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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
187/365

第187話

 シャトルを大きくロブで返した杉田が中央に戻り、再び迎え撃った時、打ち返したはずのシャトルが胸元に迫っていた。打とうにももう隙間は無く、胸でトラップする形になる。シャトルコックが痛みを伴わせて、杉田は一歩後ろに下がった。


「ポイント。テンナイン(10対7)。ゲームポイント」


 今回、男子は決勝だけが十五点ゲーム。準決勝でも女子ルールの十一点。終盤に一気に差を広げられて、刈田がまずは一ゲーム目を取ろうとしている。だが、杉田は全く諦めてはいなかった。


(まだだ。ここでサーブを取り返す)


 刈田のスマッシュは第一ゲームの終わりに近づくと共に速くなる。最初は楽に取れていても、何発も打たれていくうちにやがて取れなくなる。それはジュニア予選で試合をした時も同じだった。

 だが、今の杉田には違う光景が見えていた。


「ストップ!」

「一本!」


 刈田のロングサーブに合わせてストップと声を入れる。コート奥に飛んだシャトルを追いかけ、杉田は真下に来たところで一瞬だけ刈田の位置を確認した。中央よりも、少しだけ前に陣取って杉田のシャトルを待つ。

 後ろに飛ばされても、フットワークと身長の高さで追いつけるという自信が見える。


(でも、今回はここ!)


 狙ったのは少しだけクロスに切れるスマッシュ。バックハンド気味に握っていたラケットを、刈田は体を横に倒し、垂直にして打ち返す。弱くなりがちなバックハンドも刈田の膂力で高いロブと化す。しかしそれも杉田には見えていた。こうして打ち返されることも。打ち返された位置で、杉田が力を最大限にシャトルへと伝えられる体勢を取れることも。


「はっ!」


 今まで打ってきたスマッシュよりも一段速く、シャトルが刈田のバックハンドを再び狙う。刈田は同じ体勢で打ち返そうとしたが、一瞬遅れてしまいシャトルはコートの外へと飛んでいった。


「サービスオーバー。セブンテン(7対10)」


 審判のコールを聞きながら、杉田はシャトルを取りに行く。刈田に背を向けることになったところで、口元に笑みを浮かべた。


(やっぱりだ。間違いない。これが、今のあいつの弱点)


 ようやく見つけた突破口。それは、刈田ならば試合中に修正するに違いないものだ。

 何度か似たようなシチュエーションで同じようにサービスオーバーを奪い、今回はこれ見よがしに狙った。おそらくは気づいただろう。

 だが、それでも一ゲーム目を取るまでに修正はできないはずだ。


(その間に、なんとしても一ゲーム目を取る。それが、俺が勝つ前提だ)


 シャトルを持ってから胸中で何度か繰り返す。

 橋本のように珍しく頭を使って導き出した戦術。結局、力押しの部分はあるが、今の自分ならばできるはずと杉田は信じている。全道で見た刈田と、試合をすることを想定して練習してきたことを思い出し、そこから一つ一つ手を繰り出していく。

 結果、7対10と劣勢ではあるが負ける時に生まれる悲壮感は、今は無い。むしろ、ここから逆転する図しか見えていなかった。


「一本!」


 ロングサーブで刈田をコート奥に追いやる。今までの流れからすればストレートスマッシュ。これまでこれでポイントを決められた確率は、八割強。


「らぁ!」


 気合と共に放たれたシャトルは高速で杉田のコートへと落ちていく。だが、一歩早く踏み出していた杉田のラケットが、シャトルの射線上に重なる。


「はっ!」


 タイミングは完璧だった。シャトルはクロスにカウンターとして弾き返されて、刈田が追おうとした時にはすでにコートに落ちていた。


「ポイント。エイトテン(8対10)」

「っし!」


 杉田のガッツポーズを半ば呆然と見る刈田。自分のスマッシュを完璧に打ち返された。それは、この試合の中で初めてのこと。それから頭を振ってシャトルを取りに行く刈田の内心を杉田は分析する。


(まだ一回だ。実際、あそこまでちゃんと返ったのはまぐれだしな。だが、打てたのは偶然じゃないぜ?)


 その理由に気づいた時には、第一ゲームを取っている。

 そう信じて刈田から返されたシャトルを受け取る。刈田からのプレッシャーが強くなるのを肌で感じ取る。次は更に速いスマッシュで討ち取ろうと考えているのだろう。強い視線と右腕に込められる力の流れが、杉田には『見えた』


(なんだろう、この感覚。力の流れがみえるっつーか。なんだろな)


 ロングサーブを打ち上げて、コート中央で刈田を待ち受ける。

 刈田の腕の振りがコマ送りのように見え、今度はクロスに打つことが読み取れた。杉田は一歩前に踏み出して予測される射線上にラケットヘッドを置く。

 次の瞬間には見えたとおりにシャトルが迫るが、既に置かれていたラケットヘッドに当たって、刈田のコートに恥じ返されていた。


「ポイント。ナインテン(9対10)」


 当たり前のように積み重ねられる得点。遠くの声が何かに遮られるように消えていく。

 目の前の相手と、コートの広さが自然と頭の中に入ってくるようだった。


(集中してるってところか)


 まずは同点までいこう。決まった未来に向かうかのごとく、杉田はロングサーブを打ち上げた。

 そこからはまるで杉田の思い描く世界が具現化したかのように、シャトルが刈田のコートへと落ちていく。刈田のスマッシュやドロップへと杉田は一歩速く追いつき、返していく。試合を見ている誰もが、信じられないものを見ている感覚を得る。


(体が思うように動く。相手が思うように動く!)


 杉田のストレートスマッシュを刈田がヘアピンで返す。だが、そこに返ってくることが予測できていた杉田は、既にネット前に詰めてプッシュを放つ。それをバックハンドでロブにして返す刈田も十分凄かったが、後ろに移動してスマッシュを刈田の届かない場所へ叩き落すほうが速かった。


「ポイント。テンオール(10対10)。セティングしますか?」

「はい!」


 審判が杉田の得点をコールすると同時に刈田へセティングをするかどうか尋ねる。それに即座に答える刈田。その表情は現在の状況にか、他の何かにか、いらだっているように杉田には見えた。


(俺にここまで追い込まれてるのが、いらだってるか?)


 セティングによって、残り二点を取れば第一ゲームは取れる。杉田はサーブ位置に刈田が立ち、構えたところでサーブを打った。シャトルが舞い上がり、刈田がそれを追う。その瞬間、杉田の背筋を悪寒が走りぬける。

 空気が一瞬にして重くなり、体を上から押し付けるようだ。


「らぁああ!」


 今日一番の咆哮と共に、最速のスマッシュが飛んでくる。

 杉田がそれに反応した時には、すでにラケットがシャトルを捉えていた。

 ラケットにからめ取られたシャトルはゆっくりとネット前に返って行く。よほど渾身の力を込めたのか、刈田の次の一歩が確かに遅れるのを杉田は見て、そして自分は前に飛び出した。

 刈田が前にラケットを突き出してシャトルをヘアピンで返すのと、杉田がそのシャトルに追いついてプッシュするのはほぼ同時。


「ポイント。イレブンテン(11対10)。ゲームポイント」


 周りから歓声が沸き起こる。シードとはいえ、小島と刈田の二人の二強は崩れないと心のどこかで誰もが思っていた。しかし、その事実を力で崩そうとしている。

 浅葉中の杉田隆人が。


「ラスト一本だ!」


 杉田は叫び、ロングサーブを打ち上げる。

 だが、その音は甲高い音と共に放たれた。


(マジか!?)


 サーブでのフレームショット。勢いをつけてシャトルを離す手が一瞬早かった。そのためにラケット軌道の中心にシャトルが来る前にぶつかってしまった。

 ふらふらとネット前に上がるシャトル。刈田は一瞬後ろに飛びのいていたが、シャトルの軌道を見てすぐ前に突進する。巨体に似合わない俊敏さに杉田は内心舌打ちした。刈田ならば確実にプッシュでシャトルを叩きつけるに違いない。


(こうなりゃ俺も勢いだ!)


 杉田も同じように前に突進する。刈田が打ち込もうとするシャトルへと、自分から向かう。ラケットは立てて出来るだけ刈田のスマッシュの軌道上に置くように。上手くいけばシャトルを弾き返せるはずだった。

 杉田はまっすぐに刈田の目線を追う。少しでもカウンターの確率を上げるために。刈田のラケットが振られる瞬間、その視線が動いた。


(――!)


 杉田の中に沸き起こった予感。瞬時に体は反応し、右足がコートに踏み込んで慣性を強引に殺す。そのまま後ろに、飛んだ。

 シャトルはプッシュではなく、クリアで飛ばされていた。シャトルの動きに合わせて後退する杉田。視界にその軌道は捉えていたが、同じように後ろに進んでいるとうかつにラケットを振ればバランスを崩して倒れてしまう。飛んだ右足がコートについた瞬間に、杉田は更に片足飛びをしていた。


「おああ!」


 シャトルを捉えて強引に打ち返す。狙うのは、シャトルが打たれた瞬間に刈田がいなかった左側。確認はしていないが、今のタイミングならば刈田も簡単には取れないはずだった。


(すぐに体勢を、戻せ!)


 無駄かもしれない。しかし、杉田は自分の体に命令するように心の中で叫び、上体を起こした。勢いが自分を後ろに運んでいくのを無理やり殺し、前を向く。そのまま一歩足を踏み出して、その場に踏み止まった。即座に見た視界には、シャトルを追う刈田の姿。だが、突き出したラケットがシャトルを捉えきれずにコートの外へとシャトルを飛ばしていた。

 シャトルが明らかにアウトなのを見て、杉田はバランスを崩してコートに倒れこんだ。急な動きに悲鳴を上げる体を落ち着かせるために下を向いて息を整える。その間に、審判の言葉が聞こえた。


「ポイント。トゥエルブテン(12対10)。チェンジエンド」


 杉田は少し間をおいて立ち上がる。その顔は特に感情を感じさせないように、素の表情。

 だが立ち上がる前にはかすかに笑みを浮かべた。


(まずは、一段階クリアだ)


 コートチェンジの間に、杉田は自分の第一ゲームを振り返る。攻めきれた理由と、刈田につけ入れられた隙の分析。

 ネットの向かいからは刈田の静かなプレッシャーが押し寄せてくる。いつもの刈田とは違う、前面に押し出さない怒り。全ての力を、杉田を叩き潰すために使ってくる。そんな意志をひしひしと感じて、杉田は自然と汗が流れ落ちていた。


(ふぅ。あいつの本気か……)


 第一ゲームを取る。それが、このゲームを取るために必要なことだった。第二ゲームを取ることを諦めてはいないが、やはり格下の自分にとっては先制出来てようやく並んでいることになる。


(でも、今のあいつは関係ない。俺が強くても弱くても、今の試合を勝つことだけに集中してやがる。全道経験してだいぶ変わったみたいだな)


 今までならば、怒りで戦略が一辺倒になる部分もあった。ジュニア大会ではそこで押し切られたが、今はその攻撃も何とか弾き返せる。しかし、今の刈田は自分の持てる力を試合を勝つためだけに使ってくる。そこには純粋な想いだけ。それは隙がないということだ。


「っし」


 小さく気合を入れて、刈田へと向き合う。シャトルは既に足元にあり、拾い上げて羽を整える。第二ゲームの始まりはすぐに審判が告げるだろう。第二段階がそこから開始される。刈田に勝つために頭の中でシミュレーションしたことを、何とか達成しているが、これからは本当に綱渡りになるだろう。


(最悪、このゲームは取られてもいい、でも、そんな気持ちじゃ、あいつには絶対勝てない)


「セカンドゲーム、ラブオールプレイ」

『お願いします!』


 審判のコールにより第二ゲームが開始されて互いへ声を掛け合った後、杉田は「一本」と呟いてサーブ姿勢をとる。刈田もまたレシーブのために体勢を整えると一気にプレッシャーが強くなってきた。大きな山がはるか高く自分を遮っているかのような感覚。その高さを越えるように、杉田はロングサーブを強く高く上げた。

 大きく弧を描いて刈田のコート奥へとシャトルは向かう。その下に移動し、構える刈田。左手をだらりと下げて、ラケットを掲げる独特な体勢。スマッシュに備えて杉田が腰を落とした時、今までのプレッシャーの質が変化した。


(――あ)


 背筋にはっきりと昇る悪寒。それは、全道の時に経験した感覚に近い。

 淺川亮のスマッシュを受けた時と近似したものだった。


「はっ!」


 刈田の声が聞こえ、ラケットがシャトルを叩く音。

 そして、コートへの着弾音。

 全てを認識できて、全てに反応できなかった。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」

「らぁ!」


 刈田の咆哮に後押しされるように、ようやく杉田はコートに落ちたシャトルに視線を向けていた。


(全然、反応できなかった)


 杉田は自身の鳥肌を止められなかった。

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