表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
213/365

第213話

「合同練習もあと三回で終了だ。残りはミックスダブルスの組み合わせをいろいろと試してみる」


 体育館の、試合では大会本部が置かれているスペースに集まった選手達の間に緊張が走った。

 吉田コーチの言葉に含まれている現実を武達は感じ取っている。

 今までダブルスとシングルス。いろいろと組み合わせを試してきた。それは全て、次の大会の団体戦のためのもの。誰もがそれを分かっていたはずだったが、あと三回と期限を区切られたことで実感させられる。

 三回とは今日を含めて三回。最後の一週間は各校の部活で最終調整をし、ミックスダブルスだけは出発の前日に決めた組み合わせだけで練習するということのようだ。そして金曜日に出発して、週末には南北海道予選が始まる。


「ミックスダブルスは公式戦がほぼ無い。お前達も練習でしたことはあるだろうが……今回はこのダブルスが鍵になるといっていい」


 吉田コーチはあらかじめ用意していたホワイトボードに黒マジックペンで字を書いていく。それは今回の大会での団体戦の内容だ。


「男子シングルス、女子シングルス、男子ダブルス、女子ダブルス。そして、ミックスダブルス。この順番で試合が行われる。先に三勝すれば良いが、もつれてミックスダブルスにまで来たとき、慣れていないじゃ話にならない。おそらく、どのチームもミックスダブルスは不得手のはずだ。少しでも、あと二回で慣れておきたい」

「それなら、他の慣れてる方を強化すればよいのでは?」


 吉田コーチの言い終わりを狙ったように小島が言う。それに対して吉田コーチは平然と言った。


「お前達の実績は全国レベルだとゼロに等しい。今の時点だと、全国相手に戦えるのは……そうだな、二、三人といったところだ。その場合、強い相手とは当たらないように外すというような駆け引きが必要となる。例えば、小島がシングルスで勝てない相手ならば、小島をシングルスから外し、香介とのダブルスで勝つ、というようにな」

「なるほど……一理ありますね」


 小島は呟いて引き下がる。団体戦なのだから確かにどこでもいいから三勝すればいい。

 そのために強い相手との対戦を外して勝つというのは有りだ。そのためには、勝利するためのパターンは多ければ多い方がいい。ミックスダブルスで勝算が高まれば、その前までの組み合わせに幅が広がる。最後に回しても十分勝てるのだから。


「では、組み合わせを発表する!」


 そして合同練習の最後。ミックスダブルスでの試合が始まる。



 * * *



(いきなりこの組み合わせか……)


 武は隣に立つ早坂に視線を向けてから、ネットを越した先にいる二人を見る。

 そこにいるのは吉田と姫川。他校の、ほとんど話したことがない女子だったが、吉田との間にはすでに柔らかい空気が存在していた。合同練習ももう少しでひと月になる。その間、練習だけじゃなく休憩中の会話もたくさんあった。その結果の和やかさだ。


(でもこれで、同じチームになってもぎくしゃくしないよな。だいぶ、慣れたもんだし)


 武はセカンドサーバーの位置に立ち、早坂がじゃんけんをするのを見守る。

 相手のファーストサーバーは姫川。じゃんけんに勝ってシャトルを受け取った早坂は姫川に向けてサーブ姿勢を整える。


「イレブンゲーム、ラブオールプレイ」

『お願いします!』


 武が試合開始の言葉をかけると三人が同時に叫ぶ。そして早坂はショートサーブで姫川へとシャトルを打った。姫川は前に詰めてプッシュを武のバックハンド側へと打ち込む。そこをクリアを上げてサイドバイサイドの陣形を保とうとしたが、早坂は前にいたままだった。


(しまった!)


 慌てて武はセンターラインへと走って腰深く構えようとするも、その隙を見逃さない吉田のスマッシュが逆サイドに決まっていた。


「何やってんのよ」

「すまん。普段のダブルスと勘違いした」


 早坂から鋭い視線と共に言葉が来る。素直に武は謝罪した。

 武はシャトルを拾って相手に返すと頭を下げる。


「どうも、ローテーションしないっていうのが苦手でさ。ずっとトップアンドバックなんて」


 武は先週から読んでいたバドミントンの戦法に関する本の内容を思い出す。

 ミックスダブルスの場合は女子が前で男子が後ろ。攻撃の時も防御の時もずっとそのままで行う。

 それは男子に比べて攻撃力が低い女子が後ろに回ると攻めこまれる可能性が高まるからだ。だから試合ではいかに女子を後ろに追いやるか、集中して女子を狙うかというところが戦法になる。


「しょうがないわね……じゃあ普通にやってみる?」

「え?」


 早坂の言葉に武は困惑する。ミックスダブルスの定石を自ら破ろうというのか。困惑に言葉が出ない武に更に早坂は説明する。


「あと二回の練習なんだから、付け焼刃の戦法をやるよりもお互いに慣れてるほうがいいじゃない」

「そりゃそうだけど……てか、早坂はシングルスだから慣れてるとかじゃないだろうし」

「私だって女子ダブルスやったことあるし。その時も普通にローテーションだったでしょ」


 話はそこで決着した。武は早坂の提案に頷いて、自分のポジションにつく。姫川がバックハンドサーブの姿勢からショートサーブで早坂の陣地を侵す。


(早坂のレシーブ力を信じるしかないか!)


 早坂がロブを上げてサイドバイサイドに広がる。

 シャトルを追ったのは吉田。しっかりとシャトルの下について、ストレートスマッシュを早坂へと打ち込む。その速さは女子にはないものだ。


(早坂――)


 セオリー通り女子を狙ってきた吉田。そのスマッシュが取れないと思った武だったが、シャトルはしっかりと対角線上に返っていた。完璧なレシーブに姫川も前衛でインターセプトができず、打った吉田が後ろからドライブを放ってくる。

 しかし武もその軌道を読んで、前に飛び込んだ。ネットを超えた瞬間を狙ってプッシュでシャトルを押し込む。

 姫川にも吉田にも取られないように、コートの中央付近を狙う軌道が短いショット。

 シャトルはコートに叩き付けられて高く弾んでいた。


「セカンドサービス、ラブオール(0対0)」


 早坂が呟き、吉田がシャトルを拾う。武はそのまま後ろに下がり、吉田のサーブを受けるためにレシーブ位置に立った。少し後ろにやってきた早坂に向けて「ナイスショット」と言葉を贈る。


「別に。前にもっと速いスマッシュ相手にレシーブ練習したこともあったし。吉田のは同じくらいだったから」

「……そうか」


 会話を終えて、吉田へと集中する。以前、武がスマッシュを打って早坂がレシーブをするという練習をしたことは確かにあった。それが今になって効果を発揮している。武や吉田クラスのスマッシャーが全国にどれだけいるか分からないが、そう簡単に早坂を突破できないだろう。


(安心だ。これで、普通のダブルスのように動ける)


 先ほどまで自分の中にあった迷いが消える。女子と組むことでどうしようかと悩んでいた部分が、早坂の実力によって消え去った。


「一本!」


 吉田はショートサーブでラインぎりぎりを狙ってきた。武もロブを考えたが、すぐさまストレートのヘアピンに切り替える。その一瞬の思考がフェイントになったのか、吉田は叩けずに逆にロブを上げた。

 後ろには早坂がいる。大きく振りかぶり、しっかりとした体重移動からスマッシュを打ち込んだ。女子の中でも間違いなく速い部類に入る、そのスマッシュ。だが、ストレートに進んだシャトルは姫川のラケットの軌道上に捉えられた。


「やっ!」


 クロスに姫川は打ち返す。それは先ほどとは逆だ。それを武は読み、シャトルに向けてラケットを差し出す。ここでならば当てるだけでヘアピンを落とせる。

 狙い通りシャトルは武のラケットによって威力を殺されて、ほぼ垂直に吉田側のコートへと落ちた。


「まだだ!」


 吉田が飛び込み、シャトルを捉える。武はラケットを掲げてコースを減らすと共に吉田にプレッシャーをかけていた。吉田ならばネットを超えさせる。そう信じて疑わない。

 しかし、シャトルはネットに当たって跳ね返っていた。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」


 ミスした吉田が言って、シャトルを拾い上げる。向かいに立っている武へとシャトルを渡して吉田はレシーブ位置へと戻っていった。


「吉田、調子悪いのかな?」


 自分の場所に戻って呟く武。その言葉を聞いて早坂は眉をひそめた。言っている意味が分からないというように尋ねる。


「どうしてそう思うの?」

「いや……今のシャトル、あいつならクロスヘアピンとか、綺麗にロブ上げて返すとかできるだろうって思ってさ。でも、今はネットに引っかけたし」


 武の言葉に早坂は呆れたようにため息をついた。さらりと馬鹿にされたと気づいて武も不快な表情で早坂を見返す。


「なんだよ」

「自分で気づかないとか馬鹿よねって思って」

「何が!?」


 唐突に馬鹿にされたことで武は混乱する。今の会話のどこにそんな要素があったのか全く理解できない。説明を求めると早坂はやる気のない口調のまま答える。


「あれだけプレッシャーかけて、隙のない構えしてたら、誰でも萎縮するわよ。あの吉田でも。ほら、さっさと構えて。試合再開するわよ」


 早坂はこれ以上言うことはないと言葉を切ってサーブ姿勢を取る。武はそこでようやく早坂が自分を誉めたのだと気づいた。


(誉めてくれるなら素直に誉めてくれよ……)


 早坂の後ろで腰を落として構える。早坂はショートサーブでコート中央を走るラインと前方サービスラインの交点を狙った。よいコントロールだったが、ダブルスとしてはサーブが高い。結果、シャトルを姫川がプッシュで打ち込む。咄嗟に躱した早坂を抜けて、シャトルが武へと向かってきた。


「はっ!」


 バックハンドで大きくロブを上げて返す。早坂が右サイド。自分が左サイドとなって次の攻撃を待ち構える。吉田がクロススマッシュでシャトルを打ち込むと、早坂は一歩前に出てストレートドライブで打ち返していた。だが、今度は姫川が反応し、その移動速度を利用して前方でインターセプトする。返ってきたシャトルはクロス――武へとまた飛んできた。


(今度は、前!)


 姫川がおらず、吉田も後ろに下がったままの左前方は空いている。そこにシャトルを置くように軽く打ち返した。

 だが、次の瞬間にはスライドして姫川が現れていた。


「やあ!」


 掛け声とは裏腹にシャトルはラケットに当てただけ。勢いを殺されて落ちるシャトルに武は全く反応できない。

 しかし、そこに一つ飛び込む影。


「はっ!」


 早坂は姫川の動きを読み、合わせてラケットを出していた。ネット前に落ちたシャトルを捉え、クロスヘアピンで打ち返す。シャトルはまるでネット上を走るようにギリギリのところを抜けて姫川の側へと落ちた。ネットとの距離がほぼゼロでは姫川も触れることができなかった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 早坂はカウントを取り、シャトルを自分で拾う。ゆっくりとサーブ位置に歩いていくところで武は手を挙げた。


「ナイスヘアピン」

「ありがと」


 軽く手を叩き合わせる。その時、触れた柔らかさに思わず武は動揺した。


(いつも吉田とやってるのとは違うな……)


 しかし、テクニック自体は吉田に劣らない。シングルスで全道三位に入った力。小学生から憧れ、中学で追いつき、更に差を広げられたと感じた。その差は今はだいぶ詰まっているのだろうが、それでもその力に憧れる。


(うん。早坂とのダブルスは、楽しい。本当に何も心配しなくていい。俺は俺の仕事をやるだけだ)


 早坂から吉田へのサーブ。それは姫川へ打ったのと同じように高く、吉田は武が追い付く前にシャトルをコートに沈めた。セカンドサーブとなり、武がそのままシャトルを拾う。早坂は「ごめん」と一言謝り、後ろについた。

 武はシャトルを持ってバックハンドサーブの姿勢を取る。視線の先には姫川。本で読んだ限り、後ろに追いやるのがセオリーだ。


(姫川は、移動速度が半端じゃない。ダブルスラインくらいのロングサーブなら苦にはならないはず。なら、さっきのサーブを参考にして)


 武はショートサーブを選択し、最短距離でシャトルが届くようにコート中央ラインを狙った。ネットを越えたところで落ちていくシャトル。山なりの頂点を少し前に置くことで、シャトルに触れられる時にはネットギリギリを移動しているというもの。上から叩こうとした姫川は叩くことができず、更にロブを打つためのラケットワークをすることもできずシャトルをネットに引っかけた。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」


 シャトルを渡してもらい、次のサーブ位置へと移動する。武の中で徐々に情報がたまっていき、戦法が見えてきた。


(姫川は、いや。早坂もそうだけど。ダブルス未経験だからショートサーブが甘い。あと、ショートサーブを受ける時の速度が遅い)


 だから早坂の不慣れなショートサーブで隙があっても、姫川のプッシュの威力は弱い。サーブの勝負であれほど近くのシャトルを打つ経験が少ないのだ。シングルスとダブルスの違いを改めて思い知る。


「相沢。どんどん私の悪いところ指摘して」


 羽をほぐしている間に早坂から声がかかる。軽く振り向いて早坂を視界に収めると、更に話しかけてくる。


「このミックスダブルスでも私は勝ちたい。でもダブルスが不慣れなのもわかってる。だから、どんどん指摘して。そして――勝とう」

「ああ……そのつもりだよ。まずはもう一点だ」


 武は構えてプレッシャーを放ってくる吉田に向けて、サーブのために構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ