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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
218/365

第218話

(……さっぱりした。温泉っていいな……)


 武はTシャツにハーフパンツ姿でロビーを歩いていた。持ち物は部屋に備えつけられていたバスタオルと体を洗う時に使った小さいタオルだけ。冬ではあるがホテル内の温度は適温に保たれており、武も気にしていない。火照った体に自然と気分も高揚していた。


(これから後はテレビでも見ながら……って吉田も部屋にいるし、なんだろな。さっさと寝た方がいいのか)


 相部屋になったのは吉田。ホテルについてから武達は軽く明日の試合については話したが、あとは各自持ってきた暇つぶしのための道具に頼った。吉田ははまっているらしいバスケット漫画を何冊か。武は誕生日に親からプレゼントされた携帯ゲーム機だった。休みの日はバドミントンばかりしていたため、もっぱら妹の若葉が使っていたが、今回の移動の合間の暇つぶしにとゲームソフトを借りてきていた

 内容はいわゆる『落ち物』ゲーム。一列揃うと消えるとブロックが消える。わざわざ言ったわけではないが、武の好きなものだった。


(趣味が被るとは妹……って、あれは)


 部屋に戻っての時間の潰し方を模索していた武の視界に、見覚えのある人物が見えた。

 ロビーから部屋に続く通路から少し外れたところにあるソファに早坂が座っている。学校指定のジャージを着ているが、髪の毛は制服の時と同じように後ろで束ねずに真っ直ぐ下している。いつも部活の時には髪を結んでいる早坂しか見ていない分、普段と部活モードの間にいるように思えて、武は緊張してきた。

 その緊張を悟られないように声をかける。


「どうした、早坂」

「あ……、相沢。そんな格好して寒くないの?」

「あったかいよ。大丈夫」


 早坂は武へと意識を戻すのに時間がかかったようだが、普段通りの口調で話しかけてくる。武は前から回って、同じソファに腰かけた。人ひとり分の間を空けて。


「明日に向けてなんか緊張してる?」


 自分が今の早坂に緊張しているというのを誤魔化す為に、武は先に口にする。昼間に部屋に引っ込んでから、夕飯まで武は早坂には会っていない。その夕飯の時間には、もう普通の態度に戻っていたように思えた。君長を気にしすぎて明日に差し支えるなら、何とか力になりたい。それが自分の素直な気持ちだった。


「君長に会ったことを気にしてると思った?」


 早坂の笑みに武は心臓が跳ねる。言われることは予想できたというような顔。武の呆気にとられた顔を見て、耐え切れなくなったのか俯いて噴出した。


「おんなじこと言ってきた奴がいたのよ。相沢で三人目。だから笑っちゃって」

「……あとの二人は?」

「小島と吉田よ」


 吉田の名前が出て、武は更に驚く。自分に静観したほうがいいと言ったのはほかならぬ吉田だった。それなのに先に吉田が声をかけていたらしい。釈然としないまま更に質問をする。


「吉田が声かけたのはいつ?」

「ご飯食べた後に、飲み物買おうと思って自動販売機のところ行ったら会ってね。そこで言われた」

「そうか……でもまあ、あいつも心配してたんだし」

「ありがたいわ」


 素直に感謝の言葉を呟いた早坂に武は面を食らう。さっきから動揺させられることばかりで思考が追い付かない。間にある一人分の隙間が武の混乱をどうにか抑えていた。


(なんだろな。素直な早坂ってのも違和感あるし)


 早坂は武を真っ直ぐに見て、口を開く。まだ続きがあるということを思い出した時にはもう早坂に告げられていた。


「あと、小島は部屋に行ってすぐ。詠美と一緒の部屋になったんだけど、いきなり尋ねてこられて詠美には冷やかされるし大変だった」

「へぇ……あいつはまあ、お前のこと好きって公言してるし……詠美?」


 会話の中に交じる違和感。その正体にすぐ気付いて聞き返す。

 いつの間にか、早坂は姫川のことを下の名前で呼んでいた。小島が早坂をフォローするというのは今までの言動からなら当たり前だったが、いきなり姫川を下の名前で呼ぶというのは何があったのかと武は思う。


「ええ。バスの中でも話してたんだけど、名前で呼び合うことにしたのよ。私は由紀子とか、あだ名で『ゆっきー』らしいわよ。誰も呼んでないし、いいよって言ったけどね」

「ゆっきー。なんか凄く似合わないな」

「私もそう思うけど、いいじゃない。なんか同い年っぽくて」


 口に出さず、武は納得する。今まではあだ名で呼ばれても『早さん』とどこか一つ上の存在というような呼ばれ方をしていた。周りも実力の差や同年代にしては大人びているということで敬称を付けて呼ぶことが暗黙のルールになっていたし、早坂自身もそれを受け入れていた。

 それを姫川は強引に変えたのだろう。早坂を目指し、今は肩を並べて別の方向で追い越そうとしている。まさに対等な立場として彼女を見ているのだ。


「真由理……瀬名も、名前で呼ぶことにはなったけどね。真由理って言ったら顔真っ赤にして『やっぱり止めて!」とか言うのよ。凄く面白かったわよ」

「瀬名さんもね……いいことじゃないか。名前で呼び合うとなんか距離が近くなったような気分だし」

「相沢はいつも由奈とか香介とか呼んでるもんね」


 自分のことを返されて武は面を食らったが、一度咳払いをして落ち着いてから答える。言葉には動揺を出さない。実際に人に指摘されるとどこか気恥ずかしいということを、早坂には悟られたくなかった。


「まあ、な。由奈は昔から由奈だけど。吉田には気合入ると香介って言うね。普段だとどうも苗字になっちゃうけど」

「今もなってるし……相沢みたいに本番だと練習よりもテンションが更に上がるっていうタイプも珍しいよね」


 そう言って笑いながら早坂は立ち上がる。そこで武は、意外と長い間話していることにようやく気付いた。暖房が効いているとはいえ、風呂上りの体は周りに合わせようと冷えてきている。念には念を入れて、部屋に帰ろうと自分も立ち上がった。


「相沢もありがとね。心配してくれて」

「いや……まあ、な。俺も仲間に勝って欲しいし」

「そ」


 武の回答にそっけなく答えて先に歩き出す早坂。武も同じ方向ではあるが、何か一緒に行きづらい気分になる。

 そして、自然と口が動いていた。


「俺が、勝って欲しいんだ」


 武の言葉に体を急に反転させて早坂は武の顔を見た。唐突な言葉に呆気にとられた顔を見せている。よほど自分の言葉が意図しないものだったのだろうと武は思ったが、もう後には引けなかった。気恥かしくて伝えづらかった言葉を、伝える。


「何度か言っただろうけど。俺はお前に憧れてる。全道大会で追いつけたと思ってるけどな。でも、やっぱり勝ち続けて欲しいんだ。そのためには出来る限り支えたいと思ってる」

「なんかそれって、告白みたい」

「ってそんな! もちろん友達としてだよ!?」


 早坂の言葉に慌てて否定する武。早坂に対する気持ちを上手く説明できない自分に焦りつつ、ほかの言葉を探そうとするが血が上った頭にはそれを探し出す力はない。結局、十数秒経って早坂がため息をついたところで武も思考を一度止める。

 早坂は周囲を見て誰もいないことを確認すると、武へと近づいて声を潜めて言った。


「相沢。私をフッたって自覚してるよね。そんなこと言われたら変な気持ちになる」

「……すみません」

「分かればいいの。あんたは、由奈をしっかり見ててよ。泣かしたら私があんた泣かすから」


 早坂はそう言い切って、早足で離れて行った。それを唖然として見送っていた武だったが、姿が見えなくなったところで自分の頬を軽く張る。


(あー、自分が情けない)


 頭の中がぐちゃぐちゃになったままで武は自分の部屋までゆっくりと歩いていった。



 * * *



「相沢……なんかあったのか?」


 部屋に戻ってからずっとベッドに突っ伏している武に向けて吉田が尋ねる。持ってきた漫画も一通り読み切ったのか、吉田はバドミントンマガジンを片手に持っている。武にはいつの号かは分からなかったが、過去の号を持ってくる意味も分からなかったため、一番新しいものだとあたりを付ける。それでも、横目でその光景を見ただけで、武はベッドに向けて言うように呟いた。


「吉田って浮いた話ないよなー」

「お前、早坂にまたなんか言ったのか?」

「なんでそうなる!? またとか! てか、お前が先に励ましてるし!」


 武は急に起き上がり、枕を投げようと構える。吉田も瞬時に反応して受け止める体勢を取っていた。このままでは確実に受け止められると思い、武はゆっくりとベッドに枕を置く。ため息を一つついてベッドに腰かけると改めて吉田に尋ねた。


「吉田ってさー。早坂のことが好きなのか?」

「なんでそんな飛躍した考えになるのか聞いてやるよ」


 苦笑いをしている吉田に向き合って武はどう尋ねようか思考する。

 自分達が誰が良いとか好きという話をしていても、吉田はどこか一歩引いて聞いているというスタンスを崩さなかった。話題を振っても特にいないという答えだけ。最初は本当にそういう対象がいないのかとも思っていたが、芸能人で可愛い可愛くないの話題には乗ってくるところをみるとまるっきり興味がないわけではない。

 さきほどの早坂の一件もあって、何か吉田に一泡吹かせたくなったのだった。


「だって、俺には静観しろって言ってるのにな。お前は普通に励ましてるし。なんか考えるさ」


 武の言葉に吉田は少し首を傾けて思案する。何を言おうかというよりも、どう言おうか迷っているように武には見える。しばらく呻った後で吉田が言ったのは、武も初耳のことだった。


「まあ、初恋の子に似てるところがあるから、声はかけたくなる」

「……初恋!?」


 いきなり吉田の口から聞きなれない単語が出てきて面を食らう。武の声に驚いたのか、吉田もひきつった顔をしていた。それでも気を取り直したのは吉田が早く、咳払いをしてから言う。


「そこまで驚くなよ。俺だってそういう子はいるさ」

「……似てるって、誰?」

「お前も知らないよ。小学校四年の時に転校した」


 そう言って吉田は手元にあったバドミントンマガジンをパラパラとめくる。タイミングを外すためかと武は思ったが、あるところで手を止めて武へと見せた。

 そこには、この前のジュニア全国大会で優勝したプレイヤーが映っていた。


「……君長、優勝したんだ。うわ、スコアが全部十二対十一……って三ゲームとも? 全部セティングか!」

「ああ。それだけ実力が拮抗してたってことだろうな」


 差し出されたバドミントンマガジンを手に取って改めて見る。

 武は改めて君長凛の凄さを思い知る。

 小さい体にどれだけの力が詰められているのだろうか。全国の猛者達を相手に、彼女は戦い続けて頂点に立った。しかも一番疲れているだろう決勝ですべて一点差。そしてファイナルゲーム。本当にギリギリの勝利だったのだろうと思える。

 相手の名前を確認すると共に呟いた。


「相手は……有宮ありみや……」

有宮小夜子ありみやさよこ。小学校四年まで一緒の学校だった」


 吉田の言葉に、武もさすがに気づいていた。ポニーテールにした髪。気の強そうな顔つき。何より目に宿る意志の光が強烈で、自然と武も引き付けられる。東聖第一中学二年、有宮小夜子。地区は東東京となっている。


「今度の大会には、きっと東東京代表で出てくる。久しぶりに再会できるかもしれないな」

「なんか、吉田の友達って西村といいこの有宮……さんといい、凄いのばっかりだな」


 武は嘆息交じりに言う。

 同じ地区にあるはずなのに、どうして別の町内会でここまで差が出たのか。

 指導者の問題でもない気がすると分析し始めると、吉田が急に噴出して笑い出した。武が不服そうに睨むと吉田は「悪い」と手を振りながら答えた。


「いや。お前、面白いな」

「何がだよ……よく分からん」

「よく分からんのはお前だって! 自分だってもう『凄いの』に入ってるの、まだ分からないのか?」


 武は自分のことを振り返ってみる。自分が凄いかと言われると全くそうは思えなかった。吉田にもう少しで追いつけそうとは思っても、まだまだ全国で戦えるような器じゃないと思う。この全道予選も西村や橘兄弟といった強敵はいなくても、気合いを入れなければ突破できないだろうと思っていた。全道で三位に入ったのはまぐれとは言わないまでも、実力の120%を出せたからというのが大きい。

 常時、それくらいの力が出せるとは限らない。だから自分のことを『凄い』とは思わなかった。


「そうなのかなぁ」

「ああ。お前、あまり自分を低く見ることはなくなったけど、相変わらず自信ないな」

「そういう性格なの」


 武はバドミントンマガジンを吉田に返してベッドに横になる。布団に包まると温泉に浸かった影響からかすぐに眠気が脳を包む。


「明日と明後日は頑張ろうな」

「ああ……ぜえったい……勝とう」


 吉田に言葉を返して、目を閉じる。まだ意識はあったが、吉田も早く寝ることに同意したのか少し片づけをしてから電気を消す。

 瞼の外側が暗くなり、武は一気に夢の中に引き込まれていく。


(有宮小夜子、か……)


 写真だけで見た吉田の初恋の相手。確かに早坂にどこか似ていた。いったい二人がぶつかればどうなるのか。

 武はまだ見ぬ対戦に思いを馳せつつ、やがて意識を手放した。

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