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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
194/365

第194話

(相沢がどんどん鋭くなってる)


 後ろから見ていれば分かる。林は相沢の反応速度が急激に上がっているように感じていた。当初からの制限を守り、極力前衛に回ってヘアピンやインターセプトを多用して前にシャトルを落としていた。その防御をかいくぐって自分へと来るシャトルに対応し切れなかったのだが、ここに来てその頻度がかなり減っている。厳しいコースと速度なのは変わらないが、球数が減った分、狙いを定めて返しやすくなっていた。


(相沢のポジションがいいのもあるのかな)


 出来るだけシャトルを全力で打たせないように。打てばその位置には自分がいるように武は動き、ラケットを動かしている。既に振るというよりは置いてくると言うほうが似合うほどに、動きは最小限になっていく。

 武は着実に力を発揮し、安西達全道ダブルスにも引けを取っていない。


(なら、俺は?)


 シャトルが上がり、林の真上へと落ちてくる。それに右手で照準を合わせ、左手のラケットを懇親の力をこめて振りぬく。乾いた破裂音にも似た音を立ててシャトルが安西達のコートに食い込んだ。この試合が始まってほとんど打たなかったスマッシュ。ドライブよりも力を乗せられず、威力の弱いものになっておりカウンターを決められた時からわざわざ横に移動してドライブを打っていた。だが今回は体が自然と動き、角度のあるスマッシュを飛ばす。それを安西が簡単にロブを上げて返してくる。それでも林は振りかぶる。


(俺も、今までと違うことをしないと。弱点から、逃げない!)


 林の身長は同じ学年の中でも低いほうだ。スマッシュともなると上から下にラケットを振り下ろすことで打ち込める。上背のある選手のほうが有利だ。刈田や小島などは最たる例。そして武もまた、ジャンピングスマッシュも使って更に急角度を狙っている。

 林はジャンプはできない。自分の腕が伸びるところまでが、自分の長さ。

 だからこそ、挑戦する。

 自分が最も得意なドライブを打つイメージを持ち、それを縦に変換する。力の伝え方。ラケットの中央でシャトルを捉え、自身の力を最大限に発揮して打ち飛ばす。あえて安西の立つ場所へと。


(一撃で決められなくてもいい! 相沢に繋げれば!)


 林が打ち込んだシャトルを安西がクロスにロブを上げて返した。そこに立ちふさがるのは武のラケット。シャトルを中心で捉えて完全に勢いを殺し、ネット前に落とす。それを拾う岩代だったが、目の前に現れたラケットがシャトルを捉えて小刻みに震えたかという瞬間にシャトルがプッシュされていた。

 武達のポイントが加算される。武の気合の咆哮に乗せて、林もまた声を高らかに上げた。


「さあ、一本!」


 一つ決まるごとに自信となる。

 このレベルになれば一発で決まることがないのは、武と吉田の試合を見ていたことで知っていた。実際に体験してみればこれほど精神的に削られることはない。少しでも気を抜けばこちらにシャトルが落とされる。早く終わりたいと思う気持ちを押さえつけ、シャトルが安西達のコートに落ちるまでは絶対に油断しない。

 武と吉田が経験してきた世界に今、自分がいる。勝つためには、自分が成長するしかない。それも試合中に。


(もっと速く、強く!)


 武のサーブに対してプッシュされたシャトルを、コートに落ちるぎりぎりの段階でとる。大きくロブを打って両サイドに広がり、スマッシュを迎え撃つために腰を落とした。


(俺が取れれば、それだけチャンスが広がるんだ。相沢の足を引っ張らないためにも!)


 ラケットをバックハンドで構える。右側にいるため、左利きの林はサイドに来るシャトルをバックハンドで取らなければいけない。それを安西達も狙ってくるはずだ。そう思っていた林だったが、スマッシュが打ち込まれたのは武のほうだった。武はシャトルを前方で弾き返し、そのまま前に移動する。その流れに乗って林も後ろに移動した。


(何だろう? 何で狙ってこない?)


 ダブルスでは弱いほうを狙うのがセオリーのはずだ。そうなれば林が重点的に狙われるのが摂理。実際に、第一ゲームはそれで追い込まれて、最後に追いつくことが出来なかった。第二ゲームでも続けられると思っていたが、まだ来ない。

 まだ来ないだけかといぶかしむ間もなく、シャトルは上がり、スマッシュの体勢に入る。コート中央の線に沿って上げられたロブに追いつき、シャトルを打ち込もうと振りかぶる。ドライブの打ち方をイメージし、ラケットの中央でシャトルを捉え、相手コートに叩きつける。力の移動を横から縦に変換し、ハイクリアよりも立ち位置を少しだけ後ろにして打つ。


「はっ!」


 打ち込んだシャトルは前衛中央で構えている武の頭を掠めるように突き進み、安西と岩代の間へと突き進む。それを強く打ち返したのは安西。そのシャトルに反応してラケットを伸ばし、インターセプトしたのは、武。

 ピンボールのように二組の間を行き来したシャトルは、一瞬の間に安西達のコートへと落ちた。


「ポイント。フォーラブ(4対0)」


 押している。第一ゲームと同じく、リードを奪えている。林のシャトルが基点となり、レシーブを更に叩きつけることによって反応できないまま点をもぎ取った。

 見事なラリーに客席からも拍手が沸き起こる。林は上を見上げてさらりと目線を這わせた。


(これが、相沢の力、か)


 練習の時には見たことがなかった反応速度。全道の準決勝で素早い動きを見せたと吉田から聞いたときはあまり気に留めていなかったが、実際に見てみると自分には到底出来ないことと知る。

 自分にどこまで引き出しがあるのか分からない。努力していけば、数年後の自分は武の動きを出来るようになるのか。そう考えても林にはイメージが出来ない。自分とまったく違うプレイヤーだからそれは当たり前かもしれないが、それでも自分のように身長が低いほうだとどうしても前衛がメインになってくるだろう。こうして後衛をメインに打っているのも当初からの作戦があるからで、ただ勝とうとするなら、武が後衛でスマッシュを打ち、林が前でとるほうが良いはずだ。


(でもその時にあの動きが出来るかって言われたら、やっぱり出来ないよな)


 才能という言葉が頭をよぎる。

 この場にいる中で、一番才能が無いだろうと林は思う。これからどうなるか分からないにしろ、自分はきっと一流のプレイヤーにはなれないだろう。


(でも、この試合には勝ちたい)


 先のことは分からない。でも、この試合だけは勝ちたい。そして、決勝にいきたいという思いは負けていない。

 そんな自分の思いを素直に吐き出す。


「相沢、一本!」

「おう!」


 林の思いが伝わったかのように武も更に強い気合を出す。ネットが揺れたように見える錯覚を引き起こさせる武の力。ふと、林は吉田もこの位置で武の力を感じていたのだろうかと思った。


(吉田が相沢をパートナーに選んだのも分かる気がする)


 小学生の時からのパートナーだった西村が転校した当初。次のパートナーに選んだ時、どうしてかと思ったこともあった。単純に自分の次の実力者ということだからだと納得していたが、今、この場にいるとそれ以上の理由があったのだろうかと考える。吉田も超能力者ではないだろうから、ここまでの成長を見越していたとは言わない。でも、武の中に元から見えていたこうした気合で突き進む性質は苦しい試合展開や、油断しそうな時に力を貸してくれるような気がする。


「一本!」


 武の咆哮と共に、鋭いロングサーブが飛ぶ。低い弾道でコート中央を狙う軌道は、レシーバーである安西が体を内側に傾けながら飛び上がって打つという不自然な体勢を余儀なくされる。それでもシャトルは打ち返され、林の前に着弾していた。


「……あ」


 頭から血の気が引くように林は感じた。一瞬の油断。試合が始まれば切り替えようとしていた思考が、間に合わなかった。雑念を振り払うように頭を振って、シャトルを拾う。


「ごめん、相沢」


 シャトルの羽根部分を綺麗に整えながら武へと謝罪する。武は軽く肩をラケットで叩いて笑った。

 この状況でも笑えるのかと不思議に思う林の内心を察したのか、武は言う。


「正直、これくらいが普通だよ。点を取ってたと思ったら一瞬で取り返されて、そのままずるずる取られて取り返されるもんだって。第一ゲームもそうだったろ?」


 試合の間の短い時間ではそこまでが限界だったらしい。林から離れてサービスレシーブするために構える武に釣られるように林も構える。その切り替えは、おそらく今までの経験から来ている。

 この場には、その長い経験が蓄積されているのだ。まるで空気中に散らばる粒子のように。


(それをもっと感じ取れないと、俺だけ置いていかれるんだ)


 林はここまで来て理解する。この試合は、安西達に勝つ方法を考えるのと同じくらいに、その経験値をどれだけ感じ取ることが出来るかという勝負だったのだ。それをしなければ自分だけが付いていけず、やがて弱点として突かれて負ける。立ち向かうべきは目の前の相手だけじゃなく、このコートの全てにあった。


(ここから、本当に始まりだ)


 安西が武へとショートサーブを打つ。武はヘアピンで外に逃げるようにシャトルを打ち、前に出てきた安西は更にラケットを伸ばして右サイドに移動する。取られたシャトルを今度はクロスヘアピンで左側に落とした。コートの右端から左端へと大きく切っていくシャトルに、岩代が前につめてヘアピンを打っていた。武は完全に読みきっていたのか、迷いなくシャトルに近づき、ロブを上げる。後ろに下がってくる武をかわすように横に移動した林だったが、移動を終えて構えた瞬間にスマッシュが自分に向けて飛んできていた。


(しまった!)


 林はラケットを振ろうとしたが、とき既に遅くシャトルはフレームに当たって弾かれていた。

 ポイントが入り、スマッシュを打った安西が雄たけびを上げる。

 林は悔しさよりも疑問のほうが勝り、茫然と相手二人を見ていた。


(安西は、前にいたはずなのに、いつの間に後ろに下がって打ったんだろう?)


 ほんの一瞬前には武とヘアピンを打ち合い、武がクロスを打ったときには岩代が相手だった。その時点で、林は安西の動きを見失っていたと気づく。その時にはもう安西は後ろに移動していた。だからこそ、武のロブに対してスマッシュを素早く打ち込むことが出来たのだろう。

 流れるような連携。岩代が前のシャトルを取った瞬間に後ろに向かって移動していたのだ。

 一瞬で判断し、実行する思考速度。

 ハイスピードで動いていたままで、正確にスマッシュを林のところへと打ち込めるだけの技量。この一回だけの攻防で、林は今まで気づけなかった安西の技量を改めて思い知った。


(でも、それに気づけたのは大きい)


 今までがむしゃらにシャトルを追うしかなく、周りの様子に気づけなかった。だが今は、結果を分析できている。それが今の時点だと到底追いつけない距離だとしても。


「林。気にするな」

「気にしてないって言うと嘘になるけど。大丈夫」


 林は武に手を軽く上げて自分に近づこうとするのを静止する。次は自分へのサーブだ。試合を止めずに、自分の力で解決しなければいけない。手をハーフパンツに擦り付けて、汗をぬぐう。ラケットグリップを握りなおしてからサーブレシーブ位置で構えた。斜め前の安西の視線を受け止める。今までは気迫を真正面から受け止めることをどこか恐ろしく、シャトルの軌道だけを追っていた。しかしこれからは、相手の思考を予測してシャトルの軌道を捉えなければ、おそらく動きにはついていけない。


(集中だ。俺は、俺なりの集中だ)


 安西のラケットが動き、シャトルが飛ぶ。ネットの白帯すれすれを越えて迫るシャトルに林はラケットを合わせた。プッシュしようとは思わず、ただ当てて返して落とそうとする。当初からそのつもりだったが、実際、打つ余裕がなかった。

 安西はラケットを素早くシャトルの落下点に滑り込ませる。今の状態ならばロブを上げるしかないと、林はその場に立ってラケットを掲げた。狙えれば、打ちあがったシャトルを打ち落とすために。

 しかし、シャトルは林から離れるようにクロスヘアピンで打たれていた。ネットを掠めるように飛んでいくシャトルにまったく反応できず、林は呆然と見送り――


「林!」


 武の叫びに反応して後ろに下がる。

 視界の片隅に武が前に突進するのが見えた。先ほどの岩代と同じ、前衛へのカバー。

 林も同じように後方中央に移動しようとしたが、シャトルが着弾するのが速かった。


「えっ!?」


 思わず声を上げてシャトルが打ち込まれた方向を見る。そこには、膝を折ってしゃがんでいる武と、ネット前に仁王立ちしている岩代がいた。


(インターセプト、したのか)


 先ほど自分がやろうとしたことを返された形になり、更に林は気づく。

 相手が行ったローテーション。自分達が行おうとしたラリー。すべてを返され、逆に自分達は完遂できなかった。

 今のプレイで個々の実力もダブルスとしての力も上だと証明された。


(いや、そんなことさっきから分かってた。それを、あえて今、見せつけた)


 急に大きく見える安西達に、林は背筋を悪寒が走り抜けていく。

 負けないと誓った。勝ちたいと願った。

 その想いが、少しだけ揺らいだ。

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