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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
198/365

第198話

「ポイント。エイトフォー(8対4)」


 姫川が拳を握って小さく叫ぶ。試合が始まってから既に二十分。客席から見下ろす形で見ていた武は、姫川のその移動速度にただ驚くばかりだった。全道で君長凛という最強の一人に数えられるプレイヤーの移動速度。そこに至るかどうかは、おそらく早坂しか分からないが、早坂がここまで押されているという事実から強敵であることは間違いない。

 市内ではほぼ無敵であり、誰も牙城を崩さないだろうと思っていたはずだ。その幻想が打ち砕かれる。


「速いな」

「俺の二倍くらいあるんじゃないだろうか」


 隣で感想を呟いた吉田に、武は言葉を続ける。それに対する回答を求めたわけではないが、吉田は武を見ると頷く。


「ああ、確かに俺らより明らかに速い。でも、それは姫川が俺達より体が小さいからそれだけ走らないと間に合わないってこともある」

「届けば移動距離はあまり関係ないってこと?」

「それを除いても速いけどな」


 結局、あまりフォローにはならなかったらしい。姫川は高くサーブを上げて早坂のショットを待つ。この高く打ち上げるサーブは序盤から何も変わっていない。早坂もハイクリアやドロップを使って姫川を動かしているが、それでもバランスを崩さずにシャトルの下に回りこみ、打ち返す。それは君長戦の再来のように思えて、自然と武は自分とフロアを中空を仕切る手すりを強く握っていた。


「早坂。何か対策とか考えてなかったのかな?」


 武の呟きを今度は吉田が拾い、うーん、と唸ってから言う。その唸りは自分の発言に自信がなかったからというのが次の言葉から読み取れる。


「確か、考えてたと思う。俺も相談されたし」

「どんなの?」

「スマッシュの打ち方については聞いてたけど。具体的にどうするかは聞いてない」


 スマッシュ。攻撃パターンを増やすということだろうか。でも、今の早坂のシャトル回しを見ていても、そんなに攻撃をしているとは思わなかった。シャトルを前後左右に打ち分けて姫川のバランスを崩そうとしているが、それが出来ていないように思える。

 しかし、そこで武は違和感を覚えた。


(なんだ? 何か、おかしい)


 姫川のドライブを早坂がインターセプトして前に落とす、前へと突進してラケットをシャトルの下に滑り込ませ、打ち上げる。早坂はそこを狙ってシャトルを打ち込んだ。


「サービスオーバー。フォーエイト(4対8)」


 シャトルが早坂へと返される。羽を丁寧に整えてからサーブ姿勢に構える。その時、武は早坂の顔に笑みが浮かんでいるのを見た。


「なあ、早坂。笑ってるぞ」

「そうみたいだな」


 吉田も早坂の様子に気づいていたようで特に驚いてはいない。それどころか、武とは違って笑っていた。その笑みは早坂と重なる。

 自分の抱いてきた違和感を上手く伝える言葉を見つけられないまま、吉田へと言った。


「なあ。なんか違和感あるんだよ。早坂も笑ってるし。何だと思う?」

「何ってお前じゃないしなぁ。ただ、今までとは明らかに違うことはある」


 何かを尋ねようとした時、早坂がサーブを飛ばした。シャトルはシングルスラインに向かって進み、その上へと落ちるように流れる。姫川は真下に入って、ストレートクリアで早坂を奥へと動かした。そこでいつもならクロスドロップだが、姫川のフットワークを警戒してクロスハイクリアを飛ばす。早坂はコート中央に腰を落として姫川の攻撃を待つ姿勢だ。

 今度はクロススマッシュを放つ姫川だが、早坂には既に察知されてストレートドライブでカウンターを受ける。それにサイドステップで追いつくと、再びクリアで早坂を後ろへ飛ばした。

 一つ一つのラリーが長い。武はいつ終わるのかと思いつつ、今までと違う点を探そうとしたが見つからなかった。


「なあ、何が違うんだ?」

「明らかにあれだろ」


 そう言って吉田は指を指す。その先にはスコアボード。得点はさっき審判が告げた4対8の表示。

 それを見ても最初は分からなかったが、早坂がスマッシュをコートに打ち込み、5点目を得たところで武は一つ答えに到達した。


「そうか……。得点」

「そう。いままでラブゲームだった姫川が、点を取られてる。明らかに違うよな」


 あまりに自然なことで気づけなかった。今まで誰も、姫川から得点は出来なかった。だが、早坂はリードを許しているとはいえ、五点目を取っている。つまり、今までの姫川の相手には出来なかったことをしているはずだった。


(なんだ? 何をしてる? 前後左右に揺さぶるとかは他の人もやってるはずだし)


 早坂のサーブに姫川は目いっぱい後ろに下がってハイクリアを打つ。そこから中央に戻り、早坂がストレートドロップを打ったのを確認するのと同時に前に出る。タイミングとしてはプッシュを打つのにちょうど良く、シャトルがネットを越える瞬間にプッシュでコートへと落とそうとする。だが、早坂が滑り込んでラケットを振り上げるとシャトルは姫川の後ろへと飛んでいった。それを追って後ろに下がり、またハイクリアで体勢を立て直す。

 得点のことに続いて武は、ラリーも最初と比べて長くなっていることにも気づいた。


(序盤より、明らかに長い。それだけシャトルをお互いが拾ってるんだ。で、姫川が落としてる)


 一つ気づけば芋づる式なのか。早坂が得点を取っているところからラリーが長くなっていること。そして、姫川の得点が最初の五点を序盤にとってから早坂が徐々に追い上げているという状況になっているところまで見えた。今、8対5と差をつけられているが、追加点をなかなか奪われないまま早坂が追い上げている。

 注意深く表情を見てみると、早坂の笑みに比べて姫川は明らかに焦っていた。今までどおり相手のショットを拾っていき、最後に甘い球を打ち込めば点は取れるはずなのに、早坂は隙を見せない。見せたとしても、自分の打ったシャトルを返される。

 早坂がストレートスマッシュと同時に前に出て、姫川はクロスで返す。前に出た早坂なら離れていくこのショットにはラケットが届かないはず。しかし、早坂は打たれた瞬間に横に飛ぶように移動して射程距離にシャトルを収めた。


「はっ!」


 ドライブに近い軌道でシャトルを打ち込む。後ろまで飛んでいくシャトルに姫川は追いつこうとするがラケットを出すのを止める。アウトと判断してか、倒れそうになる体を左足で抑えた。だが、シャトルは後ろのライン上に落ちてラインズマンはインを告げる。


「ポイント。シックスエイト(6対8)」


 更に一点。ゆっくりと、しかし確実に姫川へと迫る。第一ゲームにしては長い時間が過ぎ、コートから立ち上る熱気も今までになく熱くなっている。武は拳を握り締めて振るわせた。


「どした?」

「……いや、あんな試合したかったなって」


 準決勝で負けたのは悔いはない。次に繋がる試合を出来たということで、安西や岩代達と次へ進めるはずだった。だが、そうは思っても今日この日は一日しかなく、その中で熱い試合をしたいと思う気持ちは、思考では止められない。


「武。笑ってるぞ」

「え」


 自分の頬に手を当てると、確かに口の端が少し上がっていた。鏡を見なくても早坂や吉田が浮かべているものと同じだろうと思える。もっと熱い試合をしたいという気持ちが、顔を緩ませる。楽しませる。


「逆に姫川は自分の必勝パターンが崩れて怖いだろうな。瀬名をラブゲームにしたから余計に」

「瀬名と早坂でそれだけ差があるってことか?」

「相性はあるだろうな。瀬名のスタイルはスマッシュで押すから、逆に拾われると選択肢が狭まって結局って感じ」

「ふむ」


 確かに防御力が高いならスマッシュを打っても拾われて、逆に窮地になる。それを言えば、早坂と姫川は同じタイプになるだろう。ただ、姫川のほうが防御力に関しては高いはずだ。ならばどうして点差が詰まっているのか。


「ポイント。エイトオール(8対8)」


 武は審判のコールに慌ててコートに視線を戻す。気を取られている間に二点取り、ついに早坂が追いついた。姫川は心なしか肩で息をしている。まだ体力が尽きたということはないだろうが、追い上げられているプレッシャーに精神が削られたのかもしれない。

 姫川は屈伸を何度か繰り返して、髪の毛をかきあげた。


「よし! ストップ!」


 自分に気合を入れなおした姫川はラケットを上げて早坂をけん制した。早坂も息を吐いて何度か深呼吸をしてからサーブ体勢を整える。ここでサービスオーバーになるか、得点するかは一ゲーム目の流れを決めることになるだろう。それを二人とも分かっている。姫川は新鋭だが、試合の流れを掴む嗅覚は負けていない。


(早坂が、得点できている理由。分かったかも)


 早坂は今まで以上に大きく長く、一本と叫んでシャトルを飛ばした。ロングサーブでシャトルをライン上へと落とし、姫川はそれをスマッシュで叩き落す。こちらも今までより厳しいコースへと向かい、早坂はバックハンドで取る。手首を使ってクロスでネット際にシャトルを落とした。姫川は対角線を軽やかに突進してヘアピンで落とす。

 それを早坂がクロスヘアピンで再び姫川の間逆に打つ。それを追って姫川も平行移動からラケットを突き出した。


「やっ!」


 シャトルに届いた瞬間にプッシュする。ストレートのシャトルを早坂は今までより素早く追いつき、バックハンドドライブを打ち込んだ。


「あああ!」


 完全に背中を向ける形で姫川はシャトルを追っていく。ライン際に落ちそうになったシャトルをロブで高く飛ばした。再び体勢を立て直すためにコート中央に戻る。


「こい!」


 姫川から発せられた咆哮。その気迫に武や吉田は体を震わせた。早坂に勝つという明確な意思。それは、どこか市内には感じられなかったものだ。


(瀬名以外……瀬名でさえも、もしかしたら諦めてたかもしれない、早坂に勝つってことを。姫川さんはやろうとしてる)


 早坂はスマッシュで姫川のバックハンド側を攻める。反応して取るが、スポットがずれたのかシャトルはネット前に上がった。


「はあっ!」


 早坂は前にジャンプして飛び込み、そのまま降りる勢いを利用してスマッシュを放った。姫川から離れるように、彼女の左サイドに。

 遮るものがないシャトルは、遂にコートに着弾した。


「ポイント。ナインエイト(9対8)」

「やーっ!」


 とうとう逆転し、早坂はラケットを掲げて叫んでいた。感情を露にする彼女を見るのが初めてで、武は困惑する。それほどまでにこの一点を取るのは至難だったのか。吉田も隣で息を飲んで早坂を見ている。


「君長と当たる前に、十分実戦練習になるんじゃないか?」

「やっぱり同じか」

「ああ。でも君長には足りない。言い方悪いけど、劣化君長だろうな」


 劣化だからこそ、出来ないところがあり、そこを早坂が突いている。だからこその点数逆転。それが何なのか武にはまだ分からないが、ひとまず今は早坂にもう一点を取ってもらう。そうすればゲームポイント。一気に精神的にも有利になれるはずだ。


「早坂! 一本!」


 武は口でメガホンを作り、早坂を応援する。その声が聞こえたように、視線を向けないまま左手を上げた。その手に握られたシャトルはまた丁寧に羽が直されている。

 ほんのわずかなイレギュラーも廃止し、出来るだけ自分の打ったシャトルが意図通りに動くように。そのために壊れていくシャトルを元の形に戻して利用する。そこにどれだけ神経を使っているのか。


(早坂も、疲れてるはずだ。一ゲーム目からこれだけラリーを続けて、しかも一つ一つのショットを自分の打つとおりにしようと羽にも気を配って)


 この第一ゲームの間に二回、シャトルは変えられているがいずれも早坂の申告だった。羽が壊れればそれだけ空気抵抗が強くなり、ショットをコントロールしにくくなる。逆を言えば、それだけシャトルの打つ場所に気をつけているのだろう。

 そこで、武の中で最後のピースがはまった。


「君長への対策って、コントロールか」


 武の呟きに吉田は呟く。


「今まで以上に四隅やライン上を狙ってシャトルを打てるように、早坂は全道が終わってから取り組んだ。もちろんフットワークの強化もしたけど。常に厳しいコースに打つことが出来れば、いくら拾える相手でも苦しくなるだろうって。今はその策が功を奏してるみたいだ」


 今までの早坂のショットを思い返してみると、確かにライン上を狙って打っていた。サーブや四隅への配球。それでとことん打ち分けて甘いシャトルが返ってきたところを、油断せずにまたサイドぎりぎりに打ち込む。それはあまりに集中力を使うこと。体力の消費も激しいのではないかと不安になってくる。

 武の不安を嗅ぎ取ったのか、吉田は続けた。


「体力が心配だけど、今のところフットワークの練習をしてて付いた体力がいい影響を与えてる。このまま続くかは、分からないけど」

「早坂」


 武の心配をよそに、早坂は十点目を取り、そのまま十一点目をもぎ取った。

 しかしまだ、このままではいかないという予感が武を支配していた。


 学年別二年女子シングルス決勝戦。早坂リード。

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