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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
210/365

第210話

(武もやってるな……)


 武が藤本と試合をしている最中。吉田もまたシングルスの試合に入っていた。相手は武と同じく一学年下のプレイヤー。石田哲治。圧倒的な強さで学年別大会一年シングルスで優勝した男。

 一年生にしてすでに身長は吉田を追い越していた。筋肉が多めの体つきを見て、内心吉田は冷や汗をかく。


(パワーは十分。そして、きっと小島と部活のたびに練習してる。だから実力も飛躍的にアップしてるだろうな)


 ポイントはイレブンオール(11対11)。互いにサーブ権を交代しながら、ゆっくりと得点を重ねていく。吉田のコース狙いの組み立てにも石田はしっかりとついてきていた。逆に吉田のミスを誘い、点を奪う。それでも石田が崩れた時に打ち込むため、吉田有利で試合は進んでいく。

 石田は吉田の攻撃にくらいついているが、自分から攻められてはいない。


(主導権を握っているうちに、付け入る隙を見せないとな)


 吉田はシャトルの羽を整えてからロングサーブで打ち上げる。通常の大きく上がり、山なりに落ちていくものとは違って、多少角度を付けた鋭いもの。石田も追って行く中でその違いに気づいたのか、ストライドを大きくしてシャトルの真下に素早くもぐりこむ。


「うら!」


 ジャンプせずに強引にスマッシュを放つ。体勢が崩れていても十分な威力に、吉田は刈田を思い出した。それも一瞬で、バックハンドのヘアピンで打ち返す。石田は読んでいたのか迷いなく前方に飛び込んで、強い踏込と共にシャトルを押し込んだ。勢いはあまりなかったが、吉田の耳元を抜けていくシャトル。しかし、吉田は左足を後ろに下げた後で体を回転させ、シャトルを視界に収める。


「うおお!」


 右足を踏み出して、完全に石田に背を向けた状態でシャトルへとラケットを振りかぶる。狙う場所は一つ。体を前方に投げ出すように吉田はラケットを振り切った。

 シャトルは高く鋭く上がり、石田の頭上を抜けていく。インターセプトしようとラケットを伸ばしたが、シャトル半分届かない。コート奥、シングルスライン寸前のところでシャトルは落ちていた。


「ポイント。トゥエルブイレブン(12対11)」

「よく打てましたね、吉田さん」


 石田は素直に驚いているようだった。吉田は一息ついて「まぐれだよ」と言ってからサーブ位置に戻る。石田がシャトルを取りに行っている間にラケットシャフトを手で軽く持って回しながら待つ。


(反応しきれなかった時の強引な打ち方。実戦で試せたな……でもこんな曲芸は通用しないか)


 おそらくは一度打てば見極められるだろう。しかし、その一度が明暗を分けることはある。

 これからの戦いにそなえて引き出しは増やしておいた方がいい。この合同練習の中で吉田が考えたのはそれだった。

 返ってきたシャトルを手に取り、羽を整える。

 一回一回そうするのは癖でもあり、自分の中でリセットするためのルーティンでもあった。

 何かが成功しても何かが失敗しても気にしない。次のプレイはできるだけ真っ白な気持ちで行う。そうすることで試合の展開に左右されず、常に力を発揮できる。悪い流れに引きずられて失敗を繰り返さない代わりに、良い流れにも乗らない。できる限り、冷静になる。

 そう自分に言い聞かせるようになった。


(ダブルスなら、そういう気持ちで打つのは武に任せられる。シングルスだと俺一人だからこそ、俺は俺のスタイルを確立しないと)


 石田が構えたのを見て、吉田もシャトルを構えると小さく「一本」を呟く。相手に届くか届かないかという言葉と共に、ロングサーブでシャトルを打ち上げた。石田はストレートのドリブンクリアで打ち返し、コート中央で腰を落とす。それを視界にとらえつつ、吉田はクロスのハイクリアで右サイド奥へと石田を押しやった。ストレートのスマッシュを打つにはちょうどいいシャトルだろう。それをあえて打ち、吉田は少し左寄りに立ち位置を移動する。


「はっ!」


 誘いと石田も分かっていただろう。それでも突破しようという気合いなのか、咆哮と共にストレートスマッシュでサイドを抉る。

 吉田はバックハンドでシャトルを捉え、ネット前に上げた。ネットから浮き上がる、あからさまなミスショットに石田が飛び込んでくる。ラケットを前面に押し出して、スナップを聞かせてのストレートプッシュ。通常ならそれで吉田のコートに着弾するはずだった。

 吉田の左側を抜けたところで、ラケットが横から一瞬で出てくる。そのラケット面にシャトルがぶつかり、ネットギリギリの高さへと跳ね返っていた。コースをコントロールすることはできなかったのか、打ち込んだ石田の目の前。しかし、石田も打ったばかりで体勢を立て直す余裕がなかった。シャトルを打とうとしてもラケットの引きが間に合わず、フレームに当たって真下へと落ちていた。


「ポイント。サーティーンイレブン(13対11)」

「それ、ありですか? 吉田さん……」

「たまたま。狙ってたけど、これだけ綺麗に決まるとは思わなかった」


 ネット前で恨めしそうに呟く石田に、吉田は笑って言葉を返す。反応が遅れた時のため、ラケットを背中を回って出す。小学生の時、当時のパートナーだった西村が遊びでやっていたのを思い出す。


(あいつはその時でも、なんとなく出来てた。プロでも最後の手段っぽく使う人はいる。それをあいつは小学生のあの時で、すでにできかけてた)


 おそらく今回の大会で当たるだろう相手。過去の仲間であり、今は北海道最強のダブルスの一人。

 自分が少なくとも西村の域に達しなければ、ダブルスでは勝てないだろうと思っていた。


(あいつに追いつくために。俺はここで強くなる)


 そのために石田を実験台に使っていることには罪悪感を感じていた。吉田にとってここでは勝っても負けても構わない。シングルスでは無理でも、ダブルスでは残る自信はある。実際、武と組んだダブルスでも、小島と組んだダブルスでも負けることはなかった。客観的に分析して、今、集まっているメンバーの中での自分のダブルス適正は高い位置にある。二チーム選抜するとして、選ばれないということは考えられない。


(油断はしない。でも、父さんが俺を選ぶという自信はある)


 だからこそ、シングルスでは自分を鍛えるために勝つことよりも優先するべきことを見出した。

 シャトルを受け取り、また羽を整える。これまでの打ち合いでところどころ千切れてきていた。あと数回ラケットで打たれる衝撃を受ければもったほうだろう。


「一本!」


 今までよりも強く言葉を押し出して、ショートサーブを放つ。ロングサーブのフォームと勢いまで全く同じ。ただ、打った瞬間に完全に勢いを殺してネットギリギリを越えさせる。石田も後ろへ飛ぶように動いてからすかさず前方に移動する。

 ショートサービスのラインに落ちる直前にラケットをシャトルの下へと入れて跳ね上げるも、吉田はすでにネット前でジャンプしていた。シャトルの射線上にラケットを重ねて振り切るとシャトルは打ち上げた倍の速度で石田の足元へと叩きつけられていた。

 着地して左拳を腰に持っていく吉田。自分の読みが完全にあたっていた。集中力が増してシャトルの軌跡が一本の線のように見えている。自分が打ったシャトルの軌跡。そして、相手が打った際の進む軌道も見えていた。吉田はそのラインを遮るようにラケットを置くだけでインターセプトできる。今回はそれよりも更に速く動き、打ち返した。


「これで、ラスト一本」


 吉田の言葉に石田も表情を厳しくする。立て続けにポイントを取られて遂にマッチポイント。

 既に石田も気づいていただろう。吉田の移動速度や反射速度が連続得点を始めたところから速くなっていることに。


「ストップ!」


 石田としては一回は食い止めたいところだった。ここで止めれば、逆に自分にも連続得点の可能性が残る。悪い流れを断ち切れば訪れるのはチャンスだ。それは吉田も感じている。石田の気迫に体が押されるような錯覚。


(この石田を抑えることが、この試合の最終目標だな)


 吉田は返されたシャトルを今までよりも丁寧に整える。おそらく、今回のラリーでシャトルは壊れるだろう。だからこそ、ここで終わらせる。

 吉田はゆっくりとサーブ態勢に入る。視界に石田を捉え、そこからコート全体を収める。どれくらいの力でどのように打てば、シャトルの行く先はどこになるか。頭の中で軌跡を描く。シャトルの損傷率が激しいほど、ずれは大きくなる。今の状態ならば、すぐにずれるだろう。


(そんな状態でも、予測を利かせる。イレギュラーを超える!)


 深く息を吸い込んで、吉田は咆哮と同時に吐き出した。


「ラスト一本!」


 シャトルをこれまでよりも高く打ち上げる。それにより飛距離が減ることもなく、シャトルは石田のシングルスラインへと迫った。石田も見送る気はなく、構えて吉田へと打ち込む体勢を取る。腰を落としてコート中央で身構える吉田だったが、石田はクロスハイクリアでコート左奥へシャトルを飛ばした。石田も淡白な攻めでは吉田のコートにシャトルを叩きつけられないということを理解できたのだろう。何度も揺さぶって隙を生み出す気だと吉田は感じ取る。実際、ハイクリアをストレートスマッシュで打ち返すと、今度は右前に落としてくる。最長距離を移動させて、隙を生じさせようということは目に見えていた。それでも並のプレイヤーなら相手の思惑に抗しきれずに、チャンス球を上げるか、シャトルに追いつけなくなる。そして、並以上のプレイヤーでもそのまま主導権を握られていればいずれはミスをする。

 だからこそ、その前に形勢を変える必要があった。


(石田がどこまで厳しく攻めてくるか。そこからどう逆転するか、考えろ……)


 前のシャトルに追いついた吉田は、ほぼ同時に前に移動してくる石田の姿を見ると、クロスヘアピンで左前へとシャトルを飛ばす。ネットすれすれに飛んだシャトルに対して、石田は反応してラケットを伸ばす。ネットを越えて落ちかけていたシャトルが差し出されたラケットに弾かれて吉田の側へと返ってくる。それを吉田もバックハンドで打ち返す。ヘアピンでは取られると判断してロブで後ろに飛ばしていた。石田のラケットの防御を抜けたシャトルはしっかりと奥へと返される。角度がない中でも、後ろへとしっかり打ち返す。石田は少なからず動揺したのか、一歩足が遅れた。


「くそ!」


 追いつけず、仰け反って強引にスマッシュを放つ石田。それでも吉田がいない場所へと打ち込むのは視野が広い証拠。

 驚きつつも吉田は斜め前方に踏み出して、できるだけ前でシャトルを取ろうとラケットを伸ばしていた。


「はっ!」


 気合いの一声で腕が伸びるわけではない。それでも、最後の一歩を深く、踏み込んでシャトルをインターセプト。

 その一歩の速さによって、シャトルは石田が打ち終わって前に移動しようとした時には、既にネットを越えていた。

 終わらせまいと飛ぶようなフットワークで進むも、シャトルが先にコートへと落ちていた。

 その羽は千切れ、完全にシャトルとしては死んでいた。


「ポイント。フィフティーンイレブン(15対11)。マッチウォンバイ……俺」


 吉田はコート中央で両膝をついて項垂れる石田へと呟く。その声が届いたか分からなかったが、石田が静かに「ありがとうございました」と呟いたことで肩の力を抜く。石田のコートに落ちているシャトルだったものを拾って、コートから出た吉田に向けて、声がかかる。


「吉田さん。ありがとうございました」


 振り返ると石田が立ち上がって、真っ直ぐに吉田を見ている。その眼には悔しさと、越えるべき壁へ挑む気合いが混ざっていた。どこかで見たようなその眼に惹かれる前に、石田の声で我に返る。


「正直、小島さんと打ってるからシングルスには自信がありました。先輩にも負けないと。でも、甘かった……吉田さん、シングルスでも十分強いです」

「ありがとう。ダブルスだろうとシングルスだろうと、突き詰めたら必要なのは似てるから、な」


 内から湧き上がる照れから逃げるように吉田は背を向けた。石田の視線の正体が歩いている間に分かる。

 それは過去にずっと傍で見てきたもの。最近では、感じられなくなったもの。


(昔の武も、あんな感じで見てきたよな)


 入学した当初の武の視線。まだ実力も無く、他の部員と一緒に自分を見ているだけだった武の視線と似ていた。

 それがいつしか肩を並べ、今は追い越されようとしている。それを嬉しいと思う反面、追い越されたくないという気持ちも生まれる。

 しかも、肩を並べられたのはここ一年の間なのだ。

 中学に入った当初あったアドバンテージはすでにほとんどない。


(本当に才能があるのがあいつなのか。そもそも才能は同じくらいだったけど環境が悪かったのか)


 そこまで考えて、吉田は止める。

 才能だろうと度量だろうと。今、あることが全て。

 過去を見るのは大事だが、もっと大事なのは未来を見ること。足を進めるだけ力を手に入れられる。


(あいつが成長するなら俺だってする。そして……)


 その先は、まだ吉田には考えられない。

 まずは少し先の未来。大会の優勝に向けて進むのみ。

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