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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
217/365

第217話

 閉じた瞼の外側から飛び込んでくる光に、武はゆっくりと瞼を開ける。光は閉められているカーテンのちょうど隙間から差し込んできていた。武の顔に重なるように細い光が飛び込んでくる。回復した視界には、寝ている仲間達の姿が映っていた。向かいには吉田が腕を組んでうつむいている。隣には肘掛に持たれるようにして早坂が寝ていた。

 ふと腕時計を見ると時刻は四時になろうとしている。特急に乗って三時間半。そろそろ、目的地である函館に着くはずだ。そう頭の中でぼんやり考えていると、アナウンスが鳴ってあと十分で着くという連絡が届く。


「そろそろ、か」


 向かいで吉田が動き、腕を真上に伸ばして呻る。その呻り声に隣の早坂も起きる。連鎖的に周囲にいる仲間達も起き始めた。

 監督役としてやってきた大人二人を含めた総勢二十二人。次の日からの二日間の試合で共に戦い、またはライバルとなる。武は今から心が躍る。


「おい相沢。今日はとにかく体を休めるんだ」


 そう武に言ってきたのは武の後ろの席に座っていた庄司だった。

 チームのまとめ役として一人は吉田の父親。もう一人は四校から代表で庄司が選ばれた。普段と変わらない教師が傍にいることで武も落ち着いている。


(考えてみたら、ジュニア大会と似たような状況だよな)


 ジュニア大会からひと月と少ししか経っていない間に、また全道規模の大会。

 勝ち抜けば先には、おそらくは北北海道代表として出てくるだろう西村や、他にも全国の猛者達がいるだろう。大会の規模としてはあまりかわらないが、武には全国と言う場所がジュニア大会の時よりも近いように思えていた。

 自分と吉田だけでは到達できなかった全道の頂点。そして全国も、仲間達と力を合わせれば遠くはないと信じている。


「みんな、注目!」


 立ち上がってみんなの視線を集めたのは吉田コーチ。自分に視線が集中していることを確認して、言葉を発する。


「今日は完全にオフとする。明日のために練習会場を予約するという手段もあったが……移動で疲れているだろうし、直前の練習で何が変わるということはない。だから、今日はリラックスしてくれ。明日と明後日のために。流石に観光はできないがな」

『はい!』


 吉田コーチの言葉に同時に返したところで、アナウンスがもうすぐ駅に着くことを告げる。武達も荷物を上の荷物置きスペースから降ろすなど各自降車準備を始めた。その時、窓から見えた光景に武は「うわぁ」と思わず呟く。

 三月に入ったばかりという時期。武達の地元ならば雪がまだ積もっているが、函館の土地はほとんど残っていなかった。すでに春の様相を呈している。


「こっちは海の傍だから雪が溶けるんだよな」

「なるほどー」


 吉田の言葉に相槌を打ちつつ、武はいつもとは異なる土地に来ているのだと頭が理解する。

 新しい戦いに向けて、徐々に体と頭の状態が切り替わっていくのが分かった。


 * * *


 駅のホームにつき、順番に降り立つ。二十人以上もいると乗客が多くいても、集団としては異彩を放っていた。武達の他にバドミントンラケットが入ったバッグを担いでいる同年代はいない。他の土地の選抜チームは恐らく自分達よりも先か後に現地入りするのだろう。

 出来るだけ邪魔にならないようにホームを抜けて、改札口から出る。そのまま入口へと向かう中で、武は周りに視線を向ける。どこか地元と似通った雰囲気はあっても、まったく別の土地。ジュニア大会で釧路へと行った時は更に遠くだったのだが、函館もまた行ったことがない土地。中学三年の修学旅行は函館だと聞いたことはあったが。


(他の奴らより先に来たことになるんだよな……)


 一度釧路に行ったとしても、やはり自分が住む土地から遠く離れるというのは武の中では大きなことであり、浮ついた感じにさせる。それでも以前よりは切り替わる時間は早くなった。

 仲間達を見ていると、吉田や小島など一緒にジュニア全道大会に出たメンバーはほとんど代わりはない。しかし、初めて地元から離れた後輩達や清水、藤田達は萎縮しているらしい。


「よーし、お前ら。離れずについてこいよ。バスを一台借りてるから乗り込むんだ」


 庄司の言葉に返事をして後に続く。駅から出るとバス乗り場の方に一台、止まっているバスがある。言われたバスだというのは間違いなく、傍まで行くと運転手が頭を下げた。ラケットバッグは自分で。着替えなどの日用品を詰めたバッグは預けて各自バスへと乗り込んでいく。武はちょうどバスの中央付近に座り、吉田は小島と。早坂は瀬名と姫川に引っ張られるように前のほうへと座る。思い思いの席に座って、武は一人ぽつんと残されたことに失敗したと辺りを見回した。


(これは……このままじゃ一人になるか)


 座席の数は二十以上あるため、別に隣に座らなくても良い。それは目的地のホテルに着くまで暇になる。どうにか話し相手を確保したいと思ったところに、清水が近付いてくるのが見えた。


「清水! ここに座ろう!」

「相沢……何、吉田や早坂に捨てられた?」

「酷いこと言うなって!」

「冗談よ」


 そう言って清水は隣に腰を落ち着ける。ほっとしたところで、吉田コーチが全員乗ったかどうか確かめる。

 人数も庄司と吉田コーチを入れて二十二人。ほぼ一直線ではぐれることはないままバスに乗り込んだ。


「じゃあ、出発してください」


 吉田コーチが運転手に声をかけると自分の紹介と、このバスは貸切だということを告げて走り出した。アナウンスを聞いていると、明日と明後日の試合会場への送り迎えと、最終日に駅へと送るまでしてくれるらしい。


「ずいぶん、お金かかってるのね」

「やっぱりそうだよな……」


 清水の言葉に武も続ける。

 合同練習といい、函館までの交通費といい、このバスといい。

 武達は大会参加費の内、一部だけ負担するように言われただけで、他の費用は全て武達の地元のバドミントン協会が持っていた。初めての大規模の大会において、初めて参加する自分達をバックアップしているのだと分かる。金の流れなど難しいことは武には分からなかったが、それらは全て自分達への期待の表れだということは分かった。


(プレッシャー感じるけど……何とか頑張らないとな……って、隣が凄い緊張してら)


 武は顔が少し青くなっている清水を横目で見る。緊張に包まれて上手く解きほぐせない時になる表情。

 それは過去に自分もどこかで経験しているもの。清水を見ていると、過去の自分が蘇ってきてどこか落ち着く気がしていた。


(そうだよな。清水と藤田はいきなり大きな試合に出ることになったんだから……緊張するよな)


 特に実績のない二人が、いきなり全道大会というステージに立つ。それは周りからの反発もあったが最終的には受け入れられた。Bチームの堤や上代にはまだ不満があったようだが、後で安西や岩代がフォローしたのか特に諍いもなかった。

 当の二人も着いた当初に比べて言葉少なになっていた。武が顔を座席の背もたれから上に出すと斜め後ろに座っている二人の姿が見えた。その表情は清水よりはましだが、青い。同じように緊張しているらしい。

 同じくジュニア全道大会に出たとはいえ、慣れないところはある。武もさっきまでは気にしていたほどだ。

 それでも清水を見て、口を開く。


「清水。大会の規模が違うとか、そういうの考えない方がいいぞ?」

「……そう?」


 自分が緊張しているということは否定しない。自分の言葉に反応した清水をしっかりと見て、武は言う。


「実力以上のものが出るってあるけど、それもいつもの自分を出せてればって話さ。清水や藤田が代表で選ばれたのはちゃんと理由があるって吉田の父さんも言ってただろ。それを信じればいいんじゃない?」

「そうか……な」


 清水は俯いて武が言った言葉を何度か繰り返していた。武は視線を外して窓の外を見る。

 駅前の通りを抜けて宿泊施設が固まっている郊外のほうへと向かっているのだろう。泊まるホテルは各部屋にも風呂がついているが地下に浴場もあるというところだった。家族旅行でも泊まったことがないような場所。明日からの戦いに備えて、武はゆっくり休もうとこれからのことに期待を膨らます。

 そんな物思いも、少し強めのブレーキで霧散した。

 止まるのに失敗したようだが事故にはなっていない。ほっとしつつまた窓の外を見ると、歩道を走っていく集団が目に留まった。

 黒字に白い線が何本か入っただけのシンプルなジャージに身を包んだ集団が走っていくのを目で追っておくと、背中に学校の名前が書かれているのが見えた。


(函館市立七浜中……?)


 どこかで聞いた名前だと武が記憶を手繰ろうとした時、後方でガタリ、と席から立つ音が聞こえた。後ろを見ると、早坂が後ろの窓に手をついてジャージの集団を目で追っている。素早く目線を動かして誰かを探しているようだった。


(誰だ? 函館に知り合いなんて……)


 そこまで考えて、武は一人だけ思いつく名前があった。それと同時に、最後尾を走っていた小柄な人物と目が合う。

 相手は武の顔を見ても誰だか気づかなかったようでそのまま走り去ろうとする。しかし、すぐに表情が変わったのを武は見ていた。

 その後も走るのは止めずにそのまま離れていき、バスも信号が青となって走り出す。

 早坂はすでに椅子に座っている。武はまた外を見ながら今の光景を思い返した。


(君長凛だ)


 ジュニア大会シングルス優勝者。

 武には情報が入ってこなかったが、全国大会でも好成績をおさめたはずだ。早坂を圧倒的な強さで倒した、今、北海道の中で最強の女子シングルスプレイヤー。

 思わぬ邂逅に早坂はどう思ったのか。背もたれから顔を出して見てみたが、見た目上は瀬名や姫川と普通に話している。しかし武には、その顔があまり笑っていないことに気づいていた。


(あいつも君長に勝つために頑張ってきたもんな……)


 ジュニア北海道大会で負けてから学年別までの間や、合同練習の合間も次のステージに上るためにスマッシュの強化に努めてきた。フットワークから逃れるための、より速いショットの追求。他にもカットドロップとハイクリアをより高く、より鋭くして追いついても何も返球しきれないようにするという考えでここまできた。どこまで通じるかは分からないが、武は十分いい勝負になると思っていた。


(次は早坂が勝つのが見たい。例えチーム戦で、結果的に相手に勝ったとしても)


 今回は例え早坂が君長に負けても、他の選手が勝てば試合には勝つ。それでも武は早坂が実力で最強のプレイヤーを倒すのを見たかった。自分も全道で第一シードのダブルスを倒したから余計に思うのかもしれない。


「相沢。どうしたの? なんか、楽しそうだけど」

「そうか? まあ、楽しみと言えば楽しみだけど」


 清水に尋ねられて武は特に隠さず答える。早坂が見ていた相手が君長凛という選手であること。北海道で最も強い女子であることを。そんなプレイヤーに早坂が勝つとしたらとても楽しみだと。


「ふーん。由奈がやきもち焼くんじゃないの? そんな早坂のこと気にして」

「そんなもんかな?」

「好きな人が他の女子を気にしてたら気になるよ」

「清水もそんな経験あるの?」


 武の言葉に清水は急に顔を赤らめて俯いた。これ以上会話は続かないらしい。武は「ごめん」と念のため謝って肘掛に肘をついて頬杖をついた。

 つかの間の邂逅のあとは特に波乱もなく、バスは武達が宿泊するホテルへと寄り道せずに進んでいく。

 実質、駅から三十分くらいの場所にホテルはあった。清水となんとなく気まずくなってからずっと肘をついていたからか、武は痺れた腕をほぐす。先に清水に席を立たせてからゆっくりと立ち上がる。

 他の面々が下りた後でと思っていたために、後ろの方にいた早坂や瀬名達と一緒になった。


「相沢君。早坂がなんか機嫌悪いの、やっぱりあの子のせい?」


 先行して武に近づいてきた瀬名が耳打ちする。狭いバス通路を抜けて外に出たところで武はただ頷く。少し間が空いていても早坂がついてきていたからだ。

 全員がバスから降りたところで吉田コーチと庄司がみんなを注目させる。


「皆、これから先は自由行動だが、あまり遠くには行くな。コンビニくらいしかないが……明日からの試合に備えて休息してほしい」

『はい!』


 全員で返事をして、チェックインに向かう。武は後ろからついてくる早坂をちらりと見たが、その顔はどこか物足りない思いをしているようだった。無理もない、と思う。


(君長は明日も試合だけど、部活で汗を流してる。俺達はここに来たばかりだけど……一日休養だからな)


 一日で何かが変わるかと言われれば、ないとも言い切れない。しかし、それまで十分な練習を積んできたならば、裏切らないと武は思う。今日一日休んでもけして遅れは取らないと思うほどに、合同練習でも部活でも続けてきた。早坂もまた、武以上にストイックにバドミントンに打ち込んできた。おそらくその成果は明日からの二日間で十分現れるはずだ。

 しかし、君長の姿を見ただけで早坂の中にある自信が揺らいでいるのかもしれない。


(焦っても仕方がないって……他人だから言えるのかもしれない)


 君長に惨敗したのも早坂だ。

 いくら他人が大丈夫と言っても、その時の記憶が蘇って不安になるのだろう。どうにか気晴らしができないかと思案する武の背中を叩いたのは吉田だった。


「武、緊張してるのか?」

「いや……早坂のことさ。なんか落ち着かなくなってそうだし」

「まあ、君長には思うところがあるんだろ。俺らは静観してた方がいいよ」


 そう言って去っていく吉田の背中を荷物を持って進んでいく。

 その通りと思っても、どうしても武は放っておくことができない。


(せめて打てればなー。ホテルで打つわけにもいかないし)


 考えがまとまらないまま、武達は各自の部屋に分かれていった。

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