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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第035話

 ベッドから出ていた肩口から身体全体に寒気が伝わり、武は身震いして意識が覚醒した。最初は単純な寒さ。次にその寒さの性質が何かが自然に頭に入ってきた。

 それと同時にくしゃみで身体が跳ねる。


「けふ……さ、さむ!」


 布団を被り辺りを見回す。けして窓が空いているなど落ち度はない。昨夜も寒くなるだろうと確かめたはずだ。秋から冬に入りかける気候に十分注意したはずだった。それでも、武が布団の中で身体の熱を取り戻すには多少時間が必要だった。


(なんだぁ……?)


 十分ほど布団に包まっていた武は、なんとか身体を外に出すと窓に近寄った。カーテンの向こうにあるいつもの光景を見ようと。

 だが、開かれた世界は真っ白に染まっていた。


「雪、か」


 太陽の光はそのまま。しかし、積もった雪が陽光を反射させて更に強い光を武の目へと運ぶ。眩しさに目を半分以上つぶりながら、武は十二月の始まりを迎えた。



 * * * * *



「一気に雪降ったね」

「自転車が使えなくなるのは疲れるな」


 雪を踏みしめる音の合間に会話する由奈と武。制服の上にはコート。靴はブーツと冬用の男性用靴。中学生男女の冬仕様が道を往く。

 背中にあるラケットバッグの位置をたびたび直しつつ、武は呟いた。


「でもこれも、体力付けにはなるかもな」

「本当、武はバドばっかりだね」

「強くなりたいしな」


 由奈の笑顔に熱くなる頬を自覚しながら、引きつらない笑みを武は作る。

 若葉に気負いすぎを指摘されてからすでに二ヶ月が過ぎていた。張り詰めていた糸を緩めてもらってから今まで、バドミントンに集中する日々が続いている。無理に上を目指そうとせず、一つ一つ階段を登ろうと思ったことで、武は勉強もバドミントンも確実に力をつけていった。

 一方で由奈への淡い気持ちもなくさないまま、たまに意識をして照れる自分を楽しむ余裕も手に入れている。


(学年別で良い成績取れたら……告白でもしようか)


 そう思っても実際にする勇気はない。

 恋に恋する状況を楽しむ心地で、武は中学一年を歩いていた。学校が見えると自然と足が速くなる。寒い外にいたくないという気持ちが二人で歩いていたいという武の思いを打ち消す。それは由奈も同じ――武といたいという思いがあるかは分からないが――なのか文句を言うことなく白い息を吐きながら歩いていった。


「もうクリスマスも身近だね」

「クリスマスの前に直前のテストが問題だな」

「はは。授業中に居眠りとかして起こられないようにね」


 分かっている、と言いかけて武は口を止めた。堂々と言えるほど、最近の授業態度がよいとは言えないと自分で分かっていたからだった。




 季節は秋から冬へ流れ、十二月の始まりに武は今年を軽く振り返る。

 小学校から中学へ。バドミントン部に入った時から今まで。けして短くはない時間を武はまどろみの中で見ていた。ここ一週間はいつも心地よい暖かさの中で夢を見る。これまで歩んできた、たった十三年間だけれども尊い道を。


「相沢。お休みのところすまないが、この問題を解いてくれないか」


 軽い衝撃と共にかけられた声が耳に入ってくる。頭を教科書で叩かれたことに気づくのにしばらく間が必要だった。

 周囲を見回して最初に視界に入ったのは黒板の前にいたはずの教師。瞬間移動してきたかと思ったが、次に見えた時計の針が二十度ほどずれていた。


「あ、すみません」

「成績は悪くないんだから、遅れるなよ。じゃあ、井沢。代わりに」


 離れていく背中をぼんやりと見る。確かに、遅れるわけにはいかない。

 勉強も、部活も、両立させていくのが今の武の目標だった。

 それから授業終了のチャイムが鳴るまで武はシャープペンを動かし続けた。



 * * * * *



「最近の武、珍しいね」

「昨日、夜遅くまで部屋に電気ついてたもんね。なんで?」


 昼休みに由奈、そして何故か若葉と三人で武は話していた。瞬きを何回かしたあとで目をこすり、そのまま机に突っ伏す。いつもよりも多い眠気に抗おうとする気も起きない。


「何時まで起きてたの? って若ちゃんはなんで分かるの?」

「私はトイレに起きたんだ。確か二時過ぎ」

「二時って! それで今日は遅れずにきたんなら、武には睡眠時間足りないね」


 睡眠不足の頭に響いてくる女子二人の声に顔をしかめつつ、理由を説明することにする。安眠妨害を早く片付けたかった。


「吉田から借りたビデオ見てたんだよ」


 その瞬間、空気が止まった。


「夜……」

「借りたビデオ……」


 若葉と由奈の顔が赤く染まり、俯く。それまで武の耳に響いていた声が一瞬で消え去ったことに違和感を感じて武は突っ伏していた顔を上げた。

 飛び込んでくるのは二つの赤面。


(え?)


 二人の顔の理由を理解できず、武はぼんやりとした頭で自分の発現を振り返る。


『武、珍しいね』

『昨日、夜遅くまで部屋に電気ついてたもんね。なんで?』

『何時まで起きてたの? って若ちゃんはなんで分かるの?』

『私はトイレに起きたんだ。確か二時過ぎ』

『二時って! それで今日は遅れずにきたんなら、武には睡眠時間足りないね』

『吉田から借りたビデオ見てたんだよ』


 自分の過ちに気づいて、武は慌てて首と顔を振って否定した。


「お、お前等が考えてるようなビデオじゃないから! あいつが小六の時の決勝戦ビデオ!」

「ビデオなんて」

「あるの?」


 まだ疑いの目線を向けている二人に説明する。ここで引いては変なレッテルを貼られてしまう。


「ほら、中学の大会でもちらほら見ただろ? ビデオでとって自分の悪い点とか修正するのに使うんだよ! 部費でビデオ買ってるところもあるみたいだし」

「ぷははは!」


 汗まで流して否定する武に若葉は腹をかかえて笑い出した。その隣で由奈も口を抑えて大笑いするのをこらえている。頭に血が上った状態の武はその意味を一瞬分かりかねたが、自分がからかわれていたことに気づいた。

 昇った血が下がる。羞恥で昇った血が今度は怒りで沸騰するかと武は思ったが、特に兆候はない。

『深夜にビデオを見る怪しい人間』というレッテルを貼られることがなくなったことに、ほっとするほうが強かったらしい。


「ごめんごめん。でもそんなビデオ見るなんて昼間でもいいじゃない」

「部活後に宿題終わらせるのに時間かかったんだよ。あと時間なかったし」


 由奈の問に鼻の付け根にあるツボを抑えながら武は言った。


「昨日、学年別に出場するペア決まったし」

「へー。でも、一月前くらいからほとんど決まってなかった?」

「結構組み合わせ変えたりしてたんだよ」


 由奈の問い掛けに武は机からノートを取り出してシャープペンを走らせる。連なっていく名前。黒芯が紙と擦れる音が止まり、由奈と若葉は改めて覗き込む。


「俺と吉田。橋本と林。杉田と小林の組み合わせ。あとはシングルスなんだ」

「そっか。シングルスは四人までだっけー」


 若葉へと頷く。大会の規定では特に参加人数は決めていないが、各校それぞれ四人まで出すのは通例となっていた。

 今、地区内には四つの中学がある。

 武達の浅葉中。刈田がいる翠山中。安西達がいる明光中。

 そしてまだ武達には情報がない清華中。

 十六人でトーナメントを組むほうがやりやすいこともある。実力者は一回戦免除のシード権という概念もあるが、学年別に関しては小学生時の記録を参考にするものの、基本は一回戦から戦うことになる。


「それで、なんでビデオ?」

「……それで吉田の動きを研究したかったんだ。でもあまり参考にならなかった」


 そこまで話したところでチャイムが鳴り、午後の授業に向けて若葉達は去っていく。武は教科書を出してから教師がくるまで突っ伏して、昨日のビデオを脳内で再生した。


(うん。確かに、参考にならない)


 吉田の動き。ビデオの中に映っていた動きと、今のダブルスやシングルスで感じる物。

 明らかに、後者のほうがワンランクは上だった。小学生の時点でかなりの実力を持っていた吉田でさえ、まだまだ発展途上だという事実。そこに打ちのめされている自分がいる。


(分かってたじゃないか。あいつがまだまだ雲の上の存在だなんて。シングルス……勝ちたいよ本当、あいつに)


 武の中にある闘争心が吉田を超えたいと願う。だが、願うだけでは始まらない。自分も努力を続けていかなければいけない。

 しかし、最初から実力が上の男に同じ努力でどう対抗できる?


「起立」


 思考の渦に巻き込まれていた武は日直の声に我に帰って、慌てて立ち上がり、礼をした。すでに次の授業が始まっていた。




 眼前に迫るシャトルを咄嗟にラケットを上げて打つ。さほど力を込めずに押し出した結果、ドライブしてきた威力は拡散されてネット前に落ちる。前に詰めていた林がヘアピンをするも、少し浮かんだところを武は一歩前に飛びこんでプッシュしていた。

 後ろに構えていた橋本と林の間にシャトルは落ち、ゲームは終わりを迎える。


「ポイント。フィフティーンシックス(15対6)。マッチウォンバイ相沢・吉田」


 審判を務めていた杉田のコールを聞いて武はようやく気を抜いた。試合の最中に油断しないよう、吉田に守らされていること。握手するまでは常に試合中の緊張感を持つ。

 それだけに、日々の練習での疲労は増えていたが成長にも手ごたえを感じている。

 そして、吉田との差も。


(傍にいるから見えるんだよな、多分)


 西村が転校してからすでに四ヶ月が過ぎていた。長いようで一瞬で過ぎ去ったような日々。その中で吉田のダブルスのパートナーとして先輩や橋本達と練習をしてきて、分かったのは隣に立つ男の力。

 だからこそ小学生時のビデオを借りて過去を知りたくなった。


(もっともっとついて行かないと、ダブルスは弱いほうが狙われるからな)


 常勝じゃなくとも分かる事実。負け続けたことで分かったという武にとってはあまり自慢できない理由だが、ダブルスは実力がないほうが狙われる。地区一位の吉田と、毎年一回戦負けだった武。どちらが組みし易いか明らかだ。


(だから防御はしっかりしないと駄目なんだろうけど)


 それでも同じ部活の同年代レベルの攻撃力は武を貫けなくなっていた。逆に、先輩達の猛攻はやすやすと武の盾に穴を空ける。速さの関係もあるが、ゲームの組み立てという経験値の差によるものが大きい。

 同世代で、橋本らよりも強いダブルスと対戦したい気持ちに駆られた。


(強い、ダブルス……あ)


 そこまで来て、武は一つ妙案を思いついた。目の前で吉田が審判をして、杉田と小林。橋本と林が試合をしている。その奥では一年女子が同じようにダブルスを練習していた。今日は同じ時に練習している卓球部が休みのため、二倍コートが使えている。


(よっし。聞いてみるか)


 一つ考えを頭に、武は立ち上がった。

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