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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
348/365

第348話

「やあっ!」


 宇佐美の力強いスマッシュにより、シャトルが藤田と清水の間にえぐりこむ。藤田は全く動かずに清水がラケットを振い、シャトルを高く打ち返す。返した先には宇佐美の姿。再びラケットを振りかぶってスマッシュを放つ先は藤田が待ち構えていた。


「はっ!」


 藤田も清水と同じように、相手が見せる隙を攻めずにロブをあげる。

 直感的に二人とも相手の隙が誘いだということが分かっていた。最初に気付いたのは清水で試合の途中から藤田に伝え、極力攻めないようにと約束を交わしておいたのだ。

 その約束を今まで守り続けて、藤田もラリーの最後まで防御に回る。最終的に宇佐美のスマッシュがネットに当たり、相手のコートに落ちていた。


「ポイント。テンファイブ(10対5)」

「ふぅ」

「ラッキー!」


 隣で喜びの声を上げる藤田を尻目に清水はため息をつく。

 テンションの違いが藤田も気になったのか、清水の右肩に手を置いて大丈夫かと目で問いかけてきた。清水も頷いて問題ないということをアピールすると、しぶしぶと言った様子で引き下がる。飛んできたシャトルを受け取って、藤田はサーブ位置について清水の準備が整うのを待った。


(まだ大丈夫。大丈夫)


 序盤でリードした後にスマッシュを決められてサーブ権を移されてからも、清水と藤田は粘り強くラリーを続けながら得点してきた。相手のスマッシュやドロップを出来る限り拾って高く上げることで一回のラリー時間は小島や姫川、吉田達と比べて二倍は長い。

 体力と気力を使う長いラリーの中で行われる相手との根気比べ。

 スマッシュやドロップ、ドライブという攻撃を駆使する宇佐美と岬に対して、徹底的にロブをあげて防御を貫く清水と藤田。

 矛と盾の対決のごとくぶつかりあった二組の現在までの勝敗の差が、得点として表れていた。

 攻撃し続けることで動く体力も尽き、ネットに引っかけたりアウトにしてしまう宇佐美達に対して、スマッシュやドロップを取りそこなってしまう清水達。

 ラリーが続くほど一回で使える体力は減っていき、どちらかが限界がきてしまう。

 体力勝負でアドバンテージが取れていることを清水は冷静に分析する。


(迂闊に攻撃して体勢が崩れたら……持ちこたえられないし)


 チャンスがあっても攻撃しないことに相手の感情がささくれ立ってきているように清水には見えていた。どうして感情の動きが見えているのか清水にも分からない。無論、エスパーでもない限り分かるはずがないのだが、相手の表情や仕草からおぼろげながらも感じている。


(とにかく。無理しない)


 清水は藤田の後ろに腰を落として「一本!」と吼える。

 準備が整ったということで藤田も吼えると、思い切り高くシャトルをはね上げた。

 遠くへ飛ばしすぎるとアウトになるため、藤田はあえて真上に打つようにサーブを放つ。

 シャトルは高くあまり角度がつかないまま飛んで行ったが、降りていくと徐々に横の距離が伸びていく。やがて後方のサーブラインの内側ギリギリのあたりまで飛んだところで後ろにいた宇佐美がスマッシュを放った。


「はあっ!」


 裂ぱくの気合いと共に放たれたシャトルは清水のバックハンド側――藤田との間へと飛び込んでくる。

 清水は無理せずに右側へと移動してスペースを作り、藤田が打ち返した。

 前にいた岬がラケットを伸ばしてインターセプトしようとしたが届かず、着地して腰を落とすと前衛で動ける準備をする。

 だが、これまで前衛へとほとんどシャトルを落とすことがなかったためか、心なしか腰は高い。

 どちらかというと清水達が打ったシャトルの弾道が少しでも低ければインターセプトできるくらいの高さで構え、ラケットを伸ばそうとしている。

 強く打つ必要はなく、跳ね返ってきたシャトルを触るだけでいい。

 それだけで清水達のコートへと落ち、更にインターセプトによる急激な変化に清水も藤田も反応できない。

 これまで五点取られているが全てそういった打ち損じのインターセプトによるもの。相手も清水達の戦法はもう理解して、攻める気がない相手からどうにかして得点をするチャンスを探しているはずだった。


「はっ!」


 藤田の打ち返したシャトルがしっかりと奥へと返り、シャトルを追った宇佐美が清水の目の前にクロスドロップでシャトルを落としてくる。清水は前に右足を踏み出すとロブをあげた。

 今度はドロップがネットに掠るかどうかギリギリの軌道を通ってきたために強く振り上げられず、中途半端な高さと位置に飛ぶ。その隙を逃さないように、岬が前衛から後方へ移動し、飛び上がってスマッシュを清水に打ち込んできた。


「んっ!」


 息を止めてシャトルをバックハンドで打ち返す。強く打つことができなかったためシャトルはネット前に落ちるが、既に予測していたのか宇佐美がラケットを構えて飛び込んでいった。


「はあっ!」


 飛び込みと共に振り切られるラケット。

 強く叩かれたシャトルが清水の腹部にぶつかって、床へと落ちた。

 当たった直後に痛みで清水は顔をしかめたが、宇佐美がすぐに謝ってきたことで笑顔を作る。


「ごめんなさい!」

「大丈夫……です」


 同じ年だということは分かっていたが、どう言葉を返したらいいか分からずに敬語になってしまう。シャトルを渡した後でレシーブ位置に移動すると、藤田が呆れた思いを隠さずに表情へと浮かべてため息をついていた。


「痛いわねー、くらい言えばいいのに。同い年だし」

「別に本当に痛くないし。あと、やっぱりこういう時にどう接したらいいか分からないよね」

「早さん達なら自然にいくのかな」


 市内で試合をしているだけなら何度も目にしたり、会話をたまに交わすような身近な選手ばかりのため気兼ねなく呼び捨てや崩した言葉にできる。だが、もしかしたらもう二度と合わないかもしれないような相手に対しては、どこか気を使ってしまう。


「でも、そうやって気を使える分、余裕あるのかな」

「いいことなのかな?」


 清水自身、自分の現在の心の有り様がよく分からなかった。

 試合が進んでいけば体力も消費されて余裕がなくなってくるはずなのに。

 集中していないわけではなく、シャトルが飛び交う間は流れを全力で追っている。それでも、一度ラリーが落ち着くごとに試合から離れているような感覚になる。


「サービスオーバー。ファイブテン(5対10)」


 審判が改めて言い直したところで清水がラケットを掲げてファーストサーバーと向かい合う。

 宇佐美が放ってきたショートサーブは白帯すれすれを抜けていき、前方のショートサービスライン上へとぴったり向かうように落ちていく。

 自分にはとてもじゃないがプッシュを打ち込めるような軌道じゃないと、前に出ることはせずにロブを高く上げていた。

 インターセプトしようとラケットを掲げてジャンプする宇佐美だったがシャトルには触れられずに後方の岬が落下点で待ち受ける。スマッシュを放ってくるかと身構えたところにストレートのハイクリアが飛び、清水は導かれるようにシャトルを追った。

 試合の中盤から見られるようになったハイクリア。

 穴に閉じこもっているように攻めに出てこない清水達に業を煮やしたのか、ハイクリアを何度か打って間を図ってからスマッシュやドロップで攻めてくるという戦法に宇佐美達は切り替えていた。

 元々、技量で上回っている敵の思惑通りに少しだけ進んで、点は取られるようになっていく。

 しかし、攻めに動かず、打ち返す先もアウトにならないようにコート中央やサイドでもアウトになる場所からはほど遠い場所に打ち返してくる清水と藤田の変わらなさには何度も立て直しを迫られ、最終的には崩れていったことが現在の点差に表れているのだ。


(またハイクリアで……)


 相手の位置は気にしない。いないところに打つことがセオリーだが、相手コートの状況を確認することは余計な体力の消費だと早々に切っている。

 いない場所に打とうとすればおのずとコースが厳しくなり、手元が狂えばすぐアウトになる。細かいコース、厳しい場所へと打つ技量がないのなら、相手がいる方向へと返しているのが利口だ。

 岬が右に左にと移動してハイクリアを清水へと打ってくる度に、清水は同じ場所に打ち返していた。それでもぶれてしまい結果的に左右に振っている形になるのだから、狙えば言わずもがな。


「やあ!」


 ハイクリアを止めて、相手はストレートにスマッシュを打ち込んでくる。

 ハイクリアで後方に押しやられていた清水は、前に鋭く落ちていくシャトルに反応するのが一歩遅れた。

 ラケットを前に差し出して振り上げればシャトルをとらえることが出来たものの、飛距離は出ない。縦に並ぶ宇佐美と岬の間にシャトルが落ちていき、後方からジャンプした岬がシャトルを打ち込んできた。

 スマッシュは藤田の胸元へ向かう。取りづらい場所へと藤田は咄嗟にバックハンドでラケットを出し、ネット前に打ち返す。

 シャトルが向かった先は宇佐美のテリトリー。待っていたというタイミングで進み出た宇佐美がプッシュで再び藤田の胸部を襲った時には、反応しきれずに体にシャトルが当たっていた。


「――っ」


 藤田は走る痛みに顔をしかめつつ、シャトルが下に落ちる前に左手で受け止める。

 落とさなかったシャトルを掌の中で整えている藤田を見てから、清水はネット越しの相手を眺めた。

 審判が宇佐美達の得点を告げたタイミングで二人が晴れやかな表情になるのを見て、清水は軽くため息をついた。

 相手がどれだけストレスを溜めているかが理解できる。

 自分達がどれほどつまらない試合をしているかということも。

 決勝という舞台では、強い選手達がしのぎを削り合うような試合を誰もが望んでいるだろう。

 小島と淺川。姫川と御堂。

 吉田、安西と星、山本。

 どの試合も傍で見ていて清水は胸の内が熱くなった。

 もし吉田達の試合で優勝していたならば、泣きだしていただろう。

 しかし、試合は続く。しかも南北海道から見れば崖っぷちであり、清水と藤田の勝利に首の皮一枚がかかっている。

 重圧のかかった試合で委縮していないのはいいことだが、内容はワンパターンとしか言いようがない。閉そく感を打ち砕こうと宇佐美と岬はラケット振っているのだろう。

 その効果が出たことでの笑顔だった。


「清水。大丈夫?」


 シャトルを返してから藤田が問いかけてきて、清水は頷く。

 ラケットを打つ時間が長くなることは体力の消費に繋がるため不安ではあるが、まだ問題はない。


「大丈夫。なんか、この試合始まってから何度も言ってる気がする」

「そう? 私はほとんど聞いてないけど」


 藤田の言葉に清水ははっとする。

 大丈夫と言い続けてきたのは心の中。

 ラリーが落ち着くたびにコートの上から意識は離れて、他のことを気にしていた。

 自分がこのコート上に立っていて本当に大丈夫か。体力は消費してないか。相手の攻めに無理していないか。

 いくつも気にして、全てに問題ないと結論付けて。

 とにかくシャトルを自分からアウトにしないようにしていく。

 相手が得点することにも、自分が得点することにもほっとしている自分がいるのは、気を使うラリーから解放されてリセットされるからかもしれない。


「大丈夫だから。少しだけ『出来ること』増やしてみない?」


 藤田はそう言っていたずらっぽい笑みを浮かべた。

 清水はその意図を察して、すぐに頷いていた。

 自分がやれるかは言っていないが、藤田が動くことに対して特に文句はない。ワンパターンの戦術でここまでこれたことの運が良かったのだ。


「お願いね」

「任せて。出来なくなるまで、やるよ」


 得点は6対10でまだ清水と藤田がリードしている。サーブは藤田へと岬が打つことになる。


「一本!」


 気合いの咆哮を出してショートサーブを打ってきた岬は、目の前にやってきた藤田の動きに一瞬だけ体を止めていた。

 藤田の伸ばしたラケットがシャトルへと当たり、プッシュを左サイドに叩き込む。シャトルは白帯よりもほんの少し高く浮いており、角度がついて岬が取る前にコートへと落ちていた。


「セカンドサーブ! シックステン(6対10)」


 いきなり展開が動いたことに敵も味方も呆気にとられていた。ただ一人藤田だけはプッシュが決まった後に左拳を掲げて声を上げる。すぐに清水へと掲げてきたために清水も左手を打ち合わせた。


「ナイスプッシュ」

「あったり前!」


 藤田の言葉にどう反応するか宇佐美達を見ると、不服そうにしている。

 感情が表に出やすいのだろう。清水の目から見てもショートサーブは明らかに高かった。

 無論、自分やもっと実力がない者には綺麗にプッシュを叩きこむことはできないが、藤田は曲がりなりにも全国の舞台で戦ってきたのだ。

 数回の練習よりも一度の実戦。

 自分よりレベルが高い相手と試合をしたことで、藤田の中の蓋が少し開いていてもおかしくはない。


「セカンドサービス。シックステン(6対10)」


 審判の声に我を取り戻したかのように、宇佐美がシャトルを拾ってサーブ位置に立つ。今度は清水へと叩きつけられる気迫。だが、これまでと違って迷いが生じているように感じられた。


(私は何も変えるつもりはないんだけどな)


 自分が自然体でいることが逆に相手を惑わせる。

 藤田がこの試合で初めて自分達から攻撃を仕掛けたことで、宇佐美と岬には選択肢が生まれる。

 ロブを上げ続けるか、チャンス球はきっちりとプッシュやスマッシュを返してくるか、など。

 本来ならばそれらは状況に変わりなくいつも考えておくべきものだ。

 シャトルが上がった時に相手がどう攻めてくるかというのはスマッシュやドロップなど弾道が下がっていく軌道に乗せることばかりではない。ハイクリアやドリブンクリアで相手を奥へと押しやって体勢を崩すということもあり得る。

 相手もいつも通りの試合展開ならば気をつけないことはなかっただろうが、二組で十六点を取り合う間、清水と藤田は最初からロブを上げ続けた。

 自分達から攻めるという気配を全く見せないままで、相手のミスだけで得点を取ってきたのだ。


「一本!」


 自分の中の迷いを振り払うように宇佐美は吼えてショートサーブを放った。清水は掲げていたラケットを下げてロブを打ち上げる。前衛についた宇佐美の表情から不安がなくなるのを見ながら岬が次に打ってくるシャトルに思いをはせる。

 気合いを入れたスマッシュをバックハンドで打ち返していくと、数回後に藤田へとクロススマッシュを打ってくる。これまでと同じようにバックハンドで打ち返そうとした藤田は、勢いよくラケットを止めて中途半端にシャトルを相手コートへと浮遊させた。


「――!!」


 咄嗟に横っ跳びでシャトルへと食らいつく宇佐美だが、ラケットはかすかに届かずコートへと落ちていく。だが、後ろからシャトルへと飛び込んだ岬のファインプレイによって高く弾き返され、今度は清水が前に。藤田が後方へと陣形を取る。


「やっ!」


 鋭い声と共にネット前へと落とされるドロップ。宇佐美が崩れた体勢を立て直してヘアピンを打ってきたのを見て、清水は無理せずロブを上げていた。

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