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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
205/365

第205話

 目の前の総合体育館を見上げて、武はどこかおかしな気分を味わっていた。一週間前には試合に挑むという気持ちで訪れたが、今はチームのメンバー選抜ということでまた違った負けられないという思いを持って立っている。それは他の中学の選手に負けられないという点は同じだが、最終的には共に戦う仲間となるのだ。

 負けられないという思いと共に戦いたい、助け合いたいという思いが交錯して気持ちの落ち着けどころが分からない。


(誰も経験したことが無いから、か)


 これから先、長い戦いになるだろう。無論、北海道の予選で負けてしまえばそこで終わるわけだが、武は自然と全国大会までの道筋が見えていた。ここで選抜された仲間達ならば、最後まで負けないのではないか。経験不足から来るものなのか分からないが、負けることを考えられない。


「どうした?」


 後ろから追いついてきた吉田に声をかけられて振り向く。武は今、感じたことを話そうと思ったが上手く言葉に出来ず、結局口に出せない。吉田は不思議そうに武を眺めていたが、いつまでも立ち止まってはいられないと武を促して中に入る。玄関から入ってコートのあるフロアに進む間にあるスペースに、既に他校の生徒はほぼ集まっていた。明光中や翠山中や清華中のいずれも見たことのある面々がそれぞれ固まって話し込んでいる。浅葉中の選手達ももちろんいた。橋本と林が武へと手を振って自分の位置を知らせる。そこに流れるように武と吉田も歩いていった。


「お待たせ」

「相変わらずぎりぎりに来るな」

「楽しみで少し寝不足だった」


 素直に理由を話すと橋本が「子供か」と茶化す。武も反論しようとしたが、先に空気が破裂するような音が響いてそちらに意識が向いた。両手を高く上げて、頭上で掌を打ち合わせてみんなの意識を向けているのは一人の男だった。どこかで見たことがある顔に武は記憶の糸をたどる。

 そしてたどり着いた結論は。


(吉田の父さんか)


 試合の時にバドミントン協会の役員達が座る席にいるのをたまに見かけていた。あとは、休みの日に吉田の家に遊びに行った時に遭遇するなど、何回か面識があった。それでもピンとこなかったのは、まとう空気が今までの遭遇時とは違うことだろう。

 表情に浮かぶ険しさは、庄司のような「コーチ」の顔をしていた。


「全員集まってるか!」


 全員に聞こえるように大きな声で告げる。しん、と静まり返りいない選手を探そうと周りを探し出す。

 そこに体育館の入り口が開く音と共に「すみません!」と謝罪の声が響いた。


「遅れました! 清華中、姫川詠美です!」


 息を切らせて入ってきたのは、姫川詠美だった。

 コートの下から覗く足はジャージ。おそらくは既に着替えているのだろう。そのままフロアに入るのは問題ない。

 しかし、その場にいる誰もが一瞬、姫川であることが分からなかった。

 長い髪の毛はばっさりと切られ、耳にかかることもないくらい短くなっていた。女子のショートカットというよりは男子のそれに近い。それによって早坂に近い、整った顔立ちがはっきりと分かり、男子の何人かは息を飲んだように武は思えた。


「これで全員だな。それでは、すぐフロアに入って準備をしてくれ。ポールは既に立ててある。時間を無駄にしないように」

『はい!』


 皆がそろって返事をし、開かれたフロアへの扉をくぐる。試合で使ったコートが全て開放されているのをみて、これが練習だということを少し武は忘れた。


(こんだけの規模で練習なんだな)


 ぼーっとしていると後ろから吉田に叩かれ、武はすぐに壁際に寄ってコートを脱ぐ。いつもの調子で少し隠れるように着替えてTシャツとハーフパンツ姿になり、傍のコートに入った。


「本格的に練習する前に各自、基礎打ちをして体を温めておくように!」


 吉田コーチが手でメガホンを作って皆に告げる。武は吉田のほうを向いて基礎打ちに誘おうとした。だが、そこに声がかかる。


「よう、相沢! どうせなら基礎打ちしないか?」


 コートの向かいにいたのは刈田だった。尋ねる段階からやる気が伝わってくる。断る選択肢はないと武は思い、ちらりと吉田を見てから頷いた。


「いいよ。じゃあやるか」

「おっけ。やっぱりどうせなら他の奴らと打ちたいもんな」


 刈田のその行動に、武は今回の集まりの本質がある気がしていた。学校を越えた組み合わせ。チーム。それを作るための練習なのだ。二人がドロップの打ち合いを始めると、他の選手達も各々行動を始める。それでも気兼ねするのか同じ中学の仲間と打ち合いだすのがほとんどだったが、吉田は小島と。早坂は瀬名と、など何人かは他校のスペースへと歩いていった。

 その様子を横目に武は刈田のドロップを打ち返していた。


(刈田のドロップ。こんなネットの傍に落ちるんだ)


 ネット前ぎりぎりに落ちてくるシャトルをきちんと奥へと上げる。その精度の高さに驚いていたが、ならばこちらも、と武は一瞬で気を引き締めた。ロブをしっかりと刈田のいるコート奥へと返す。そこから一歩も動かさないようにという意思と共に。


(ほぼ動き止めてるんだからこれくらいやれないとな)


 何度かドロップとロブの打ち合いをして、流れるように逆転させる。刈田から「交代」の声を聞いてからすぐに武は後ろにさがった。

 打ち上がったシャトルの真下に行って、ネット前に移動した刈田に向けてシャトルをドロップで打ち込む。シャトルはゆっくりとネットに近づいていき、ぎりぎり触れるか触れないかの軌道でネットを越えた。自分でも会心のドロップと武は思ったが、それを最小の動き――手首のみでラケットを操り、打ち上げていた。


(相変わらず手首強いな……)


 そしてシャトルも武がいる場所へ落ちてくる。一歩分は横にずれたが、それでもほぼ問題ないレベル。武はそこからドロップを何度も打っていく。そこからドライブ、ハイクリア、スマッシュと徐々に体を温めていき、最後にヘアピンで終わる。

 ヘアピンを行う頃にはシャツの内側にうっすらと汗が浮かんでいるのを武は感じ取れた。

 スマッシュを打つのも体を動かすのに良かったが、自分の打ったショットよりも刈田のスマッシュを取ろうと意識を研ぎ澄ませていたのが一番武の体力を奪っていた。


(ほんと、刈田のスマッシュは凄いよな……)


 感嘆しながらも眼や意識の半分はシャトルへと向いている。ラケットを前に出してネットを越えたところですぐにスピンをかけるようにラケットを動かす。十度互いの間を往復したところで刈田のヘアピンがネットにあたり、シャトルがネットに沿って武の側へ落ちた。そこで吉田コーチから基礎打ちをやめるように声がかかる。武は初めて、既に開始から三十分過ぎていたことを自覚した。


「もう、こんな時間経ってたんだ」

「俺も気づかなかったわ。やっぱり全然別の奴と打つと新鮮だし、相沢のシャトルは取るのに集中しないといけないから余計に時間速かった」

「そう?」

「おう。お世辞じゃねぇよ」


 刈田はそう言って吉田コーチのいる場所へ歩き出した。その背中を追って武も歩く。

 自分と同じように刈田も思っていたことに気恥ずかしさを感じつつ、高揚感に身を委ねる。

 部活では吉田としか味わえない、基礎打ちからの緊張感。新鮮な感覚に時間が速かったのは武も同じ。


(ほんと、楽しみだ。楽しんでもいられないんだけど)


 これから始まるのはサバイバルなのだとしても、武は顔が緩むのを止められなかった。周りにいる選手の顔を見ても、どこか楽しそうな表情が目立つ。同じように新鮮さを感じているからかもしれない。だが、その顔がどんどん曇っていくのだろうとも思う。

 吉田コーチの周りに全員が集まったところで、次の練習内容が告げられた。


「次からは実戦形式で練習していく。今から言う組み合わせで試合をするように。一ゲーム十五点マッチだ。終わってから勝者が俺に結果を伝えるように。次に試合をする相手を伝える」


 そこで一度言葉を切って、次から組み合わせを順次呼んでいく。


「吉田、相沢と安西、岩代。川瀬、須永と橋本、林……」


 まずは正規のダブルスということだろう。呼ばれていく名前は正規のペア。全員は無理ということか、シングルス勢は別のフロアに先導されていく。先頭にいるのも協会の役員だった。

 ついていく早坂が武のほうを向いて口パクで「頑張って」と伝えてくるのを見て、武も同じように返した。小島や刈田もいなくなり、良く見知った面子が残る。呼ばれたとおり、武と吉田は安西岩代ペアと最初は試合ということになる。


「じゃあ、各自コートに行ってくれ」

『はい!』


 返事と同時に走り出す武達。特に場所は決められていないため、自然と走る速度が速く奥に着いた順でコートに陣取った。後からついてきてネットをはさんで立つ安西と岩代の瞳は武と吉田を見て気合に燃えている。試合をやる前から鋭い眼光を向けられて武は困惑したが、その理由にすぐ思い至った。


(学年別じゃ試合できなかったもんな)


 自分達の成長のためにあえてペアを解消して望んだ学年別大会。安西達にとっては目標が急に消えたかのような状態だったに違いない。


「吉田、相沢! 今日はお前達に勝つぞ」

「今までとは違うぞ?」


 吉田の言葉に含まれる自信に、二人が少しだけ引くのが武には分かった。その自信は、おそらくは学年別で吉田が得たものだろう。武は前衛の動きを身につけたが、吉田は逆に後衛としての攻撃力が課題だったはず。やはりそれを身につけることができたのか。


「香介」

「俺達の進化を見せてやろうぜ」


 吉田がそう言って肩に手を置いてくる。そこから軽く二回叩いてから離れた。ファーストサーバーの位置に立ち、安西とじゃんけんをしてサーブ権を取る。武は吉田の後ろに腰を落として構えた。


(俺達の、進化)


 吉田が一瞥してきたところに武は頷く。サインは特になかったが、吉田がショートサーブを打つことは自然と分かった。学年別までの間、吉田とのパートナーを解消していた期間があるからか、こうして同じコートに立つことに武は喜びを抑えきれない。


「一本!」

「おう!」


 思わず吼えたところに吉田も合わせる。しっかりと浮かないショートサーブでシャトルをあいてコートに運ぶ吉田。それを見越して前につめてプッシュされたシャトルは今までよりも鋭い。成長したのは自分達もだとアピールするかのように。武はストレートに返されたシャトルをしっかり後ろに跳ね上げた。そのままサイドに広がって、シャトルの下に回りこんだ岩代の次の手を待った。


「はっ!」


 気合と共に放たれるシャトルは武が眼にした最後の時よりも速い。しかし武はそれを難なく取り、そのまま前に移動した。そこにいるのは安西。前衛としては吉田にも引けを取らない相手に対し、武は真っ向からヘアピンで勝負を挑んだ。

 安西はクロスヘアピンで武のいる場所の反対側のサイドまでシャトルを飛ばす。ネットを越えて触れるか触れないかの所を落ちようとするシャトルへと武は一瞬で追いついて腕を伸ばし、ラケットを滑らせた。シャトルコックを狙ったことでスピンがかかってストレートに落ちていくシャトル。武よりも遅れたタイミングで追いついた安西はそれでもシャトルを捉え、武から逃げるようにクロスヘアピンで再びコートへと返していく。武もまたそれを追い、また同じようにストレートに落とそうとする。だが、視界に安西が自分のところへ向かうように飛び込んでくるのが見えたことで判断を切り替える。


(いけ!)


 腕を伸ばし、ラケットをシャトルに届かせた体勢から手首のスナップだけでシャトルを浮かせる。シャトルは安西の頭上ぎりぎりを越えてコート中央に落ちていく。タイミングが速過ぎても遅すぎても安西に反応されて打ち落とされる。分かっても手を出せないぎりぎりの場所とタイミングを見極めて武は打ち返していた。

 しかし、シャトルの行方を追う視界に岩代が入り込んで、シャトルは武の制空権から離れるように低い弾道で左サイドを飛んだ。


「はっ!」


 しかし、武は勢いをつけて飛び込み、ラケットでそのシャトルをインターセプトした。勢いをそのままにシャトルは安西達のコートに突き刺さった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」

「しゃ!」


 吉田のポイントのコールに応えるように叫ぶ武。吉田へと近づいて右手を上げると、そこに吉田も右手を軽くぶつけた。


「ナイスインターセプト」

「失敗しても香介がいるだろうからな」


 岩代が安西をカバーしたように、仮にシャトルを捉えられなくても吉田が捕らえてくれる。そう、自分のパートナーを信じられた。学年別でも林を信じて前衛を務めたことで、自分のプレイを支えるものを明確に意識できるようになっていた。


(後衛としてパワーアップしているはずの香介なら、取ってくれる。たとえクロスで前に落とされても)


 林と組んだ時と同じように、前衛に集中する。そして林と組んだ時以上に、パートナーが動いてくれる。前衛としての感覚の鋭さは既に発動している。一度掴み、学年別でその発動を速めることが出来た。いまや、試合開始から集中できる。吉田の存在が、武の力を引き出していた。


「さすがだな! 絶対勝つ!」


 ネットを挟んで岩代が言ってくる。武と吉田もそれに頷き、試合が再開する。

 合同練習は、まだ始まったばかり。

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