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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
239/365

第239話

「うおお!」


 稲田がサイドステップで飛びながらシャトルに追いつき、そのままジャンピングスマッシュを放つ。コースはいつも打っていたストレートではなくクロス。小島にインターセプトをされないために考えたコースだろうが、小島はバックハンドグリップを持ったままででストレートに備えていた構えから瞬時に移動して、ラケットを伸ばす。シャトルのコースにラケットヘッドが入り、小島はシャトルの勢いを完全に殺してヘアピンで前に落とした。稲田はコートを斜めに突っ切ってネット前に飛び込むとシャトルをロブで打ち上げた。もう何度も行われているプレイであり、慣れてきたのは明らかだった。小島は余裕をもって移動し、ハイクリアでシャトルを右奥へと打つ。放物線を描いてシングルスラインぎりぎりに飛ばされたシャトルを稲田は真下で再びハイクリアで返す。

 そこからシャトルはハイクリアで交互に数回打たれ、今度は小島がスマッシュでストレートに鋭く落とす。稲田はバックハンドで捉えてネット前ぎりぎりに浮かんで落ちるようにコントロールしたが、小島の踏み出しが速くシャトルは鋭くコートへと落ちて行った。


「ポイント。エイトシックス(8対6)」


 小島は一つ息をついて、自分で叩き落したシャトルをネットの下から拾おうとラケットを伸ばす。だが、先に稲田が走りこんできてシャトルを拾うと、軽く放った。そのシャトルを受け取って小島はサーブ位置に戻り、振り向く。

 視線の先にはネット前に立ったままの稲田がいた。その瞳に自分の姿が映りこんでいるように思えて、微笑む。実際にはそんな像が見えるほど目は良くない。だが、先ほどまでとは違い、稲田の中に自分の姿があるということは確信できた。


(そうだ。お前の相手は君長じゃない。俺だぜ。俺を片手間で倒せると思うな)


 シャトルを左手に持ち、サーブ姿勢を整える。稲田がレシーブ位置に戻って構えるまでは打ち上げることはない。自然体でゆったりして相手の準備が整えるのを待った。その間に自分の内から湧き上がってきた昂揚感に身を委ねる。

 自分を見ていなかったことで足元をすくわれた稲田も、小島自身の力を認識して目を向け始めた。そうすることで、ただ隣に張り合っているということではなく、小島を倒そうとして頭を使い始めている。五点で抑えるという宣言は既に破れ、試合時間が長くなっているのは、小島の一球一球に対してどう打つかを考えて、コースを厳しくしている稲田がいるからだ。小島はそれに対して、どこに打てば相手を制することができるかと考慮して更に打ち込む。

 試合の流れや一つ前のショット。一つ先のショットを予測してシャトルを打ちまわしていく。

 シャトルの打ち方の読みあいを展開しているという実感が、小島の中に熱さを生み出していく。


「一本!」


 勢いよく叫んで腕の振りは最小に。

 稲田のタイミングを外してショートサーブを放った小島が見たのは、その稲田のラケット。完全にタイミングを外したと思っていたが、それは目に映った残像が見せたらしい。稲田は前に倒れこむようにして小島の右足へとプッシュでシャトルを叩き落としていた。


「サービスオーバー(6対8)」

「うおあっらああ!」


 大きな音を立てて倒れたのと、叫び声をあげてすぐに立ち上がったのはほぼ同時。本当なら同時になど出来るはずはないのだが、そう錯覚するほどに動きには停滞がなかった。体が叩きつけられて痛くないわけはないのだが、それを面に全く出さずに小島への闘争心を燃え上がらせている。小島はシャトルを拾って羽を整えてから稲田へと渡し、レシーブ位置に戻る。文字通り全身を投げ出してまでシャトルにくらいついている稲田に再び背筋が凍るような感覚を覚えた。


(……こいつの才能は多分本物だろうな……開花する前に倒すか、開花したやつを倒すか)


 稲田は「一本!」という声とともにショートサーブを放つ。自分が一回前に行った手段。それをまさか今のタイミングでやられるとは思っていなかった小島は遅れてシャトルに追いつき、ひとまずロブを上げる。ネット前でジャンプしてインターセプトしようとした稲田だったが、ラケットの横をシャトルは抜けていった。着地してフットワークを無視し、完全に後ろを振り向いてシャトルを追って行く。全力で追いついたところで小島の方向へと向き直り、飛びながらスマッシュを打ち込んでくる。小島はストレートということは読めていたが、ラケットはシャトルを弾いてしまい、コートの外へと飛ばしてしまった。


「ポイント。セブンエイト(7対8)」


 審判の言葉と同時に吼えてシャトルを取りに行く稲田。小島はラケットを軽く振りながら今のプレイを振り返った。


(飛び上がる速度。着地からシャトルを追う反射速度。振り返ってからジャンプしてストレートに打ち込む速度……全部上がってる)


 稲田の動きのキレが増していて、それに小島自身のラケットの速さが追いついていなかった。今までと同じと思っていた結果が、今のようにシャトルが弾かれる原因になっている。君長と競い合っていた時には見えなかったもの。小島が自らそう仕向けたのだが、自分に意識を集中させることで稲田は小島に勝つためだけに意識を向けて来ていた。それが今の結果を生んでいる。


「ストップだ!」


 力を込めて叫ぶ。レシーブ位置についてラケットを掲げる。相手のサーブがどちらだろうと低い弾道を描こうと覚悟し、その時を待った。


「一本!」


 気合いの声と共に高く上がるシャトル。コートの奥へとしっかりと飛んで、ラインぎりぎりに落ちるような軌道を描いていく。小島は躊躇なく打つ体勢を整えて、ラケットを振りかぶった。


「うおおお!」


 気合一閃。ラケットを振りきってストレートにシャトルを叩き込む。シャトルはほぼ減速しないのではないかというほどに素早く着弾し、稲田の足元で跳ねていた。

 今までで最速の、スナップを利かせたスマッシュに稲田は一歩も動けなかった。


「サービスオーバー。エイトセブン(8対7)」


 小島は左拳を作って小さなガッツポーズを見せる。稲田はそれを見てラケットを右すねに叩き付けた。ガットが肉にぶつかって跳ねる音が響いたが、意にも介さずシャトルを拾い上げると軽く打って渡してきた。小島はボロボロの羽を直してみたが、諦めて審判にシャトルを要求した。その間に稲田は顔を拭くジェスチャーをしてコートの外に出る。小島は逆にコート内に立ったままで息をゆっくりと吸い、吐いていく。

 一つ呼吸をするたびに頭が冷えていく。次に来るのはコートを取り巻く世界の排除。誰の声も聞こえず、審判とラインズマン。そして相手の息遣いだけが耳へと届く。

 いつしか閉じていた瞳を開けると、稲田がレシーブ位置に立ってラケットを構えていた。その様子を見て、稲田が自分の真似をしていることに気づく。

 過去に自分も吉田に対して取っていた戦法だとすぐに思い出した。

 相手のプレイスタイルを真似して真正面からぶつかり、圧倒する。そうすることで自分との力量差をはっきりと思い知らせるものだ。小島自身は相手を圧迫するのは付加価値で、本来の目的は自分の力で真正面から相手を圧倒すること。それには相手のプレイスタイルを真似るのが早い。

 審判から新しいシャトルを貰い、稲田の構えをもう一度見る。稲田は一度形を崩して首や肩を回してから、再度構えた。小島はゆっくりと半身になり、シャトルを高く打ち上げるフォームになった。

 そこで稲田が「しまった」という顔をするのが小島の視界に入っていた。


「一本」


 脱力した状態からラケットを勢いよく振り切る。シャトルは放物線を描かずに下からレーザービームのように鋭く飛んでいった。稲田はその速度にラケットを出せずに通り過ぎたシャトルを目で追った。威力からすればこの弾道はアウト。稲田だけではなく敵チームの誰もが思うほどだ。しかし、シャトルは空気抵抗に押されてラインぎりぎりに落ちていた。


「ポイント。ナインセブン(9対7)」


 シャトルの行方を見て稲田は天井を見上げる。見切ったと思った軌道を見切れない。そのことに落胆しているようだ。小島は内心ではほっとしつつ、自分の予定通りという姿勢を見せる。実際に成功するという思いはあった。本当に成功するかは五分五分だが。シャトルが空気抵抗で速度を落としていく特性を感覚で理解し、コート奥のラインを越えないようにしたということ。理論上、その調整は可能だが試合の中で常にできるかといえばそんなことはない。あくまで偶然の要素が強い。


(その偶然が今、出ているなら……俺に運はまだあるってことか)


 小島はサーブ位置に立って稲田がシャトルを放るのを待つ。コートに落ちたシャトルを拾って、稲田は軽くって小島へと渡した。

 その表情には悔しさは浮かんでいない。先ほどまで大げさなくらい悔しがっていたものが今は見えない。そのことが不思議で小島は首を傾げる。稲田は更に笑って小島の目を真正面から見据えた。


「ストップ!」


 発せられる声には迷いがない。小島はここにきて、遂に稲田の『本気』を前にする。

 最初は君長凛しか見ておらず、彼女に呼応する形で力を上げてきた稲田だったが、小島を意に介さない力はその隙を簡単に突かれることとなり、第一ゲームを小島が取った。

 第二ゲームに入ってからようはく稲田は小島へと意識を向け始め、吹き上げる圧力は小島の心を冷やしていった。それでも、まだ君長に意識が向いている部分があったため小島がラリーを制することが多かったのだ。

 その差はすなわち「この試合に負けても構わない」という考えが少しでもあるかということ。

 誰かに追いつくための戦いを意識しすぎると、目の前の試合は負けてもいずれ追いつけばいいという考えとなる。稲田が君長を越えるということが目標だとして目の前の試合を大事にしなければ、小島の勝利は確定だったろう。しかし、小島はそれを良しとせずに、全力の稲田を倒したいと願った。そのために、自分に意識を向けるように稲田を怒鳴りつけたのだ。

 その甲斐があって、今の稲田は全ての力を小島へと集中している。

 自分の実力全てを使って、小島を倒さんとしている。

 それは小島が願った物。それが叶った時に小島の心によぎったのは、喜びと、恐れ。


(認めよう。こいつは近い将来に絶対また俺の前に立つ)


 小島は小さく「一本」と呟いてサーブでシャトルを遠くへ飛ばす。シングルスラインぎりぎりへと向かうシャトルを高い位置で叩き落した稲田はすぐに前に出る。小島はその動きを見てクロスのロブを上げて方向転換させた。更に後ろに動く速度が上がり、稲田は万全な体勢で斜め前へと飛び上がってスマッシュを打つ。急角度なスマッシュにラケットを伸ばしてネット前に落とすも、そこにはすでに稲田の姿。


(ここまで速い……のは、体感なだけか? 速度自体が劇的に変わるわけじゃない!)


 プッシュはできなかったのか、ヘアピンでシャトルを落とす。それに備えて前にいた小島はラケットをネットに触れさせないようにロブを上げる。再びコート奥へと向かった稲田の動きを視界に捉え、小島は少しだけ意識を稲田から外す。


(稲田の動きを感じろ……)


 今までシャトルを打つ瞬間。あるいは稲田がシャトルを打ち込んでくる瞬間はしっかりと相手の動きを視界にとらえていた。

 だが今はあえて焦点をずらしてぼんやりとさせることで稲田の動き全体を見るようなイメージを持つ。

 その結果、シャトルを打つために振り切る腕がスマッシュのそれとほんの少し違うように見えた。


(……ハイクリア!)


 稲田のハイクリアが放たれたのと、小島が後ろに飛ぶように動いたのはほぼ同時。自分が打ったシャトルにいつもより早いタイミングで追いついた小島の姿を見て稲田は一瞬だけ驚く。

 この速度の世界の中で、その一瞬が命取りとなる。


「はっ!」


 小島のスマッシュがクロスに突き刺さる。

 稲田が小島の動きに驚いた一瞬から、シャトルに向けてラケットを伸ばすのは本来の稲田のリズムからは遅れてしまった。結果、シャトルはラケットのフレームをかすめてコートに着弾する。


「ポイント。テンセブン(10対7)」


 小島は声なくガッツポーズ。腰に左拳を力強く引き寄せる。逆に稲田は無言で天井を見上げて左手を拳を作りながら振り下ろした。対称的な二人の姿が今の攻防に現れていた。


(これだけ頭使うのは……久しぶりだな)


 バドミントンはチェスや将棋に近い。相手が万全な状態からシャトルを互いに打ち合い、隙を作り出してそこへ最終的にシャトルを打ちこむ。

 だが、実力に差があると単純に打ち分けていくだけで相手は自然と隙を見せて、そこへ打ち込むただの作業で問題なくなる。小島にとって、この全道大会でもそれは変わらなかった。準決勝の刈田の戦いでも刈田のパワーに真正面から挑み、打ち勝つことで自分をさらに高めるつもりで試合をした。

 今のように思考を重ねて隙を作りだして打ち込むということをしたのは、それこそ淺川亮との試合以来となる。


(稲田隼人か。あと五点、そのまま取ってやるぜ!)


 小島はシャトルを受け取り、羽を綺麗にしながら気合いを放出する。その力に稲田が表情を曇らせるのを見た。


「一本だ!」


 頭の中で何通りもの攻略方法を浮かべつつ、小島は最初の一手を放つ。

 バドミントン選手権大会決勝 男子シングルス。

 決着の時が近づいていた。

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