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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
341/365

第341話

 安西がネット前にシャトルを打ち上げてしまったところに、星が飛び上がってラケットを振り切った。

 シャトルがほぼ垂直に叩きつけられるが、吉田がラケットを伸ばして弾き返す。

 だが、無理なフォローでは微妙なコントロールはできなかったため、シャトルは星の真正面へと向かった。


「ほぉおおあああ!」


 甲高い声で吼えた星はシャトルを打ち抜き、吉田と安西が一直線に並んでいることから逆サイドに叩きつけた。


「ポイン! フォーティーンエイト(14対8)。ゲームポイント!」

「しゃあ!」


 審判の声に被せるように山本が吼える。

 触発されて星もラケットを掲げると、次には山本へと駆け寄って左掌を打ち合った。十分に伝わってくる気合い。山本のサーブから一度もサーブ権を吉田達に渡すことなく連続ポイントを繋いできた二人からは全能感が溢れている。逆に吉田と安西は状況を打開する術をなかなか見いだせなかった。

 特に安西は執拗に狙われ続けていて、本当に追い込まれると吉田がフォローせざるを得なくなった。だが、フォローに回ってできた隙を逃す相手ではなく、星か山本がシャトルを叩き込んで得点を取られてしまう。


(まずいな。ここが取られることが、じゃなくて)


 吉田は額に浮かぶ汗を掌で拭い、ハーフパンツになすり付ける。

 視線の向く先は安西だ。見た目からも分かるほどに消耗し、肩が上下に大きく動いている。常に攻撃に晒されて打開策もことごとく失敗していくことへの体力と精神力の消費は吉田の比ではない。このまま相手は安西を攻め続けることで心も折り、試合を決めるつもりなのかもしれない。それは、ファーストゲームをとられることだけではなく、この男子ダブルスが終わることを意味する。

 しかし、吉田は現状でどうやって声をかけたらいいか分からなかった。


(くそ……俺が何とかできていれば声をかけようがあるけど、身動きが取れないな)


 改めて星と山本のほうを見る。

 正規ダブルスではないと思えないほどに、彼らの動きはダブルスとして完成していた。武と組めばまだ戦略が変わると考えて、頭を左右に振る。

 今のパートナーは安西であり、武ではない。ありえない仮定を考える暇があるなら今の戦力で勝つ手段を考えるしかない。

 普段の自分なら絶対に考えないことに、安西だけではなく自分も既に追い詰められていると悟る。


(いっそ、潔く棄てるか……セカンドゲームのために)


 安西が前に出て山本のサーブに向き合うのを、後ろから眺める。ここで抵抗して体力を消費した状態でセカンドゲームに入るなら、抵抗せずに諦めるのも手かもしれない。

 そう考えた吉田を否定したのは、コートの外から届いた武の言葉だった。


「香介! ここで粘れ!!」


 背中を思い切り拳で突かれたような衝撃を受け、吉田は自然と腰を深く落とし、視線を前に集中させていた。

 同時に放たれるショートサーブ。安西はシャトルを高くロブをあげて星にインターセプトされないようにする。すぐに真後ろに下がり、吉田は逆サイドに流れて腰を落とした。


(何を馬鹿な考えに毒されてんだ俺は!)


 武の言葉に。声に思い切り殴りつけられて目が覚める。確かに体力温存という手段はあり、ここで点数を無理に詰めようとして体力消費することは愚策かもしれない。だが、諦めたままでファーストゲームを取られると、勢いから相手に勝てないと心の中に刻まれて、逆転への気合いもなくなる可能性もあった。特に、本来ならば選ばないであろう吉田が選ぶことによって。


(助かったぜ、武。俺は逃げない……お前もだよな、安西!)


 一瞬だけ視線を安西のほうへと向けると、ちょうど鋭い視線とぶつかった。

 安西は吉田を睨みつけていたが、吉田の覚悟を決めたことを見抜いたのか笑みを浮かべる。すぐに山本からスマッシュが放たれたために安西は目の前に集中し、吉田も少しでも隙があれば自分が動こうと流れを読もうとする。

 山本からの連続スマッシュを安西が打ち返し続ける。速度だけならば武のほうが速い。だが、山本はスマッシュを打つごとに速度と角度を微妙に変えているため、同じタイミングで打ったと思っても実は別のスマッシュということになる。


「はっ!」


 だが、安西はこれまでとは別の手段を取った。

 星がインターセプトをすることを見越して、星の顔面に向けてドライブを打ち込んでいた。咄嗟にラケットを出してシャトルの勢いを殺し、クロスヘアピンを打つ星。だが、そこで星の顔が失敗に歪んだ。


「はあっ!」


 前に突進するのは吉田。ラケットを立ててシャトルをプッシュし、山本がカバーに入る前にシャトルはコートへと突き刺さった。


「サービスオーバー。エイトフォーティーン(8対14)!」

「よっしゃあ!」


 吉田は気合いを込めて吼えると、安西に駆け寄って左手を掲げる。安西もタイミングを合わせて左掌を弾いていた。

 これまで連続ポイントで身動きが取れなかったが、一点取られれば負けるという状況で遂に星と山本の攻めを一つ打ち崩した。

 これから二つのサーブ権でどこまで迫れるか。一回ずつで失敗してしまうのは意味がない。最低一点は取って勢いを少しでも二ゲーム目に持っていく。一番なのは逆転勝ちをすることだが、今しがたサーブ権を奪われた相手が何もしてこないとは考えられない。


「安西」


 吉田はシャトルを受け取ってサーブ位置に立ち、動かないまま安西を呼んで耳打ちをする。自分の考えを伝え終えると安西は力強く頷いた。安西のオーバーアクションは何かをするという意思を相手に見せてプレッシャーをかけるため。武は自分でプレッシャーをかけるつもりがなく自然に行っているが、安西は意図的に演じている。自分も安西のタイプであるため親近感を得る。


(安西と組んで山本、星と試合をすれば、きっと強くなれるな)


 この試合が終わって手にするのは勝利への王手と実力。

 吉田は体勢を低くしてショートサーブを待ち受ける星に意識を集中させ、シャトルは右腕を一瞬振って力強く奥へと飛ばしていた。

 鋭く星の左側を狙って放たれたシャトルを、星は体をのけぞらせてインターセプトしていた。強打する余裕はなかったのか、シャトルはラケットに触れられただけでネット前に落ちていく。星が着地をするのとほぼ同時に吉田のクロスヘアピンで右端へと落としたことで、体勢を低くしてラケットを差し出した星は苦しいところからロブをあげた。

 インターセプトしようとした吉田のラケットの横を抜けて高く上がるシャトル。安西が落下地点より少し後ろに入り、ラケットを斜め上方で打ち抜いた。


「はあっ!」


 コースはストレートで、吉田と星がいる側。

 吉田の構えたラケットをすり抜けて飛び込んできたシャトルを星は吉田の立ち位置を見ながら調節して打ち返す。

 星から見て右奥へとインターセプトされない軌道で放物線を描くようにシャトルが進む。安西は再び追いつくと、今度はクロスで星へとスマッシュを打つ。吉田の身体をブラインドにするという目的だけではなく、インターセプトも狙っての軌道。だが、星は巧みに吉田のラケットの防御範囲をすり抜けてシャトルを飛ばしていく。やがて安西のほうが先に力尽きて、スマッシュがネットに引っ掛かってしまった。


「セカンドサービス。エイトフォーティーン(8対14)」

「くそ!」


 シャトルを拾う吉田の耳に、鈍い音が届く。安西がラケットを脛にぶつけて怒りを発散させていた。ラケットも足も痛める行為であり、止めようとするが言葉は出てこない。中途半端に止めると安西は精神的な要因で体力を減らすだろう。ならば、多少今は痛みを覚えても続けさせたほうがいい。


(もう一回ミスしたら、抑えるか)


 シャトルを安西へと放り投げて、後ろを歩いてついていく。シャトルを受け取った安西は渋い表情でサーブ位置へと進み出て、吉田とすれ違った。

 すれ違いざまに「じっくり一本」とだけ告げると、肩に入っていた力が抜けて頷く。このまま一点も取れない場合には最悪のサービスオーバーだ。一点も取れないまま終わるとなれば、二つ前のラリーで諦めたのと同じことになってしまう。吉田は一本をとらえるべく腰を落とし、シャトルの動きだけではなく星と山本の姿まで完全に視界に入れようと決めた。


「一本!」

「一本!!」


 安西以上の気合いで叫び、シャトルが放たれたと同時に吉田は動く。シャトのプッシュされる方向は一致して、ラケットを伸ばしてヘアピンを打った。ネット前に浮かび、落ちていくシャトルを星がヘアピンで打ち返し、安西がヘアピンを打つそぶりを見せた後で諦めてロブを飛ばす。星は時間をかけてネットの中央へと戻ったところで山本のスマッシュ第二波が来る。


「おぁああ!」


 山本の、この試合初めての咆哮。そして、これまでとは段違いに速いスマッシュが安西へと直進し、胸部を直撃していた。

 一瞬にして攻撃権を失って、安西は茫然自失となってしまう。

 先ほどの攻撃を続けた末でのミスでは自分を責める余裕があったのかもしれないが、あっさりとスマッシュを決められたことで思考が追いついていない。


「サービスオーバー。フォーティーンエイト(14対8)」


 審判の言葉が吉田の胸をえぐる。一点も取れずにシャトルを返さねばならないことに心が揺れそうになったが、胸元を左拳で軽く叩いて気を取り直す。崖っぷちでも、まだもう少しだけ粘れるはずだと。そのためには安西の心も同じように折れていないことが必須になる。


(まずいな。安西……)


 動かない安西へ吉田が近寄ろうとしたところで硬直が解ける。

 自分の足元に落ちたシャトルを拾って相手に渡し、静かにレシーブ位置に戻る。吉田は声をかけるタイミングを失ってしまい、何もできずにサーブを返そうとレシーブ位置でラケットを掲げて構えた。

 星は無表情でバックハンドに構えるとショートサーブを打ってくる。ロブをあげればまた山本のスマッシュが安西を襲うかもしれないと考えて、吉田はヘアピンをクロスへ放った。

 右足を踏みこんでストレートに打つフェイントを交えつつ逆サイドへ。星も一瞬だけ体が硬直して反応が遅れた。


「でや!」


 それでも星は体を反転させてラケットを追いつかせる。シャトルが触れた一瞬を狙って吉田もシャトルの軌道に自分のラケットを載せてインターセプトを試みた。だが、星は吉田の頭上をちょうど越えるような軌道でシャトルを飛ばし、ふわりと浮いて落ちていく。


(しまった!)


 吉田は横っ跳びに近い状態でいるために隙ができた。着地してから追うにはシャトルの滞空時間は短く、安西が後ろから飛び込んでくるには吉田との距離が近い。吉田と激突しない位置へと踏み込んで打ち返す必要があるが、今の安西のそれが出来るのか一抹の不安が脳裏をよぎった。

 だが、吉田の目に飛び込んできたのは自分の傍へと踏み込む安西。


「うぉあああ!」


 安西の足が吉田の傍に落ち、渾身の力でラケットを振る。シャトルは激しい音を立てて相手コートへと突き抜けようとした。だが、射線上に星のラケットが入ってくるのが一瞬早い。


「はっ!」


 星のラケットが振りきられ、シャトルは吉田達のコートへと弾き返されていた。


「ポイント! フィフティーンエイト(15対8)。チェンジエンド」

「ナイスプレイ!」


 審判の声に西村が星へと吼える。恥ずかしそうに顔を緩めながら手をあげて応え、次に山本とハイタッチをしてからコートを出る。安西はラケットを振り切った状態で固まっていたが構えを解いて吉田に手を伸ばす。


「すまん。セカンドゲームは、必ず取る」

「……ああ。俺も、もっと覚悟を決めるさ」

「覚悟?」


 安西は吉田を立ち上がらせてから尋ねるが、返答はしないままコートから出る。安西も後ろから追っていき、二人が出たところで吉田コーチが伝えてきた。


「香介。お前は星を徹底的にマークしろ」


 父親の言葉に吉田は自然と頷いていた。

 今の状況を打開するには自分が無理をするしかないという覚悟。

 安西をカバーするということではなく、自分が全力をもって相手をねじ伏せること。


「吉田コーチ。どういう――」

「時間がないから要点だけ言うぞ」


 安西の言葉に答えたのは吉田だった。考えていたことは父親とほぼ変わらないはず。間違っていれば訂正する時間を与えるように。素早く告げた。


「ローテーションを前後に固定する。俺が前衛。安西が後衛だ。そして星からの攻撃をシャットアウトする。できるなら……山本からのスマッシュも俺が止める」

「そんなこと、できるのか?」

「やる。正確には、後ろにシャトルを飛ばす回数を減らす。だから安西は俺がこぼしたシャトルを打ち返してくれ。ようは、俺らが星に感じてる圧力を、今度はこっちが与える」


 星が前衛としてシャトルをシャットアウトするプレッシャーが自分達の思い切りを減らしている。しかし、安西も狙われ続けて精神的にきついはずなのに折れないままラストの攻撃を放てた。結果的に打ち返されたとはいえ、次のゲームに繋がる一打だったことは間違いない。


「あれだけ狙われても、ミスしても安西は折れてない。なら、攻撃は今まで通り任せる。防御は、俺に任せろ」

「……分かった」


 安西の顔に不安はあったが、それでも頷いて吉田に託す。

 むろん、吉田にも完全にインターセプトできるわけがない。圧倒的な実力差があればまだしも、星の実力は自分と同等か少し下という程度。ラケットを出したり、自分の体で視界を狭めることによってコースを限定的にするくらいだろう。

 目的は星のインターセプトによる圧力の低下。実際にできるかどうか別にして機能を少しでもカットすること。

 吉田の脳裏に浮かんでいるのは武の動きだった。前衛で、強打はできなくともラケットを差し出して触れさせることでインターセプトしている光景。

 覚醒していく音を聞いて震えた自分が、今度は殻を更に破る。自分のためもあるが、チームの勝利のために。


「いくぞ!」

「おう!」


 吼えてコートに入る吉田と安西。山本と星も逆サイドからコートへと入り、武達の前に立つ。吉田達には北北海道の選手達の視線。

 その中にある西村の視線を特に感じる。


(西村。お前に見せてやるよ。今の俺を)


 望んでいた対戦はできなかったが、チームの勝利のために必要なら私情は棄てる。それでも、今の自分を存分に見せつけようと決める。

 有宮小夜子も早坂との試合で自分に見せてくれたように。


「セカンドゲーム、ラブオールプレイ」

『お願いします!』


 四人の中で吉田の声が最も響いていた。

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