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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
215/365

第215話

(私……駄目だ……)


 藤田は休憩の言葉を聞いて、自然とフロアにへたり込んだ。邪魔にならないように壁際に膝を引きずりつつ進み、背中を預ける。

 体を包むのは倦怠感。体力がなくなってきたことも一つの要因だが、精神的に落ち込んでいることも作用していた。

 シングルス、ダブルス共に全敗。一度も勝っていなかったのだ。最後にやってきたミックスダブルスでようやく勝ちだしているが、それでもパートナーに左右された。


(勝てるのは男子が特に強い人の場合だけだし……結局、自分の力で勝てないってことじゃない)


 市内の上位が集まる合同練習に選ばれた時は、まさかという気持ちが強かった。しかし、庄司や他のメンバーから合同練習で強くなるよう叱咤されてここまでやってきた。でも、現実は厳しい。自分が集まったメンバーの中では下の方だと理解せざるを得なかった。


「うかない顔してるね……」


 声に反応して顔を上げると清水が立っていた。共に合同練習に召集されて、自分と同じくらい負けが込んでいる唯一の女子だろうと藤田は思う。直接シングルスやダブルスで対戦できたときは負けていた。ミックスダブルスでも同じように男子の力に左右される試合が続いていたはずだった。


「うん。今のままじゃ間違いなく落ちるだろうなーって……空しくなる」


 周りを見ると疲労で疲れてはいても、顔は明るい選手が多かった。勝ち負け関係なく色々と手に入れたものがあるのかもしれない。それに比べて自分達はどうかと振り返ると、経験にはなっていてもそれを生かせているとは思えなかった。


「小島君や相沢、吉田達と組んだら勝てるけど他の人と組んだら勝てないんだよね」

「それ、私も! なんか完全に男子の力に乗っかってる感じ……」


 清水の言葉に同調し、そして落ち込む藤田。練習も残り少ない。もう消化試合になってしまうのかと切なくなっていく。


(あとは、残りをちゃんと経験にするしかないのかな……全道とか、全国で戦ってみたかった)


 思いだけでは届かない場所。運よく召集されたのだから最後まで残りたかった。それはいくら思っても仕方がない。

 自分が成長できなかったのが悪いのだから。


「次って誰と組むか決まってる?」


 清水の言葉に藤田は記憶をたどって名前を見つけ、答えた。


「相沢と。相手は……堤さんと安西君かな」


 二年女子ダブルスの一位の一人と男子ダブルスの二位の一人。自分に取っては遥かに上の実力者。


「いくら、相沢と組んでも勝てるわけ……」

「そこで諦めないでいこうよ」


 清水の声も、力を感じることができなかった。

 互いに戦績が思わしくないのに励ましあっても空しく響くだけ。

 それでもそう言わなければ完全に心が折れてしまう。もう少しだけ頑張って、悔いを残さないようにしなければ。その思いは清水も藤田も同じだったのだろう。

 藤田は清水の言葉に頷いて立ち上がる。体力も少し回復し、試合まで黙っていても動けなくなるだけ。ならばと、先にコートに向かって歩き出した。休憩に入った時に、次の試合をする場所は指定されている。そのコートに向かって藤田は進み、片面の中央に座り込んで柔軟を始めた。体力がなくなりかけているならば、これから気を付けるべきは怪我だろう。疲れた時こそ、柔軟運動によって体を柔らかくすることで怪我の可能性を減らす。


(あとはもう怪我しないような頑丈さくらいしか取り柄ないし……やるしかないかな)


 武の足を引っ張らないように動くこと。それが今の自分に求められるものだろうと藤田はとにかくストレッチを続ける。実力差があるのは純然たる事実。

 この合宿中に自分が成長したという自覚はあった。参加する前と後での違い。それ自体は満足できる。それでも、他のメンバーの成長度にはかなわないだろう。そんな確信があった。

 その時、背中に軽く衝撃があった。ラケットで軽く叩かれてただけで驚き、悲鳴を上げてしまう。

 振り返ると武が微笑んでいた。普段ならばどきりとする柔らかい笑みだったが、今は自分のことを笑っているかのように映り、藤田は不機嫌な顔をして言葉を返した。


「何すんのよ」

「いや……なんか考えすぎてないか? 藤田」

「何がよ」

「リラックスしていこうぜ。そうしないと勝てないぞ」

「勝つ気なの?」


 藤田の言葉に武は眉をひそめる。そんなことを言われるなど全く考えていなかったという顔。それが更に腹が立ち、藤田は怒気を含んで口調を荒げた。


「私なんかと組んで勝てると思ってるの? 気休めとか止めてよ!」


 自分でも大きすぎる声にハッとした時には、休憩中の面々の何人かが藤田のほうを見ていた。恥ずかしくはあったが、今は目の前に立つ武へと怒りをぶつけるために視線を戻して睨みつける。武は笑みを消して、至極真面目な口調で言った。


「気休めじゃないって。勝てると思ってるとかじゃなくて、勝とう」

「……は?」


 武の言葉の意味が分からず、藤田は更に口を開こうとするが、今度は武の視線に金縛りにあったかのように動きを止めた。


「勝とう。最初から決まってることなんてない。そうじゃないと、俺と吉田が全道で勝てるわけなかったろ」

「それは……相沢と吉田だから」

「じゃあ俺と藤田で勝てばいいだろ。負けると思っていたら負ける。勝つと思っていたら、勝つ確率はあがる」

「力が足りないのは分かってるじゃない」

「だから勝とうと考えるしかないんだ」


 武の言葉に込められた力に、藤田の内から熱いものがこみあげてきた。

 それは決して上辺だけではない。本当に心から思っている、武の言葉なのだと藤田には感じ取れた。


(全道で勝ってきた人の言葉、か)


 武も小学生の頃は強くなかったと藤田は由奈や早坂から聞いていた。それはたった二年前のこと。もうそんな弱い武など見る影もないほどに、自分の遥か上で戦っている。それは才能だと藤田は思っていた。自分にも同じくらい才能があれば良かった。才能があるから、努力が実って勝てるのだ。いつしかそう思っていた。

 でも、武は勝てると思うかではなく、勝つと言った。


「勝つか負けるかはやっぱり運だよ。実力の差はある。だから、何倍も考えて、打つ場所やショットを決めないと。そうすれば、勝つ可能性は上がるよ。それが積み重なって、最後に勝つんだ」

「……途中で辛くて投げたしたくない? ずっと考えるのって」


 武は藤田の言葉に即答する。先ほど浮かんでいた笑顔で。


「疲れるし、辛いけど。昔からそういうの好きなんだ。考えて、一つ一つ繰り返していくのって」


 藤田は武のフォームが試合の中で崩れづらいことを思い出していた。それは、何度も素振りを繰り返したことで体が正しいフォームを覚えたからだと、以前、吉田が練習の合間に言っていた。多少、体勢が崩れていても振りぬく時はほとんど崩れておらず、相手のコートへ十分に力を伝えたシャトルを叩き込める。それが結果的に、実力の飛躍的な上昇に繋がり、今の武になっているのだ。

 真っ直ぐに正しさを求める真面目な性格。それをやり遂げる意志の強さ。

 自分が武を異性として認識した時のことを思い返す。もうその気持ちにはけじめをつけているが、思い出してみれば、その武の性格を「良いな」と考えたのではなかったか。


(これが相沢の強さなのかもしれないね)


 口元が緩み、自然と笑みがこぼれる。諦めていればゼロ。諦めなければ数パーセントでも残る。その数パーセントを掴み、数字を上げていくために、考えていく。藤田だけならば出来なかっただろう。清水と組んでもどこかで諦めている。でも、武ならば信頼してもいいのではないか。そう思えて、藤田は言った。


「分かった。私は弱いから……自分をあまり信じれないけど。相沢を信じる」

「それでいいんじゃないか? 支えあうのが、ダブルスだ」


 そう言った武の照れくさそうな顔に藤田は更に笑みを深くする。もしかしたら自分の言葉ではないかもしれない。それでも、武が今までの試合の中で得たものなんだろう。


「よし! 練習再開するぞ! 各自伝えた通りにコートに入れ!」


 遠くから吉田父の声が聞こえてきて、藤田は軽く頬を挟み込んで叩く。次の相手は堤と安西。武を信じて、自分のできることをするだけ。


「よし、やるか」

「うん。頼りにしてるわよ!」


 藤田は武とハイタッチをして、自身に気合いを注入した。



 * * * * *



「ポイント。サーティーントゥエルブ(13対12)」


 藤田がインターセプトしたシャトルがコートに落ち、得点が重なる。前にいた堤もネットすれすれに落ちて行ったシャトルには触れられず、見送るしかなかった。悔しそうに拾い、ネットを挟んで向かいに立っている藤田へと返してから立ち位置へと戻っていく。藤田は息を整えるために少しその場に立ったままでその様子を見ていた。


「藤田」


 後ろからかけられる武の声に振り返り、そのまま足を進めた。今回のラリーのファーストサーバーだった武へとシャトルを手渡して、後ろにつく。武は堤に向けてネットから浮かないようにショートサーブを放った。白帯ぎりぎりに進むシャトルに堤もヘアピンをする他なく、武が浮かないシャトルを下からラケットヘッドをスライスさせてプッシュして相手コートに押し込んだ。


「ポイント。フォーティーントゥエルブ(14対12)。マッチポイント」


 武がガッツポーズする後ろでカウントをする藤田。あと一点で勝利。試合前に不安だったにも関わらず、今やある程度自信がついていた。けして自分の力だけではたどり着けない場所でも、誰かとなら越えられる。


(相沢の力が強いかもしれないけど……私も、私なりに成長していけば、いいんだ)


 自分を肯定され、共に試合をしていく間に藤田も見えて来ていた。

 ネット前での動きは最小限でいい。ラケットを振り切らなくても、ただそこに掲げるだけで十分相手にはプレッシャーとなり、コースを狭められる。相手がそれを見越してヘアピンをしてきても、反応できるだけの速度はあった。いや、身についたといっても過言ではない。

 女子ダブルスや今までのミックスダブルスでは中学の部活内では体験できなかったヘアピンの角度やドロップの鋭さ。スマッシュの速さやコースを体験できた。それは経験となり、自然と体が予測している。それでも取るのが無理なシャトルが存在するのは確かだが、それはもう諦めて切り替える。

 引きずっていれば取れるものも取れなくなる。


(清水や、他の子と組んだ時は気にし過ぎた……だから、取れるのも取れなかった。これだけリラックスできるのは、相沢のおかげかな)


 武と組むとミスして強張る場面でも、優しくフォローしてもらえた。武の持つ雰囲気が、体の力を適度に抜かせるものになっている。

 それは武自身がミスはするものであり、フォローするものと自覚しているからこそのものなのだが、藤田にはそこまでは分からない。ただ漠然と「相沢とは組みやすい」という思いに達していた。


「ラスト一本!」

「一本!」


 武の声に合わせて叫ぶ藤田。サインはロングサーブ。武がシャトルを打ち出した瞬間に、前に飛び出して場所を入れ替えた。安西がストレートにスマッシュを放つも藤田は特に動かず、武のレシーブを信頼してラケットを掲げた。シャトルはストレートに低い弾道で安西の所へと返り、返球に速さに安西はドロップを打つしかなかった。藤田はラケットをネット前に持ってきてそのシャトルにただ当てる。同じように前に飛び出していた堤も藤田が当てたシャトルに対して更にヘアピンをクロスに放った。目の前を通り過ぎていくシャトルに対して、ラケットを水平に移動させて追いつかせる藤田。堤のクロスヘアピンは確かに脅威だったが、前に全神経を集中させるだけでいい藤田にとっては何とか取れる軌道。


「やっ!」


 ラケット面を少しだけぶれさせる。シャトルコックにラケット面をスライスさせてスピンをかける技。

 今まで一度もできなかったことへとあえて挑戦する。その結果、シャトルは綺麗にスピンがかかって不規則な回転のまま白帯へと当たった。


(あ――)


 ミスと思った瞬間、羽が相手コートへと入り、次にシャトルコックも落ちていく。

 堤はラケットを差し出した体勢でその場に縫い付けられたかのように止まっていた。

 シャトルが静かに床に落ち、軽い音を立てる。

 それから数秒。時が止まった。


「ポイント。フィフティーントゥエルブ(15対12)。こっちの勝ちだな」


 武の言葉に安西も体の力を抜いてネット前に歩み寄ってくる。堤もラケットを引いて手を藤田へと差し出した。

 藤田だけが、まだ反応しきれてないよう様子で三人の顔を一人ずつ見ていく。


「勝ったぞ、藤田」


 武の言葉に呪縛が解けたかのように藤田も力を抜いた。その後は機械的に握手をしてコートから出る。そのまま藤田は駆け足でフロアを横切り、通路へと出ていた。急いでトイレに駆け込み、洗面台の蛇口から水を流したところで息を吐く。それまではずっと止めていたのだ。


「……はぁ、はっ、はっ……」


 流れている水を手ですくい取り、顔に何度かぶつける。冷たい刺激が火照った頬に染み渡っていく。十度続けて髪も顔も水びたしになったところで、ようやく息をついた。


「やった……勝てた……」


 込み上げてくるものをせき止めることなく外に出す。

 冷えた顔を伝う熱い液体。感極まった感情を冷ますには、もう少しかかりそうだった。


 ――そして。

 ミックスダブルスの練習も終わる時が来た。

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