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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
214/365

第214話

「ポイント。フィフティーンナイン(15対9)。マッチウォンバイ、相沢・早坂」


 吉田がカウントして互いに礼をする。初めてのミックスダブルスの練習試合は、武と早坂のほうに軍配が上がった。姫川は追いつけなかった原因を、自分と考えて吉田に謝る。


「ごめん、吉田君。私が前衛でちゃんとしてれば……」

「いや。今は負けてもいいと思う」


 その言葉に姫川は首をかしげる。ミックスダブルスが鍵だと吉田コーチが言うのなら、おそらくは練習で勝率の高い組み合わせを選ぶはず。それならば勝っていた方が良いに決まっている。そう思っていた姫川は吉田の真意が読めず、素直に尋ねてみた。


「どういうこと?」

「おそらく、姫川……さんは後衛のほうがいいと思う。ミックスダブルスのセオリー通りの陣形だと、持ち味を完全に殺してる」


 吉田はすぐに答える。試合の中で頭の中に今後のことをまとめていったのだろう。その口ぶりは確証はないようだが、言うこと自体に迷いはなかった。


「あ、呼び捨てでいいよ! でも、そうか……私が後ろで拾いまくって、男子に打ち込んでもらうってこと?」

「そう。正直、姫川さ……姫川のレシーブ力は男子の攻めにも耐えられると思う」


 学年別の前に小島に鍛えてもらった部分が役に立ったということか。姫川は自然と頬が緩む。自分の磨いてきたものが認められるというのは嬉しかった。


「じゃあ、次の人との時はそう提案してみるね! ありがとう!」

「ああ、次も頑張って」


 吉田はそう言って先に集合場所へと歩いていく。姫川もコートから出てラケットバッグを背負うと、歩き出そうとしていた早坂の傍へと駆け寄った。

 武も先に歩いていて、この場には二人だけ。先ほどまでのダブルスの感想を言おうと思っていた。


「早坂さん! 強かった~」

「まだまだよ……でも、案外はまったわね、あの形」

「普通にローテーションでしょ? 私も前にいるより後ろにいたほうが上手くいきそうって吉田君に言ってもらえたし。セオリー通りじゃなくていいのかもね」

「そうね」


 早坂と試合の復習をしながら歩いていく姫川。

 集合場所につくと、すぐに吉田コーチは二人に次の試合に入るよう告げる。見ると先についた吉田と武の姿も見えない。別のところで別のペアで試合をしているに違いない。


「姫川は小島と。早坂は橋本と組んで試合をしてくれ。相手だが、姫川達は林・藤田組。早坂達は堤・安西組だ」

『はい!』


 答えてからシャトルを受け取り、すぐに試合場所へと向かう。姫川はまたしても心が躍る。


(小島君とダブルス……楽しみだ~)


 小走りに駆けた先に待っている小島。ネットの向かいには浅葉中の林と藤田がいた。林は学年別のダブルスで武と出ていたのを見ていて覚えていたが、女子の藤田は記憶になかった。この合同練習の中でも対戦はしていたはずだが、印象に残る選手ではなかった。小島とのダブルスは楽しみだが、相手が相手だけにつまらなくなるのではという不安も増した。


(どうせなら、早坂さんとまたやりたかったけど)

「姫川! 早く来いよ!」


 自然と歩いていたことで小島から急かされる。姫川はまた走って、小島の隣に立った。シャトルを手渡そうとして、先ほど吉田と話した内容を小島に言ってみる。

 それを聞いた小島は顎に右手を当てて納得するように頷いた。


「いいな、それ。じゃあ俺が前でインターセプトするから後ろに来たシャトルは姫川が拾いまくってくれ」

「おっけ!」


 姫川はそう言って小島にシャトルを渡し、小島の後ろについた。両足の間を広くとり、腰を低くすることで両サイドどちらにも素早く移動できる体勢を作る。

 小島はショートサーブの姿勢で相手の藤田が構えるのを待った。相手側ダブルスはセオリー通り女子を前にして男子を後ろにするようだ。


「一本」


 小島が呟き、ショートサーブを放つ。シャトルはネットギリギリを進み、藤田は打ちきれずにロブを上げた。そのまま前にとどまって前中央に陣取る。姫川はストレートスマッシュを打ち込んで様子を見てみることにした。おそらくは林が取ってロブを返すかドライブを返すかという選択肢だろうとあたりをつける。

 姫川の想定通り、林はストレートに弾道が低めのシャトルを打った。変化で言えばドライブに近い。コートから斜めに上がっていく軌道であるが鋭く速い物。姫川は追いついてまたスマッシュを打ち込もうと右足でコートを蹴った。

 その時だった。


「はっ!」


 突如、シャトルの軌道上に小島のラケットが出現し、シャトルを叩き落としていた。

 シャトルが落ちるよりも先に小島がコートに着地する。

 結果だけ見れば小島がインターセプトしたのだと分かったが、その速度にさんにんは呆気にとられていた。


「ポイント……ワンラブ(1対0)」


 先に呆然とした状態から回復した姫川がカウントする。小島はシャトルを自分の所に引き寄せて拾い上げた。


「ナイスショット、小島君」

「姫川もいいスマッシュだったよ」


 小島はそう言って次のサーブ位置に移る。姫川も小島の後ろに構えつつも、今のプレイを振り返った。


(私がスマッシュを打って、小島君が前でインターセプト……もしかして、このスタイルっていいかも)


 小島が「一本!」と叫び、ショートサーブを打つ。相手からロブが上がって、姫川が真下に移動する。先ほどの動きがまぐれかどうか、もう一度試してみようとストレートスマッシュを打った。狙い通りまっすぐに飛ぶシャトルを、林がドライブ気味に打ち抜く。先ほどの小島のインターセプトを見たためか、より早いタイミングで打ち込んできた。

 しかし、シャトルの軌道上に一瞬にして小島のラケットが出現する。横からスライドして割り込んだラケットは、シャトルを一気に撃ち落とした。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」


 自分の前に転がったシャトルを林は拾い、小島へと返す。シャトルを受け取ってからまたサーブ位置へ移動する小島。ほとんど時間をかけずに元の位置に戻ってきたその姿を後ろから見て、姫川は確信する。

 自分が後ろで小島が前というのはこのペアにとって理想的な陣形だと。

 確かに女子が後ろだと攻撃を受けた時に厳しくなるが、小島が鋭い攻めを前でインターセプトできるこの陣形ならば、十分耐えられる。


「一本!」

「はい!」


 小島のショートサーブの精度はダブルスで鍛えられた吉田に勝るとも劣らない。藤田もヘアピンを打てずにロブを上げるだけ。姫川は直前までスマッシュを打とうと振りかぶり、打つ直前にドロップへと変えた。前二回のスマッシュを見せた上でのフェイント。ストレートドロップはしかし、前にいた藤田にヘアピンで返される。軌道がゆっくりだったためか、藤田のヘアピンはネットギリギリを越える。それをプッシュするには辛いと小島は判断してクロスヘアピンで藤田から離れていくように打った。藤田はラケットを出すも、ネットに引っかけまいとして躊躇した結果、コートに落ちてしまっていた。


「ポイント。スリーラブ(3対0)」


 小島はそう言ってシャトルを拾い上げる。悔しそうにシャトルを一瞥してから戻る藤田を視界に収めつつ、姫川は先ほどの自分のショットを振り返る。


(スマッシュからフェイントになると思ったけど、案外効果なかったな……やっぱり、私のスマッシュが遅いからかな)


 瀬名や早坂ほどスマッシュは速くない。その結果、ドロップなど同じフォームから打てる球のフェイントが成立しづらいのか。後ろにいることでの攻撃への利点を何とか掴みたい姫川はもう一度挑戦しようと腰を落とす。

 小島のショートサーブに、林のロブ。

 同じことが四回繰り返される。他の打開策を打とうにもそれをさせない小島の技術。姫川はシャトルを追いながら改めて小島の凄さを感じる。それについていくためには、後ろからの攻撃力を増やさなければいけない。そう決めてシャトルの落下点よりも少し後ろから、斜め前にジャンプする。より高い打点からスマッシュを打てば角度がつく筈だった。しかし、ラケットを振るタイミングが外れて甲高い音と共にシャトルが前に落ちていく。フレームショットになったがシャトルはぎりぎり林の前に落ちていった。林は小島を警戒して高くロブを上げる。インターセプトが間に合わず、シャトルは再び姫川の頭上へと舞い上がる。


(駄目だ。今の私にジャンプスマッシュは無理。やらなくちゃいけないとしても、短い期間じゃ付け焼刃だ!)


 再び向かってくるシャトルに向けて振りかぶる。今度は抑える気など全くない、ストレートスマッシュ。渾身の力を込めて林に向かって叩き付けるように打つ。シャトルは小島の横を抜けて林の顔をめがけて直進した。林はバックハンドでロブで返す。更にそれをスマッシュで今度は藤田へと打ち込む。藤田もちょうどラケットを振った場所にシャトルが来たのか、高く遠くへと打ちあがる。姫川は瞬時に下に移動してラケットを振りかぶる。


「はっ!」


 裂帛の気合いを吐いてラケットを振り切ろうとする。

 その時、視界の中に小島の顔が見えた。

 いつも前を向いて構えているはずの小島の顔が見えたことで、姫川の中にある思いが生まれる。

 それが言葉として現れる前に体が表現していた。

 シャトルを打つ瞬間に、力をゼロにする。

 ラケットを振り切った姫川の視界に見えたのは、ゆっくりと軌跡を描いて落ちていくシャトルと、タイミングを外されてその場に固まった藤田の姿。

 今度こそ、シャトルは藤田の前にことりと落ちていた。


「ポイント……フォーラブ(4対0)」


 ポイントを自分で呟く。それでもどこか遠くで誰か他人が言っているように思えた。

 シャトルを打った自分。その鮮やかさがどこか現実味がない。

 しかしシャトルを拾って自分の傍までやってきた小島が、手を挙げて言った。


「ナイスフェイント」

「あ……」


 姫川は自然と、その手に右手を打ちつけていた。ぱんっ、と乾いた音が鳴り、現実が戻ってきた。



 * * *



「ポイント。フィフティーンラブ(15対0)。マッチウォンバイ、俺達」


 ネット前で最後のシャトルを叩き落とした小島が、そう言ってコートから出た。姫川も後に続きつつ相手を見ると、悔しさと清々しさが混じったような不思議な表情をしていた。姫川も自分が逆の立場ならば同じような表情になるだろうと内心、思う。


(あれだけ打つ手がないってことになったら……私も戦意喪失しちゃうんだろうな……)


 それでも、自分は勝つために思考し続けなければいけないのだと姫川は思う。むろん、林と藤田も漫然と十五点を取られたわけではない。一つ一つのサーブに対して何か別の手を毎回打とうとしていた。しかし、小島のサーブの絶妙さと姫川の後衛の防御力。そして小島の前衛の攻撃力が、それらを全て封殺したのだ。改めて小島の力を思い知る。


(私は何か役に立ったのかな……私以外でも小島君なら、勝てるんじゃ)


 勝ったにもかかわらず気分が沈む姫川に気づいたのか、小島は足を止めて振り返る。その顔に浮かんでいる表情には姫川も少し胸が高鳴る。

 小島ははっきりと笑みを浮かべていたのだ。


「姫川。ほんと、相性いいみたいだな」

「え……」

「あいつらも決して弱くないのにラブゲームだぞ。お前が後ろから打つスマッシュがちょうど良く相手の打つシャトルを限定するんだよ。だから俺は、少ない予測でラケットを出すだけでよかったんだ」


 返事をしようとして姫川は上手く言葉を出せなかった。心拍数を上げる心臓に気を取られたこともあったが、自分がそこまで凄いことをしているとは全く気付かなかったため、どう反応したらよいか分からなかった。


「そう、なんだ」


 ようやく出せた言葉は姫川自身もあっさりとしてると感じるほどだった。小島も褒めたのに反応が薄かったことで眉をひそめる。


「ん? なんか悪いこと言った?」

「そうじゃないけど……まだ実感湧かないというか」

「そうか? まあ、これから実践含めて慣れればいいさ。ミックスダブルスも面白いわ」


 小島は姫川から視線を外して歩いて行った。その後ろ姿を見ながら、姫川はふと早坂のことを考える。

 自分と早坂ならば小島と組んでどちらが強いか。

 いつもは早坂だろうと思えるが、今回は自分と小島も負けていないのではないかと考える。


(私の長所、かぁ)


 レシーブとフットワーク。

 今までの武器に新たな武器が加わりそうな気配を感じつつ、姫川もまた次の試合へと歩みを進めていった。

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