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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
186/365

第186話

 武のダブルスの試合が終わってからも、特に波乱のないままにタイムスケジュールは消化されていき、遂に各学年のベスト4が揃っていた。


「集合!」


 庄司がバドミントン部の部員全員を自分の前に集めさせる。他校からも、その光景は既に試合も終盤に差し掛かっている証として一つの名物となっていた。

 その中心にいるプレイヤーもまた、周知の事実。


「皆、集まったな。ベスト4まで終了したところで、残ったのはシングルス二人とダブルス四組だ。まずは相沢と林」


 武は緊張してみんなの視線を受け止める。何度か経験しても、この時は慣れない。林は逆に「どうもー」と気楽に声をかけていた。次に紹介された吉田と橋本は堂々として。次には一年女子の寺坂と菊池が呼ばれた。


(へぇ。寺坂も強くなったな)


 小学生時代。同じ町内会で汗を流した。小さな体で頑張る姿がほほえましく、たまにシングルスなどをするなど親しい後輩といったところだった。中学に入って少し疎遠になってしまったが。

 最後に男子一年ダブルスは竹内と田野。順調に行けば、決勝で翠山中の藤本達と当たる。

 浅葉中はダブルスが強いという一つの証明。


(試合終わったらおめでとう言っておこう)


 次にシングルス。

 第三シードとして面目を保った杉田。そして名実共に北海道の代表としての貫禄がついてきた早坂。市内大会ではおそらく負けはないと誰もが思っていた。部員達も早坂よりは杉田のほうを心配している。次は第二シードの刈田との試合だからということもあるだろうが。


「早坂も気を抜くな。お前達の年齢では急に実力がついて台頭するなんて十分ありえるからな! 勝った者は今日勝ちきるために。負けた者は明日勝つために、試合をじっくり見て考えるように」

『はい!』


 全員で声をそろえたところで、アナウンスが流れる。

 タイミングを合わせて各年、シングルスダブルスのベスト4を集めたのは、同時に試合を行わせるためだ。

 各学年。各種目が二試合ずつ。まずは一年男女のシングルスとダブルスでコートが八面埋まる。

 これが終わるたびに二年の試合が一つずつ入っていくのだ。

 竹内と田野。寺坂と菊池がフロアへと向かっていった。既に他の部員は試合を良いポジションで見ようと手すりを移動していく。


「相沢。少し打ってくれね?」


 そう言ってきたのは杉田だ。武は頷いて一緒に客席の場所から体育館の共有スペースへと出る。

 試合も終盤で、朝のうちはたくさんいた基礎打ちの面々も、いまは武達しかいない。


「随分寂しくなったな」

「いつものことだろ」


 武は言いながらシャトルを低い弾道で打った。やることは分かっている。杉田も「何を」とは問わずにドライブを武へと打ち込んだ。武も体勢を低くして強くシャトルを打ち返す。

 シャトルが二人の間をピンボールのように弾かれ続ける。何度も打っている間に武の背中にじわりと汗が浮かび始めた。自分がそうならば杉田もまた体は温まっているはず。


「相沢。俺、どうしても刈田に勝ちたいんだ」


 杉田がシャトルを打つ合間に言う言葉を、武は一つ一つしっかりと聞く。相手に勝ちたいという気持ちは誰もがあるだろう。だが、杉田から聞くのは意外な気がしていた。強くなって、初めて全道大会に参加しても、あまりいつもと変わった様子はなかった。第一シードの淺川に負けてもドライでいたはずの杉田。

 そんな杉田が刈田を意識している。


「ジュニア予選で負けてから、なんかあいつと試合するのが楽しみでさ。卒業までに絶対、勝ちたい」

「今日を逃せば、もしかしたらチャンスは中体連までないかもしれないしな」

「ああ。今日こそ、勝って小島と試合する」


 杉田なりの心境の変化。その強い気持ちに押されるように、打ち出されたシャトルが武のラケットから弾かれた。


(杉田……なんか、本当に強くなった)


 今ならば自分もシングルスでは危ないのではないか。そう感じるほど、ショットの威力も精度も上がっている。シャトルを拾って杉田を視界に収めたところで、試合のコールが響いた。

 第一シードの小島と第四シードの長井の試合。ジュニア予選で長井を破ったことでの今の位置。

 おそらくあまり間を挟まずに呼ばれるだろうと、杉田は武に目線で終わりを告げた。


「頑張ってこいよ」

「お前もな」


 杉田は笑ってフロアへと降りていく。武は後は追わなかった。自分の出番ももうすぐやってくる。林と一緒に最大のライバルである安西岩代との試合が。吉田もまた、川瀬と須永という明光中のナンバー2との試合だ。ある意味、浅葉中と明光中のパワーバランスが分かる。


(なんだろうな。なんか、各自のパワーアップのほかに意図がある気がするんだけれど)


 武はそう思わずにはいられない。吉田や庄司はいつも、二手三手先を読んで行動していると考えていた。


『試合のコールをします。二年男子シングルス第二試合、翠山中、刈田君。浅葉中、杉田君。第二コートにお入りください』

「っし!」


 武は頬を両手で挟むように叩き、客席へと戻る。扉を開けると既にコートからの熱気が伝わってくるようで、体に緊張が走った。浅葉中の場所からフロアを見下ろすと、杉田と刈田の姿がコートに見えた。既に審判も立っていて、二人は握手を交わしている。

 じゃんけんで勝ったのは刈田。そして杉田は天井と壁を一通り見回して、コートを今の刈田がいるほうに指定する。


「コート選んだんだ」

「なんだろ? 何か理由あるのかな?」


 傍で眺めていた吉田の呟きに武が尋ねる。

 吉田は首を振ってその考えが分からないと伝えてきた。だが、武は三年と試合をした時の笠井を思い出していた。

 その時は、体育館の構造上、見づらいところがあるという理由だった。


(杉田もそのあたり気にしたのかな?)


 ただ選んだとは思えない。杉田もまた、勝つために思考することの大切さを学んでいるはずだった。

 いや、それを言えばこの場にいる全員か。

 審判が一通りの定型句を紡ぎ、審判が試合開始を告げる。

 二人が同時に咆哮し、シャトルが空を舞った。

 刈田のロングサーブに対して杉田がストレートスマッシュを打ち込む。刈田はバックハンドでクロスのロブを上げて、杉田の体をのけぞらせる。だが杉田はラケットを伸ばしてシャトルに触れ、ネット前に落とした。


「なろ!」


 武にも聞こえる声で刈田が叫びつつ、前に突進する。コートに穴を空けそうな踏み込みで、大きな音を立てながらシャトルを拾う。ヘアピンが綺麗な弧を描いて返った所に、同じように踏み込んできたのは杉田だった。


「はっ!」


 バックハンドプッシュで打ち込んだシャトルは刈田の顔面左横を通り抜けてコートに着弾した。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」

「ナイッショー!」


 武の声に杉田は片手を軽く上げて答える。その様子は周りのことは聞こえていても、目の前の相手に集中している状態。武がたまに『入る』状態だ。


「今日の杉田、調子いいな」

「それもあるだろうけど、ジュニアあたりからずっと目標にしてるんだろうからな、刈田を」

「今日は勝てるかな?」

「わからん。ただ、刈田も全道経験して間違いなく変わってるからな」


 いくら外で言葉を重ねても、コートの中の選手の後押しくらいにしかならない。結局、今、自分達が持っている戦力が相手を上回るかどうかしかないのだ。

 杉田の様子を改めて見る。ロングサーブを打ち、刈田の攻撃を待つために腰を落とす。無駄に力が入らず、どこにも動けるような体勢。じっくり見ると、杉田はもう立派なシングルスプレイヤーになっていた。

 刈田のスマッシュは相変わらずの爆音を響かせて杉田のコートへと飛んでいく、杉田は振り遅れないようにラケットは振らずに、進行方向に差し出すだけ。シャトルがラケットヘッドに当たり、威力をほぼなくして返って行く。それはネットぎりぎりを抜けて、すぐに落ちるような軌道。刈田は反応できずにその場に留まったままでシャトルを見送った。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 杉田はガッツポーズも最小限で、次のサーブの場所へと移動する。シャトルは刈田が最初から拾うと思っているようだ。その意図を汲んだのか、刈田も前に出てきてシャトルを拾い、杉田へと静かに返す。


「あいつ、やるな。別に自分で取りにいってもいいのに、拾わせることで点取ったってのはまぐれじゃないって思わせようとしてる」

「……そこまで考えてるか?」

「俺ならそこまで考えるね」


 吉田の言葉に苦笑しつつ、杉田の思惑を考える。いろんなことを試合で勝つために結び付けようとしているのは確かだけれど、武には単純に無駄に動きたくないというようにも見える。


(長期戦になることを見据えて。自分はあまりラリー以外動かないで、相手を少しでも動かそうとしてるのかとも思ったけれど。どうなのかね)


 色々考えても仕方がないと思っていても、やはりそちらのほうに考えが向いてしまう。試合をしていない時でも試合の展開やどう打つかなどを考える。自分もバドミントンプレイヤーになってきたのかもしれない。

 杉田は再びロングサーブで刈田を後ろへ動かす。そこから今度はハイクリアで杉田を奥へ追いやる刈田。

 シャトルを次は左斜め前にクロスドロップで打ち込む。刈田は中央に戻ったところですぐに右前に右手を伸ばしてラケットを届かせる。ヘアピンをストレートに打ったところに飛び込む杉田。

 それは先ほどの展開の繰り返し。杉田がバックハンドプッシュでシャトルを打ち込んで、二点目。

 その瞬間で脳裏に過ぎったのは武だけではないはずだった。

 だが、シャトルがプッシュされた瞬間に刈田がコンパクトにラケットを振った。


「らぁ!」


 声とシャトルを叩く音が同時に聞こえ、シャトルが杉田のコートを切り裂いて着弾していた。

 ラインズマンの手がサイドに広がる。


「アウト。ポイント。ツーラブ(2対0)」


 審判のコールに刈田はラケットを何度か振りながらレシーブ位置に戻っていく。杉田はしばらくその後姿を見ていたが、シャトルを取りに戻った。


「当てた」

「ああ。しかも、多分あれは狙ってやってる」


 吉田は感嘆のため息をついて刈田の姿を見ていた。先ほど打ったのがアウトになったといっても特に意気消沈しているところはない。武は杉田へと視線を向ける。逆に杉田のほうがどこか動揺しているように見えた。


「ああいう展開が全道でも何回かあった。そのたびに刈田は取れなかった。あと、反応も出来なかった。ああやってラケットを振れれば、後に繋がる可能性は残る。今回も、アウトにはなったが自分のコートに落ちるよりは相手からサーブ権を取り返すチャンスは残った」


 あまり吉田が刈田のことを誉めるというところを想像していなかった武は、饒舌な吉田にどこか違和感を覚える。

 しかし、すぐにある考えに思い至った。


(吉田のやつ。刈田が上手くなって嬉しいんだろうな)


 元々、市内で小学校時代に競っていたのは刈田だったはずだ。今はダブルスとシングルスに別れ、それぞれ目標は異なってしまっても、同じ世界を見てきたはずだ。結果の差はついていても、刈田は、吉田にとっても同じ位置に立っていて欲しい男なのだ。

 それは武は知る由もなかったが、早坂が武へと感じた思いに似ていた。


(杉田も強くなってる。でも、刈田もこの短期間で伸びてる……凄い)


 共に全道を経験した二人。やはり他の面々とは何かが異なっていた。それは単純によりレベルの高い試合に参加したというわけではない。そこで経験した一瞬一瞬が糧になっているということ。そういうことが出来る人間というのは限られているのではないかと思う。


(どうすれば強くなれるのか。どうすれば、試合に勝てるのか、考え続けた結果か)


 杉田は次にショートサーブを打った。ロングサーブの軌道でシャトルに当たった瞬間にラケットを止める。

 シャトルは綺麗な軌道を描いてネットを越える――越えようとしたが、刈田のラケットに阻まれて弾き返されていた。


「サービスオーバー。ラブツー(0対2)」

「しゃー!」


 刈田はラケットを掲げて自分を鼓舞する。今まで杉田主導で進められた試合展開を完全に断ち切るために。

 技術や精神力のせめぎあいは既に始まっている。


「長期戦になるな」

「やっぱりか」


 吉田の呟きに反応した武の言葉に、吉田が更に尋ねる。


「やっぱりって?」

「いや、さっきそう思ったんだ。杉田は極力ラリー以外は動かないで体力温存するのかなって」

「……そうかも、しれないな」


 吉田は言葉を一つ区切って、呟いた。


「今のあいつらはどっちが勝ってもおかしくない」


 その言葉に、武は緊張してつばを飲み込んでいた。

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