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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
287/365

第287話

 岩代は大きくため息をついてネット越しの相手を見た。

 相手は鋭い視線を自分へと向けて、シャトルを持った状態で止まっている。微動だにしないその様子が早く構えろと無言でせかしているように思えた。

 押し寄せてくる気迫に対してひとまずはラケットを掲げ、構えてみる。その直後に松本は吼えてロングサーブを打ち上げてきた。四度目のロングサーブだが、全くぶれず、同じ軌道でコート奥へと岩代を追いやっていた。全く同じというところが武は『実力が下だと舐めている』からだと思っていたが、岩代の考えは別にあった。


(もしかして、几帳面なタイプなのかもな)


 上手くいっている状況ならば極力同じことをする。上手くいかなくなったところで、別の方法を試す。相手の動きの裏を読んで、嫌なところを突いて行く競技であるバドミントンの性質上、あまりいないタイプかもしれないと考えて、岩代はすぐに頭を振った。


(相手の嫌なところを突き続けるってところは、やっぱりバドミントン選手なのかもしれない)


 ハイクリアでシャトルを相手コートの奥へと飛ばし、岩代はコート中央に構える。もしも自分の分析が正しいならば、次に来るのはスマッシュで、それも自分の胴体、胸といったラケットで取りづらい箇所だ。だが、岩代の予想とは裏腹に松本はストレートハイクリアで再び岩代をコート奥に追いやる。最初のサーブの軌道とほぼ一緒で、最短距離で最奥に追いやろうとしていた。岩代は再びハイクリアをストレートに打ち、コート中央に戻る。またハイクリアを打たれて後ろに行く。三回、四回と繰り返していくうちに徐々に岩代の足は反復運動に耐えられなくなってきていた。


「くっ!」


 六度目のハイクリアは追いつくことができず、後ろに体をのけぞらせながらシャトルを打つ。ストレートのハイクリアでシャトルは飛んで行ったが、今度はコート中央に戻るのが遅れた。


「でりゃあ!」


 岩代が中央に戻った直後に襲ってきたシャトル。狙われたのは胸部で、一瞬でラケットの守備範囲の内側へと飛び込んできたために触れることさえできなかった。ちょうど心臓がある位置にシャトルが追突し、シャトルコックの固さに痛みが走って顔が歪む。だがシャトルが落ちる前に左手で取っていた。


「いてて」

「すみません!」


 痛みはすぐに消えたが何となく左手で胸のあたりをさする。すると松本が大声で謝罪してきた。岩代は左手を振って問題ないことを伝えると羽を整えてから軽く打って渡した。痛みは何でもないが、点差は四点と広がってきた。そろそろ分析を終えて攻勢に出なければ辛いところまで来ている。しかし、岩代はまだ相手の癖を掴みかねていた


(それでもそろそろ行かないと命取りになる……くそ……)


 場所を移り、レシーブ位置についてから松本を見る。先ほどと同じようにサーブ体勢を取って微動だにしない。細かい違いはあるかもしれないが、前回と同じ体勢。同じ視線の強さで岩代の前に立つ。


(やっぱり、最初の分析は間違っていないかもしれない)


 几帳面で、失敗するまで同じパターンを繰り返す。

 スマッシュを打たれるという予想は外れたが、何度もハイクリアを打たれた後に実際に打たれた。スマッシュの件を置いておいて過去を振り返ると、スマッシュが打たれたタイミングは自分が体勢を崩している時だった。つまりは岩代の体勢が崩れるまで打ち、崩れたところで打ち込んでくる。それは、バドミントンの基礎中の基礎だった。力技で防御をこじ開けるのはよほど実力差がなければできない。

 松本がスマッシュやプッシュを自分に打ち込んでくるのは体の目の前のほうが取りづらいこと。

 シャトルを打ってくるタイミングは、バランスが崩れている時。あるいは、そのコースはないと油断していた時。


(相手の隙を作って、最後に叩きつける。分かりやすいが、罠とは思えない。そもそも地力が下の俺に対して策を弄する必要もないだろうしな)


 分析を終えてラケットを掲げる。するとすぐにロングサーブを放ってきた。予想通り、四回とも同じ軌道。連続で同じ軌道をなぞるように打てることも大した技術だが、岩代はその几帳面さにようやく勝機を見出した。


「はっ!」


 コート奥まで追いやられた上でのスマッシュ。距離があるためによほどの速さがなければ決まらないシャトルは、予想通り松本は拾う。問題なくラケットでシャトルを絡め取り、クロスヘアピンで岩代から離れていくようにシャトルを打った。

 そこに走りこむ岩代の速度は、前回の同じ展開よりも数段速かった。そこに来ることが当然といわんばかりにラケットを掲げて、シャトルに追いつく。そこからラケットを小さく振って、プッシュでシャトルを松本のコートへと落としていた。威力は気にせず、ネットに引っかけないようにということだけに気を使ったラケットワーク。シャトルは小さく跳ねたが、岩代は安堵のため息をつきながら立ち上がる。


(いいんだよ。強く決めようが弱く決めようが)


 待ち望んだサービスオーバーに岩代本人よりも応援している男子が吼えた。武と吉田は特に喜んでいて、武は更に「一本!」と気合いを向けてくる。試合をしている間も闘志を剥き出しにするが、応援までも剥き出しにする姿に岩代は苦笑する。


(あんな風に思いきり感情を出せるのっていいよな)


 自分もテンションが上がりきれば吼えるが、まだその段階ではない。せっかくサーブ権を取り返したのだから、冷静になって一点を取りに行かねばならない。松本が打ったシャトルを受け取って、岩代はサーブ体勢を取る。合わせるように松本もレシーブ体勢を取って岩代を睨みつけた。


(サーブの時よりレシーブの時のほうが圧力あるとは……)


 体がビリビリと震えるのを落ち着かせて、岩代はサーブを打った。

 ロングサーブではしっかりとシャトルを高く飛ばして、松本のコートを縦断していく。ゆっくりとシャトルを追い、シングルスラインぎりぎりに立って構えた松本は声を上げながらストレートのハイクリアを放つ。またコート奥へと追いやられたところで岩代は再びスマッシュを放った。ストレートに進んだシャトルを松本は待ち構えていて、体の前でクロスに打った。ネット前に落ちて行くシャトルに、岩代は再び飛び込む。


「はっ!」


 ラケットを立てて右足を踏み込む。今度はラケットを振るにはタイミングが遅かったため、ラケット面を立てたままでシャトルに触れさせた。走りこんできた勢いだけでシャトルはゆっくりとネット前に落ちて行く。松本は間に合わないと知って追わずにシャトルの軌道を目で追っていた。


「ポイント。ワンフォー(1対4)」

「ナイスヘアピン!」

 

 ようやくの一点。武がうるさく吼えると審判の注意が入った。慌てて謝る武を横目で見ながら、岩代はネットの下からラケットでシャトルを取り寄せる。ようやく取れた一点。だが、これは予想通りの一点。同じパターンを駄目だと判断するのはいつなのか分からないが、少なくとも一回二回失敗したからといって変えないだろうと予想していた。

 予想の通りに、全く同じ展開から全く同じ軌道に打たれたシャトルを、同じ経路で進んで相手コートに返すことができた。もしも自分が松本で、几帳面に成功するパターンを続けるのだとしたら、と思考をトレースする。


(二回もやられたら、俺なら変えるな)


 岩代はサーブ位置を変えて、体勢を取る。松本はラケットを軽く振ってからレシーブ体勢を作り、岩代を迎えうった。立つ位置はコート中央の線に沿うように。普通ならば左半分の中央の位置に立つが、あからさまに何かを誘っているように思えた。


(左奥へのロングサーブ。でも、そんなの別に誘うまでもないだろう)


 ブラフと判断して、気にせずにシャトルを打ち上げる。ラインぎりぎりでも左奥でもなく、アウトにならないように左半分の中央部を通って後ろのライン間近に落ちる軌道。松本はすんなり追いついて、ストレートのスマッシュを放った。岩代の胴体ではなく右側。さほど速くなかったためロブをしっかりと返してからコート中央へと腰を落とす。

 松本の動きとシャトルの流れ。次はどこに打たれるかと予想して、ラケットを自分の前に構えた。


「だあ!」


 ちょうどラケット面に吸い込まれるように、シャトルは岩代の胸部へと飛び込んできた。ほんの少し前方にラケットを出すだけでタイミングを速く打ち返せたために、松本は打ち終わりからの移動が間に合わずまた見送ることになった。


「ポイント。ツーフォー(2対4)」

(胸部狙いはまだ変えてないだろうなって思った)


 岩代は自分でシャトルを取りに行き、ネット下からラケットを使って取り上げる。サーブ位置に戻る間に二点までを振り返った。


(何となく分かる。松本の考え。なんか、俺がトレースしやすいんだ)


 自分ならばこうするということが当たる。たくさんのバドミントンプレイヤーがいる中で、スタイルは違えど考え方は理解できる。理解できるから先回りできる。対策ができる。地力の差はあっても、思考回路が近ければ逆転の手は十分見えるのではないか。

 岩代は一つの確信を持ったことを表情に出さないようにして松本へと振り返る。視線は鋭く岩代へと向けていたが、かすかに濁っていた。純粋な気迫ではなく、多少の迷いがある。自分のシャトル回しのパターンが読まれていることに違和感を覚えているのかもしれない。


(俺だって驚いてるさ。試合前は正直、負けるとしか思えなかったからな)


 自分の中に浮かんだ弱気を吹き飛ばすように「一本!」と叫んでロングサーブを放つ。コースは考えず、高く遠くに飛ばしてアウトにならないようにという程度。最初は緊張してアウトになったり逆に飛ばなかったりしていたが、シャトルを打って行くたびに、松本の思考を読んでいく度に体の固さがとれて普段通りの動きができるようになっていた。


「らあ!」


 松本がスマッシュで岩代の胸元を狙う。ラリーの初めからの全力。強引な攻撃。だが、序盤は予想していなかったために反応が遅れて取れなかったのだ。スマッシュの速度は遅くなっていない。むしろ体が温まってきたのか速くなっている。それでも岩代は今までのどのスマッシュリターンよりも早くシャトルに触り、ネット前に打ち返していた。


「あぁあああ!」


 吼えながら突進してくる松本。スマッシュを打った直後の隙を力技でキャンセルして動いたのだろう。先ほどの似た展開よりも動きが早い。岩代は次はどこに打ってくるのかとネット前から二歩下がった位置で腰を落とした。ヘアピンでもロブでも取りに行けるように。


「らあっ!」


 スマッシュと同じ声を出して、松本はヘアピンをクロスに打った。岩代から離れるようにというのは前から変わらない。

 違うのは、岩代の駆け出しが遅れたこと。必死に腕を伸ばすものの、ラケットはシャトルには届かずに空を切った。シャトルが落ちた後に危うく前に踏み出した足で踏みそうになるのを回避しながら岩代はコートの外に出た。勢いを殺せなかったためだが危うく隣のコートに入りそうになる。


「っぶね……」


 岩城が顔を上げると、藤田と木戸の試合の様子がちらりと目に入った。スコアを見るとすでに8対1と大量リードされていた。


(藤田……っと。俺は俺のほうでやばいよな)


 岩代はコート内に戻ってレシーブ位置に向かう。既に松本は自分でシャトルを回収してサーブ体勢を取っていた。岩代が戻るまで立っているだけでいいというのに、わざわざラケットを上げてシャトルを持ち、身構えている。構えだけでも疲れるはずなのに。


(今のパターンでのヘアピンは初めてってことか)


 岩代はそこまで考えて、この勝負がやはり自分には不利だということに気づいてしまった。

 思考をまとめきる前に松本からの無言の試合再開の催促。コートから出てしまってただでさえ時間をロスしているだけに抗うことはできず、身構えた。

 次の瞬間、放たれるロングサーブ。岩代は真下に回り込んで、クロスにハイクリアを打った。より飛距離を必要とするために自分の力を全開にして打ち抜く。一瞬、アウトになるかと冷やりとしたが斜めにしっかりと飛んだおかげでコートからは出ずに対角線に落ちて行った。松本はシャトルに追いつくと、クロスにスマッシュを放ってきた。岩代はコート中央からバックハンドでシャトルを追い、十分引きつけた上でストレートのヘアピンを打つ。松本を最も走らせる軌道であり、たとえ取られても体力の消費には繋がる。

 しかし、松本はしっかりと追いついてロブを上げた。岩代はシャトルを追うが踏み出すタイミングが遅れたため、仰け反りながらシャトルを打った。


(このパターンは……)


 のけぞってハイクリアを打った後の松本の一打。前までは自分の真正面へのスマッシュ。岩代は着地して、出来るだけ早くコート中央へと戻る。最初からバックハンドで胸部にラケットヘッドを配置して。


「うーらあ!」


 だが、松本はネット前にストレートドロップを打っていた。完全に狙いを外されたものの、岩代は何とかラケットを届かせる。しかし今度は前に詰めた松本がプッシュでコート中央にシャトルを沈めた。

 完全な読み負けで五点目を献上する。


(次はこのパターン、かな)


 シャトルを取りに行きながら、岩代は今の松本とのラリーを分析する。さっきまでは体勢を崩してのハイクリアを打てばスマッシュを打ち込んできた。今はドロップでワンクッション置いたところでプッシュで打ち込む。おそらくは、岩代が苦し紛れにロブを上げればスマッシュが放たれるに違いない。


(多分、次に同じので決められたらパターンは決まりだろうけど)


 今のラリーの前に覚えた不利な点を改めて考える。

 岩代は松本の思考回路を追える。相性はいいだろう。だが、あくまで主導権は向こうにある。


(後手に回ってたら、このままの点差で負ける……)


 対応はできるかもしれないが、それも今のままでは一点は取られてからでなければ無理だ。そうなれば、最初につけられた点差を保たれたままで逃げ切られる。


(どこかで、逆転するしかない、か)


 岩代は逆転の隙を探そうと思考を巡らす。再び増していく松本のプレッシャーを受ける中、岩代は立ち向かっていった。


 得点は5対2

 松本の三点リードで序盤は終わっていった。

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