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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
33/365

第033話

 実際の試合でポイントを記録する得点板の代わりに、バスケットボールで使う大きめのものが使われていた。

 スコアは14対10。刈田のマッチポイント。

 その結果だけ見れば当たり前だろう。同じ一年ならば、学年別の大会でベスト四に入れるはずだったから。

 それでも武が疑問に思えたのは刈田の顔に浮かぶ焦燥だった。離れていても明らかに分かる。体格のよさに反比例する体力の消費。それによって刈田の顔には疲れが浮かんでいたが、並みの相手ならばそのパワーで疲れる前に押し切れるだろう。


(何ゲーム目、だ?)


 記録してはいなかったらしく、それらしい数字は見当たらない。結局、刈田のスマッシュが決まって十五点目を取り、試合が終わった。

 握手を交わしてその場から離れる刈田に声をかけようと武は考えたが、自分達の練習を始める時間になる。


(まあ、あとでいたら聞こう)


 吉田は早坂と基礎打ちを始めたのを見て、武は橋本を相手に選ぶ。由奈と藤田がペアを組み、若葉が余る形になる。当人は客席に上って武達の基礎打ちを眺めていたが、そこに刈田が近づいていった。


(やっぱり気づいてたか)


 試合の最中ならまだしも、終わった後で始める前にいなかった人々がいるなら気づくだろう。それも、自分が好意を寄せている女の子がいる集団ならば尚更。


(若葉から後で聞くか)


 上がってきたシャトルを武はドロップで鋭く落としていった。

 しかし、武の頭に過ぎったのは刈田の試合結果だけではなかった。ドロップを繰り返す間にもかすかに聞こえてくる二人の会話。刈田は声を潜めているが、若葉は潜めていても女性らしい高い声のために言葉の断片が届く。

 ショットを打つ合間に視線を転じると、試合後で疲れているはずの刈田が傍目から見てはしゃいで話し掛けている。


(でも、刈田ってもうふられてるよな、自動的に)


 落胆と共にドロップの切れ味も増している気がする。若葉に彼氏が出来たことが自分と由奈以外に知っている者がいるか分からないから、ここで教えるにも抵抗がある。

 しかし、刈田のあの馬鹿正直に思いを前面に出すことも嫌いではないから気の毒に思ってしまう。

 そんな思いに挟まれて、武の中に憂鬱が広がっていった。それがちょうどよくスイングから力を奪い、良いドロップになっているのだろう。


「相沢! 普段からドロップはフェイントで打つようにするんだ!」


 そのドロップに噛み付いたのは打ち合っていた橋本ではなく、隣で早坂と組んでいた吉田だった。コートを挟んで斜め前にいたとはいえ、そこから武の打ち方を見ていたことになる。


「お前の武器はスマッシュなんだから、それのフェイントとしてドロップを打てるなら大半の相手は取れない!」


 そうアドバイスしている本人は、早坂のドロップを半分に分かれたコートの中央から前に飛び出して取り、またポジションを中央に戻すという動作を繰り返している。

 基礎打ちはあくまで身体を温めるための物と考えていた武にとって、出来るだけ実戦に近い形で練習しようとしている吉田の行動は衝撃だった。


(初めからの気合から、違う)


 自分の浮ついた思考が嫌になり、武は半ばムキになりながらドロップを放った。

 スマッシュを打つように力を込めてスイングスピードも素早く。そしてインパクトの瞬間に力を抜いてドロップに切り替える。初めての試みだけに、かなり相手のネット前から離れて落ちたが、武は構わずに続けていった。


(確かに、これはフェイントになる)


 武の中にまた一つ、手ごたえが広がっていった。

 基礎打ちを終えた後は二つコートを取っていることからダブルスとシングルスに分かれて試合を始める。人数は七人。若葉が基礎打ちの段階で余っていたように、今回も一人余る。


「おい! 俺もやっていいか?」


 組を決めるのにじゃんけんをしようとした武達に割り込んできたのは刈田だった。吉田と武以外は他校でしかも知らない人物に警戒心を覗かせている。その空気が伝わったのか、刈田は気まずそうに数歩さがって「やっぱりいいや」と客席に戻った。


「ちょっと悪いかな」

「まあ、同じ学校のやつとやればいいじゃんー」


 橋本はそう言って相手にもしていない。だが、武はそれまで刈田と同じ翠山中の生徒がいることさえ想像してなかった。慌てて周りを見ると、刈田の着ているジャージと同じものを着ている者達がダブルスをしていた。橋本はその光景を見て言ったようだ。


(ほんと、良く見てる)


 最近、橋本の視野の広さに驚く機会が増えている。それは武もまた技術に磨きをかけることだけではなく、視野を広くすることにも意識が向いてきたということの裏返しだろう。

 橋本と自分を足して二で割れば吉田にも対抗できるのではと武は夢想する。同時に、二人を合わせないと戦えないという吉田の凄さを改めて知る。


(経験経験)


 負けず嫌いの虫が騒ぐのを抑え、武は吉田が音頭を取ったじゃんけんで握りこぶしを出す。それ以外はみんな思い切り開いていた。


「……ぐ」

「じゃあ、相沢が余りね」


 吉田に言われて潔く客席に向かう。当たり前だが刈田と一緒になり、相手も話したくてうずうずしているらしかった。


「おす」

「久しぶり」


 隣に腰を降ろして下を眺める。吉田と早坂がシングルス。橋本と若葉、藤田と由奈がダブルスで対戦するらしい。武個人は吉田と早坂という同学年の男女の一位対決に興味がそそられる。

 しかし、隣から話し掛けてくる刈田に集中力が奪われる。


「若葉さんは……可愛さに磨きがかかってないか?」

「そうかぁ? いつも一緒だから分からないけど」


 四分の一ほど気を向けて、残りは吉田達の試合へと向けた。

 刈田への相槌を打ちながら練習を眺める。最初は一対三の割合で割いていた意識は更に少なくなっていった。すぐ傍では多少和気藹々としたダブルスが行われていたが、一つ隣のコートでは最初から真剣勝負が展開されている。

 吉田と早坂は練習という範疇を超えて、もう二人の世界へと突入していた。その試合に武もまた巻き込まれていく。


「おい。聞いて……」


 とうとう言葉に反応しなくなった武に刈田は、無視されたことに腹を立てて声を荒げたが、その理由を視線の先に見て押し黙った。

 刈田もすぐに二人の試合の凄さを武と同じように理解していた。いや、吉田と小学生の時に対戦していたならばそれ以上に感じる物があっただろう。

 コートを駆ける足運びの速さにショットの強さ、正確性。

 幾つかならば武も刈田も勝てる要素はある。例えば、スマッシュの速さや強さならば吉田と早坂より二人とも強い。

 しかし、それ以外の要素では確実に下にいると分かる。それくらいの試合だった。


「あいつ……吉田、どんな練習してるんだよ」


 刈田の問い掛けに武は答えられない。たまに先輩に混じってダブルスをすることはあるが、基本的には自分達と同じ練習をしているはずだ。しかし、ここに突きつけられた差は明らかに開いている。

 武が必死の思いで競り勝った早坂も、武と試合をした時よりも強くなっていた。吉田が鋭くコートを斬り裂く動きならば、彼女は滑らかにコートを滑っていく。動きは遅く見えるのに遠くに飛んだシャトルの下へと難なく入っていた。


「足の長さだな」


 刈田の呟きの意味を武は瞬時に理解する。女子にしては身長が高めでスタイルが良い早坂は、その長い足を思い切り伸ばして移動していた。その結果、動きが多少遅くても十分シャトルに追いつける。体力消費も抑えられる。


「女子の一位も伊達じゃないよな。さすがに三ゲーム通したら勝てないだろうけど」

(……確かに)


 吉田のスマッシュが決まり、十一対八で一ゲームを先取した。自分なら何点吉田から取れるか、と武は想像する。

 そこで、刈田が立ち上がった。


「じゃ、俺は戻るわ」

「あ。ちょっと待って」


 ここまで来てようやく聞きたかったことを思い出し、武はたずねることにした。


「さっき試合してた相手いただろ? どうだった?」


 見た限り勝った試合なのだから普通に結果が返ってくるだろうと思っていた武は、刈田が渋い顔をして黙っていることに違和感を覚えた。自分が答えづらい質問をしてしまったのだろうかと、体育館に入ってきた際の光景を思い浮かべようとした。だが、その前に刈田の重かった口が開かれる。


「明光中。強くなるわ」


 言葉と共に刈田の身体に闘志が漲る。先ほどまで若葉や武に話しかけていた面影は全くなくなる。そこにいるのは一人のプレイヤー。武と同じく、気合を前面に出していく男。


「試合は確かに勝ったよ。どっちも十五対十だ。でも」

「でも?」


 一度深くため息をついて、刈田は準備をしたようだった。認めたくない事実を言わねばならない屈辱。しかし、それさえも乗り越えていくぞという覚悟を空気と一緒に取り込んだ。


「あそこの一年。全員中学から始めたらしい」

「……え?」


 刈田の発言の意味を理解するまでに少しだけ時間がかかる。だが、確実に武の中にそれは刻まれた。

 中学から始めた。つまり、始めてから五ヶ月ほどしか経っていない。

 それなのに、刈田を相手に二ゲームを十五対十で終えたのだ。その実力の伸び率は想像出来なかった。


「確かにあいつらの先輩はこっちや、お前達の先輩より弱い。でも、同じ代のあいつらは最大の敵になるだろうな」


 刈田の視線に促されて、武も練習を続けている明光中のダブルスに視線を向けた。実戦形式なのかサーブから真剣に放ち、素早い動きを見せている。それは自分のダブルスに匹敵するように武には思えた。

 それが、初めて一年にも満たないとは。


「俺がシングルをやった奴が一番強いな。安西修也だってさ。あと他の三人は名前知らないけど……学年別で分かるだろうな」

(学年別、か)


 二月に行われる、武にとっては中学での初の公式戦。そこまでの残り四ヶ月間でどれだけ吉田とのダブルスを強化できるのか。前回、現在の二年生が一位と二位を独占したことと、小学生で地区一位の吉田がいるということから浅葉中は期待されている。それだけにマークも多いだろうが。


「俺はシングルスだけだから、お前と対戦できたらあの時の借りを返すぜ」

「……おうよ」


 去っていく刈田に拳を突き出した武は自分の中に生まれた熱い気持ちを抑えるため、そのまま胸を掴んでいた。


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