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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
188/365

第188話

 刈田のスマッシュによるサービスオーバー。第二ゲーム開始序盤の、ただ一回の交代。

 しかし、それは見ている側にとっても、プレイしている杉田にとってもただの一回では済まされない。杉田からシャトルを奪い取った刈田の一撃は、全く反応できない一撃。先ほどまでとは速度が明らかに違う。更に、速度だけじゃなく何かが意識を杉田から外した。今の杉田はただ速いだけでは突破できない。それは自分でも分かってる。


(相沢のスマッシュも、取れなくてもなんとなく軌道は見える。それで反応できないのは、速度に体が反応できていないからだ。じゃあ、このスマッシュは何だ?)


 シャトルを返して刈田が構えるのを見ながら考える。何か理由があるはず。全道大会から今までの間に、ここまでスマッシュの威力を高めたのは速度だけではないはず。


「ストップ!」


 まずはその理由を確かめようと、杉田は刈田からのロングサーブをハイクリアで相手コート奥へと飛ばし、腰を落とす。

 再び、スマッシュの時に感じたプレッシャー。刈田が体を真下に入れてラケットを振りかぶる。


「おらぁ!」


 打ち出されたシャトルはストレートに進む。コートのライン際を一気に襲ったシャトルを、杉田はやはり動くことが出来ずに見送った。


(速い……速いし、最短距離だ)


 審判のコールを聞きながらシャトルを返す。シャトルが着弾したところは、サイドのシングルスライン上。一つ気づいたのは、刈田のスマッシュのコントロールが以前よりも格段に上がったことだ。試合という動きのある中で的確に芯を捉えて速度を出す。その速度を保ったまま厳しいところへと打ち込むコントロール。今までは威力に重点を置いて打ち込むコースはコートの端から少し内側に入った場所だった。

 力を込めているために犠牲にしてきたコントロールを、刈田は身に着けてきたらしい。それが、速度を視界に収めること以上に感じさせているのだろう。


(ちくしょう。相沢もコントロールよくなってきたが、刈田はそれ以上じゃないか。全道から今までに何があったんだよ)


 構えて「ストップ!」と叫ぶも、どうすれば状況を打開できるか考えつかない。最も奥へとシャトルを飛ばしてさえ、スマッシュに触れられないのならば、どこから打たれても同じこと。

 実際、次々に得点を決められていく。四点目までをただ謙譲したところで一度顔を拭くためにタイムを取った。


(こうなったら予測するしかない。あいつの向いてる方向とか、そのあたり……そんな感覚的なことで分かるか分からんけど。やるしかない)


 覚悟を決めて、一言気合を吐いてからタオルをバッグに落とす。

 レシーブ位置に立ってサーブに備えると、すぐに刈田はロングサーブを放ってきた。杉田はタイミングをずらすためにドリブンクリアを放つ。狙うのは今まで飛ばした場所と同じ。四点を出来るだけ同じ場所にハイクリアで打ち続けてきたからこそ、少しだけタイミングが狂うはずだった。実際、刈田のスマッシュはかすかにずれたタイミングで放たれた。速度自体は速かったが、そのコースは今まで体験したところと同じ。杉田は反射的にラケットを振ってシャトルを打ち返していた。


(よし!)


 しばらく二撃目がなかった影響なのか、刈田の動き出しが遅かった。シャトルが落ちそうになるところをサイドから打ち、ドライブで飛ばしてくる。杉田はネット前に飛び出してシャトルを打ち落とす。タイミング的には完璧。シャトルはコートに落ちて音を立てるはずだった。

 だが、前に詰めていた刈田がシャトルを掬い上げてロブを上げた。


(なんだと!?)


 前に踏み込んで決めたと思い込んだ杉田のほうが、次の動作を完全に遅らせた。後ろ向きで追いかけるがシャトルが下につくのが早い。ここで落とされてしまっては完全にペースを握られて何も出来ずに終わってしまう。


「おおお!」


 杉田が咄嗟に考え付いたことはとにかく返すこと。

 まっすぐシャトルへ向けて加速し、自分の腰の高さを通り過ぎたところでまたぐように構え、そのままラケットを振りぬいた。

 いわゆる、股抜きショット。

 完全にシャトルを見ずに打ったショットを追って、杉田はすぐに方向転換した。シャトルはネット前に飛び、ネットに当たって勢いを無くす。


「いけ!」


 自分もまたネット前に移動する。刈田は意表をついた攻撃でもほとんど停滞せずにネット前に突っ込んだ。

 シャトルがネットに当たらなければ完全にプッシュできていただろう。だが、ネットに当たって威力がなくなったシャトルはそのまま刈田のコートへと落ちていく。ネットすれすれに飛んでいるためにロブも出来ない。

 そのまま、シャトルはコートと接触して乾いた音を立てた。


「サービスオーバー。ラブフォー(0対4)」

「しゃあ!」


 諦めずに打ったからこそ、掴み取ったサーブ権。刈田からシャトルを受け取り、杉田はサーブ位置に立つ。

 刈田の攻略法はまだ掴めていないが、まだ諦めるには早い。


(あいつのスマッシュも、取れるんだ)


 自分を奮い立たせて「一本!」と叫び、サーブを打つ。今度はコート中央。どちらのサイドにもスマッシュを打ち込めるはずだ。だからこそ、刈田は打ちやすいほうを狙うはず。第一ゲームや、今まで。刈田の打ってきたスマッシュを思い出して、杉田は右側に飛べるように準備を整えた。

 だが、次の瞬間来たのはゆるやかなドロップの軌道。刈田から見れば左側、という観点は正しかったがそのシャトル速度は今までとは全く違ってスローモーションのように杉田には見えた。体をシャトルに向けて進ませようとするが、完全に遠心力、重力に縛られてしまったのか体勢を崩さずに立て直すだけで精一杯だった。シャトルがコートに落ちるのをただ見ているしか出来ない。その事実に、シャトルが落ちた瞬間に絶叫していた。


「あああ!」


 シャトルが転がってから杉田は息をつき、俯く。審判がサービスオーバーを告げて刈田にシャトルを渡したところで顔を上げ、しっかりと刈田を見据える。


(ちくしょう。せっかく慣れたと思ったら、今度はフェイントか?)


 ここで腐ってはいられない。せっかく射程距離に入ったのだ。このまま引き下がるわけには行かない。


「ストップ!」


 杉田は気迫を全て刈田にぶつけるように叫んでいた。



 ◆ ◇ ◆



(杉田の奴、強くなったな)


 刈田はサーブ姿勢をとってから、目の前の杉田の成長振りを思い起こす。

 中学で始めてからジュニア大会で当たり、その時はもう少し楽に倒せた。だが、今は一ゲーム目を取られ、二ゲーム目も油断すれば持っていかれる。それだけ、目の前の男の成長度は凄まじい。


(俺も、特訓しておいて正解だった)


 刈田はサーブを高く上げて杉田の出方を見る。

 先ほどはドリブンクリアだったが次はスマッシュだ。左側をえぐるように飛んでくるシャトルを、刈田はクロスヘアピンで打ち返す。リストだけで威力を殺し、跳ね返し、方向を決める。体は重心を深く保ち、動かさない。そうすることでコースを決める精度が上がる。

 杉田は慌ててシャトルを取りに前へ飛び込んだが、ラケットは届かなかった。


「ポイント。ファイブラブ(5対0)」

(得点差ほど、実力の差は無い)


 審判がポイントを告げるたび、点差は開いていく。第二ゲームが始まってからは刈田が優勢だが、それはあくまで運が良いという一言に尽きると知っている。

 何かを狙っているであろう杉田。その策略を全て明かした上で叩き潰す。それが完全勝利。

 そこまで考えなければ、流れを持っていかれるという焦燥感が下にあった。


(悟られるな。あくまで余裕であいつに勝つ)


 シャトルを持ち、杉田が構えたと同時にシャトルを打ち上げる。出来るだけ垂直に落ちるように跳ね上げたシャトルを、杉田はスマッシュで再び打ち込む。先ほどと異なる右サイド、ではなくあくまで左サイドに。


 刈田の特訓とは、スマッシュを生かすこと。

 最初はそのためにドロップやヘアピンの精度をより高めるという方向だった。コートに四人配置して、どんな時でもシングルスライン四隅を狙えるように早く厳しく攻めてもらう。だが、その中で提案してきたのは加洲だった。


『ドロップやヘアピンもいいけど、刈田はやっぱりスマッシュじゃないか?』

『でもいくら速くてもスマッシュは取られるぜ』

『それは単調だし、コースが甘いからだろ? お前が全力で打ってしかもコースがシングルスラインぎりぎりとかなら、取れる奴なんてそういないさ』


 自分で決めたこと。それに対する仲間のアドバイス。考えに対して、考えをぶつける。

 最初は一人ひとりで考えていた。どうすれば相手に勝てるのか。どうしたらもっと上手くなるのか。

 そして今は、刈田がより強くなるために他の部員達が知恵を出し合っている。


『じゃあ、俺がこうしてラケットを出しておきますから、そこに当てるっていうのはどうです? それで跳ね返ったシャトルに追いついてロブを上げる練習とかも出来ますよ!』

『めっちゃ俺を殺す気か、藤本!』

『へへ』


 後輩達も自分達の練習の合間に刈田に付き合ってくれる。先にあるものを掴むために、翠山中バドミントン部全員が向かっている。

 それは自分だけで悩んでいた頃には考えられず、けして得られなかったものだろう。


(そうだ。そうして俺は強くなった!)


 杉田が振ったラケットがシャトルに当たり、ふらりと返ってくる。それは速度は無かったが刈田のコートへと落ちる軌道。すぐに右足に力を込めて前に突進する。このフットワークも、自分のスマッシュへのカウンターへの備えで身につけたもの。

 短所を埋めるだけじゃなく、長所を伸ばす練習。今の刈田は、全道に行った時より明らかに強い。


(俺には小島って目標があるんだ! お前には負けてらんねぇ!!)


 大砲のようなプッシュが決まり、得点が加算される。すぐさまサーブ位置につき、刈田から戻ってくるシャトルを待つ。

 戻ったシャトルの羽を整えて、ロングサーブの姿勢をとった。杉田もこれまでと同様に垂直になるようなサーブを打たれると考えているのだろう。

 序盤よりも明らかに後ろで構えている杉田に対して、刈田はショートサーブを放っていた。

 ネットすれすれを通るシャトルを見ながら、杉田の次手を待つ。一歩遅れて前に踏み出した杉田は無理せずにロブを上げた。しっかりと奥へと飛ばされるシャトル。それに追いついて、杉田はスマッシュを打つ場所を目視した。


(そこ――!)


 杉田の左サイド。シングルスライン上に、狙ってスマッシュを叩きつける。

 先ほどから実践してたことを更に厳しく行う。

 シャトルは杉田のラケットにかすらず、コートへと着弾した。同時に「しゃ!」と声を上げる。会えて封印していた気合を前面に押し出す。徐々に、内に溜まっていく熱さを放出していく。


(コースは大分狙える。あとは、試合中最後までこれを狙い続けられるか、か)


 やらなくてはいけない。少なくともそれが出来なければ、小島には勝てない。

 いくらヘアピンやドロップを鍛えても小島に劣る自分しか想像できないが、スマッシュだけは違った。

 吉田にも、武にも、小島にも。全道で戦い、観戦したプレイヤー達よりも勝る自分を想像できる。

 これは理想への挑戦だった。


(そのために、このゲームは全てスマッシュで取る!)


 一つの決意を固めて、杉田はサーブを跳ね上げる。今度はシングルスラインぎりぎりに落ちそうなロングサーブ。体はほとんど四隅の感覚を覚えている。


(今の俺のイメージは簡単に崩れないぞ、杉田!)


 杉田はスマッシュを放つも、刈田はあっさりと取ってバックハンド側の奥へと跳ね返した。

 今度はそれに追いついて更にスマッシュ。刈田が打ち落とす隙を与えないようにするためだろう。

 それもまた刈田がクロスへ弾き返す。

 何度も繰り返されるその光景は単調に見えるが、お互いにパターンを崩す隙を狙ってるためだった。


(さあ、どう動く? 杉田!)


 普通に考えれば、スマッシュを打ち続けている杉田のほうが体力の消耗は激しく、刈田が仕掛ける必要は無い。相手の自滅を狙うか、隙を見せた時に攻撃すればいい。だが、刈田は六度目になるスマッシュをロブではなく一歩前に出てドライブで返していた。

 結果、杉田の真正面にシャトルが来て、ラケット掲げても上手く弾き返すことができなかった。


(とろとろしてるなら、お前が動く前に、俺が動くぞ)


 シャトルを返す杉田の顔を見ると、ポーカーフェイスを装ってはいるが、焦燥感を隠しきれていなかった。ここまでやって打開策が見つからないというのは精神的にも来るだろう。杉田を支えているのは、まだ一ゲーム目を取っているという事実に他ならない。


(もう少しで対等になる。その時に、お前は平常心でいられるかな?)


 杉田へとロングサーブし、次のシャトルを待ち構えながら刈田は心の中で杉田に問いかけた。


 そして。


「ポイント。イレブンラブ(11対0)。チェンジエンド」


 第二ゲームは刈田が圧倒的な力でもぎ取っていた。

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