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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
184/365

第184話

「お疲れ様」

「ありがと」


 武が差し出したスポーツ飲料を手にとって口を開けると、大地は一気に半分くらいまで飲み込んだ。口を離して「ぷはぁ」と息を吐き出す。その顔はほっとしたような、少し残念だというような微妙な顔をしていた。


「小島は強かったよ」

「そうか」


 フロアを出て少し奥まったところにスペースがある。ガラス張りで外が開けて見えるそこは、誰も人がおらず休憩にはちょうどよかった。敗者審判を終えて、完全に一息ついた大地を追いかけて武もやってきた。


「もう少しで男子ダブルスも始まるから、俺もそろそろいくわ」

「うん。相沢、頑張って」


 大地に宣言してから進もうとして、ふと振りかえる。大地は武には気づかなかったのだろう。外の景色を見ながら、かすかに体を震わせていた。武には伝う雫も泣き顔も見えなかったが、大地は精一杯耐えているのだと思い、何も言わずにその場を離れた。


(大地……悔しくないはずはないよな)


 二年シングルスの試合は男女とも時間通りに終了した。下馬評通りに四隅は危なげなく試合を進め、二年男女のダブルスへとシフトしていく。武の出番は第四シードということで少し後。一回戦は試合はなく、各々が集中力を高めるために動いている。武はその中で大地の傍にいた。

 吉田に言われた、武がなくした何かを見つけられるかもしれないという思いもあったから。


(大地の諦めなさ。俺は、出来るのかな?)


 全道での戦いでは、諦めることはなかったと思う。常に目の前の相手に勝つために最善を尽くしていて、勝ち負けを考える余裕がなかったということもあった。だからこそ勝てたとも言えるが。


(吉田は何をなくしたかもって言うんだろうな。きっと、俺だって、諦めないのに)


 どこかモヤモヤとしながら、武はフロアへと足を踏み入れた。一回戦も終わり、二回戦。シード選手が登場する。

 既に安西と岩代は試合を始めていて、優勢に試合を進めてるようだった。自分も林と共にもたついてはいられない。試合をするコートに当たりをつけて近づくと、そこには既に先客がいた。


「あ、よろしく」

「よろしく……?」


 先に声をかけられて相槌を打ったが、武は目の前の男をどこかで見たような気がしていた。


(誰だろ……見覚えあるんだけど)


 何故か鼓動が早くなり、胸を押さえる。確かに見たことがあるはずなのに思い出せない。喉元まで掛かって出てこない曖昧さが気持ち悪い。


「相沢。先に来てたんだ。はやいなー」

「あ、林」


 後ろから林に声をかけられたことで気持ち悪さは霧散する。自然体の林に癒されながら、武は先ほどあった感覚は何かと思考する。


(明らかに、この目の前の男を見た時に感じたんだよな。バドミントン関係で険悪な関係とかあったっけ?)


 試合をしている中で何か恨みを買われているのなら、中学に入って市内のプレイヤーなら一度は倒したことがあるかもしれない。もしも勝ったことが恨みとされているのなら特定など出来ないだろう。

 武はとりあえず名前を確認しようとしたが、背中に名前がゼッケンと共に貼り付けられているため、今は見えない。

 試合のコールが開始され、後ろを振り向いた時にでも見えるかもしれない。


(とりあえず、試合を待つか)


 少しだけ意識を目の前の二人からはずして、林を見る。林は鼻歌を歌いながらストレッチに励んでいる。パートナーが変わってもいつも通り。この要素が、橋本がトリックプレイを仕掛けられる安定に繋がっているんだろう。奇をてらっていけば、上手くしないと自滅する。それを食い止めるのが林の役目。林のドライブは分かっていてもなかなかチャンス球を上げさせるようには返せないもの。バドミントンというか、スポーツとしては理想に近づいているのではと武は思った。


(吉田とのダブルスもいいけど、案外このペアでもいい成績は残せるんじゃないかな)


 安西と岩代に負けないと言ったのは自信があったからだが、改めてその自信への根拠はあると思う武。そこに、審判としてやってきた選手が「試合を始めます」とコールした。

 ネット前で互いに握手をかざし、ファーストサーバーの武と相手がじゃんけんをする。

 ファーストサーブは相手が取った。


「試合を始めます。オンマイライト。相沢、林。浅葉中。オンマイレフト。加洲かず、南原。翠山中。イレブンポイントスリーゲームマッチ、ラブオールプレイ」

『お願いします!』


 四人が同時に言葉を吐き、試合が開始される。

 だが武は構えた瞬間に先ほどの審判の言葉が脳裏を駆け巡った。


(みなみはら……南、原?)


 その人名が頭の中で反復される。その間にサーバーである南原からショートサーブが放たれた。

 お世辞にも上手いとは言えない、シャトルが浮いたサーブ。しかし、武はプッシュをネットに引っ掛けてしまった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」

「ラッキー!」


 サーブを打った南原が安堵が混じった言葉を出す。


「ドンマイ」


 後ろからは林がラケットで軽く背中を叩く。武は「すまん」と一言謝って立ち位置に戻った。次は林へのサーブ。今くらいのシャトルならば林もプッシュで叩きつけられるはずだ。

 しかし、最初のは緊張からだったのか、二回目のショートサーブはネットからあまり浮かない高さでシャトルは越えてくる。しかし林は前に出過ぎないようにプッシュをして、そのまま前衛として留まった。

 プッシュといってもバックラインを狙った長い距離のものであるため、後ろに回った加洲がドライブで抜く。林もラケットを伸ばすが届かず、武が追いついてストレートに打ち返した。

 そこに待ち構えていたのは南原だ。南原はもう一度武へ向かうようにシャトルを打ち返した。シャトルの弾道を見ながら武は振りかぶり――


(体が上手く、動かない!)


 遅れてラケットを振ったが、シャトルを捉えることができずにフレームに当たってコートの外へと飛んでいく。連続のポイント。外から見れば武のケアレスミスだが、二回続くとなると何かおかしいと気づく者もいるだろう。


(まずいな。なんか調子悪い。それを、多分あいつらは気づいてる。俺が集中で狙われそうだな)


 ネットを挟んだ向こう側に立つ二人。

 加洲と南原。

 二人とも中学に入ってからはほとんど聞かない名前。翠山中の二年ならば、刈田の陰に隠れていたということか。

 おそらくは、今も実力はそれほど高くはない。

 普段の力が出せれば難なく勝てるはずだった。

 力が出せるなら。


(南原。思い出した。あいつ、あいつは)

「相沢さん。早く構えてください」

「あ、はい」


 審判に促されて武は慌てて構える。思ったよりも考え込んでいたらしい。一度息を吐いて自分の集中力を取り戻そうとする。しかし、目の前でサーブ姿勢を整えている南原を見ると、何か思考に霞みがかかったような変な感覚が強くなる。


(南原……俺が小学生の最後に、負けた相手だ)


 約二年半前。

 小学校最後の大会。勝ち続ければ全道や全国へと繋がるような小学生の大きな大会が六月にある。そこの一回戦の試合で、武は南原に負けた。そこで武の小学校時代のバドミントンは終わりを告げたのだ。一勝も出来ないまま。

 その後、南原がどうなったのかも知らない。中学に入ってひたむきに練習し、試合で勝つ間に名前を聞かなくなった。実をいえば自分と同学年ということさえ知らなかった。


「一本!」


 武へと放たれたサーブ。シャトルは弧を描いてネットを超えてくる。前に即座に飛び出してプッシュをすればコートに勢いよく着弾するであろう、甘いショット。

 しかし武は下からロブでシャトルを跳ね上げた。高く遠くに飛ぶシャトルだったが、追っていた加洲が姿勢を崩して追うのを止めた。


「アウト。ポイント、スリーラブ(3対0)」


 アウトだと一目で分かるほどに、コートから飛び出していた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「何やってるのよあいつは!」

「早さん、落ち着いて!」


 二階観客席のフェンスに体を預けて武の試合を見ていた早坂は、その酷い内容に怒りを露にしていた。それを隣で宥めすかす由奈もめったに見られない焦った表情をしている。一年生や二年男女も早坂と由奈に注目している。


「だってあいつ、なんであんなに自滅してるのよ。一回戦だからって腑抜けた試合してるなんて許せないじゃない!」

「気持ちは分かるけど大きな声出したらみんなの迷惑だよ!」


 自分と同じくらいの声で言われて、早坂は周囲を見回し、注目されていることを知った。顔に血が上ってくるのを自覚し、心なしか体を小さくして試合へと意識を戻す。


「ごめん」

「でも武を心配してくれてありがと」


 由奈の言葉に更に赤面して、早坂は言い返そうと口を開いたが、ため息をついて止める。

 フロアでは、武が相手のスマッシュ攻勢に耐えてロブを上げているところだった。


「いつものあいつなら、あれくらいのスマッシュを前に落としてあげさせて、自分がスマッシュっていうのが戦法だけど」

「スマッシュはほとんど打つなって先生の作戦だからな。でも、それ以上に今日のあいつはミスが多い」


 早坂の言葉に答えたのは吉田だった。反対側のブロックである吉田と橋本はまだ出番がない。時間的に、武達が試合をしたコートでやるのだと思っていたが、今のままならば別のコートで試合かもしれない。


「なんで相沢、あんなにテンパってるんだ?」

「パートナーが違うからじゃない?」

「あるかもしれないけど、可能性は低そうだ」

「林はそういう緊張解くの得意だからなー」


 吉田と一緒に来た橋本が付け加える。自分もまた、林に肩の力を抜かれた一人だからか、声音には信頼が含まれている。だからこそ、早坂は橋本の言葉を信じる。そして疑問が強まった。


「じゃあなんで相沢はあんなにミスってるの?」

「緊張してるってのはあながち間違いじゃないだろうけど。その理由が分からない。林でもリラックスさせられないってことだろ……ん?」


 橋本は目を細めて武達のコートを見る。見ているのは武達ではなく相手のほう。かすかに背中に付けられたゼッケンの下にある名前が見えた。


「加洲と、南原……南原か!」

「南原って?」


 橋本が反応した南原という名前。早坂が聞いた瞬間に、逆サイドにいた由奈も短く驚きの声を上げた。


「南原ってもしかして」

「川崎も気づいたか」

「うん。顔は忘れてたけど、名前はすぐ分かったよ」


 早坂を挟んで繰り広げられる会話。吉田と早坂を置いてどうやら納得したらしい。と、早坂は由奈に向かって改めて尋ねる。


「南原って誰? あの相沢の相手?」

「うん。武が、小六の最後の試合で当たった人」


 由奈の言葉を引き継いで、橋本が呟いた。


「つまり、小学校時代の最後にあいつを負かしたやつさ」


 橋本の言葉に場の空気が止まる。次にどうリアクションをしていいのか分からない。誰もがそう思っていた。その中で一番初めに行動したのは早坂。その胸の内にあるのは怒りだ。


「そんな前のこと引きずってるってこと? でもあいつはもう強くなった。小学校時代のあいつじゃないんだし、なんで気にしてるのよ」

「分からないよ。俺もあいつが気にしてるって思ってないし。最後に負けて町内会引退してから、あいつの口から南原のことなんて聞いたことないし」

「多分、武も忘れてたんだと思うよ。忘れてなかったら、きっと試合の間とかでも話題にしてたはずだし」


 二人の言葉に、自分の知っている武像を照らし合わせる。そして同じ結論に至って、困惑した。

 集まっていた面々のところに若葉も加わり、三人から現在の状況を聞かされたが、やはり結論は同じだった。


「武は南原って人のことは覚えてないよ。てか、絶対同学年だったことも忘れてる。武は、昔からそういうの覚えてないし」

「てことは、逆に重症かもしれないな」


 同じ小学校の四人の会話が終わったところで、吉田が口を開いた。目は試合から目を離していない。得点は八対八。武のミスは多かったが、途中からミスをしないように確実に入れる、返すということをしだしてからは林のドライブから得点を重ねていた。それでも一対二で試合をしているようなもの。実力で勝っていたとしても、分が悪い。今、同点ということ自体、本来の実力差を表していた。


「南原は最後に負けた相手だし、相沢には何か俺らが分からない苦手意識があるのかもしれない。それが実際に中学で再戦することで発覚した。あいつは多分、よく分からないまま試合をしている」

「助けられないの?」

「俺らには何も出来ない。林も事情が分かっていないから、単純に相沢が調子が悪いと思って何も出来ないだろう。あそこで相沢を何とかできるのは、あいつ自身だけだ」


 吉田が言い切ったところで試合のコールが流れた。武の二つ隣のコートの試合が終わり、次の試合として吉田と橋本が呼ばれたのだ。吉田は「よし」と呟いてラケットバックを取る。


「俺らも人のことを気にする余裕はない。橋本。試合のことだけ考えてくれ」

「分かってるよ。相沢は自分でなんとかするさ」

「俺もそう思ってるよ」


 そう言いあった後で、吉田と橋本は残りのメンバーに手を振ってフロアへ向かった。残された早坂達は武の試合を見る。

 先に九点を取ったが、すぐにサーブ権を取り返されて、得点されてしまった。セティングの申請をしたようで、審判がセティングポイントを言い直している。


「あいつは技術も体力も強くなったけど、まだ心が強くなってなかったのかもね」

「早さん……」


 早坂の辛らつな言い方に由奈は悲しそうに目を細める。早坂は自分の怒りを冷ますように言葉を連ねた。


「強くなったと思っていたけど、結局それは吉田とパートナーを組んでいることで強くなったと錯覚してたってことね。吉田がいるから頑張れるって弱気な心を打ち消して。他が急に強くなったから、一緒に成長させるべきものが足りなかった」

「早さん。武のこと凄く分かってるみたい」

「心の問題に関しては、そうかもね。私も、弱かったから」


 弱かった。そして、強くなった。武や、仲間達。ライバル達のおかげで。

 武と違うのは、早坂がシングルスだったと言うこと。仲間達に支えられたとしても、試合で最後に心の強さを鍛えるのは自分ひとりしかいない。試合の間には誰も頼ることが出来ない。そうした経験をしているからこそ、武の、今更ながらの弱点に気づいた。


「ここで勝てれば、あいつは本当の意味で、バドミントンプレイヤーとして強くなれる。頑張ってもらうしか、ないね」

「うん」

「ファイトー! 武ー!」


 早坂と由奈は互いに頷きあい、若葉は武へと声を張り上げた。

 その声援が通じたのか、セティングポイントを最初に満たしたのは、武達となった。

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