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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
206/365

第206話

「よし、集合!」


 吉田コーチの号令に従って、武達は傍へと集まった。土日含めて毎日行われる合同練習。初日から数日は正規ペアで試合を行っていた。一年二年関係なく一通り試合を行い、現在は相沢・吉田は全勝をキープしていた。安西岩代組や川瀬須永ペアとの試合はギリギリだったが。


(安西達だけじゃなくて、川瀬達も強くなってるな……)


 学年別では決勝で安西達と戦っていたが、スコアだけ見てもかなり接戦だったことが伺えた。同じ学校で互いの癖を知った仲だからこそ、そこまでもつれ込んだのだと思っていたが、実力自体が全道大会の前と明らかに違う。成長したのは自分だけと思っていたわけではなかったが、改めて見せつけられると驚きが先にたつ。


(川瀬達……このまま行ったら、三年になったら凄いかもな)


 そんなことを考えていると、吉田コーチが次の指示を出す。気づけばシングルスをしていた刈田や小島達もきていた。


「次はペアを変えて試合をするぞ。第一試合は、吉田と小島がペアだ」


 その言葉に場がざわめく。誰もが、この地区で最も高い実力を持っていると認めている二人が、ダブルスを組む。それだけでこの合同練習の特徴が現れていた。それに対するペアの名を、吉田コーチが言う。


「相手は、相沢と刈田。第一コートに入ってすぐ試合をするように」

『はい!』


 名前を呼ばれ、告げられた瞬間に武は叫んでいた。この地区で最強であろうダブルスに挑むことが出来る。それだけで武は胸の奥からこみ上げてくる熱い思いに震える。

 そしてそれは刈田も同じだったようだ。互いに返事をした後で顔を見合わせる。そこにあるのは同じように、互いのライバルへ挑む顔。


「足引っ張るなよ」

「そっちこそ」


 刈田と並んで進む間に、武は先ほど心に浮かんだものを振り返る。刈田にとって小島はライバルであり、ダブルスでも挑む相手だ。なら、吉田は自分にとって何なのか。


(ライバルだと、思ってる。最高のパートナーだけど、やっぱり一番負けたくない相手でもある)


 同じ学校にいるとなかなか訪れない、全力で向き合う機会。

 だからこそ思い切り楽しむ。武は鋭く息を吐き、硬くならない程度に体中に気合を充実させる。


「相沢。お前、吉田に勝ちたいか?」

「……当たり前だろ」

「じゃあ、いってやるか!」

「おう!」


 気合十分にコートに入り、対戦相手として吉田と小島を見る。部活でもあまりに見ない、ネット奥にいる吉田。自分とは別のパートナー。更に同じ部活の仲間ではなく、他校のプレイヤー。日ごろシングルスしかそのプレイを見ていない小島がペア。そして自分は刈田が自分のパートナー。全てが初めてであり、心が躍る。


(このダブルスに勝ちたい)


 刈田にファーストサーブを任せて、武はリラックスして立つ。じゃんけんをしてサーブ権を取られた刈田が謝ってくるのに気にするなのジェスチャーをして、武はレシーブに備えて構えた。刈田もサーブを叩き込むために前傾姿勢で挑む。

 相手のファーストサーバーは吉田。小島は一直線上に並んで腰を落としている。刈田のプッシュを如何にさばくのか。


「一本!」

「ストップ!」


 吉田と刈田がほぼ同時に叫び、シャトルが飛ぶ。吉田のネットぎりぎりのショートサーブに対して、素早く飛び込んでプッシュを打ち込む刈田。そのシャトルを難なくドライブのように低い弾道で返してくる小島。咄嗟にラケット面を立ててシャトルに当てて、武は前に出た。これまでの動きが一瞬で過ぎ去る。これだけで、武は全道の上位ダブルスと引けを取らない力を感じた。


(橘兄弟とやった時と同じくらいの――)


 思考を一瞬でもシャトルから離すと、武の顔のすぐ横をシャトルが過ぎ去った。しまったと思いつつ、ただ前だけを向いて集中力を高める。その結果は、後ろから聞こえてきた。


「この馬鹿野郎!」


 怒号と同時にシャトルが先ほどと同じ弾道で返って行く。目の前には吉田。刈田の打ったドライブを目の前で捉えてプッシュで打ち返してきた。それを更に武はラケットを出すことでヘアピンに変換する。ただ当てるだけだったが、それでもハイスピードな展開を一度止める事には成功した。吉田はロブを上げて体勢を立て直し、サイドバイサイドの陣形を取った。武はその様子を最前線で視界に収める。後ろから来るのは、この地区屈指の、全道でもおそらく上位のスマッシュだ。


(行け、刈田!)

「おおおあああ!」


 咆哮に背中が押されるように感じる武。それが現実だと思うくらいに、シャトルは勢いを保って吉田と小島の間に炸裂した。


(炸裂……ほんとうに、そんな、感じだ)


 誇張しているとは思わなかった。それほどまでに刈田のスマッシュは自身の気合を乗せて、相手コートに突き刺さった。完全に力でサーブ権をもぎ取った。


「ナイッショ!」

「っし!」


 武の声に刈田が応える。初めて組んだとは思えないほどの息の合った状況に武自身、戸惑うほどだ。


(まさか、こんな風に仲間になるとは思わなかったな)


 刈田がシャトルを持ってサーブ位置に立つ後姿を見ながら、武は考えていた。

 初めて会った時、自分はまだ一勝も出来ていないような弱いプレイヤーで、刈田はこの市内では吉田に次ぐ実力者だった。まだ全然知らない間は迫力にたじろぐこともあった。

 そして、休日の体育館で会って初めて試合をした。その時に名前を、力を認められてからまだ一年と少ししか経っていない。いつの間にか武は、小学校時代からの実力者達と肩を並べて、試合をしている。


(二年前の自分からは、考えられない)


 回想に陥りそうになったところで、刈田の声がそれを吹き飛ばす。


「一本!」


 集中する思考にかかりそうになる靄を、刈田はことごとく霧散させる。気合を前に押し出して、いい意味でも悪い意味でも突き進む。自分に近いプレイヤーだと改めて武は思った。


「よし、一本!」


 負けずに声を出して、腰を落とす。刈田のショートサーブにしろロングサーブにしろ、相手は間違いなく厳しく速く攻めてくるに違いなかった。集中を一時でも途切れさせれば、コートにシャトルを落とされる。もう、過去に戻ることはない。未来に向けて、一歩を踏み出すだけ。

 刈田がショートサーブを打ち、シャトルを相手コートに運ぶ。ダブルスに慣れているのではないかと思えるほどに、ネットの白帯を掠るように進むシャトルを、しかし吉田は正確にプッシュしていた。コースは刈田の右側。武から見れば死角になる場所へと打ち込まれる。だが武には刈田の影で見えないシャトルの軌跡も見えていた。


「はっ!」


 左足でコートを蹴って、シャトルへと追いつくとラケットを振りぬいた。狙うのはダブルスライン上。ストレートで最短距離を突き進む。しかし、ライン上へと落ちていくシャトルの軌道に割り込んだのは吉田のラケットだった。

 完全に読んでいたのか、シャトルをバックハンドでプッシュする。強打に対する強打で速度を保ったまま返されるシャトル。そこを刈田が完全に捕らえてドライブで弾き返した。

 小島の前に着弾し、跳ね上がるシャトル。高速の初戦を制したのは、武達だった。


「ポイント、ワンラブ(1対0)」

『よし!』


 吉田が告げるカウントを聞いて同時に叫ぶ武と刈田。たった二度、ラリーを続けただけでもう完全にパートナーとなっていた。


(凄い。前から組んでダブルスしてたみたいだ……吉田と組むのとはまた、違う)


 刈田が勢いにのってシャトルを持ち、サーブ位置に立つ。武は腰を落として、先ほどと同じようにシャトルを取ろうと構える。同じように勢いに乗れば連続得点もありえる。そう思っていた矢先に、小島へとショートサーブを放とうとする刈田の動きが止まった。


(なんだ……?)


 その違和感を武はすぐに感じ取れた。体に纏わりつく冷たい気配。コートの中の気温が下がっていくような錯覚。

 その感覚には覚えがあった。


「小島……」


 小島が刈田のサーブを取るために前へとプレッシャーをかけている。刈田の巨体越しのためにほとんど姿は見えていないにも関わらず、体は自然と圧力に屈しようとしている。その呪縛を取り払うために武は一度息を吸い、強く吹き出した。体の力を抜いてすぐさま込めると先ほどよりも圧力が少なくなった。


「一本だ、刈田!」

「言われなくても分かってる!」


 武と同じように自分を鼓舞して、刈田はショートサーブを打った。シャトルはネットぎりぎりに届こうとしたが、ネットを越えようとしたところで小島にプッシュで弾き返された。武はそれを見越してすぐさま右に飛ぶように移動した。予測される軌道を追うようにラケットを伸ばす。

 だが、そこにシャトルはやってこなかった。


(!?)


 右足が自分の体を支えるためにコートを踏みこんだ音と、シャトルが反対側に着弾したのは同時だった。すぐにシャトルを見て、武は自分の予測が外れたことに唖然とする。集中力が高まった状態での自分の反応速度にはある程度自信があった。それは、集中力だけの話ではなくこれまでの試合で培ったパターンの予測から生まれるもの。多少外れることはあっても、ここまで大幅に外れることは少ない。

 その少ないパターンだったというには、何か違和感を武は持った。


(なんだ、プッシュする瞬間に軌道を変えたのか? そんなことできるタイミングか?)


 小島がいったい何をしたのかは武には見えない。小島の実力の一端を垣間見た瞬間だった。

 それがまた武の闘志を燃え上がらせる。


(凄い……小島。さすがだ)


 ラケットグリップを握りなおし、武はシャトルを拾い上げる。シャトルの羽根を丁寧に直してからサーブ位置に立った。斜め前には吉田が既に構えている。ほんの少しでも甘ければ強いプッシュを叩き込まれる。そんな危機感が肌を焼く。それが、今は心地よい。


(さあ、絶対に一本だ)


 プレッシャーに負けずに、きわどいショートサーブを打つ。厳しく、絶妙なサーブを打てば、吉田も強打は出来ないはずだ。逆に、それがこのプレッシャーの中で出来なければこれからの戦いに勝ち抜いていくことは出来ない。


「一本!」

「おお!」


 武の咆哮に合わせる刈田。気合に乗せられるように、ショートサーブでシャトルを相手コートに運ぶ。高さは白帯ぎりぎり。手ごたえも、前衛のラインのちょうど上に落ちるような力加減。武は内心で喝采を上げつつ、すぐさま前に陣取る。

 最高の手ごたえでも、吉田はそのシャトルを強打する。そんな危機感がショートサーブでの歓喜など一瞬でかき消した。実際に、吉田はシャトルを強く返し、武のラケットの防御を潜り抜ける。


「おら!」


 サイドラインを狙ったコース。しかし、距離が伸びたために刈田が拾ってロブを上げた。武は右サイド、刈田は左サイドに広がってシャトルを追っていった小島のスマッシュに備える。ストレートならば刈田。クロスならば武へとシャトルが突き進むが、腰を低くして迎え撃つ体勢は十分だった。ここでスマッシュを打たれてもカウンターで逆サイドを狙える。

 それを知ってか、小島はスマッシュを打たずにハイクリアでシャトルを奥に飛ばした。ハイクリアよりはドリブンクリア。弾道は少し低めで素早い攻撃に備えたものだ。武は素早く追っていき、逆にスマッシュを放とうと振りかぶる。ジャンプをした瞬間に吉田と小島の位置を確認した瞬間に、武はドリブンクリアに切り替えた。


(あの、二人――!)


 着地してすぐさま前進して右サイドの中央に構える。スマッシュを打つと読んでいたのか、前につめていた刈田は慌てて左サイドに戻った。その隙を狙うように、吉田がスマッシュを刈田の懐に食い込ませる。刈田は後ろに戻る勢いを殺しきれず、ラケットの軌道がぶれてシャトルをコート外に飛ばしてしまう。


「サービスオーバー。ラブワン(0対1)」


 コート外に飛んでいったシャトルをラケットを伸ばして取った小島はカウントを告げる。刈田は不満そうな顔をして武へと言った。


「どうしたんだよ。あそこはスマッシュだろ」

「……打てなかったんだ」


 武は冷や汗が背筋を辿るのを感じつつ、呟いた。


「全然、スマッシュが決まる気がしなかったんだ」


 武の感じた脅威は、まだほんの一部に過ぎない。そんな気配を見せつつ、試合は続いていった。

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