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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
225/365

第225話

 目を開けてベッドから起き上がった武は、まず時計を確認した。時刻は六時半。十分に朝の準備ができる時間だ。しかし、横を見ると吉田の姿は既になかった。窓にかかるカーテンを開けてみると、外にはほとんど雪はなく、太陽光も三月という季節にしては暖かい。


「……どこいったんだろ」


 呟きつつ、窓から下を見ると、そこにはジャージ姿の人影が二つあった。どちらも見覚えがある。片方は、今、自分の隣から消えている男だ。


「もう一人は、早坂か……早起きして準備運動してたってことか? 起こしてくれても良かったのに」


 吉田がいつから起きていたか分からないが、外の様子を見て軽く運動をしたのだろう。武は吉田へと愚痴を言いつつ、手早く寝間着代わりのジャージを脱ぐと部屋に備えつけてあるシャワーを浴びに行った。これから朝食を取って、八時には会場に向かう。

 全国中学校バドミントン大会の全道予選二日目。

 ここで、南北海道代表が決まる。



 * * *



 一通り準備を終えて朝食の場に足を運んだ武の前には、他の面々がすでに座っていた。吉田と早坂は流石にまだだったが、それを待ってるよりも先に食べてしまおうと、空いている席を探しつつ食事をお盆に乗せる。朝食はバイキング形式で好きな食べ物を皿に盛りつけていく。武はスクランブルエッグを大盛りにしてケチャップをかけ、サラダを大量に盛り付けてから席を探した。ちょうど、四人席が空いているのを見つけてそこに座る。

 大盛りのスクランブルエッグとサラダを見て心の中に広がる満足感。武はそれに従って、「いただきます」と言ってから箸でスクランブルエッグをすくって口に運んだ。


「何その偏った食事」

「……早坂」

「ここ、いい?」


 お盆を持った早坂に言われて武は素直にうなずく。武の真正面に座って、早坂は早速食べ始めた。食パン二枚の上にイチゴジャムを塗っている。武と同じようにスクランブルエッグは持ってきていたがそこまで多くはない。他のおかずもまんべんなく取ってきて更に盛り付けていた。


「早坂の皿は、なんかかっこいいな」

「相沢は偏り過ぎ」

「それは自覚してる」


 武はそのままサラダにスクランブルエッグを包むなどして食べることを続けた。次にそこにやってきたのは吉田。二人とも量としては早朝練習をしていたからか武よりも多い。しかし、適度な量で種類を多くとってきているのが共通していた。


「……お前ら凄いな」

「お前が偏ってるんだよ」


 吉田はそう言って笑ってから食事を開始した。

 吉田が食事を黙々ととるのを眺めつつ、武も口に運んでいく。

 先に食べ始めていたこともあって二人より早く食べ終わった武は、用意されているヨーグルトを取りに席を立った。

 安西や岩代。刈田に藤本。他、女子達も同じ場所にいる。二チーム揃って今日一日、戦うというのに特に険悪なムードでもない。初めてのことで武には何かよく分からない感覚が浮かび上がる。

 泡のようにふわふわと、触れたら消えるような。しかし、その場に確かにあるような。


「相沢君。どうしたの?」

「あ、姫川……なんでもないよ」


 姫川の進行方向に立ちふさがっていた形になっていた武は、慌てて前に進んで置いてあったヨーグルトを取った。ガラスの容器に入れられたヨーグルト。傍には砂糖やブルーベリージャムなど上に乗せるものが置いてある。武は家で日ごろ使わないブルーベリージャムをスプーンですくって上にかけた。


「相沢君、ブルーベリー好きなの?」


 後ろから声をかけてきた姫川に、武は場所を移動する。姫川は武の次にヨーグルトを取って上にたくさん砂糖をまぶしていた。普段なら自分が大量に砂糖を使うため、武は親近感を覚える。

 少しして、返答していなかったことに気がついて慌てて答えた。


「いや。家でいつもそんな感じで砂糖たくさんかけてるから、今日は日ごろ使わないのをと思って」

「へー、チャレンジャーだね」

「え、美味しくないの?」

「美味しいよ~」


 姫川は笑って武から離れていく。その様子をぼーっと見送っていたが、自分がからかわれたことにようやく気付く。武は怒りではなく笑いがこみあげてきて、思わずにやけてしまった。姫川のからかいは不快なものではなく、むしろ友達として距離が近づいたことによるものであり、嬉しかったのだ。違う学校でバドミントンしか接点がなかった自分達がこうして一緒にいる。この場にいるのはバドミントンのためだったが、それ以上のもので結びつきかけている。


(もっともっと、このチームで一緒に試合していたい)


 席に戻ってヨーグルトを食べる。今日以降のことに思いを馳せると、更に頬が緩んだ。その様子を吉田と早坂が怪訝そうに見つめる。


「どうした、武……」

「なにか悪い物でも食べた?」

「あ、いや……なんかいいな、この空気って思って」


 武の言葉に吉田は何か思い至ったのか「なるほどね」と呟いて食事を続ける。早坂は更に首を傾げて頭にはてなマークが浮かんでいるかのように困惑していた。

 そのまま食事も滞りなく終わり、各自片づけて部屋へと戻る。

 武の後に続いて吉田も部屋に入り、着替えと共に部屋を出る準備を始めた。今日は、試合が終わるとよほどのことがない限りは電車に乗って地元へと帰る。確認したプログラムによれば、試合が終わる予定は午後三時頃。そこから駅に向かい、十八時の電車に乗る予定。移動に三時間ほどかかるため着くころには夜だが、仕方がない。


「んー、遂に、だな」

「そうだなー」


 武は背伸びをして外を見ながら呻る。吉田も武に答えながら黙々と支度を進めていく。その様子を見て、武もジャージに着替えた。私服は試合が終わった後で着替えようと決めていた。それまではバドミントンの試合モード。外を出歩くのもジャージ姿。


「今日は、完全勝利で行くぞ」


 吉田の強い決意がこもった言葉に武も頷く。

 全道で苦戦した相手はいない。けして他のプレイヤーを見下すのではなく、常に格上の気持ちで挑む。その上で相手に隙を与えずに勝つ。

 吉田と武が据えた目標。それをクリアして、全国にいい状態で挑む。武達だけが勝っても全国への道は実現しないが、各人がその思いを持っていれば叶うはずだ。


「今日は俺達よりも、早坂が正念場だろうしな」

「そうだな……君長に勝てるかどうか」

「勝つさ」


 吉田の言葉の中に含まれる不安を武は吹き飛ばすように言葉を放つ。鋭く、霧散させるように。


「あいつはきっと、君長との試合中でも成長する。勝てるさ」


 吉田は肩をすくめると荷物をバッグに押し込み、準備完了と言わんばかりにベッドに横になった。武もこまごまとした準備を続けていくが、吉田の小さな言葉が耳に入ってきた。


「お前が試合するわけじゃないのに緊張してどうするんだよ」

「……確かに。でもこういうのって周りの方が緊張しない?」

「するする」


 話しながらも体はてきぱきと準備を進め、すぐに終わった。

 一日と少し過ごした部屋でさほど汚してもいなかったが、釧路へと行った時とはまた違った雰囲気がある。

 食堂でも感じた空気。ずっと一緒に仲間達といたい感覚。

 それも、今日で一区切り。

 これから先ももうしばらくチームを組むかどうかが、今日決まる。


「絶対優勝」

「そうだな」


 自分の言葉に返す吉田の顔の穏やかさに恥ずかしくなって、武は顔をそむけた。時計を見ると十五分ほど時間が余っているが、武は荷物を背負って部屋の外へと向かった。


「先に行ってるわ」

「おう。時間通りにいくな」


 部屋に残る吉田に手を上げてあいさつし、武は部屋の外に出た。

 荷物を持ってホテルの入り口に行くと、すでに刈田と川瀬、須永が話していた。同じ地区の仲間ではあるが、今日の初戦に当たる対戦相手。すでに臨戦態勢に入っているような気がして、武は近づくのをためらった。武のそんな思いを知ってか知らずか。三人も武には気付いたが特に話を切り上げることもなく話していく。武の耳にかすかに入るのは、やはり試合のこと。今日の試合に関する意気込みや作戦などを話しているようだ。


(俺がここにいるのに堂々と話すのか。まあ……話しても変わらないのか)


 市内大会で。全道大会で何度も見てきたプレイを思い出す。更に、この大会に至る前に合同で練習してきた。全てが今に繋がっている。今では、自分達のプレイを互いによく分かっているだろう。だからこそ、誰よりも脅威になる。

 刈田の相手は小島か。自分達の相手は川瀬と須永になるのか。

 最終的にはオーダーを決める吉田コーチによるが。


「あ、まだみんな来てないんだ」


 武達に次いで五人目。姫川がやってきて武の傍に立つ。今日の調子や昨日の試合について語る姫川の言葉に相槌を打ちながら時間を潰していると、やがて全員が一気にやってきた。

 一番最後に現れたのは吉田コーチと庄司。


「ここにいたら邪魔になるから外に出るぞ。鍵はフロントに返しておけ!」


 口々に吉田コーチの言葉に答えて、フロントに鍵を返した後にホテルから出る。外に出ると少し離れたところにあるバスが武達の集団に反応して移動してくるのが見えた。これからバスで会場へと向かう。

 全道予選の二日目。

 四チームの中で勝ち上がった一チームだけが、全国への切符を得る。



 * * *



 会場に着いてバスから降りると武はまず背筋を伸ばした。

 少しの間でも、座席に座ることで萎縮していた体を伸ばすことで開放感を得る。そのまま上半身のストレッチをしながら前に進む。朝ということからくる気だるさも完全に消えて、今は試合に対する気合いで体の隅々まで気力が充実している。

 吉田コーチと庄司は大会本部に連絡をしに行くために離れて、武達は座席に自分達のスペースを確保しようと向かった。

 武はその中で、人数が前日よりも少ないことに気づいた。


「そうか……出場者が四チームしかいないのか」


 市内の大会ということであれば、自分達が出場しなくても観客として見に来ることができる。しかし、地元の函館チーム以外は北海道の各地から来ている。自然と、今日の早い時間に帰ったに違いない。

 こうして少しずつ削られていく中で、一位を取るのが目標となる。


「全道大会もそうだけど、全国もそうなんだよな」


 傍にいた岩代に話しかけられて、武は頷く。特に声に出していったわけではなかったが、考えていることが分かったのだろう。

 全国にどれだけバドミントン部に部員がいるのか分からない。

 それでも、全国に駒を進めることができるプレイヤーは少数。武達は、その少数に足をかけている。自分の歩みを感じて震えた。いつもなら感情の高ぶりを感じるのだが、どこか落ち着いている。頭の芯は冷えていて、燃えている自分を俯瞰して見ているかのようだ。


(なんだろ……)


 自分自身の感覚に首を傾げる武だったが、戻ってきた吉田コーチの言葉に我を取り戻す。

 庄司と並んで立つ吉田コーチは、AチームとBチームを並んで自分の前に立たせた。そして二人は同時にオーダーを発表し始める。


「男子シングルス。Aチームは小島。Bチームは、刈田」

「はい」

「しゃ!」


 小島は落ち着いて返事をし、頭を下げる。刈田は気合いを前面に押し出して小島を睨みつけた。もう何度も試合をしているが、これまでの戦績は刈田の全戦全敗。今こそ、越える時と意気込んでいる。


「次に女子シングルス。Aチームは早坂。Bチームは森丘」


 女子は二人とも「はい」と返事をしただけで特に変わらない。これまでは正攻法。単純に戦績から、Aチームは真正面からBチームを叩こうとして、Bチームはそれから逃げない。


「次に男子ダブルス。Aチーム、安西と岩代」


 男子ダブルスのコンビの名前が出た瞬間、安西と岩代の体が震えた。武は自分じゃないことにもそこまでショックは受けていない。更にBチームのペアの名前が川瀬と須永と告げられ、珍しく川瀬と須永は感情を表していた。

 安西岩代ペアと戦えることが楽しみなのか、笑みが浮かんでいる。更に女子ダブルスでも異変があった。


「女子ダブルス。Aチームは瀬名、姫川。Bチームは、寺坂と菊池」


 堤と上代ではないことにさざ波のようにざわめきが広がったが、そこは庄司が補足する。


「昨日の試合で堤が足を痛めてダブルスが出来なくなった。寺坂、菊池。先輩に遠慮せず……倒してこい」

「は……はい」

「はい!」


 庄司の言葉は重みがあった。寺坂と菊池は顔を緊張で強張らせながらも頷いた。瀬名と姫川は多少余裕で、しかし油断せずにお互い頑張ろうと声を掛け合う。


「最後。ミックスダブルス。Aチームは吉田と清水。Bチームは石田と上代だ」


 すべてのオーダーを展開したところで、アナウンスがコートに入るように告げる。吉田コーチがAチームに。庄司がBチームにそれぞれ言葉をかける。その言葉は、同じものだった。


『全力で相手を倒せ!』

『はい!』


 その言葉に対して、全員で答える。

 全道大会二日目。

 準決勝、開始。

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