとしても、できることはあるはず。

 そう思ってきたことが、ようやく報われた。


「セットカウント、2-0で藤田、清水組の勝ちです」

『ありがとうございました!』


 堂々と頭を下げ、試合が終わった後のあいさつをしてコートから出ていく。

 その姿は堂々としていて、どちらが勝ったのか分からない。その背中を見ながら二人もまたゆっくりと、よろめきながらもコートを出ていた。

 出迎えた仲間達とコーチの顔には安堵と興奮が浮かんでいるが藤田も、そして清水も反応する余裕はなかった。


「つか……れた……」


 前に倒れるのを支えたのは姫川。清水は瀬名が支えていた。ほぼ体力は満タンだったはずの清水でさえ疲労で足が震えている。準決勝を戦った自分の体力が尽きるのは決まっていたことかもしれない。


「頑張ったね」

「……なんとか、ね」


 体はまだ自分で支えられないまま、藤田は姫川にしか聞こえない程度に囁いた。


 全国バドミントン選手権大会団体戦、決勝。

 女子ダブルス。

 藤田、清水組の勝利。

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