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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
203/365

第203話

 体育館から出るために、徐々に一階の靴箱のところへと向かった武達。そこに、近づいてくる二つの影があった。

 集団の前のほうにいた武や吉田、早坂はその二人に気づいて足を止めた。他の部員達は姿は目に止めたが足を止めずに進んでいく。自分達ではなく、足を止めた彼らに用があるのだろうと自然と分かっていたから。


「やっほう」

「今日はお疲れ様です」


 小島と姫川はリラックスした表情で話しかけてくる。試合の緊張が完全に解けたのだろう。特に姫川に関しては、試合前に会った時とは印象がかなり変わっていた。自動販売機の前ではかなりの威圧感があったが、今はそんなプレッシャーがどこから出てくるのかというくらいに何も無い。しかし、武は思い出したことがあった。


(そうだ。初めて会ったのって、ここに来た時にぶつかったあそこか)


 体育館に来た朝。客席に自分達の陣地を敷こうと扉を開けたところで姫川とぶつかっていた。その時は今のように柔らかく、気さくな雰囲気をかもし出していた。やはりあのプレッシャーは試合の時のモードなのだろう。


「小島。優勝おめでとう」

「そっちは二人とも三位だったな。安西達を舐めちゃいけないぜ」

「別に舐めてるわけじゃないよ」


 吉田と小島はそのまま話し出す。一方で姫川は早坂と武の前に来て口を開いた。武にというよりも早坂にだが。


「早坂さん。今日は勉強になりました! 試合の運び方とか!」

「試合とずいぶん印象違うんだね」


 武と同じ感想を抱いたのだろう。早坂も姫川のイメージの違いに困惑しているようだった。今の姫川は歳相応に、それ以上に明るく目を輝かせて話していた。早坂に対して憧れの視線を向けて。


「私! 早坂さんを尊敬してるんです! ずっと追いつきたくて、試合をしたくて頑張ってきました。今回の学年別で夢が一つ叶いました!」

「……ありがとう」


 姫川の向けてくる尊敬の眼差しに照れがあるのか、早坂は頬を赤らめていた。体は少し引いている。姫川はズッと上半身を早坂に近づけて、興奮して頬を上気させたまま口を止めなかった。

 その場にいながら取り残されたような気分になっている武は、冷静に早坂と姫川を眺めている。


(本当に早坂に憧れてるんだな……)


 武はふと、二年になった初めの頃に一年の川岸に向けられた好意を思い出した。自分達のプレーを見て、初心者である川岸はバド部に入部してくれた。その時もかなり気恥ずかしかったものだ。自分を含めた何人にも憧れの対象の早坂でもやはり、照れは消えないのか。


「試合前……いろいろと失礼なこと言ってすみません。どうしても本気の早坂さんと全力でやりたくて……自分を奮い立たせる意味もあって、えっとその」

「分かったわよ。ありがとう、そんな風に見ててくれて」


 早坂の感謝の言葉に姫川の顔が明るくなる。心なしか頬も赤いようだ。ここまで人に心酔して感動できるというのも凄いと武は素直に感心した。と、そこで武は遠くから早足で歩いてくる女子に気づく。近づいてくると表情も見えて、それが早坂が不機嫌な時の顔に似ていた。


「あ、瀬名」


 武が言葉を発するよりも先に早坂が声を出した。姫川もその声に振り替えって、自分がラブゲームで倒した相手を視界に収めた。瀬名は姫川を見てひときわ顔を険しくしたが、歩みは止めずに二人の傍にたどり着く。少し切れた息を整えてから二人に向けて言った。


「再来週……絶対同じチームメイトになるから」


 わざわざ宣言するところが面白いと武は思う。それを発言したら何故か叩かれそうと思ったので言わなかったが。早坂はいつもの瀬名の様子に笑って頷き、姫川は笑って言い返した。


「瀬名さん。私に負けたの忘れました?」

「あんたは次は負かす」

「はい。楽しみです」


 姫川のストレートな物言いにその場が一瞬冷えたが、瀬名も負けたことにはなんの怒りも無いらしい。あくまで自分が弱いからと分かっているのだろう。落ち込みはしてるだろうが、次に向かって進もうとする姿は見ていて武も気持ちいい。それからは何も言わずに瀬名は早足で去っていった。おそらく同じ部の友達を待たせているのだろう。わざわざ早坂や姫川に宣言するために来たのだろう。


「やっぱり、瀬名っていい奴だな」

「そうね。ああいう性格は好きよ」


 武の言葉に早坂が反応する。全道大会の時に話したのは瀬名なのだろう。その時から二人の間には今までより少しは繋がりが増えたに違いない。

 そこに姫川が口を挟む。


「二人ともいい雰囲気ですけどやっぱり付き合ってるんです?」

『それは違う』


 同時に口を開いた二人に笑いながら、姫川は一歩下がった。

 迫力に下がったかと武は思ったが、どうやら小島も話を切り上げたらしく、元々もう帰るつもりだったのだろう。


「じゃあ、帰ります。また再来週……できれば会いましょう」

「ええ」


 早坂と武に手を振って姫川は小島の傍に寄る。小島も吉田に手を振り、その後に武も手を振ってきた。返したところで小島が早坂に向けて言った。


「早坂! 夜、メールするから!」

「別に宣言しなくてもいいわよ」


 小島は笑いながら。姫川はそんな小島に微笑みながら去っていった。

 見送る早坂も頬を緩めて笑みを浮かべていた。武は穏やかな早坂の笑みにほっとする。

 自然と目を向けていた武に、早坂が視線を移した。視線を外せなかったために目が合ってしまう。


「どうしたの?」

「……いや。ずいぶん嬉しそうだなって。小島と何かあった?」


 そこまで言って武はしまった、と心の中で後悔した。こうした軽口は前から早坂の逆鱗に触れてきつい言葉をかけられたり視線を浴びたりしたものだ。それを思い起こして縮こまる。

 しかし、早坂は笑みを崩さないまま武の言葉に納得したかのように頷く。


「別に。何も無かったわけじゃないけど。たまにメールしたり、電話して話すくらいよ」

「そ、そうなんだ」


 想定していた結果がこなかったことの驚きと、単純に早坂が笑って小島とのことを話すという現実に驚いて武は言葉が出なかった。あまりに普通に返されている。明らかに以前の早坂とは違っていた。


(やっぱり全道大会が大きかったんだろうな)


 同じくらいの強さのプレイヤーが周りにいる。相手も挑みがいがある。早坂の位置に並び立つ自分達。早坂にとって、友達は確かにいるが、バドミントンに限れば武達を含めて数人なのかもしれない。その中で得た友情を心地よいと思っているのだろう。


「そろそろ行こうよ。皆、待ってるんじゃない? 相沢なら、由奈か」

「そこで照れること言うなよ」

「一週間後からはしばらくバドミントン漬けになるんだから、ちゃんと由奈と遊んであげなさいよ。由奈を泣かしたら許さないから」


 早坂は少しだけ真剣に顔を引き締めて言う。それに気おされて武が頷くと、また笑みを浮かべて早足で駆けて行く。その後ろを武と吉田は並んで歩いた。

 吉田は少し武の耳に口を近づけて囁く。


「川崎と上手く行ってるみたいで良かったな」

「お前もちゃかすかよ」

「違うよ。早坂が川崎と、だよ。お前挟んで仲悪くなるかと思ったけどそうでもなかったな」


 武は言葉を返さなかったが、吉田の言う通り由奈と早坂の仲がくずれないでほっとしていた。その原因も二人が自分に好意を抱いているからということで、自分が悪いわけではなくても気が気ではなかった。


(ほんと、嬉しいし。俺がなんでだって思うけど……やっぱり二人は仲良くして欲しいし、な)


 今の関係がずっと続けばいいと、武は思っていた。

 しかし、それがあと一年後には変わっているのだろうという予感もまた、あったのだ。

 これから先、全道から全国へと進む大会がある。それが終われば、武は三年となり最後の中体連に挑むことになる。

 自分が入学した時から、憧れた先輩達。近年最強と謳われた二つ上の桜庭。一つ上で自分達の身近な目標となった金田や笠井。実績だけで見れば、自分はもう彼らを越えていることになる。しかし武はそんなことは少しも思っていなかった。自分は目指される側となったとしても、挑戦者なのだ。そうして挑んで、その大会が終わった後はどうするのか。普通に進学するのか、それともバドミントンの強豪校へと進むのか。

 いずれにせよ、ここにいる仲間達と一緒にいられる時間は限られるだろう。

 そして、時がくれば、離れていく。


「どうした?」

「いや。なんか寂しくなって」


 武は素直に吉田へと言う。自分の心の中に生まれる、寂しさを。それを黙って聞いて、終われば真剣な顔で答えてくれる。そんな吉田だからこそ、武は信頼して全てを話すのだ。


「そうか。でも、俺達はそうして進んでいくしかないよな。どこにいこうと。俺も……一緒にダブルスできるのは最後かもしれないし」

「吉田は、行きたい高校とかあるの?」

「まだないよ。ただ、スポーツだけで高校入学って辛いものがあるからな。学力もある程度はあるところに行きたいと思ってる。将来、実業団に入ってプレイするとしても」

「考えてるんじゃん」

「お前に毛が生えたようなものさ。俺も、まだ目の前の大会に勝つことに必死だよ」


 そこまでで話を終えて、吉田は少しだけ前に出た。行き着く先には浅葉中バドミントン部の仲間の姿が見えている。内容をあまり聞かれたくない類だろうと察知した吉田は、先に切り上げた。武は一つため息を付いて後について行く。


(俺も、皆と離れるなんて考えられないけど……今は今で、やるしかないんだろうな)


 解決はしていない。しかし、考えても仕方が無い。

 終わりに向かっていくならばせめて今を大事に。武は自分に言い聞かせて仲間の傍にやってきた。既に生徒の解散が始まっていて、武達を待っていた二年が残っている。一年生はもうすでにいなかった。

 玄関から外に出ると、一面の雪景色。試合をしている間に降り積もっていたのだろう。空は雲ひとつ無く、星が瞬いていた。


「じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」

『はーい!』


 車に乗り込んだ庄司へと一斉に返事をした武達はそのまま歩き出す。親が迎えに来ていた仲間も何人かいたが、武は歩いて帰ろうとそのまま歩を進める。


「たーけし。一緒に帰ろ」


 後ろについてきた由奈の声に、ほんの少しだけ心が落ち着いて。武はすぐに「いいよ」と答えていた。



 * * * * *



 帰り道で踏みしめられる雪は深雪で武と由奈の靴を白く染めた。少し靴の中に冷たく染みてくるが、武はとりあえず先に進む。もう少し行けば、たくさんの人が通って雪が踏み固められている場所にたどり着く。


「武ー。おめでとうー」


 後ろから聞こえてくるのは由奈の声。今日の結果のことを言っているのだろう。武は「ありがと」と返して、少しでも早くこの雪地帯を抜けようと足を速めた。それが逆に由奈と差を広げてしまい、声が遠くなる。


「待ってよ!」

「早くここから抜けよう」


 半分だけ後ろを振りむいて言ってから走り出す。慌てて後ろから追いかけてくる気配がする。由奈のことをからかいながら、武は穏やかな気持ちになっていた。昔から感じている安心感が、今日はいつも以上に心地よい。自分が変化を自覚したからか。


(やっぱり、俺は皆とは離れたくないし、由奈とも離れたくない)


 そう結論付けてから、無理に離れることに慣れようとしなくてもいいだろうと、武は思った。いつかはやってくる別れを恐れていては何も出来ない。ならば、進むしかない。今という時間を、大切にしながら。


(そうだ、よな)


 雪が踏み固められた場所に着く。後ろを振り向くとラケットバッグを揺らしながら由奈が着いてきていた。そこに手を伸ばし、由奈もまたその手を掴むように手を差し出す。掴んだ手を引っ張って、一気に自分のところに引き寄せた。


「わっ!」


 由奈は勢い余って武の胸に飛び込む形になる。すぐ傍にある由奈の気配に武は頬が緩むのを止められなかった。


「ど、どうしたの?」

「由奈が傍にいて嬉しいんだよ」

「へっ!? た、武……なんかいつもと違うよ?」


 見上げてくる由奈の目は武の様子に動揺しているのか、大きく見開かれていた。愛おしさに耐え切れず、由奈を抱きしめる。


「ちょっと」

「また、これからしばらく。由奈と離れ離れになるけど、ちゃんと戻ってくる」


 由奈の全身に染み込ませる様に、一言一言しっかりと呟く。バドミントンでは、由奈から離れるしかない。それはもう事実だ。だからこそ、終われば必ず帰る。そう約束をすることで由奈を安心させたかった。早坂に言われたからというわけではないが、由奈に寂しい思いを出来るならさせたくなかった。


「……大丈夫。分かってるから」


 由奈もまた優しく呟いて、武の背中に手を回す。コート越しにも由奈の温もりが伝わる気が武にはしていた。


「頑張ってきてね」

「ああ」


 澄んだ空の下、二人はゆっくりと離れて、手を繋いで歩き出す。

 二年目の終わりと、最大の大会はすぐそこまで来ていた。

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