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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
265/365

第265話

 爆発音に近いような乾いた音を響かせて、豊田からスマッシュが放たれる。しかし、姫川は完璧に捉えてストレートに打ち返していた。ドライブ気味の低い軌道に割り込もうと山口がバックハンドでラケットを伸ばすも届かない。結果、胸くらいの位置に来たシャトルを豊田自身がドライブで返すしかない。

 しかし、苦し紛れの軌道は読みやすく、シャトルが打ち返された先には瀬名がラケットを構えて待ち構えている。飛んできたシャトルにただラケット面を当てるだけでヘアピンとして返し、シャトルがコートへと着こうとする。それを防いだのは山口のラケット。


「やっ!」


 高く跳ね上がったシャトルに追いついて瀬名が構える。姫川が前方で腰を落とし、瀬名のスマッシュを待つ。山口も豊田も二人で身構えるのがネット前にいた姫川には分かった。さんざん、自分達のコートにシャトルを沈ませた瀬名のスマッシュに最大限の警戒をしている。それは当然の反応。

 だからこそ、瀬名に姫川は事前にアドバイスをしておいた。


「はっ!」


 気合いを入れるための咆哮は同じ。しかし、シャトルは強くは打たれずにゆったりとした軌道を描いてネット前に落ちていった。スマッシュを待ち構えていたところから一転、ドロップになり対応することができなくなった山口はラケットを強引に前に差し出す。倒れながらも山口のラケットはシャトルを捉えて浮かせていた。


「トドメ!」


 瀬名のドロップに対して反応するのは山口だろうと姫川は思っていた。その予想通りにラケットを届かせた山口はヘアピンを打つ。ほぼ体が投げ出されたにもかかわらず、ほとんど浮かないようにコントロールしてくる山口に心の片隅で戦慄した姫川だったが、ラケットを細かく動かしてシャトルを沈めた。

 ネットに触れていないことを確認してほっと一息をついたところで、審判が告げた。


「ポイント。フィフティーンテン(15対10)。マッチウォンバイ、南北海道」


 審判が告げる試合の終わり。姫川は瀬名へと体を向けると走って一気に距離を詰めた。そして思いきり体に抱きつく。


「なっ!? ちょ、ちょっと!」

「やったー! 全国初勝利!」


 試合が終わったことで姫川の心の奥で開いていた扉が閉まる。表層に上がってくるのは明るい自分。勝利に対して素直に嬉しく思う感情が抑えきれずに、抱きついてしまった。瀬名は困惑しつつも体から離して、ネット前に連れていった。

 第一ゲームはセティングゲームで18対15。第二ゲームは15対10。

 どちらも接戦であり、南北海道と静岡の試合では最も長い時間がかかっていた。山口と豊田はそれぞれ涙を流し、握手に差し出した手も震えている。姫川は手を握りつつ、笑顔で言う。


「また、いつか試合したいね」

「次は、負けない」


 山口は真っ赤になった目を姫川に向けながら言い、離れていく。後ろ姿を眺めながら、おそらくは次の試合は中学時代の間はないだろうと悟る。


(ダブルスは、中学ではないだろうしね)


 相手ペアに遅れてコートから出た姫川と瀬名に武達がお疲れさまと声をかける。この時点で南北海道の勝利が確定し、穏やかな空気が場を包んだ。

 あとは、残りを勝つかどうかだけ。


「さあ。最後だな」


 そう言って安西がラケットを持って立ち上がる。一緒になって歩きだしたのは藤田。見るからに緊張で体が硬直しているのが分かった。姫川は背中に平手を思いきり叩きつける。


「ひゃっ!」


 悲鳴を上げて振りむいた藤田の眼には涙が浮かんでいる。痛みに出たのかもしれないが、姫川はそこには気をとらわれずに言葉を募る。


「雅美ちゃん。もう私達勝ったんだし、この試合、負けてもいいんだよ?」


 いきなり何を言い出すのかという雰囲気で周りが騒然となる中で、姫川は更に言った。自分の言葉は間違っていない。そう確信しているからこそ自信を持って紡がれる。


「勝った負けたが影響するのは、他のチームと一勝一敗で並んだ時。だから、二勝すれば問題ないんだよ」

「……やけにあっさり言えるわね」

「できるよ。私達なら。だから安心して、全力を出してきて?」


 藤田もあきれ顔で姫川を見てきたが、その顔に負けずに顔をほころばせる。全国区のダブルスに、本来正規ペアではない瀬名と共に勝てたことは姫川の中に新たな自信となって根付いていく。

 その自信を少しでも藤田に伝えたかった。藤田と清水がこういう大会に慣れていないのは分かっている。ミックスダブルスの要員として選ばれた二人はほとんど実績はない。他のメンバーでさえ全国の経験は初めてなのに、全道や全国とどんどんレベルが高い場所に放り込まれていく。その緊張は姫川の想像を超えるだろう。

 だからこそ、実力を発揮させてあげたかった。全力を出して相手に応えた時こそ、実力というものは上がると思っていた。そして、藤田と清水のレベルアップはきっと必要になると確信していた。


(今日みたいに、ゆっきーが調子悪い時に出番が回ってくるかもしれないしね)


 藤田と清水に、ミックスダブルス以上の働きを。姫川はひそかにそう思って、発破をかけたのだ。


「うん。分かった」


 姫川の内心を組んだのか分からないが、藤田は力強く頷いてからコートへと入っていった。


 ◆ ◇ ◆


 握手を交わした相手の瞳が自分を強く射抜いていることに藤田は気づいた。既に南北海道の勝利が確定して、やる気が揺らぐかと思いきや、逆に一矢報いようという思いがひしひしと伝わってくる。


(そうだよね。ここで諦めるような人達じゃないから、全国にいるんだろうし)


 藤田は改めて思い直して、じゃんけんでシャトルを受け取る。

 相手を改めて観察すると面白い二人だった。男子の方が女子よりも身長が低い。背丈なら女子の中でも高めの藤田よりも、相手の女子の方が背は高い。今までの流れからしてこの女子も全国区なのかと思っていたが、後ろから安西が小声で伝えた。


「吉田から聞いたけど、二人とも名前はバドミントンマガジンでも見たことないってさ。気休め程度かもしれないが」

「……そうなんだ」


 藤田の問いかけに安西は軽く頷く。シャトルを整えてサーブの姿勢を取ったところで、審判が最後の試合のコールを行った。

 南北海道と静岡の最後の試合。ミックスダブルスでの藤田の初陣だった。


「一本!」


 空間に響かせるように言葉を発してからゆっくりとラケットを振る。ショートサーブを打つと知らせてしまっても、浮かせないように注意してサーブを打つ。結果、前に詰められたが白帯すれすれを飛んで行くシャトルに相手は強打ができずに弱いプッシュを打つしかなかった。後ろに構えていた安西がクロスでネット前に落とし、トップアンドバックの陣形を保つ。相手の女子――水野はラケットを掲げてヘアピンを打ち返そうとした。


(させない――)


 藤田はプレッシャーをかけるために前に思いきり出る。ラケットを出して、もしもヘアピンで返されたならすぐにやり返すという意思を示す。ラケットを掲げたことで気配を感じ取ったのか、水野はロブを上げて藤田をかわした。


「ナイスプレッシャー!」


 後ろから聞こえてきた声に藤田は一歩後ろに下がり、そのまま中央に移動した。次には藤田の頭の横を抜けるようにシャトルが突き進み、水野のボディへと向かった。藤田の高い身長をブラインドにして、同じく高身長の水野の胸部へとシャトルを打ち込むことで打ちづらさを誘発させた。実際に水野は腕を縮こまらせてシャトルを打ち上げてしまう。


「行けー!」


 コートの外から聞こえてきた武の声に藤田は自然に体の力が抜けていく。余計な力が抜けて、藤田は軽くラケットを振り切った。さほど強くなくても、シャトルは鋭く落ちていた。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」

「ナイスショットー!」


 仲間達の誰もが声援を送る中で人一倍大きい声が耳へと届く。武の声に藤田は姫川の言葉以上に安心して脱力していく。代わりに満たされていく、自分の中の力。


(自然体自然体……)


 念じるとまた力が入りそうになったので、思考を止める。


(自然体って難しい。でも)


 藤田はシャトルを受け取ってまた深呼吸をする。今度は背が低い男子。確か、市山と審判が言っていたはずと藤田は冷静に思い出した。

 身長が低めなのを利用してなのか、極端な前傾姿勢を取ってショートサーブに水平にラケットを突き出せるように低くしていた。


「一本!」


 あからさまな体勢に対して、藤田は素直にロングサーブを打った。武達のように強ければともかく、自分には真正面から挑むということはできないと最初から決めていた。その迷いのなさを逆に突かれたのか、市山は前傾姿勢を解除してシャトルをすぐに追った。そしてその小さい体からは想像できないほど飛び、鋭いスマッシュを打ち込んできた。


「やっ!」


 だが、咄嗟に右に出したラケットにシャトルが当たってヘアピンで返す。ネット前に飛び込んできたのは水野だ。スマッシュを取った体勢から立ち直れない藤田を見て、逆方向へのクロスヘアピンでシャトルを落とす。たたらを踏んでしっかりとコートを踏みしめた時には届かないところまでシャトルが飛んで行った後だ。

 しかし、シャトルが落ちる前に安西がラケットを下に滑り込ませてロブを上げる。首の皮一枚繋がったことで藤田は一度体勢を立て直す時間を得た。左右に広がろうとした藤田だったが、そのまま前衛に留まって相手の次の手を待った。

 混合ダブルスで用いられる特殊な陣形。女子はずっと前で、男子が後ろをカバーする。男子の方が攻撃力があるため、男子を後ろに添えて少しでも防御力を上げるための策だった。相手も常に水野が前で、市山が飛びあがってスマッシュを打ち込んでくる。藤田が届かない場所を突き進むシャトルを安西がしっかりとロブを上げる。更に放たれたスマッシュも、次のスマッシュも巧みに藤田の防御コースを外してきていた。しばらく安西と市山のスマッシュ、レシーブ合戦が行われていたが、その間も藤田は集中力を切らさずにことの推移を見守る。

 やがて、先に変化させたのは市山の方だった。


「はっ!」


 小さい体を目一杯使ってのスマッシュは連続すると体力を消費する。それは藤田にも見た目で分かった。連続したスマッシュの限界が来てしまったのか、スマッシュの動きはそのままで、シャトルだけ鋭く落ちるのではなくゆったりとした軌道で流れるように落ちて行った。


(ここ!)


 藤田は冷静にラケットを出し、当てることだけを意識する。無駄に振れば自分の実力ではネットに引っかけてしまうだろうと。

 前に水野が迫っているのが見えたが、とにかくただ当てて返すことだけを考えた結果、藤田のヘアピンによってシャトルはネットに掠りながらコートへと落ちて行った。


「ポイント! ツーラブ(2対0)!」


 審判の得点コールにほっとする藤田。ネットを挟んで向かいに水野の顔があり、鋭い視線に息を呑む。


「強いじゃない。なんか弱いってイメージあったんだけど……負けない」


 二人にしか聞こえない距離で小さく呟かれた藤田は去っていく水野の後ろ姿に動揺する。

 自分が弱いことは自分が一番よく分かっているのに、強いとはどういうことか。だが、それを考え出すと時間がないために頭から振り払う。

 サーブ位置についてから構えて、後ろで構えているであろう安西に向けてサーブのサインを送ってから「一本!」と叫んで打ち上げた。

 ショートではなくロング。女子を後ろに回そうという策略に、水野もハイクリアで応戦した。本来なら後ろに残るはずの水野が前にいた市山と入れ替わる。自分の目の前にやってきた水野の瞳を意識からそらして、安西が放ったスマッシュへのカウンターをどうシャットアウトするかだけ思考する。安西のスマッシュの軌道はクロスで、藤田をブラインドにして水野のバックハンド側へと落とそうというものだ。藤田の後ろから突然現れたかのように見えるシャトルを水野はすぐにラケットを伸ばして反応する。

 またプレッシャーを与えるように、藤田はラケットを掲げながら移動する。その動きに水野は気を取られたのか、シャトルをコート外へと弾いていた。


「ポイント。スリーラブ(3対0)」


 順調にポイントを取っていることに藤田はまたひとつ息を吐く。一番弱い自分が強い安西の足を引っ張ってはいけない。そのためにできるだけ考えて、邪魔にならないポジショニングをする。逆に相手がどの位置にいたらどのように打ってくるのか。それもまた試合を見ている間や仲間達との練習の合間に確認してきた。

 少しずつ引き出しの中から思い出すように知識を出していく。

 ミスをしないようにという心構えで石橋を叩きすぎてもいいくらいで藤田は試合を渡っていく。


「ナイス」

「そ、そうかな」


 安西から声をかけられてほっとする。安西は「そうだ」と自信を持った口調で伝えてくる。


「ちょうど藤田をブラインドとして使ってスマッシュ打てるし。あと、多分だけど、相手も藤田のポジショニングが上手くて困惑してると思うんだ」

「ポジショニング?」

「プレッシャーを与えるような場所にちょうどいいタイミングで行くんだろうさ。よく考えているんだと思うよ」


 そこまで話すと試合再開を促される。藤田はシャトルを持ってサーブ位置いつきながら安西の言葉の意味を考えていた。


(ポジショニングか……)


 全道大会が終わってから「相手にプレッシャーを与える位置」を意識していた。特徴的な武器がない自分にできることは何か。藤田なりに考えて到達した一つの答え。決定力のある人とペアを組めるならば、助けになるかもしれないと。

 考えることがバドミントン。その先にある一つの形。他人の力がなければ勝てないのなら、借りて勝ちたい。


「一本!」


 高らかに叫んでショートサーブを打つ。少し浮いたシャトルをプッシュされても、安西を信じて藤田は前に進んでいった。

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