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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
202/365

第202話

 午後六時を少し過ぎた頃。試合は全て終了していた。

 武達含めた各校の選手達が集まり、学校ごとに縦に並んで雑談している。やがて彼らの前にバドミントン協会の役員が立ったところで漣が広がるように静かになっていった。武の記憶が確かならば、開会式の時に副会長と言っていたはずだ。

 目に見える選手達が自分に注目していると把握すると、一つ咳をしてから語りだす。


「それでは、閉会式を始めます」


 言葉と同時に両サイドには表彰状とメダルを持った他の役員が立った。自然と、ベスト4以上の選手達がその場から動こうとする。まずは一年生から呼ばれていく。武は前に集まっていく一年生達を眺め、その中に竹内と田野。そして寺坂と菊池が入っているのを見て嬉しくなっていた。これから男女共に浅葉中バドミントン部を背負っていくのだろう。

 表彰状と順位に即したメダルが渡されていき、一年の部が終わる。

 次に呼ばれる二年生達。武も林と一緒に前に出た。先に一位の選手達から賞状など渡されていく。


「二年男子シングルス優勝、清華中。小島正志」

「はい」


 胸を張って副会長の前に立つ小島。この十分ほど前まで、刈田と死闘を繰り広げていたとは思えないくらい堂々としているように武には見えた。

 小島と刈田の決勝戦は、下馬評通り小島の勝利に終わったが、その内容は大きく外れていた。

 全道三位の小島と、ベスト8止まりの刈田。そこから数週間しか時間が経っていないことから、小島が少しは苦戦するにせよ勝てるはずと思う者が多数だったと武は思っていたし、雰囲気も試合が始まった頃にはそう流れていた。

 だが、実際には一ゲームは小島が取り、第二ゲームは刈田がもぎ取った。第三ゲームは途中まで一進一退の攻防を繰り広げた。最後は突き放されて11対8で負けていたが、その試合時間はベスト4以降の試合のどこよりも長かった。


「第二位、翠山中。刈田篤」

「はい!」


 小島に負けじと胸を張り、その巨躯を更に大きく見せるように立った刈田には、負けた側の雰囲気は何も無い。むしろ、次には必ず小島に勝つという気合を存分に見せていた。小島もまたそれを心地よく受け止めている。

 三位は杉田と明光中の長井。二人とも次で決着を望んでいるだろう。

 シングルスが終わったところで男子ダブルスに入る。先に出た二組が並んで立った。


「二年男子ダブルス。第一位。明光中。安西、岩代組」

『はい!』


 明光中同士の対決は、安西と岩代組に軍配が上がった。

 こちらも一進一退の攻防を繰り広げたダブルスは、小島と刈田以上に競り合い、どちらも片方を追い落とそうとしてせめぎあっていた。結局、最後は運の要素が強い終わり方で安西達に勝利が転がり込んだ。その様子を見ていた武も、背筋が冷えたものだった。


(川瀬と須永はどんどん強くなるな)


 全道で負けた時から今までの伸びにしてはあまりに大きなもの。今までは強かったが負けるイメージは何故かなかった。ただ強いだけでは勝つためには何かが足りない。自分達や安西岩代は、その強さ以外のものを持っていたためか、橋本と林や、川瀬須永はどうしても一歩後ろの印象があった。

 しかし、今日の試合では間違いなく川瀬達も自分達の領域に入ってきている。自分と吉田が今回の学年別大会をそれぞれのスキルアップと位置づけたように、安西と岩代。そして川瀬と須永も何らかの目標を据えて練習してきたのだろう。安西達は武達に勝つこと。ならば川瀬達は、安西達に勝つことだったに違いない。


「第三位。明光中、相沢・林組。同じく第三位、吉田・橋本組」


 同時に呼ばれて武達も前に出る。安西達はすれ違いざまに目で何かを武達に言ってきた。正確な内容は分からないが、おそらくは「次は本当の勝負を」という感じのことだろうと武は思う。そう言われなくても武は今度は吉田と共に挑みたいと思っていた。林と共に挑んだ今回も無駄ではなかった。前衛でのインターセプト。全道の、追い詰められた時に発動していた集中力も試合の早い内に引き出させ、善戦した。無論、林と共に勝たねばならなかったのだが、そこまではいけなかった。


(もう一回チャンスがあるなら、一緒に組んで勝ちたかったな)


 しかし、もうこの機会はない。

 後に控えるのは全国規模の団体戦と、三年になってからの中体連。学校単位で挑む、武達の代では最後の大会。

 今回のようにペアを変えることはもう無いだろう。だからこそ、今日一日はこの四人にとっては大事な日になったはずだ。

 それぞれが三位の賞状と銅メダルを受け取る。今日の結果を受け入れて、明日へと繋げる。目標は明確になり、底へ向けて進んでいくだけ。

 武達が戻ると次は二年女子が前に出て行った。早坂達の背中を見送って武達は元の位置に戻った。

 女子の表彰が全て終わり、後は閉会だけになる。だが、副会長はその前にアナウンスを始めた。


「これから一週間の選考期間を経て、再来週から団体戦のメンバー決めをするための合同練習に入ります。第一回、全国中学生バドミントン大会都道府県対抗団体戦。ここにいる皆さんから選ばれたメンバーならば、必ず良いところまでいくと私は思っています。各自、研鑽に励んでください」


 それでは、閉会式を終わりますと続けて、閉会式が終わった。

 武達は雑談しながら自分達の場所に戻っていく。それぞれの学校ごとにこれからミーティングが開かれ、散会となるのだろう。その流れは変わらない。武は安西達と話したい思いをまずは収めて、庄司が待つ場所へと戻っていった。



 * * *



「みんな。良く頑張ったな。お疲れさん」


 全員が戻ってきたところで、庄司は自分の周りに集めてから話し始める。試合の後にいつも体験してきたこと。始めと終わりの変わらないやり取り。試合の結果は一定ではなくとも、変わらないことに武は自然とほっとしていた。


「今日の成績を改めて発表する。まずは、一年男子ダブルス。竹内・田野組は準優勝」


 庄司の言葉と共に大きく広がる拍手の輪。その中で竹内は申し訳なさそうに頭をかき、田野は照れながら「ありがとう」と言葉を返していた。それでもどこか寂しそうなところを見て、武は理由を考える。


(やっぱり、あれだけ負けるとな)


 竹内・田野組は決勝戦。翠山中の藤本・小笠原ペアに手も足も出なかった。完全に敗北しての、二位。決勝まで進むということだけでも凄いのだが、結局、より印象の強い敗北をしてしまい、それまでの喜びが霧散してしまったのだろう。庄司もそこを分かっているのかあえて強調していた。


「竹内達は決勝戦。本当に圧倒的に負けたな。それが今のお前達の実力だ」

「……はい」


 竹内は肩を落とし、田野もただ頷くだけ。その様子を見ながら庄司は先を続ける。いつものような口調だが、どこか優しいものを含めて。


「そして、決勝まで勝ち進んだのも、お前達の力だ。間違いなく、一年の中では、二番目に強い。頂に登れなかったのは残念だが、次に目指せばいい。挑み続けるんだ」


 竹内の、落ちていた肩に手を置いて庄司は言う。その力強さに引っ張られたように竹内は顔を上げた。田野も少しだけ元気を取り戻したのか、顔には笑みが浮かんでいた。


「次は一年女子ダブルス。寺坂・菊池組は優勝だ」


 女子のほうがより甲高い声で喜びながら拍手を浴びせた。何しろ自分達の代では初のタイトルだ。竹内達の二位もさすがに霞む。渦中の二人はどこか夢現で反応が鈍かった。


「もしかして眠いか? 寺坂。菊池」

「あ、すみません……体力が回復しなくて」


 寺坂がそう言う隣で菊池が欠伸をして口を手で覆っていた。決勝戦でそれだけの試合を繰り広げたのだから仕方が無いと庄司も話を終わらせる。


「寺坂も菊池も良くやったな。ゆっくり休め」

「はい……」


 寺坂も欠伸をして、ベンチに座り込んだ。

 続けて庄司は二年の話題に入る。一度咳をして仕切りなおしてから、残りの面々を一気に語る。


「後は二年だな。二年男子は相沢と林組。吉田と橋本組が三位。女子シングルスで早坂が優勝」


 寺坂達の疲れようを見て、他の生徒達も早く返したほうがよいと判断したのだろう。五人を同時に紹介して切り上げようということのようだ。武も試合が終わってから、一気に体力がなくなった。寺坂のように眠気に倒れそうになることはないが、早く帰りたいのは確かだ。最後まで試合をしていればまた何か違ったのかもしれないが。


「今日、こうして順位が付いた選手達は、再来週からの合同練習に呼ばれる可能性は高い。そこで努力して、レギュラーの座を掴んで欲しい。なかなか厳しいかもしれないが」

「先生。気になっていたんですが」


 武は手を上げて庄司に問いかける。わざわざ手を上げたからか皆に注目された。緊張しながら、武は言葉を続けた。


「団体戦のメンバーって、どれだけ選ばれるんです?」


 おそらくこの学年別で上位に入ったメンバーが招集されるのだろう。そこで選ばれるのはどれくらいなのか。集まってもその一握りだけだと熾烈な争いになるはずだ。庄司は思い出すためにか虚空を見つめ、そして視線を武に移す。言葉は武に向けているようで、この場にいる全員に向けられていた。


「団体戦は男女五人ずつの十人が選ばれる。そして、この地区からは二チーム選ばれるわけだ。他札幌のほうや函館からも二チームや三チーム選ばれて、南北海道予選が開かれる。そして、一位の団体が南北海道代表として全国大会に出場する」

「はぁ~。凄いっすね」


 橋本がスケールに圧倒されてか感嘆の息を漏らす。自分達の中から二十人。そして南北海道のそれぞれの団体と戦って、その先には南北海道代表という肩書きと共に全国へ。南北海道選抜ではなくあくまでそれぞれの地区の代表なのだろうが。勝ち上がれば立派に代表となる。


「単純に実力順ではないかもしれない。団体戦だからな。シングルス向きのプレイヤーもダブルス向きのプレイヤーもいる。どういう組み合わせでチームを作るかは、これからの合同練習の結果にかかっているだろうな」

「分かりました」


 聞きたいことが聞けたことに武は満足する。次の目標が今までより少し、はっきりと見えた。


 初めての大会。誰も体験したことがない戦いへと向かう。一週間の後、今争ったライバル達は仲間となるかもしれない。

 最初に話が出たのは、ジュニア予選の頃と思い出す。そこから時が経ち、全道大会で他校のライバル達と励ましあった。そんな過程を越えて、遂に本当の仲間として全国の強豪に挑む時が来たのだ。


「では、今日はここで終わろう。各自、気をつけて帰るように。解散!」

『お疲れ様でした!』


 全員そろって言い、その場は散会となった。片付けの間に互いに労いあう部員達。特に女子は早坂と寺坂、菊池を中心にして話していた。武達は早々に片付けて帰る準備をする。武は元気が無い竹内の傍まで寄ると、軽く背中を叩いた。驚いて見返してくる竹内に向けて言う。


「あと、数週間はある。それだけあれば、強くなる奴は強くなってるよ」

「……俺がそうなるって思ってます?」

「分からないよ。でも、やるしかないってことだと思うぜ」


 あまり気の聴いた言葉は浮かばなかった。ただ、これからも強くなるだろう竹内がここでへこんだままではいけないと思って口を出しただけだった。いくら強くなり、先輩となったとしても口に出して誰かを導くというのは苦手だった。自分はつくづく人についていく性質だと武は内心、苦笑いする。


「気休めくらいにしか聞こえないっすけど……ありがとうございます」

「一言多い」


 竹内に口を出したのは武ではなく、田野だった。同時に頭を小突いたことで竹内は頭を抑えながら田野を恨みがましく見た。その視線をかわしながら田野は武へと言った。


「大丈夫ですよ。正直、今回の団体戦は間に合わないかもしれませんが。後を追いかけます」


 いつもより少しだけ饒舌な田野を見て、武は「竹内は自分がパートナーとして支える」という意思を感じた。余計な口出しだったかと武は一歩引いたが、田野はそのまま「ありがとうございました」と続けた。自分の存在が、けして邪魔にはなっていない。そう思えて武は嬉しかった。


(いい先輩、か。考えたら、俺ももうすぐ二年も終わりなんだな)


 先輩や後輩というものは関係なく、バドミントンを続けてきた。その先に、全道大会や、これから続く全国大会への挑戦がある。その中で自分の所属する部を大事にしてきたのかと改めて自問自答していく。


(いい見本になれるように、頑張ろう)


 上手く語れないのなら、背中で語る。漫画の影響かもしれないが、自分にはそれがあっているだろうと結論付けて、武は歩き出した。

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