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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
267/365

第267話

 全国大会二日目。

 一日目の勝者は今日の勝利で自働的にトーナメントへの進出が決まる。昨日、南北海道に一敗した静岡は今日は試合がなく、今日、高知が勝てば三日目に望みが繋がる。

 もしも今日、南北海道が負けるならば、三日目に一勝一敗で三チームが並ぶ可能性が出てきて、勝利数などの別の物差しによって勝ちぬけるチームが決まることになる。

 逆に言えば、武達は勝つことに意識を集中させればよかった。


「一本!」


 高らかに吼えた武のロングサーブはシングルスラインぎりぎりへと落ちていく。高知のシングルスの相手は稲森恭平という一年生だった。自分の後輩――田野恭平と同じ名前を持つ一年生。名前の部分に田野の面影は感じていたが、実力はワンランクは違っていた。長身を生かしたスマッシュに、打った直後にも前に出られる足腰の安定感。武は何度もスマッシュをヘアピンで返していたが、そのたびに前で受けられて逆にプッシュを決められそうになった。それでも試合は優勢に進めて第一ゲームを取り、第二ゲームもまた終盤までリードしていた。


「はっ!」


 気合いの方向と共に放ったスマッシュによってコートにシャトルが突き刺さる。終盤になっても勢いが衰えず、逆に増していく威力に稲森は弱気の表情を見せた。それまで必死に武の体力がなくなるのを期待していたのか、走らせるようにしてスマッシュを打たせ続けていたからだ。


「ポイント。フォーティーンナイン(14対9)。マッチポイント」


 試合時間は五十分に差し掛かろうとしていた。ストレートに勝とうとしていたのだが、最初にダブルスとシングルスの勝手の違いにアウトを連発し、巻き返しに時間がかかった。

 だが、第一ゲームの途中から自分の中にシングルスの枠の広さがインプットされ、どの程度の力で打てばアウトになるのかならないのかということが感覚で理解できるようになる。そうなってしまえば、武は徐々にリードを広げていって第一ゲームを取り、第二ゲームも多少シーソーゲームを展開したが終盤にまた突き放し、今に至る。


「ラスト一本!」


 全力で相手を叩き潰すという気合を込めて咆哮した武は、稲森が後ろに下がるのを見て咄嗟にショートサーブへと変更した。ネットの白帯を少し浮きながらも越えたシャトルに、後ろに下がっていた印森は反応がワンテンポ遅れる。ラケットを前に出して取ることはできたものの、中途半端に浮いたシャトルは武のラケットの圏内に入っていた。


「はあっ!」


 ラケットを振り切って打ちこんだシャトルはコートに力強く跳ねる。着地と同時に拳を掲げた武は、そのまま審判の言葉を聞いた。


「ポイント。フィフティーンナイン(15対9)。マッチウォンバイ、相沢。南北海道」

「しゃあ!」


 掲げた拳を腰に振り下ろして叫ぶ。気合を前面に押し出した上での勝利の雄叫び。その姿に呆れたようにネットの向かいから稲森が息を吐いて近づいてきた。

 ネットの上から差し出されてきた右手に握手を重ねて、互いにじっくりと睨みあう。いつかの再戦を目で訴えかけてくるような稲森に、武は全力で見返していた。

 手を離してから互いにコートから出る。仲間達からは健闘を称えられていたが、武はちらりと横を見ると、目に手を当てて体を震わせている稲森が見えた。


(それくらい、悔しかったんだな)


 負けて悔しがる様子を見てしまうのも、そこに苦さを覚えることも勝負の常。一歩間違えば自分がそんな思いをしていたかもしれないのだから。

 武はほっと息を吐いて椅子に腰を下ろした。久しぶりのシングルスで気を張っていたために疲れがどっと押し寄せたのだ。


「それでは、次の試合を始めます」

「ゆっきー! 頑張れ!」

「由紀子! 今日は大丈夫だよ!」


 試合中は武に向けられていた声援は、女子シングルスに出る早坂へと向けられる。瀬名や姫川。更に藤田に清水も口々に早坂に激励を飛ばし、少しでも力を与えようと必死になっているように武には感じていた。

 早坂も応援してくれる女子達に丁寧に言葉を返して、試合に挑む。

 前々日より、前日よりも顔色は明るくなり、体調も良くなっているように見えた。今度こそ大丈夫だろうと考えて、武は試合が終わった後にやってきた気だるい感覚に身を任せようとする。そこで小島の呟きが耳に入った。


「危ないな」


 危ない。流れからして早坂のことだろうと武も理解する。武は閉じようとした目を開いて小島に視線を移した。椅子に一度座り直してから、小さな声で尋ねる。


「なあ、何が危ないんだ?」

「ん?」


 小島は武に向けて一度眉を上げた後、口を開く。できるだけ他のメンバーに声が聞こえないようにして。


「早坂さ。確かに体調は回復してると思うんだが、バドミントンの調子が戻るかは話が別だ」

「別、なのか?」

「見てたらどうかははっきりするよ」


 小島の言葉に一度引き、試合を観戦することにする。

 コートに並んだ早坂と相手はじゃんけんをしている。シャトルを取った高知の選手は意気揚々とサーブ位置へと着いた。対して早坂はポーカーフェイスのままでレシーブ位置に立って、ラケットを掲げる。

 審判が早坂と相手の名前――結城杏という名前をそれぞれ呼び、試合の開始を告げた。互いに礼をしてから結城はシャトルを高く打ち上げる。シャトルの下に入った早坂はストレートスマッシュでシングルスライン上へとシャトルを打ち込んだ。素早く横移動した結城は、バックハンドでクロスヘアピンを返してくる。早坂は足を伸ばして滑るようにコートを斜めに移動していき、シャトルを拾った。ストレートのヘアピンで返したところに結城が走りこんできて、ロブを上げる。仕切り直しになったところで、早坂はハイクリアで結城を後ろへ動かした。


(早坂のショットは、いつもの通りになってるな。小島の予想は外れたかな)


 記憶にある早坂のショットの精度に近づいていると感じた武は、今回は勝てると確信する。普段の力が出せるならば、今の早坂に勝てる選手はそういない。最低でも、今、対戦している結城には早坂がこれまで苦戦した選手ほどのプレッシャーは感じない。


「早坂……今回は行ける」

「早坂。今回も無理かもな」


 自分の言葉と同時に聞こえた真逆の言葉に横を見る。小島もまた武の方を見ていてため息交じりに続けた。


「相沢は早坂が今回は行けるって思ってるみたいだな」


 小島の問いかけに頷く。練習も含めて、早坂のプレイを一番見てきた自信はある。その自信が、今のプレイは十分調子が戻っているということを武に告げていた。小島は武の言葉を肯定して頷くが、それでも駄目かもしれないと断って続けた。


「あの相手……君長凛に似てるんだよな、少し」

「そう、か?」


 改めて見てみても、そこまで似ているとは思えない。顔も君長のほうが可愛く、体も君長より大きい。それほどフットワークも素早くないように見える。どこに似ている要素があるのかと思っていたが、改めて見てみると気づく。


(そうか。それでも、フットワークを駆使して拾っていくタイプってことか)


 姿形は似ていなくても、プレイスタイルは何となく似通っている。相手の攻撃を拾い、自分からはあまり攻めないでミスを誘おうとする。君長は攻めもしてきたため純粋に同じとはやはり言えない。それでもどこか被っているところはある。

 しかし、武は一度首を振って小島に問いかける。


「確かに似てるところはあるけど。そんなこと言ったらプレイスタイル似てる奴なんてたくさんいるだろ」

「確かにな。多分、このタイミングであの相手に当たらなかったらよかったんだろうが」


 小島の言葉の意味が分からない武だったが、目を離している隙にラリーが終了したらしくどよめきが起こった。視線をコートに戻すと落ちたシャトルを拾い上げている早坂の姿。羽を整えて結城へと軽く打って渡している。たった一点入れられただけだが、高知側はまるで勝利をつかんだかのように沸き立っている。


「いっぽーん!」


 結城は一点を取ったことに気を良くしたのか、声を弾ませてシャトルを打つ。ロングと思いきや、逆を突いたショートサーブ。早坂は前に足を出し、腕を伸ばしてラケットを届かせるとロブを上げる。早坂は体勢を立て直すためにコート中央で次の手を待つところに結城はフェイントをかけてドロップを放った。それほど上手いわけではなかったが、何故か早坂はその場から動くことなく見送っていた。あっさりと入った得点に瀬名や姫川でさえも「ドンマイ」と言うタイミングが遅れる。


「やっぱり、まだ調子が戻らないのか?」

「シャトルを打つ精度はだいぶ戻ってるみたいだな。体の動きも悪くない」

「……じゃあ、何が悪いんだよ」

「多分、目標がよく分からなくなってるんだよ」


 小島の言葉に首をかしげる武。小島は「予想だけどな」と前置きしてから続けた。


「君長凛を倒して、どうしたらいいか分からなくなってる気がするんだよな。全道大会の時も、気にしてただろ」

「……そう言えば、そうだった」


 全道大会の時に、君長を倒すことに固執する早坂を小島は心配していた。目標として設定してしまうと、倒した後に燃え尽きてしまうかもしれない危険性があると。小島もまた淺川を倒そうとしているが、それはあくまで一番強いバドミントンプレイヤーを目指す中での障壁だ、と自分を律することはできている。

 ならば早坂はどうなのか。


「あいつなりに分かって入るはずなんだ。ギリギリだろうと、相手が最初から全力を出していなかったにしろ、倒してしまった。そこで、目標を見失ってしまったってなると何となく繋がるかなって思ったのさ。たまたま体調不良が重なっただけで、回復しても、この試合中に早坂が立ち直れるのか分からないってな」

「そう、なのかな」


 小島の言葉はあくまで小島の予想の上に成り立つもの。根拠はある程度はあっても真実かどうかは分からない。しかし、ラリーは続けていても徐々に押されてシャトルを叩きつけられていく早坂を見ていると、あながち外れているとも思えない。

 良いラリーはする。ギリギリのところに向けてシャトルを打ち込み、それを拾われても反応してラケットを振れる。レベルがある程度以上の者同士でラリーが続くということはそれだけ実力も高く近いということ。

 その時点で武は違和感を覚えた。

 結城は武から見ても早坂と同等とは思えない。早坂が自分の力をちゃんと出せていれば、ラリーも長引くことはなく、最後にシャトルをコート上に弾かせているのは早坂に違いないと思える。

 しかし、現実にはシャトルを沈めているのは結城であり、得点は5対0に入っていた。良いラリーはするものの最後には結城がシャトルを沈めるためだ。サーブ権が動かなければ、このままラブゲームで押し切られる可能性も出てくる。


「早坂! ストップ!」


 武はたまらず声を出すが、高知チームからの結城への声援に声量負けする。その声に乗せられるように結城は顔をほころばせてシャトルを取る。テンションによって自分の実力を更に発揮できるタイプだと予測して、武は声だけでも更に大きくしてストップをかけさせる。

 安西や岩代。そして吉田。男子も小島を除いた面々が早坂に力が届くように声をあげるものの、その甲斐なく点差は開いていく。十一点目が結城に入った時には、早坂は0点。最後まで、サーブ権を取り戻すことができなかった。


「早坂!?」


 吉田の切羽詰まった声が耳に届き、武はコートを見る。すると早坂が両膝をついて前のめりに倒れようとしていた。間一髪、自分の手で体を支えたものの、その腕は震えており、一ゲームにしては異常な量が落ちているようだった。吉田コーチは駆け寄って早坂の体を支える。状態を見てから、審判に向けて早坂は試合ができる状態じゃないと告げた。

 審判はそれに答えて早坂の棄権により、結城の勝利を告げる。体調不良による途中棄権であっても、一勝一敗としたことに高知側は沸き立った。その歓声を横で聞きながら、早坂は吉田コーチに支えられたままでコートから出る。


「大丈夫!?」

「怪我したの!」


 武も駆け寄ろうと思ったが先に女子四人が吉田コーチと早坂に近づいたことでタイミングを逃して立ったまま様子を見る。吉田コーチはコートから離れるように言い、安西と岩代に次の試合へいくように指示した。一緒に「早坂の代わりに勝ってこい」という言葉を忘れずにつけて。

 二人は力強くうなずいて、コートへ向かっていった。

 吉田コーチにコートから出され、椅子に座らされた早坂は息が荒いだけで特にどこを抑えているということはない。

 吉田コーチは足や手を順番に両手で触っていき、点検する。五分ほど早坂の体を点検して、深く息を吐いた。

 安堵の溜息を。


「体に異常はないな。大方、寝不足といったところだろう」


 早坂が反論をしない所を見て、吉田コーチは立ち上がって隣に座る。武や他のメンバーにも試合を応援するように言って分散させた。コートではすでに試合が始まっており、安西のスマッシュが相手コートに突き刺さって得点を重ねていた。


「安西と岩代はたぶん勝つな。あいつらも強くなったよな」


 ほっとして椅子に座ると、武への解説のつもりか小島は口にしてきた。ありがとう、と礼を言って改めて安西と岩代を見る。その動きはジュニア大会の時、学年別の時。そして全道予選の時と比べて更に切れ味を増している。

 どちらも中学から初めて、すでにここまで上達している。久しく対戦していないが、今、試合で戦うとどうなるのかと思う。


「練習じゃ勝ってるけど、試合だとどうなるのかな」

「今のあいつらなら、もう少し橘兄弟と戦えるかもしれない。お前らなら、十回に一回は勝てる。そんな差だろ、たぶん」


 小島自身の分析からくる冷静な言葉。あくまで小島視点でも、十分褒められていると気づいて武は嬉しくなった。

 しかし、次の瞬間にはその思いも消える。


「でも、もしかしたら安西達のほうがこの大会中に成長するかもしれないな」

「ありえる、かな」

「ああ。あいつらだけじゃない。俺ら全員が、成長するかもしれない。いや、しないといけない」


 自分の言葉に引きずられるように気合がほとばしる小島。横にいながら試合中さながらのプレッシャーを感じて、武は一つ思いつく。


(小島、試合に出られないからストレス溜まってるのかな)


 武の試合や安西と岩代の試合を見て、個々人の成長を見たこともあるだろう。あるいは早坂が途中棄権という形で負けたことに対して、自分が勝利することで助けたいという思いが強いのかもしれない。

 そこまで思って、武は不安が大きくなる。


(昨日は調子悪くても最後まで試合をした。今日は、調子は戻ってきたはずなのに、途中までしか試合できなかった。もしかしたら……全体的には悪化してるのか)


 怪我をしたということはない。しかしだからこそ、症状は酷い。つまりは精神的な問題で早坂はバドミントンに集中できていないのだ。ならば、たとえ体調が回復しても試合では使えない。


(早坂……)


 横目で座って俯いている早坂を見る。前日にも見た、意気消沈した姿。

 繰り返されてしまった展開。

 試合には勝っていても、武はどうしても試合に集中することができなかった。


 全国大会二日目。対高知戦。

 4-1で勝利。


 全国大会ベスト16のトーナメントへと、南北海道は駒を進めた。

 不安材料を抱えたままで。

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