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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
183/365

第183話

 ロングサーブと大地が何かのショットを打つ音。

 それに対して小島がスマッシュやプッシュを打つとともにラリーは終わり、得点が重ねられていく。

 武の激励に奮起して、何とかしてサーブ権を取り返そうと大地は打っているものの、三球目には小島の強打がコートへと突き刺さる。どうしても軌道を読めず、動くことも、ラケットを伸ばすことも出来ない。


(……駄目だ。もっと頑張らないと)


 思い浮かべたところで、何を頑張るのかと疑問符も同時に浮かんだ。今、自分は頑張っていないのかと考えれば、頑張っているに違いない。ならば、頑張るというベクトルが異なるのだろう。


(何を、どうすればいいんだろう……)


 小島からのロングサーブをとりあえずハイクリアで返す。だが、距離が足りなかったために小島はコート中央付近でジャンプからのスマッシュで叩き落してきた。シャトルは大地の目の前へと飛んだが、ラケットを少しも動かせないまま落ちるのを見送るしかなかった。


「ポイント。ナインワン(9対1)」


 いつしか、あと二点で第一ゲームが取られる。今のままならば二ゲーム目はラブゲームで終わるだろうか。大地はシャトルを拾って小島に返し、レシーブ位置に立つ。


(やっぱり無理だったのかな)


 諦めが頭も、心も支配し始める。急に小島が大きく見え始め、得体の知れないプレッシャーが体を縛り付けるようにも感じる。一分でも早く逃げ出したい気持ちになってきた大地に声が届く。


「大地! ぼさっとしてないで考えろ!」


 再び、武の声だった。その言葉は霞みがかっていた思考を晴らしていく。まるで空を覆う雲間から刺す光のように。


(どうすればいいって? それを考えないといけないんじゃないか……! 投げやりになったらそれこそおしまいだ!)


 大地は軽く頬を叩き、自分を叱咤する。それから気合を入れるために大きく声を出した。


「ストップ!」


 小島は特に影響を受ける様子もなく、ロングサーブを上げた。これまで何度もショットを試して返したが、全て沈められてきた。だから手がないといつのまにか意志が散漫なショットになってしまっていた。

 実力差があるからこそ、何倍も考えた上でショットを打っていかないといけないのに。


(橋本もいつか言ってた。常に考えて、どう打ったらどう打ち返されるかとかも考えていかないと、駄目だって!)


 どこまで出来るか分からなくても、やるという意志とともに、大地はハイクリアをストレートに打つ。今度は奥へとシャトルは飛んでいく。

 シングルスラインぎりぎりに飛んだシャトルに追いつく小島。大地は頭の中でこれから打たれるシャトルの軌跡を出来るだけ描いた。

 ストレートのハイクリアにスマッシュ。クロスのハイクリアとスマッシュ、そしてそれぞれのドロップ。

 六通りは思いつくその中で小島は何を選ぶのか。


(今まで、ずっと取れなかったなら、きっと選んでくる!)


 大地は一つだけを選び取り、ラケットを構えながら前に飛び出した。それと同時に小島もストレートスマッシュを打ち込んでくる。シャトルの軌道は大地の胸部。真正面へと飛び、大地はそこにバックハンドで構えたラケット面を持ってきていた。

 強打するとあらぬ方向に行くだろうと、打ってもぶれないように固定するだけにする。そして前に向かうことでただ弾くだけで相手コートに返そうとした。

 結果、シャトルは見事にヘアピンとなって小島のコートに返る。


(やった!)


 喜びもつかの間。小島が前に詰めてきて次の手を打とうとする。シャトルは既にネットを越えたためにヘアピンかロブの二択だろう。


(相手が僕なら……ヘアピンは取れないから!)


 大地は更に前に出る。小島レベルのヘアピンならば、ネット前に張り付いても自分は引っ掛けてしまうくらいのはずだった。でも近づけば成功率は上がる。少しでもラリーを続けるためには必要な動作。

 だが、大地の動きを見た小島はロブを上げてシャトルを奥へと飛ばした。大地の動き出しが明らかに早く、読まれてしまったからだ。


(後ろなら、全力で追いかける!)


 大地はロブが上がったのを見て、後ろに全速力で駆け出した。滞空時間が長いロブならば、落ちる前に追いつけば打てる。ヘアピンが上手くいった分、小島は低い位置から打つしかなく弾道は山形になって滞空時間は長かった。

 シャトルの下まで走りきって右足を踏ん張った大地は強引にクロスへハイクリアを放つ。小島がネット前にいたから、クロスに走るのは距離を稼げるはずと考えたから。シャトルを打つことに集中したため小島の姿は見えなかったが、体勢を立て直す時間は作れるはずだった。

 だからこそ打ち終わって大地がコート中央に戻る過程で小島を見た時、すでに落下点にいたのが信じられなかった。


「はっ!」


 小島はストレートスマッシュで大地のコートを襲う。今度は大地ではなくシングルスライン上を狙ったもの。明らかに大地のラケットが届く範囲からは離れており、ラケットを伸ばすことさえ出来なかった。シャトルはシングルスライン上に綺麗に跳ねた。


「ポイント。テンゲームポイントワン(10対1)」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「大地、だいぶ疲れてるな」


 吉田の言葉に武はゆっくりと頷いた。第一ゲームの終わりに小島から放たれたスマッシュは戦意を折るには十分な威力を持っていた。速さといい精度といい、今の大地が太刀打ちできるものじゃない。

 しかし、大地は諦めずに第一ゲームの十一点目を取られる時も対抗した。やはりスマッシュで取られてしまったが、それまですんなりと得点を献上してきた展開にはならず、何度かラリーも続いている。しかし、その中で徐々に体勢を崩されていき、最後にスマッシュを叩き込まれるという状況は変わらない。二ゲーム目に入っても、その流れは続いている。


「ポイント。ファイブラブ(5対0)!」

「ストップ!」


 審判の声に反応するように大地は叫び、ラケットを構える。既に前のゲームから数えて連続得点は十六点を数えている。第一ゲームの途中から盛り返したとしても、まだ戦意喪失していないのは武から見ても驚きだった。


「どうした? 武が大地に活飛ばしたから頑張ってるんだろ? やけに驚いてない?」

「そうなんだけど。それでも大地はそなんであそこまで頑張れるんだろうなって思って」


 圧倒的実力差というのは分かっていた。一年の試合で見た小浜と石田の試合のように、戦意喪失をしてすんなり終わってしまうことは十分考えられる。それはいくら考えても、技量やフィジカルの差を覆すことが出来ない場合があるからだ。大地もショットを組み立て始めたが、やはりその差によって得点を重ねられていく。

 いつか、糸が切れる。応援していても、武はどこかでそう思ってしまっていた。


「お前が逆の立場なら、きっと同じように諦めてないさ」

「そうかな……」


 大地に自分を当てはめてみる。諦めてしまう気もするし、やはり大地のように最後まで頑張る気もする。想像するにも、何か現実味がない。


「武。お前、少し強くなりすぎたのかもな」

「え?」


 吉田の言葉の意味が分からず、武は聞き返す。目の前にあった表情は、想像以上に深刻なものだった。


「この二年くらいで一気にレベルが上がったから、いろいろ抜け落ちてるものがあると、思う。本当はこんな時にいうものじゃないんだろうけど、気づいたからな」

「吉田……」

「こればかりは、俺も上手く言えない。お前が自覚するしかない。もし、自覚できないなら……もしかしたら、危ないかもな」


 吉田はそこまで言って黙り込む。武は尋ねようとしたが、上手く言葉が出てこず、大地の試合に視線を戻した。

 ふと、武はジュニア大会の予選を思い出していた。

 大地のデビュー戦。その時の大地も、今のように諦めていなかった。

 どんなに得点を入れられても諦めずにラケットをシャトルに届かせようと動く。やがてゲームが終わるその時まで、止まることはない。その強さを、武は思い出す。


「大地」


 着実に広がっていく点差。他の中学の選手達も興味を無くして散らばっていく。その場に残るのは、浅葉中の面々。

 その仲間達も、小島が一点を加えるたびに声援が減っていく。吉田は最初からじっと見ていて、武は叫んでいたがその声は抑えられていく。


(大地……お前を勝たせてやりたいよ。がんばってきたのに、このままじゃ、もしかしたら次はないかもしれないのに)


 また一つ、スマッシュが決まって加点される。大地はゆっくりとシャトルに近寄ってラケットを使って拾った。

 羽を丁寧に整えてから、しっかりと打ち返す。シャトルは小島の取りやすい位置に返されていた。


「ポイント。シックスラブ(6対0)」

「さあ、ストップ!」


 審判のコールが終わったと同時に、大地は高らかに吼えた。その声には絶望感などなく、まるでこれから一ゲーム目が始まるとでも言わんばかりに。その様子に武達は呆気に取られていた。いったいどこまで大地は諦めていないのか。本当に、少しも勝ちを諦めていないのか。


「一本だ!」


 その時、小島までもが吼えていた。今までと同じように淡々と得点を重ねれば問題ないはずなのに。コートの外にまで伝わってくる気迫は、全道の時に感じたものと遜色ないように武は思えた。


「なんでだ、小島はなんでそこまで」

「あいつも分かってるんだ。油断したら、負けるって」

「負ける? 大地に?」


 吉田に尋ねたところで小島がロングサーブを放ち、会話は止まる。大地がハイクリアを奥に打ち込んでコート中央に身構えた。ちょうどそこへ、小島がスマッシュを打ち込む。体の真正面に打ち込まれたシャトルに大地は反応できず、トラップしてしまった。


「ポイント。セブンラブ(7対0)」

「ラストフォーだ!」


 小島は自分自身に気合を入れるように、残りの点数を叫ぶ。まるで一点取るごとに自らの糧としているかのように。

 シャトルを受け取り、大地がレシーブ姿勢を整えるとすぐに打ち上げる。大地がストレートスマッシュを打つと、鋭くクロスに返球する。

 シャトルを追ってコートを走り抜ける大地だったが、ラケットは届かずにコートを叩いた。鈍い音とともに止まりきれず、大地は前のめりに倒れていた。大きな音に一瞬会場全体が静まり返る。審判が慌てて大地に駆け寄るが、すぐに立ち上がってなんでもないと言い返す。


「大地! ストップだ!」


 自然と武は声が出ていた。勝手に負けたと思って、周りが意気消沈している中で大地だけが頑張っているのはおかしい。試合をしている本人が一番辛いし、諦めていないのだ。ラケットを振り、シャトルを打ち続けることで見える勝利に。


「ありがとー」


 大地は肩で息をしながらも武に向かって笑みを向けた。応援が力をくれる。そう体現しているかのように。


「ラストスリー!」


 小島が叫び、ロケットのように高く舞い上がるロングサーブを放つ。ほぼ垂直に落ちてくるシャトルを、大地はしっかりとハイクリアで返した。遠く、小島のコートを侵略し、下がらせる。

 その間にコートの中央にしっかりと腰を落として防御姿勢をとる大地。だが、小島は気合を前面に押し出してスマッシュを打つ。高速のシャトルは大地の真正面に向かった。大地はラケットを持ち替えて顔の前で弾き返すが、シャトルはネットを超えることはない。

 あと、二点。小島が拳を掲げるのを見ながら、大地はシャトルを優しく返す。


「大地、あのスマッシュに当てたんだ」


 武は自分が思ったことを自然に口にする。それを聞いてか、吉田も頷きながら言葉を紡いだ。


「ああ、大地のやつ。試合の中でも成長はしてるよ」

「そうだな」


 シャトルを浮けるたびに。追うたびに、大地は力をつけているようだった。それは、けして諦めの心では得られないもの。どんな時でも、一本一本大事にシャトルを打つことで身につく力。勝利への思いを込めたショットから得られる経験だ。

 一本一本。そして一点が重なる。

 十点目が入れられて、マッチポイントでも大地も小島も今までと同じように「一本」「ストップ!」と言い合った。


「大地、よくやったな」

「ああ」


 最後の得点が告げられた時、大地は上を向いてため息をついていた。スポットライトというほどでもない。しかし、照明が大地を照らし、頬を流れる汗に反射する。武はそこで、大地の大量の汗の意味を知る。


(本当によく動いていたんだな。あの小島相手に)


 一瞬で終わらずに、最後まで抗い続けた。実力の差も関係なく。

 一人のバドミントンプレイヤーとして。


「マッチウォンバイ、小島」

『ありがとうございました!』


 小島と大地が握手を交わす。二人とも、顔には笑み。試合を通して何か通じ合ったような、そんな顔だった。


 学年別大会二年シングルス

 小林大地。一回戦敗退。

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