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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
178/365

第178話

「全員集合!」


 庄司の号令に従って、全部員がステージの前に集まる。皆を見渡せるようにステージ上に立って、庄司は言った。


「今日までよく頑張った。明日は遂に今日までの成果を発揮する学年別大会になる。今日は早めに休んで明日に備えてくれ。一年も二年も、目指すは優勝だけだ」

『はい! ありがとうございました!』


 同時に声を出す部員達。庄司は頷いて解散を指示し、部活は終わった。

 片付けは一年が行うため、自然と二年は先に更衣室へと移動していく。


「ねえ、武。今日、少し寄り道しない?」

「え?」


 更衣室へと向かう武の後ろから声をかけてきたのは由奈だった。唐突な誘いに今日の予定に思考をめぐらせて、特に問題ないことを確認すると武は答える。


「いいよ。じゃあ、着替えたら玄関で待ち合わせようか。吉田とか早坂とかも誘ってく?」

「二人だけがいい」

「……え?」

「だから、二人だけがいい」


 武は由奈の変化に戸惑う。元々、付き合い始めてから二人きりになろうとしたのは武で、由奈がその都度みんなで集まるような流れになったため、自然とそれに合わせていた。だが、今回は由奈のほうから二人でいたがっている。


「わ、分かったよ」

「じゃあ後でね!」


 由奈は武から離れて女子更衣室に向かう。武はその後姿を見ながらいぶかしんでいた。


(なんだろ。何かあったのかな、由奈)


 いくら考えても答えは出ない。特に最近は部活でほとんど話さず、一緒に帰るくらいしかしていない。休みの日もほとんどバドミントンに時間を費やしていた。今日の時刻は夜の六時。この時間に帰るのも久しぶりだ。多少、今までよりは時間がある。


(んー、まさか、な)


 一つ思い至ったのは早坂とのこと。もしかして、早坂に告白されたことが由奈に伝わったのか。自分も言っていないし、早坂も自分で言うとは思えない。

 なら態度で何かあると伝わったのか。それを今日聞かれるのだろうか。


「んー」

「どうしたよ。唸って」

「橋本~どうしたらいいんだ」

「珍しく相談してくるな」


 更衣室に入ったところで橋本に声をかける。といっても、中身を言うわけではなく困っているという事実を伝えただけだ。だが、橋本は何か気づくことがあったのか。


「早坂か」


 そう呟いた。

 武は顔が引きつるのを止められない。橋本もそれで何か察したらしくため息をついて武の肩に手を置いた。


「まあ、年貢の納め時か。正直にゲロったほうが良いぞ」

「お前はどうしてそんな見透かした感じなんだ?」

「俺はそういう人間観察が得意なんだよ」


 はっはっは、と笑いながら橋本は自分の荷物の傍に行く。武も嘆息してからバッグを開けてタオルで体を拭き、ロッカーから制服を取り出して着込む。

 他の二年は武と橋本の様子は気づいていなかったようで、手早く着替えるとすぐに挨拶をして去っていく。明日に備えて早く寝るということらしい。


「じゃ、俺も帰るわ。明日頑張ろうな」

「おう。明日は吉田もライバルだからな!」


 吉田が手を上げて言い、武も言い返す。そのまま吉田も去り、残るのは橋本と二人だけ。


「……で、早坂に告白でもされたか?」

「それをどうして勘で分かるのかが分からん」

「はは。あいつがお前のこと好きだっていうのは気づいてたからな」


 橋本の言葉に武はぐうの音も出ない。いつの時点からかというのは聞くのもはばかられた。


「それで川崎から話があるかもって思ってるんだろ?」

「そうなんだよな。どうしたらいいか迷ってる。まあ、素直に言うしかないけど」

「早坂のはちゃんと断ったんだろ?」

「ああ」


 橋本は一つ嘆息して、ラケットバッグを背負った。これ以上言うことは何もないと言わんばかりに。


「なら大丈夫だろ。その誠実さが相沢なんだから。自信持ちな」


 橋本は背中を軽く叩いて更衣室から出て行った。残るのは武だけ。後から後輩達がやってくるだろう。その前に出てしまおうと決意し、ロッカーを閉めた。


「うっし」


 両頬を張って勢いよく更衣室から出る。ちょうど片づけと掃除を終えた一年達が更衣室に向かってきていた。お疲れさん、と声をかけつつ玄関に向かう。女子は男子よりも着替えには時間がかかるはず。自分のほうが先に着いているだろう。武はそれでも小走りで向かった。

 玄関に着いたところでまだいないことを確認する。既に他の男子は帰ったようで電気も点いていない。いつでも出れるように外靴に履き替えようと靴箱を開けたところで、小走りで駆けてくる由奈が見えた。


「お待たせー」

「ちょうど今来たところ」


 まるで遥か昔の恋愛小説内の会話みたいだと武は思った。

 気恥ずかしさを抑えて、武は外靴に履き替えて玄関の外に出る。由奈もすぐ後を追って武の横に来た。

 雪も降っておらず、雲ひとつ無い空が広がっている。星が高く光って見えた。


「で、どこいく?」

「行きたいところあるんだ。遠回りになるけどいい?」


 そう言って由奈は歩き出す。その後ろをついていく形で武は由奈の背中を見ながら言った。


「いいけど、どこいくの?」

「うん。陸上競技場」

「……競技場?」


 それは武達の浅葉中がある場所から坂を下った場所にあった。

 武達が上っていく道とは別の道。吉田の家がある方向だ。夏季のランニングの時に通ったことはあったが、それ以外で向かったことはない。


「図書館もあるのに、行ったことないの?」

「あー、そういえば傍にあったっけ? 本借りて読まないし」

「武はもう少し本読んだほうがいいよ~」

「うっせ」


 由奈と会話をしながら笑い、歩いていく。二人の会話以外は雪を踏む音しか聞こえない静かな世界。まるで二人しかないような錯覚。

 そんな穏やかな空間は久しぶりだと、武は感じていた。

 全道大会から帰ってきてから、ずっと勉強と部活しかしていなかった。休みもバドミントンのためにランニングをし、部活をし、へとへとになって帰ったあとは勉強なりテレビなりで時間を潰す。合間に由奈とメールを送りあうことはあっても、二人きりで過ごすということはない。


(こんな時間がもっとあったらいいのにな)


 バドミントンは強くなりたい。しかし、こうして好きな女の子と二人で歩く時間も大切にしたい。一つにまだ選べない。せっかく、昔から抱いていた思いが実ったのだから。

 ジュニア予選の後に付き合ったのだからもう五ヶ月は経つ。それでいて進展が全くないというのも、自分達のペースなのだと諦めてきたが、そろそろ覚悟を決めるべきか。

 そんなことを考えていたから、いつの間にか陸上競技場についていたことに武は一瞬気づかなかった。


「着いたよ?」

「うぇ……え? あ、着いたか」


 目の前にあるのは白い建物。陸上競技大会では審判員がいたりする建物。そのまま観客席にもなっている。今はオフだからか入り口部分には鎖が横切っている。しかし、横切っているだけで多少つま先立ちすれば跨げる高さだ。


「行こう~」


 そう言って由奈はスカートを持ちながら跨ぐ。


「おいおい!」

「あ、横向いてて」


 スカートの中が見えると思い、慌てた武に対して冷静に向こうを向くように指示した由奈。分かっていたなら最初から、と不満に思いつつ横を向く。それでも気になり視線を横目で向けていたが、すんなりと跨ぎきって鎖の向こう側にいた。


「武も来て」

「分かったよ」


 武も同じように跨いで中に入る。由奈は客席に上がり、空を見上げている。武も滑らないように一歩ずつ丁寧にのぼって由奈の隣に近寄った。

 見てみると、どうやら自分達以外にも人が来ていたようで、踏みならされた後がある。今日は雪は降っていない。ということは、昨日の夜や、今日の間にもこの場所には人が入ったことになる。


「橋本から聞いたんだけど、結構、この場所って成城東高校の人とか来るみたいだよ。隠れスポットのようなものみたい」

「部活帰りに色々話したりかぁ。確かに、向こうの坂の上にあるもんな」


 武達が下ってきた道とはまた別で、坂の上に高校がある。競技場と道路を挟んだ向かいにはコンビニもあり、そこで何かを買ってここで話したりしながら飲み食いするというのは理想のルートと武は思った。


「で、どうした?」


 では自分達のような中学生がここで何を話すのか。

 武から切り出したのは、覚悟を決めていたからだ。早坂のことについて言及されたら本当のことを話すと。早坂には悪いが、由奈にばれるならば仕方がないだろう。


「早さんに、告白されたんでしょ? 聞いたよ」

「……誰から?」

「本人から」

「意外と、口軽いんだな、早坂」

「私が気づいたからねー」


 由奈の口調はいつもと変わらない。しかし、武はなんとなく由奈の顔を見れなかった。普段通りの口調が武からすればやけに怖かった。耐え切れずに断ったことを伝えようとしたが、その後に続く言葉は武の予想通りではなかった。


「早さんと話してね。私も気づいたんだ。武とのこと、彼氏彼女の関係じゃなかったなって」


 不穏な空気を感じ取り、武は何か言おうと思っても口から出るのは洩れる息だけ。何を言えばいいのか分からない。ただ、悪い想像だけが頭の中で回る。


「結局、今までって友達の延長というか、好きってお互い言ってても、今まで同じ感じだったじゃない?」

「そりゃそうだったけど……」

「だからね、早さんと話して、そのこと考えて、分かったんだ」


 次の言葉を、武は黙って聞いていた。まるで死刑を宣告される人のような気持ちで。


(つまり、俺達は友達に戻るってこと、か?)


 話の流れからするとそれ以外考えられない。自分は、由奈のことを友達以上の気持ちで見ているのは間違いない。しかし、由奈がそうじゃないのならば、二人の関係が終わってしまう。


「私は、やっぱり武が好きだよ」

「……え?」


 由奈の顔を見ると、由奈もまた武を見ていた。その頬を赤く染めて。外の寒さはそれほどでもない。その赤さは、寒さだけのものではない。


「だから。私はやっぱり武が好きだよって言ったの。友達よりも、好きなの」


 武は息を呑み、由奈をじっと見つめる。その視線が恥ずかしいのか、由奈は視線を逸らした。


「そう気づいたら、なんか武のこともっと好きになって、自分の中で整理つくまで時間かかっちゃった。本当はね、早さんと話した次の日に伝えるつもりだったんだけど」

「そう、だったんだ」


 いつのことかは知らないが、由奈の中にも葛藤があった。そして、自分を好きだと言ってくれる。それで武には十分だった。一度気持ちを確認しあって。早坂の気持ちを振り切って。ここにきてようやく見えた、由奈の気持ち。


「俺も、由奈が好きだ」


 気恥ずかしさを堪えて、言葉を紡ぐ。由奈が言葉にしたからこそ、武もまた改めて口にしなければいけないと思った。交わした言葉が、もう一度絡み合う。

 由奈は武を見て、微笑んだ。


「ありがとう。武」


 その顔があまりにも愛しく思えて。


「由奈」


 武は自然と由奈の肩に手を置いて引き寄せていた。

 唇が触れる感触。驚きに身をすくませた後で、徐々に力が抜ける様。

 目を閉じていても武は全て感じ取れた。

 口が離れてから二人は抱き合う。コート越しでも互いの鼓動が聞こえるような気がしていた。


「今、凄く心臓バクバクしてる」

「今の顔見られるの恥ずかしいから、しばらくこうしてて」


 武の胸に顔を埋めながら言う由奈が愛しくて、くらりとする武だったが何とか耐える。そのまましばらく抱き合ったままで武は空を見ていた。

 やがて由奈が離れて武の顔を見る。


「武。今日からまた、よろしくね」

「ああ。こちらこそ」


 言葉を交わし、二人で同時に笑顔を向けていた。


 ――そして、学年別大会の幕が開ける。


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