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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
29/365

第029話

「サービスオーバー。ファイブテン(5対10)」


 カウントにはふわりとシャトルを返すことによって答える。今の攻防を終わらせた一撃は体力の回復を待っている間に押し切られるだろうと、吉田の中に危機感が生まれるには十分だった。

 西村は返されたシャトルを取ることなくラケットで跳ね上げている。視線は吉田へと向けたまま。


(どうする。十点までは点をやるか……いや、一気に逆転されてそのままかもしれない)


 脳裏に過ぎるのは先ほどのプッシュ。まだまだ体力が余っている西村には裏をかいて打っても追いつかれてしまうだろう。決定打を打つには常に打ち続けてバランスを崩し、空いた場所へとシャトルを叩きつけるしかない。実力差が激しいならばスマッシュで力押しが通じるが、西村にはまずありえない。


(駄目だな。同じ点になったら間違いなく負ける)


 冷静に、体力差を見て敗北を悟る。それでも吉田にはまだ勝っているものがあった。体力の代わりに手に入れたものが。


「ストップ!」


 叫びと同時に構える。そして呼応するようにシャトルを飛ばす西村。構えを取った瞬間が最も隙を見せるからだった。西村のその行動を分かっていたからこそ、吉田はすぐさま反応する。

 落下点に入ると躊躇なくスマッシュをストレートに放った。相手コートに突き刺さる直前に伸ばされるラケット。難なく弾き返されたシャトルに向かって、吉田は更に跳んだ。


(――!)


 ネットを挟んだ向こう側。西村の顔に浮かんだ笑みが引きつる気配が伝わってくる。それに優越感を得る余裕もなく、吉田は再び全力のスマッシュで西村のコートを襲った。

 鋭く、空気を切り裂いてシャトルはコートを叩き、バシンッ! と音を立たせた。


「サービス、オーバー。テン、ファイブ(10対5)」


 一気に激しく動いた影響から息を切れさせても、すぐに立ち直る。吉田の顔には不安がない。一つとして固まった強い意志が体力の減りを吉田に感じさせないのだ。


(相手が一点取る間に二点取る。それで逃げ切る。攻撃だ)

「正念場だな」


 西村の呟きに吉田も頷いた。


「一本!」


 シャトルが吉田の声に乗せて宙を舞う。西村も瞬時に移動してスマッシュを放ち、軌道を読んで吉田も居ない場所へと返していく。そこに追いつき、今度はドライブで打ち返す西村――

 二人とも移動速度はこれまでと段違いに速くなっていた。吉田が勝負を賭けた事もあるが、それに西村が乗ったこともある。


「ポイント。イレブンファイブ(11対5)」


 ポイントが加わり、西村が構えるとすぐさまサーブを打つ。スマッシュ攻勢をロブを上げてかわしながら、隙を探る。


「サービスオーバー。ファイブイレブン(5対11)」


 サーブ権を奪われて息をつく間もなく、西村はサーブ体勢を取る。間を取ろうとするが、一瞬でも気を抜くと足が笑い出しそうなことに吉田は気づいた。


(あと五点。一気に取りに行くしかない)

「ストップ!」

「一本!」


 振り切られたラケットに反してサーブは前に落ちていった。後ろに飛んでいた吉田は追いつけず、落ちる音を唖然として聞く。


「ポイント。シックスイレブン(6対11)」

「ストップ」


 シャトルを返して構える。今度は間髪いれず打ってきた西村に対応でき、ドライブをストレートに叩き込むが、サーブを打った体勢から西村は背を向けて回転してシャトルをインターセプトした。


「なに!?」


 自分の顔面へと飛んでくるシャトルをかわしきれずに額にシャトルコックがぶつかる。軽くない衝撃と痛みを残して、床へと落ちていった。


「すまん!」

「いや、大丈夫」


 額を抑えながら、シャトルを拾って西村へと返す。ポイントはセブンイレブン(7対11)。残り四点のアドバンテージ。


(負けない)


 体力の低下の代わりに燃え上がる闘志が、額の痛みを消した。

 高く上がったサーブに意識を集中し、吉田は飛ぶ。通常よりもより高い場所で全力で打ったシャトルは角度がついて西村のコートへと突き刺さる。


「サービスオーバー。イレブンセブン(11対7)」

「一本!」


 西村に対抗するようにサーブで高く打ち上げる。西村も吉田に合わせて飛び上がったものの、スマッシュではなくドロップでネット前を脅かした。

 しかし、その軌道を読んでいた吉田はラケットで丁寧にシャトルを真っ直ぐに落とし、西村にラケットが届くことはない。


「ポイント。トゥエルブセブン(12対7)」


 重ねられるポイント。奪われるサーブ権。知略よりも互いの気力の勝負になっていく。しかし、その気力勝負の中でも、考えて打つことを忘れない。


「サービスオーバー。セブントゥエルブ(7対12)!」

「ポイント。エイトトゥエルブ(8対12)!」

「ポイント。ナイントゥエルブ(9対12)!」


 互いにポーカーフェイスを崩すほどに流れ落ちる汗と洩れ出る息。

 試合の終盤。全力の戦いがそこにある。


「サービスオーバー。トゥエルブナイン(12対9)!」


 サーブ権を奪い取り、その都度「よし!」と気合の咆哮を放ちながら、アウトにならないようにサーブする。ショットでの乱れは仕方がないにしろ、サーブを失敗するのはこの闘いでは命取りになると、二人は分かっていた。


「ポイント。サーティーンナイン(13対9)!」

「――サービスオーバー。ナインサーティーン(9対13)!」


 吉田が一点。西村が二点ずつ加点していく。追い詰められる側と追い詰める側。互いの思考のせめぎあいの結果に訪れた、剥き出しの力のぶつかり合い。

 確実に、終わりへと向かっていく。


「ポイント。テンサーティーン(10対13)」

「――ポイント。イレブンサーティーン(11対13)!」

「―――ポイント! トゥエルブサーティーン(12対13)!」


 ドロップで前に落とし、ヘアピンでネット前での攻防を繰り広げ、後ろにロブで上げたところでスマッシュを浴びせる。それを返し、また打ち返しと攻撃と防御をめまぐるしく変化させながら、試合はついに最終局面を迎えた。

 もう何度になるか分からない、シャトルが落ちる音が体育館に響く。二人の耳へと入る。

 西村が荒い息の合間に、ポイントを告げた。


「ポイント。フォーティーントゥエルブ(14対12)。マッチポイント」


 周囲には他にもバドミントンをしている一般市民がいたはずだった。だが、他コートのシャトルを打つ音はなくなり、静まり返っていた。吉田と西村のコート以外は。

 その周りにいつしか人々が集まり、固唾を飲んで試合を見守っている。二人の緊張が空気を伝わり、息を飲む音さえも邪魔といわんばかりだった。


(これで、ラストだ)


 吉田は一つ、また一つ。息を吸い、吐いて行く。空気を取り入れるたびに血液へと酸素を乗せ、二酸化炭素を追い出す。身体中に最後の力を循環させて、西村を睨みつけた。


「一本!」

「ストップ!」


 その瞬間を待ちわびていたかのように即座に言い返す西村。打ち上げたシャトルが落下してくることさえも待ちきれず、ジャンプからスマッシュに持っていった。


「おらぁ!」


 より高い位置から放たれたスマッシュはクロスに吉田のコートを抉る。ストレートとは違い距離はあったが、角度のためにより速く鋭く落ちていく。

 それでも吉田のフットワークはシャトルに追いついた。


「はっ!」


 サイドスローで打ち返し、すぐさま前に詰める。タイミングからハイクリアで逃げるか前に落としてくるかの二択しかないはずだった。走るというよりも跳ぶように西村は落下点へと入り、再びスマッシュで反対側の前を侵す。


(狙い――通り!)


 前に詰めた時点で後ろに下がったりするのはまだしも、真横に移動するというのは難しい。右前方にいる吉田から最も遠い場所は、今の場合は左前。それを移動しながら吉田の動きを見て西村は見切り、スマッシュを放ってきた。

 そこまで、吉田の作戦だった。

 威力あるスマッシュも予測できれば取ることは簡単だ。吉田はヘアピンでネット前に落とそうとバックハンドでラケットを構え、シャトルの勢いを完全に殺した。


「狙い通りだー!」


 シャトルがネットをこえて向こう側へと落ちようとした瞬間、西村が前に詰め寄ってきた。

 流れる時間は同じ数秒だったが、体感はさらに引き伸ばされた。西村の突進からのプッシュを警戒して後ろに下がろうとしたが、吉田はそこで立ち止まる。スローモーションで見える視界に広がる西村の姿。体格ならば吉田のほうが大きいはずなのに、プレッシャーがこの土壇場で大きく見せているのだ。


(ここで引いたら前に落とされて反応できなくなる!)


 フェイントで前に落とすのは良くある手段だった。直前までプッシュをしようとラケットを振り、シャトルを打つ瞬間に力を抜く。少しでも加減を間違えればシャトルはネットを越えることなく落ちるため、素早い動きの中で扱うのは高度なテクニックだ。ミスした瞬間に負けが決まるこの状況で打ってくる相手はそういない。


(西村は――打ってくる奴だ!)


 下がろうとする身体を強引に押し留め、吉田は両足のかかとを浮かせて前傾姿勢になった。西村の顔に走る焦り。そして、放たれるヘアピン。

 クロスにネットスレスレを飛んで行くシャトルを、吉田は一足飛びで追いかけていく。


「うおおああ!」


 ラケットの先まで神経を通わせる。西村の手を読むことは出来たが、タイミング的に遠くには飛ばせない。

 ならば、ヘアピンで相手コートに返せないショットを打つしかない。


(ぎりぎりを、狙う!)


 狙うのは最も隙が少ないストレートのヘアピン。例え西村が追いついてもネットにラケットをぶつけてしまうくらいを、吉田は狙う。


(いけ!)


 シャトルにラケットが届く。

 そこに被る、西村の残像。


(――!)


 瞬間、ラケットが前にぶれた。優しく寝かせてシャトルを捕らえようとしていたラケットは急激に前に押し出され、シャトルコックを掠る。

 摩擦によって微妙に回転したシャトルは、そのままネットを越えて落ちていった。ネットぎりぎりを。


 西村のラケットに打たれることなく。


「……ポイント。フィフティーントゥエルブ(15対12)。マッチウォンバイ――」

「吉田」


 その場にうずくまりながら、西村は呟いていた。

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