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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
229/365

第229話

 小島と刈田の試合が始まって、五十分になろうとしていた。

 クロスゲームが続いた二人の試合は、刈田はスマッシュを打ちまくり、小島はそれらを返しきる。その二つの攻防により点が左右していった。そして、シャトルがコートに落ちるとともに十五点目が入った。


「ポイント。フィフティーンテン(15対10)。チェンジエンド」

「おらぁあああ!」


 天井に向けて咆哮したのは、刈田だった。小島はラケットを差し出した状態で動きを止めて、すぐには動かない。肩を上下させて辛そうに吐き出している息をゆっくりと整えてから上体を起こし、シャトルを拾って丁寧にサーブ位置に置いてからコートを出た。

 歩く先にあるラケットバッグにかけておいたタオルを取って顔を思い切り拭く。拭いた先から汗が噴き出たが、いつまでもその場にとどまっているわけにもいかないため、拭きながら向のエンドへと移動した。


(まさか……取られるとはな)


 小島は失意に沈んだ顔を見せないようにまたタオルに顔をうずめる。

 刈田は逆方向から移動したために鉢合わせすることはない。その間に、今のゲームの敗因を探る。


(やっぱり、あの時のスマッシュが取れなかったからか)


 第二ゲームの初め。刈田の渾身のスマッシュを受けようと構えた。そこにきたシャトルを完璧に捉えたと思った小島だったが、鈍い音がしてシャトルは明後日のほうに飛んでいった。完全に捉えたと思ったシャトルを捉えそこねた。それはつまり、刈田のスマッシュの伸びが、小島の想定を越えたことを意味する。無論、小島もショックは引きずらずに立て直しを図った。

 それでも、刈田は試合中に更に動きを鋭くしていく。先の動きを捉えたかと思えばすぐにそれ以上のものを見せて、追いつく前に点差を付けられる。それが十五点まで行ったことが今回のスコアの要因だ。


(刈田を見る限り、体力の限界が来るかと思ってたけど、来てない。もしかしたら来ているのかもしれないが、今の状況でアドレナリンが出てるから、忘れてるのかもしれない)


 刈田にとっては理想的な形で終わったゲームだろう。得意のスマッシュで最後まで押し切った末の勝利。しかもこれまであしらわれていた小島からの勝利。それはファイナルゲームで体力が切れるという不安も掻き消している。


(おそらく勢いを止められれば、疲れを思い出して止まるだろう。でも)


 小島は覚悟を決めてタオルをラケットバッグの上に投げ捨てる。それからコートに入って屈伸運動を始めた。インターバルで多少休める間に体をほぐしておこうというわけだ。刈田はそんな小島をじっと見つめてくるだけ。手にはシャトルを握っている。


(最後まで付き合うぞ、刈田。お前のスマッシュでどんどん来い。こらえきって、俺は強くなる)


 キリのいいところで屈伸を止めて、小島はレシーブ位置をしっかりと踏みしめるとラケットを上げて構えた。まだ試合再開のコールはかかっていない。それでも、もう刈田の攻撃を待ち構える準備は整ったというわけだ。

 刈田もにやりと笑い、ロングサーブの姿勢を取る。二人の間に生まれる熱。コートを隔てるネットがその気迫に揺らめいているように誰もが見えた。


「し、試合を再開します……ファイナルゲーム、ラブオールプレイ!」

『お願いします! お願いします! お願いします!』


 互いに審判と線審に挨拶をして、すぐさま互いを見る。刈田は「一本!」と叫んでシャトルを爆音を背負わせて飛ばす。小島はすぐに真下に回り込んで、ハイクリアで刈田を後ろへと追いやった。今の刈田には絶好球。スマッシュを叩き込むには十分な位置。


「止める!」


 小島は腰を深く落とし、足を両サイドに開く。どちらに来てもすぐに対応できるように。ラケットを持つ手から延長でラケットヘッドまでが自分の手であるように錯覚するまで、一体となる。刈田は小島の姿を見て、思い切り叫びながらラケットを振った。


「おらぁああ!」


 第一ゲームから進化し続けるスマッシュ。放たれたスマッシュはストレートで小島の眉間目がけて飛んでくる。威力のあるスマッシュを、取りづらいところへ打ち込んでこそエースが決まる。刈田も小島相手に防御をそう何度も打ち抜けるとは思っていないということの現れ。

 小島はラケットヘッドを自分の目の前に持ってきて、勢いに逆らわずにただ当てるだけにした。シャトルは勢いよく跳ね返り、そのままネット前に落ちていく。そこに大股で近づいた刈田はラケットを伸ばして、ロブを上げた。ヘアピンを打てば小島のダッシュからのプッシュでサーブ権を奪われるということが身に染みていたのだ。

 小島はシャトルを追って後ろに行く。シャトルの真下に回り込み、次は刈田の右奥へとシャトルをハイクリアで運ぶ。スマッシュではなく、ハイクリア。常にチャンス球を飛ばす小島に刈田がどう思っているのか。小島は相手の内心を考える。


(あくまでお前のスマッシュを返すことで勝とうとしている、俺。と、思ってるか?)


 刈田はシャトルに追いつくと今度はハイクリアで小島を逆サイドの奥へと運ぶ。刈田もシャトル回しの不気味さに単純なスマッシュ攻勢を躊躇し始めたのだ。それこそが、小島の狙い。


(それでいい! それでもお前なら、意地でもスマッシュを打ってくるだろうけどな!)


 再度、ハイクリアで絶好球を刈田に運ぶ。ハイクリアとハイクリアの繰り返し。その中で、とうとう折れたのは刈田だった。


「うおお!」


 それまでの思考の迷路を抜けるために、正しい道筋を探すのではなく壁をぶち抜く。そう決めた覚悟の咆哮。自分の最大の武器に自分の思いを乗せて、小島へと叩き付ける。そのために刈田はジャンプし、右腕を思い切り引き絞った。巨体の刈田にはジャンピングスマッシュの負担は大きく、普段は使っていない。


(いや、出来るようになったんだ!)


 試合中での更なる能力の引き出し。

 小島の真の狙い。それは今の刈田の限界まで実力を引き出すこと。そのために、窮地に追い込んだ。市内でも最も強いライバルとなった刈田に対して、最後の一滴まで実力を絞り出させてそれを克服する。

 それこそが小島の本当の考え。


(お前のすべてを引き出して、そして倒す!)


 刈田の体が一本の弓と化し、シャトルにタイミングを合わせて解き放たれる。その速度は打たれた瞬間の爆音と、瞬間移動したかのように自分の胸部に姿を現したシャトルで知れた。

 だが、小島のラケットのほうが更に早かった。


「はっ!」


 胸部にバックハンドでラケットを持って行った小島は、まだ中空にいる刈田目掛けてドライブをストレートに返した。自分が狙われたのとは逆の軌道を描いたシャトルは、刈田の抵抗もなく吸い込まれていく。

 そして、刈田の胸に当たったシャトルは静かに床に落ちた。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」


 先ほど、今のスマッシュよりも遅いシャトルを取れなかった。しかし、第二ゲームを進める中でその速度にも遂に慣れた。今のスマッシュは間違いなく、この試合で最速だと断言できる。それまで何度も思ってきたからこそ、小島は頭の片隅で考えていた。


(これ以上のスマッシュは、もうない)


 刈田はシャトルを見た状態でしばらく動きを止めていた。そこから立ち直り、シャトルを拾った際に、ガットが切れていることに気づく。刈田はシャトルを手で取り、切れたガットのラケットで軽く弾いてから、コートサイドに取り換えに行く。

 そこで、膝をついた。


「刈田!?」


 思わず叫んだ小島に刈田は振り向いてただ首を振った。大丈夫ということを伝えて、自ら立ち上がる。しかし、その動きは先ほどまでとは明らかに違って、鈍い。


(限界を、越えたか)


 今までスマッシュで押してきた疲労。更に、今のジャンピングスマッシュ。

 刈田の巨体によって足腰にかかる負担は尋常ではないだろう。いくら体力をつけたとしても負担は蓄積されていく。

 自分の限界以上の力を出し続けて、攻め勝っている間はまだ疲労を忘れていられた。しかし、タイミングが完璧だったジャンピングスマッシュを、同じく完璧に返されたというのは刈田にとってもショックだったに違いない。そこで忘れていた疲労がぶり返し、更に足が悲鳴を上げた。

 刈田は一度立ち上がって歩き出したが、ラケットバッグのところで再び膝をつく。そして、しばらく震えたまま動かなかった。庄司が慌てて駆け寄って状態を確認する。BチームAチーム関係なく、皆の視線が刈田に集まり。


「審判。試合続行不可能としてこちらの不戦敗にしてください」


 静かに庄司は告げた。審判は首を縦に振り、小島は上を向く。

 いつになく疲労を感じた体を感じて、視界がまぶしく白くなる。ふらつきを抑え込んで、両足でしっかりと立ち、審判のコールを待った。


「刈田選手。試合続行不可能のため、小島選手の勝利です」


 二ゲーム目までの激闘が嘘のような、あっさりとした幕切れ。しかし小島だけは予定調和であるかのように挨拶をした。


「ありがとうございました」


 ゆっくりと頭を下げて、小島はコートの外へと歩き出した。刈田の方を見ると庄司に肩を貸されてゆっくり歩いていく。その表情は見えなかったが、体が小刻みに震えているのが分かった。


「おつかれさん」


 仲間達が待つ場所で最初に声をかけてきたのは吉田だった。後ろでは武が少し釈然としない顔をしているが「お疲れ」と声をかけてくる。二人の内心が分かるくらいには親しくなったと小島は思う。そして、軽く手を挙げた。きょとんとその手を見てくる二人に小島は改めて言う。


「ハイタッチくらいしてくれてもいいんじゃないか?」


 小島の言葉に吉田は笑って、右手を打ち合わせる。武も続いて叩き、そこから次々と男子も女子も小島に声をかけつつハイタッチをした。ラケットバッグを空いているスペースに置いてその横に座り、小島はすぐ横になった。


「しんどかった~。すまんけど、次の試合応援休ませてくれ」


 小島の言葉にみんなが了解する。刈田の結果。小島の様子を見ていれば、二人とも厳しい試合だったと信じるに足りた。次の試合は早坂が出番だと分かっていても寝ているということも一因だが。

 その寝ている小島に、姫川が近付いていく。


「お疲れ様~。小島君。これ、飲み物」

「姫川か……サンキュ」


 少し状態を起こして渡されたペットボトルに口を付ける。


「次、ゆっきーの試合見なくていいの?」

「いいよ……ってゆっきーかよ、早坂は」

「呼びやすいでしょ」

「別、に」


 小島はペットボトルに口をして傍に置くと、またベンチに頭を下す。

 試合を終えて動作を止めて、更にペットボトルのスポーツ飲料を飲んだことで体が休息を欲している。それに逆らわずに小島は目を閉じる。疲れの波に流されて、周りの音が遠くなる。


「どうだった? 刈田君」


 それでも姫川の声は頭に直接響くかのようにしっかりと聞こえた。答えるのもおっくうだと小島は思ったが、口は語ることを止めない。


「強かったよ。正直、最後のスマッシュを返せたのは二割くらい運が良かっただけだろうな」


 姫川に向けて本心を告白する。

 刈田のすべてを引き出して、勝つ。それを目指して試合を進めていたが、もしもあのまま続いていたとしたら、この試合では小島が負けていたかもしれない。それほどまでに刈田の成長は速かった。今回は単純に体がついていかなかっただけ。スマッシュで押しきるという戦法しか取れなかった刈田の原因ともいえるが、格上の相手にどう勝つか思考した結果、それしか残らなかったのだろう。


「俺達は……勝つ。だからあいつの悔しさは俺が持って……行く……」


 やがて小島の口から規則正しい寝息が聞こえてきた。姫川はそれを見て完全に寝入ったと、その場を離れる。その前にちょっとだけ頭を撫でた。


「あとで刈田君にお礼言っておきなよ」


 自分を強くしてくれた相手に対して敬意を払う。姫川にとっては言わずもがな、早坂。

 小島はこれまで、目標とされてきた。

 それが全道で目標とする立場のプレイヤーができて。

 更に今は下から突き上がってきた者に対しても、何かしら習えるものがある。


「さーて、ゆっきーの試合は……」


 小島から離れた姫川は、コートに近い位置で早坂と、相手チームのシングルス森丘との試合を見始めた。

 元々ダブルスプレイヤーだった森丘の動きはぎこちなく、早坂から早々に得点を重ねていく。

 その姿を見て、この試合は特に問題ないと判断できた。


(これで多分、二勝。あと一勝すれば決勝進出……そう上手くいくかしらね)


 姫川は念のため体のギアを試合用にスタンバイして置く。自分のダブルスにまで来ないとは思っていても、今回のように途中棄権で回る可能性もある。


「よっし」


 姫川は小さく、決意を新たにするために息を吐いた。


 第一試合。

 小島VS刈田。小島の勝利。

 Aチーム一勝リード。

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