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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
257/365

第257話

 シャトルが高く飛び、絶好の位置に落ちていく。追っていくのは武。前に早坂が腰を落として構え、武からくるであろうスマッシュからのラリーの組み立てを考えている。その目論見を変えようと小島はバックハンド気味にラケットを持って打ち返すことだけに意識を集中させた。


「はっ!」


 武が自らの気合いを凝縮して咆哮し、シャトルを叩きこんでくる。その速度は小島の想定を超えて一瞬で胸元へと飛び込んできた。体に近いところに打ち込めば打ち返しづらい。そのセオリーを守った必殺の一撃。小島は咄嗟に後ろに体を流してスペースを作り、ネット前に打ち返す。だが、そこにはすでに早坂がラケット面を立てて待っていた。軽く横にラケット面をスライスさせてスピンをかけてシャトルを落とす。前に詰めた姫川もネットギリギリの軌道を取るシャトルを打ち返すことができず、見送るしかできなかった。


「ポイント。フィフティーンイレブン(15対11)。マッチウォンバイ、相沢・早坂」


 審判を務めていた藤田がそう言って試合の終わりを告げる。コートにいた四人は挨拶をして頭を下げるとすぐに外に出た。藤田はそのまま入れ替わりでコートに入り、後から来た清水とともに女子ダブルスの試合を始める。相手は堤と上代。二年生女子のダブルス一位のペアとして、藤田と清水のダブルスの実力アップの相手として特別に練習に呼ばれていた。

 全道大会が終わってから全国までの二週間。吉田コーチはほぼ決められた組の練習を中心に行っている。

 まずは清水と藤田のダブルスの強化。これは単純にAチームの中では実力がワンランク低い二人を少しでも強くするためだった。もともとミックスダブルスの人員のために組み込まれた二人だったが、現在まではそこまで行くことなく、早い段階で試合が終わっている。全国もまた同じ可能性を考えると、少しでも二人の底力を挙げておくことが必要だった。


「まあ、女子ダブルスの捨て試合以外にも、ダブルスの力を上げておけばミックスダブルスでも使えるだろうしな」

「相変わらず容赦ない言い方だよね、小島君」


 並んで壁に背中を預けて休んでいた姫川に言われて小島は「そうか?」と呟きつつ眉を上げる。自分が間違ったことを言っている気はない。部活の馴れ合いではなく、あくまで試合に勝つために集められた十人なのだから。


「俺らは勝つためにチームになったんだ。お荷物はいらないさ」

「……でも二人なら大丈夫だと思うな」


 姫川の視線に促されてコートを見る。そこではすでにダブルスの試合が始まっていた。堤と上代に攻められていても、大事な場面では体勢を立て直して抗っている清水と藤田がいた。小島の目から見ても明らかに全道大会前と比べて上手くなっている。


「やっ!」


 清水が目一杯腕を前に伸ばして落ちていくシャトルを拾い、ネット前にヘアピンとして落とす。上代が前で逆サイドにヘアピンを打つが、そこに反応するのは藤田。前に踏み出すタイミングが早く、完全に読み切っている。シャトルがネットの白帯から下に行きそうになったところでシャトルをプッシュで押し込んでいた。


「ポイント。スリーラブ(3対0)」


 審判をしているのは刈田。Bチームの面々も何人か練習の相手として来ており、試合の合間に審判を買って出ている。小島はこれまで同じチームでも見ていなかった清水と藤田の戦力分析を脳内で始める。

 清水は身長は女子の平均だが少し太っていた。隣に座る姫川が細くフットワークもかなりの速度であることを見ても、そこまで速度はないだろうと思う。だが、清水の武器はフットワークの速度よりも体の柔らかさだ。両手足を目一杯伸ばしてシャトルを追う姿。間に合わないと思っても、最後のひと伸びでシャトルを捉えてヘアピンを、絶妙な高さで返すのは十分な武器だった。まるでバレリーナのように両足が180度近く広がってシャトルを取っている姿は小島も驚愕する。

 逆に藤田は身長が女子にしては高い。更に特筆すべきは手足の長さだ。長めの足を同じように目一杯伸ばしてコートを駆けて、シャトルへとラケットを伸ばして届かせる。先ほど前にダッシュしてプッシュを打ち込んだのも、足の長さだけではなくラケット自体が通常のタイミングより早くシャトルを捉えている。


「自分達の体格の利点を上手く使ってるよな」

「藤田さんはあと、相手の動きを読もうとしてるよね。もう何度も試合してるから、堤さんと上代さんの動きはだいたい読めるみたい」

「考えて、打つか」

「自分達が勝てないから、考えて考えて、軌道を読んで、自分で打つシャトルを考えてる」


 バドミントンは考えるスポーツ。小島は姫川も十分考えてシャトルを打っているが、実力の差によっては単純にスマッシュを打ち続けたり、シャトルを拾い続けているだけで勝てる。その意味では、今の小島と姫川は考えること自体少なくなっているのかもしれない。


「ああやって考えていくのは……相沢を思い出すな」

「相沢君は、なんか変わらないよね」

「そうだな。あいつは中学一年で初めて見た時と今と、実力以外あんまり変わってないように見えるな」


 藤田のプレイスタイルの中に武の姿を二人は見る。

 スマッシュで押して行く訳ではない。威力は並で、特に得意なショットもないように見える藤田に、確かに二人は武の姿を見た。


「みんな、強くなるために必死なんだよね」


 姫川は立ち上がって歩きだす。どこに行くのか問おうとしたところで、小島は姫川が向かう先に早坂が立っているのが見えた。そばには吉田コーチがいて、姫川のほうを指さしながら支持している。おそらくはシングルスの練習をするために姫川と早坂を組み合わせようとしている。その気配を先に察して立ち上がったのだろう。案の定、吉田コーチは姫川を手を振って呼び、早坂と二人でコートへと向かわせた。


(あいつもほんと、早坂が好きだよな。俺には負けるけど)


 小島もまた立ちあがって背筋を伸ばすと、また壁に背中を付けてフロア全体を俯瞰するように眺める。

 各所で行われている試合。それぞれがAチーム改め南北海道代表のチームを強化するための試合。

 清水と藤田。そして姫川と早坂は早坂よりも姫川の強化だろう。早坂はほぼ不動のシングルスだが、オーダー次第ではミックスダブルスに回されるだろう。ならば、空いたシングルスに座るのは瀬名ではなく姫川だ。相性の問題もあり瀬名は姫川に勝てていないが、その相性を除いても、シングルスの実力は瀬名よりも姫川が優っている。ならば、捨てることなく女子シングルスを勝つためには姫川の強化が必要だ。

 あとは、ミックスダブルスでの武と早坂。二位である小島・姫川組が事あるごとに試合をしている。自分達の強化とも考えられるが、本命はおそらく相手だろう。


(俺と姫川が一度も勝てないもんな……相沢のやつ、よほど女子と相性がいいんだな。ダブルスの)


 小島としては認めたくはなかったが、ことミックスダブルスとしては武のほうがどの女子とも相性はいい。特に早坂との組み合わせは、いいところまでは追い詰めることができても、最後に勝てるビジョンがどうしても浮かばない。

 武も吉田との組み合わせでほぼ不動のエースダブルスだろう。そう考えると、使う機会はほんのわずかだと思うが、小島はもう一つの動きが気になっていた。


(あそこなんだよな、問題なのは)


 もう一つ空いているコート。そこで行われている試合が一番小島にとってはしっくりときていない。


「はっ!」


 吉田の鋭いスマッシュを川瀬が取り、綺麗にロブを返す。吉田はまた下に回り込んで再度ストレートに打ち込むと、今度は反応しきれなかったのか、川瀬はネット前に返していた。今度、そのシャトルを取るのは安西。スピンをかけて落とすとさらにスピンをかけて須永が打ち返したが、ネット前のわずかな隙を狙って安西のプッシュが川瀬の足元に叩きこまれた。


「しゃ!」


 安西は気合を込めて腕を振り上げ、次には吉田とハイタッチを交わす。

 小島から見ても、もう安西と吉田は昔から組んでいたダブルスと取られても不思議ではないほどにコンビネーションが出来上がっている。武と吉田という正ダブルスの練習時間を削ってでも、安西と吉田のコンビを強化しているように見える。武と吉田の勝率を上げることの方がこうした短期決戦では良いのではないかと思うところは小島の中にあった。実際にミックスダブルスは誰もやったことがないという理由で、最も練習時間が足りないことから勝率が高いプレイヤーを入れるために藤田と清水が入った。だが、今は短い時間で一気に即興コンビの底力を上げようとしている。


(まあ、俺には関係ない、か……)


 このチームの中で自分が不動の男子シングルスだという気持ちは変わっていない。もし変わることがあるならば、戦略的なことしかありえない。そう考えると、思いいたるのは淺川亮のことだった。


(もしも全国で北北海道のやつらと当たったとしたら。吉田コーチは俺を淺川と当ててくれるのか?)


 懸念が心の中に生まれる。今の自分がまだ淺川には届かないということは分かっている。だからこそ全道大会の場では自分で縛りを決めて、実戦の中で実力を高めていった。今、この練習の場でも、全国の場でも。淺川以外に負けるつもりはなかった。

 だが、実際に試合をすると決まった時に冷静な自分ならばどうするか考えてみる。

 少なくとも浅川と、西村・山本の組を外して女子シングルス、女子ダブルス。そしてミックスダブルスで勝とうとするだろう。ならば出るのはミックスダブルスか。あるいは、吉田と共に勝つ可能性を高めて男子ダブルスに出されるか。


(いや、俺と吉田が組んでも相沢と吉田組くらいの力なんて、出せない)


 男子は実力が高く近いもの同士が組んだ方がいいというのは昔から言われていることだ。チームの中で単純な実力で言えば小島が最も高く、次に来るのはおそらく吉田だと小島は思っている。単純に実力を足し算すると吉田とのダブルスは武と吉田よりも強いだろう。だが、全道大会での二人を見ていると、そんなことは口が裂けても小島は言えなかった。


(あいつらには実力以上のものがある。俺じゃ、たぶん吉田の力を引き出せない)


 考えていることに結論が出てしまい、小島は頭を振る。もしも淺川と試合ができないと決まった時に自分はどうするのか。精一杯抵抗して無理やり淺川と試合をするのか。それとも、大人しく諦めるのか。


「そんな、未来のことなんて分からねぇよ」


 小島は背中を壁から離してラケットを手に取った。余計な思考をするのは体が疲れていないから。練習に集中していないからだ。そもそも高いところから分析するのは監督役の仕事。自分の仕事は、練習をして短い期間の間に少しでも実力を上げることだ。


「小島! 次の試合に入れ!」


 遠くから吉田コーチの声が聞こえ、小島は駆け足で向かって行った。


 * * *


「ふーん。そんなこと考えてたんだ」


 前を軽くステップを踏みながら歩く姫川を見ながら、小島は嘆息する。冷えた空気によって白くなった息が空へと昇って行く。三月に入り、徐々に春の足音が聞こえてくる時期になったが、夜になるとまだまだ冷える。風邪に注意しろということで汗の処理は念入りにさせられてから全員が解散となる。全道大会が終わってから六日連続で入った練習だったが、次の日は休息日として各自休むように言われていた。

 帰る方向が同じ姫川へと言った小島の言葉に対する返答が、先ほどの言葉。


「そうだよ。って、そういえば。こっちの方向ってあの瀬名もじゃなかったか? どうしていないんだ」

「違う中学で二対一なら気を遣っちゃうんじゃない? 見かけとかプレイスタイルによらず、まゆまゆはシャイだからね」

「まゆまゆ……なんかいろいろ言ってるよな、お前」

「人のあだ名を考えるのは楽しいよ」


 振り向いて後ろ歩きをしながら言う姫川。顔は心底楽しそうに笑っていて、小島は何がそこまで楽しいのかと不思議に思う。尋ねようと口を開いたところで、姫川の柔らかな笑顔が急に視界から消えた。


「きゃっ!?」


 後ろ歩きで足を取られた姫川は見事に後方に転がっていた。まだ雪が積もっている歩道だが、人が踏み固めた雪は固くなっている。小島は慌てて駆け寄ると助け起こした。


「大丈夫か!?」

「いてて……大丈夫大丈夫。大丈夫だよ」


 腰についた雪を自分でほろう姫川。小島は更に背中についた雪をはらってやる。ありがとう、と呟く姫川の様子が少しおかしいことに気付いて小島は顔を覗き込んだ。


「どうした? やっぱり、打ちどころ悪かったか? 痛いか?」


 試合前にどこか痛めてしまえば、取り返しがつかないことになる。小島は焦って姫川の体を確認していく。しかし、視界の外で姫川が笑った声が聞こえた。


「ふふ……大丈夫だって言ったよ」

「ったく。心配させんなって」

「心配してくれてありがとう」


 視線を上げた時に見えたのは、姫川の笑顔。外の気温が低いためか、頬が赤くなっている。


「大丈夫大丈夫。私は頑丈が取り柄だから。私のことは心配しなくても大丈夫」

「姫川……?」


 姫川は小島の肩を右手で叩いて、そのまま掌を押しつける。ぐっと握って、まるで力を込めるようにしながら言う。


「私は、ちゃんと追っていくから。小島君は自分で先に進んでいってね。じゃあ、また明後日」


 姫川はそう言うと少し別れる場所まで距離があるにもかかわらず走って行った。取り残される形になった小島だったが、去っていく姫川の背中を見ながら、その背に呟く。


「ありがとうな」


 何にありがとうと言ったのか小島には分からない。口から出た言葉を小さく繰り返しつつ、小島はひとり、雪道を歩いて行った。


 全国大会まで、あと一週間。

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