表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
240/365

第240話

「おおおおああああ!」


 稲田の咆哮と共にスマッシュが小島の胸部へと吸い込まれる。タイミングを外し、ラケットを掲げられない状態でのその攻撃は従来ならば返ることはない。しかし、小島はラケットを胸部に持ってくる軌道を最短で済ませ、シャトルにただラケットを当てた。威力が強さを証明するように、シャトルが返ってネット前に落ちていく。稲田は急いで前に詰めるが届かずにシャトルをネットに引っかけてしまった。


「ポイント。フォーティーンマッチポイントトゥエルブ(14対12)」


 息を切らせて床に手をつきながら見上げてくる稲田に、小島は息を整えながら目線で応じる。一ゲーム目から続けている高速移動の代償か、稲田のフットワークは終盤になって一気に速度が落ちていた。それでも体ごと飛びながらシャトルを追い、試合を長引かせていたのだが、小島のショットはミスすることなく際どい所を狙い続け、シャトルを落としていった。

 がっつりと組んだ上で徐々に押していき、遂に試合の際まで追いつめた。


(ここまで来た。でもまだ、気は抜かない……抜けない)


 シャトルを受け取り羽を整えながら小島は息を吐く。稲田は体力が明らかに低下していても全く目は諦めていない。準決勝で戦った刈田も同じような眼をしていた。体力の低下が即諦めに繋がるような弱い選手はこのレベルには存在しないことを改めて悟る。


(稲田隼人。最後まで手は抜かない。追いつめて追いつめて、最後にシャトルを叩き込む)


 小島はサーブ姿勢を取り、稲田を視界に収める。プレッシャーが体から放たれて稲田の周囲を包むが、それを真っ向から押し返すようにして稲田も闘志を迸らせる。

 最後の最後まで試合を諦めない。

 目線が隣のコートに移動することもなくなった。

 間違いなく稲田は、今、このコートで小島と試合をしている。


「一本!」


 小島が高らかに吼えてシャトルを飛ばす。ラストだとわざわざ宣言する必要はない。これはあくまで十五点目。特別な一点ではなく、あくまで試合の中で取るもの。ただ、ルール上十五点目で試合が終了するだけだ。

 特別を意識すると余計な力が入る。その力は、追いつめられた獣相手には油断になる可能性があった。


「はあ!」


 稲田はハイクリアを打とうとした体勢から一歩下がり、ドライブを放つ。ダブルスのようにもう少し低い位置からラケットの持ち方を変えて打つのではなく、オーバーヘッドストロークでのドライブ。ハイクリアよりも低くスマッシュよりもコートに平行にシャトルが進み、コート奥へと落ちようとする。

 そこに追いついて小島はクロスドライブを放つ。弾道はコート中央を通ってコート奥へと向かうルート。当然、稲田の移動コースへと入っていく。途中でインターセプトされるのは目に見えていた。それでも小島は打ち、コート中央へと戻っていく。その中で稲田がシャトルに追いついて振りかぶるのが見える。前に落とすよりも更にドライブで速度を増したショットを放とうとしているようだった。タイミング的に、決められてしまる。それでも、小島が動きを止めて身構えればラケットの位置によって打ち返すことが出来るかもしれない。

 しかし、小島は更に前へと突進した。それを一瞬だけ視界にとらえた稲田は手首を少し上向きにしてドライブから鋭いロブへと軌道を変化させる。シャトルは十分な高さではなかったがロブで上がり、コート奥へと向かう。

 放物線を描く時間があれば、小島には十分だった。

 右足で自分の体重を支えてから後ろに飛び、シャトルの下へと入ろうとする。鋭いロブのためにシャトルの落下が早く、更に後ろのライン上に綺麗にコントロールされた軌道。だからこそ、小島はシャトルを見ないままに後ろへ飛ぶように移動するフットワークに集中できた。


「ここだ!」


 シャトルの下に来たと思った時点で振りかぶる。そこで初めてシャトルを視界に捉えてストレートに打ち上げた。

 ハイクリアよりも鋭いドリブンクリア。今のロブと同様に切れの良い放物線を描いてシャトルが落ちていく。小島と同じように移動して構えた稲田だったが、小島が打った位置からあまり動かずコートの右半分が空いている状態だと分かり、動きが一瞬鈍った。

 あからさまに空けているのは何らかの誘いがあるためか。普通ならばそこにスマッシュを打ち込めば高確率で取れないはず。しかし、誘いならば逆方向に打てばいいのではないか。

 一瞬で様々な要因が頭の中をよぎったであろう稲田が出した結果は、ストレートにスマッシュを打ちこむことだった。


「はっ!」


 小島はバックハンドでスマッシュを受け取り、ネット前へとヘアピンで落とす。何度となく繰り返された光景がまた流れ、ネットを越えたシャトルに稲田は突っ込み、ラケットを伸ばす。先ほどはネットに引っかけてしまったが、今回は届いてシャトルが返った。前に体を突っ込ませても、手首を使ってネットギリギリに返るようにコントロールされていた。


(――あと、二)


 小島もラケットを前にしてネット前に行き、ネットを乗り越えたシャトルをクロスヘアピンで返す。いる場所から離れるように打たれたシャトルに反応して稲田が移動し、またヘアピンを打った。ロブを上げようにも角度が足りず、ヘアピンしかない状況で、相手が打ち返せないものを打つしかない細い道を、稲田は通り抜ける。


(あと、一)


 その細い道を通ると、小島は信じていた。

 稲田ならばギリギリのヘアピンを打ち返すと。


「はっ!」


 最後に出来た細い道の出口にラケットを置いて、小島はプッシュでシャトルを稲田のコートへと沈めていた。

 シャトルをどうにか打ち返そうと後ろに下がった稲田は尻餅をつき、小島を見上げる形になる。その状態で固まったまま、審判の声を二人は聞いた。


「ポイント。フィフティーントゥエルブ(15対12)。マッチウォンバイ、小島」


 武達仲間が小島に声援を送り、拍手をする。見ていた観客も二人の試合に何かを感じて、拍手が広がっていく。音の洪水に包まれながら小島はそのままネットの中央に移動する。稲田は両手をついて天井を見上げたまま呆然としていたが、審判が握手をするように求めると気がついて立ち上がり、小島の前へとやってきた。


『ありがとうございました』


 ネットの上で握手を交わし、すぐに手を離す。ネットを挟んで向かい合う稲田の顔は、試合中とは別人で覇気が感じられなかった。試合の中で全てを使い果たしたように。


「あの……ありがとうございます」

「何が?」


 コートから出ようとしたところで稲田が言ってくる。何に対してのありがとうなのか分からずに小島が尋ねると、稲田は後頭部を掻きながら先を続ける。


「俺、間違ってました。俺、君長に負けたくないって気持ちだけでバドミントンしてました。あいつに勝てたらそれでいいって。だから、他の人に負けてもそれは仕方がないことだって思ってました」

「やっぱりな。そう思ってたよ」

「でも、小島さん……にも、勝ちたくなりました」


 稲田は頭を勢い良く下げてから早足でコートを去った。その後ろ姿を眺めながら小島もコートから出る。稲田の考えも間違ってはいないかもしれないが、まだ個人に縛られているところに小島は嘆息する。目の前の敵を見るようになったのならば、まだ良いだろう。次以降に出会う時が、怖い時。


(次に会ったら負けるかもしれないな……面白い)


 強敵が増えることへの恐れやそれ以上の高揚に包まれて、小島は満たされたままラケットバッグを背負う。そこに武や吉田、安西など仲間達が集まって激励する。


「やったな! 小島ぁ」

「途中危なかったな」


 自分を取り囲む仲間達から伝わる信頼。それは、小島は負けないということ。仲間として、このチームで自分に求められていることはシングルスの勝負所で負けないこと。

 無論、全国制覇を狙っているのだから全てに勝つつもりで臨んでいる。

 必要ならば小島のダブルスで試合をしたりするだろう。

 それでも、男子シングルスとして試合に出たのならば。


(俺は負けちゃいけない、か。まあ、負ける気はほんとないけどな)


 自分がそう決めて。仲間がそう信じてくれる。

 互いの思いが通じあい、理解されているこの状況はやはり今までに感じなかったものだ。小学校時代も中学でも、自分が突出して強かっただけに団体戦で仲間達とこうした繋がりを感じることはなかった。

 だからこそ、このチームで最も長く試合をしたい。そのためには最後まで勝ち進むのが一番だ。


「当たり前だろ。俺は負けないさ。それよりも、あいつの試合の方が重要だろう?」


 小島はそう言って親指で隣のコートを指し示す。そこでは早坂が君長と試合を続けていた。小島も二ゲームにしては長い試合だったが、早坂のコートは更に長い。十一点ゲームにも拘らず、十五点の男子よりも長く続いているのだ。


「試合に集中していたから展開分からないけど……だいぶ接戦なんだろ?」

「ああ。早坂は――」


 小島の問いかけに吉田が答える。

 早坂と君長の試合を最初から教えるために。



 ◇ ◆ ◇



 時はさかのぼり、試合開始の頃。

 小島の試合が始まると同時に、君長と早坂もまたネットを挟んで握手を交わしていた。


「よろしくお願いします」

「よろしく」


 丁寧に頭を下げる君長と軽く頭を下げる早坂。そのまま手が離れてじゃんけんをし、サーブ権を手に入れたのは早坂だった。審判からシャトルを貰ってサーブ位置に立つ。君長もラケットを掲げてスタンスを広めに構え、早坂の第一手を待つ姿勢となった。


「イレブンポイントスリーゲームマッチ、ラブオールプレイ(0対0)」

『お願いします!』


 二人同時に吼えて、早坂はロングサーブを放った。シャトルがコート奥、シングルスライン上に飛んでいき、君長は落下軌道に体を入れて構える。早坂はコート中央に腰を落として身構え、次のショットに備える。

 君長はストレートのハイクリアを打ち、早坂を左コート奥へと移動させる。ゆったりとしたフットワークで移動した早坂は今度はクロスのハイクリアで君長の左奥を抉る。君長は瞬時に移動して落下点に来ると、またストレートハイクリアを打つ。先ほどとは鏡合わせの軌道。早坂はまたクロスのハイクリアを打つ。同じ軌道をなぞる様に。


(お互い牽制ってところね……)


 序盤の序盤。互いに一点も取れてない状態で互いの戦力を分析する時間。

 ジュニア大会全道予選で一度戦っているため、お互いの武器をお互いが理解している。今のラリーは、それがどれだけレベルアップしているかということの確認も兼ねている。

 早坂は磨いてきたコントロールによって、シャトルを打つ軌道が毎回誤差の範囲内で同じ。君長もフットワークを続けることでの速度の減退はない、ということを早坂に示している。

 六回同じ軌道のラリーを重ねたところで、君長が先に動いた。


「はっ!」


 今までのハイクリアからドリブンクリアに変更してくる。テンポが変わったシャトルに対して同じように軌道調整できるのか。挑戦的な君長のショットに対応するために早坂も少しだけフットワークを速くしてシャトルに追いつき、クロスのハイクリアを放った。

 その軌道は今までとほぼ変わらない。君長が崩してきても影響はないと見せつける。


「はあ!」


 次に君長が打ってきたのはスマッシュ。ストレートに抉りこまれたシャトルを丁寧にストレートで前に落とす。最短距離を返されると予測していた君長は前に詰めて、ネットを越えたところでシャトルをプッシュで打ち込んだ。


「は!」


 だが、シャトルはコートにつかずに、早坂に打ち返されてロブで奥へと運ばれた。君長は前に踏み出した足を使って後ろに飛び、フットワークにスムーズに移行する。追いついた君長はクロスのハイクリアでまた早坂を後ろへと追いやった。


(あそこで終わらなくて、攻めを立て直してる)


 クロスハイクリアの意図の薄さを感じ取り、早坂は落下点に到達してから意を決する。


(次は私の番――!)


 攻守交代のタイミング。早坂はストレートのカットドロップを打ち、すぐに前に移動した。今までならば君長もネット前に詰めていてまたプッシュを打つことになる。それをまたインターセプトして主導権を完璧に奪おうと。

 早坂の予想通り君長は前に出てネットに届くシャトル目がけてラケットを立てようと差し出した。しかし、君長のラケットはシャトルを上手くとらえられず、ネットにぶつけてしまった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 前に出た早坂は動きを止め、君長はシャトルを拾い、軽く打って渡してくる。早坂は受け取ったシャトルの羽を整えながら一つため息をついた。


(まずは、先行ね)


 何点先行していても気が抜けない。最初のラリーを制したというのに全く安心できない。

 早坂由紀子と君長凛の死闘が、ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ