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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
177/365

第177話

 由奈と早坂はゆっくりと雪を踏みしめながら帰ってきた。家の方向は同じ。十分話をする時間はある。

 それでも、歩き始めて十分は二人の間に会話はなかった。


「話、聞いてもいい?」


 隣を歩く早坂に声をかける由奈。早坂は弱々しく「うん」と一言だけ発し、また黙る。由奈は一度深呼吸してから本題を切り出した。


「全道から帰ってきてからさ。なんか、武と早さんの距離がおかしく見えるんだよね」

「どうしてそう思うの?」

「んー、勘かな。小学校の時とも違うし。中学に入ってからのとも違う。だいぶ二人の仲は良くなったかなーと思ったのに、今は二人ともなんか避けてる気がする」


 由奈は自分の感じていることを素直に伝える。それが間違ってようと合っていようとあまり関係がない。

 次に切り出すことからが、今回の話の本質だ。


「早さん。武のこと、好きだよね」

「……そうね」


 早坂は少し顔を背けて肯定した。肯定した顔を見せたくないのか。そういうところが彼女らしいと由奈は少し笑う。


「どうしたの?」

「いや。早さんらしいなーって」

「私らしい、か」

「告白したの? 武に」


 早坂が自分を向いたところで、一番聞きたかったことを伝える。ストレートに伝えて、目をじっと見る。別に嘘をついて欲しいわけじゃない。ただ、事実だけを知りたい。その気持ちを早坂は分かってくれるのか。

 早坂はその由奈の気持ちに、答えた。


「うん。したよ。告白」


 由奈は胸につかえていたものが外れたような気がして、ほっと息を吐いた。それがよく分からなかったのは早坂だ。


「なんでほっとするの? 私、由奈を裏切ったんだよ」

「……別に裏切ったわけじゃないよ。だって、好きになるのは仕方がないよ」


 申し訳なさそうに謝ろうとする早坂を由奈は止める。由奈は自分の思いを更に出していく。


「だって。早さんはようやく一緒に頑張っていける人を見つけたんだもん。それが武だったってだけで。好きになったのは悪くないよ。好きになって、気持ちを伝えたいって思って、伝えるのを、私に止める権利なんてないし」

「……でも、由奈と相沢が付き合ってるのを私も、皆も知ってるし」

「それでも止められないから、好きなんだと思うんだぁ」


 由奈は空を見上げて、背伸びをしながら両手を広げた。寒さに少し硬くなった体を解きほぐして、自分の中の思いを開放していく。


「私もね。たまに武が好きでたまらなくなるんだ。よく分からないけど、武の声も聞きたいし、顔も見たいし。だから無意味に電話しちゃったり。この前もお母さんに携帯の電話代かかるって怒られちゃった」

「由奈……」

「小さい時から一緒にいて、いつの間にか武が好きになってて。武の駄目なところも知ってるし、かっこいいところも知ってる。そんな武を、早さんが好きになってくれた。なんか、嬉しいんだ」


 素直な気持ち。

 大好きな男の子と大好きな同性の友達。

 自分にとって大切な人達だからこそ、そこに恨みなんてない。

 たとえ。


「武が早さんを選んでも、私は嬉しいよ」

「ちょっと、由奈……」


 由奈の言葉に驚いて早坂は思わず由奈の肩を掴む。振り向いた由奈の顔はいつもと変わらない。自分の告白が由奈をおかしくしたのかと不安になった早坂だったが、そんな様子は少しも見えなかった。

 由奈は早坂を安心させるように続ける。


「何言ってるのって思われそうだけど、本当に素直な気持ちなんだ。幼馴染の時間が長くて、もしかしたら彼氏彼女って関係が曖昧になってるからかもしれない。このまま、もし、武と彼氏彼女としては別れても。ずっと友達でいられると思うんだよね。だから……」

「由奈。分かったよ」


 早坂の口調にいつもの強いものが宿るのを由奈は感じた。それは強すぎて、自分に対する怒りのようにも由奈には思えた。


「由奈……ちょっと無頓着すぎない? それって結局、相沢は自分とずっと仲良いって分かってるから取られてもいいって言ってるんじゃない?」

「え、そ、そうじゃないよ」

「私は相沢が好きだよ。ふられた今でも、まだ好きだよ。そう簡単に次の人に行けない。割り切れない。でも、由奈と相沢がお似合いだし、仲良くしていってほしいから諦めようとしてるのに……由奈自身は彼氏彼女でいることにも執着がないなんて」

「早さん……」

「相沢とそんな関係になりたいって思って葛藤してた私が、なんか惨めじゃない」


 早坂は立ち止まって空を見上げた。自分の中の怒りを空へと放出するかのように、じっと見上げている。由奈は黙ったまま早坂の次の行動を見守るしかない。

 傷つかせる気もなく、自分の本心を伝えただけだ。

 両思いになって嬉しかったことも事実。

 しかし、たとえ他の人と付き合っても、今の関係はあまり変わらないような気がしているのも、事実だ。


「……ごめん、由奈。私の都合だよね」


 空から由奈へと視線を戻した早坂は、頭を下げる。由奈はそれを止めて、自分から謝った。


「こっちこそごめん。早さんの言う通り……私、やっぱりバカだ。武と彼氏彼女になって、なんとなく過ごして。結局あまり考えは変わってなかったのかもしれない……本当に好きだったら、やっぱりずっと一緒にいたいよね」


 早坂の気持ちを考えずに、自分の感情を出してしまった自分が情けなくなり、由奈は涙が出てきた。

 武のことが好きなのは変わらない。しかし、彼氏彼女という関係がはっきりしていないのは確かだった。今の好きという感情が、本当に恋人としての好きなのか。改めて自身に問いかけなおさなければいけないと思う。

 しかし、早坂は由奈へと言う。


「由奈。考えすぎなくていいよ。そもそも、相沢は由奈のことが好きなんだから。私が入り込む隙はないよ。でも、由奈がそんな調子なら、頑張ってみようかな」

「え……」

「由奈の感情がその彼氏彼女、ってことじゃないなら。もし相沢が心変わりしたら付き合っていいってことでしょ」


 早坂が言ったことは、自分がさっき言ったことと同じだ。

 だが、由奈は何故かそれが嫌だと反射的に思った。一体何が嫌なのか。ゆっくりと考える。

 とりあえず止まっていた足を動かして、帰り道をゆっくりと進む。

 武と一緒にいることを想像してみる。それはとても心が落ち着く。

 付き合ってからジュニア大会までの間は少し期間があり、二人きりになることも多かった。それでも、キス等いわゆる恋人同士で行うようなことはひとつも無い。それらしきアプローチが武の側から合った気もするが、なんとなく体が緊張して怯えてしまったのを見た武が止めていた。

 付き合って五ヶ月くらいになるが、いまだに手を繋ぐくらいで止まっている。

 次に早坂が武と付き合うことを考えてみる。

 二人が並んだ姿を見るのは嬉しい。でも、お互いに視線を向いているのは寂しく思えた。胸も何かちくりと痛む。

 それは自分が蚊帳の外に置かれることの寂しさなのか。それとも……。


「もしかして、由奈も遠慮してるんじゃない?」

「誰に、遠慮するの?」

「昔の自分に」


 首をかしげる由奈に早坂は言った言葉を、由奈は最初理解できなかった。口の中で、昔の自分、と何度か呟くと徐々に分かってくるものがある。


「今まで友達の関係が長かったから。どこかそれ以上に変わるのを怖かったんじゃないの? ずっと今までの関係を出来るだけ崩さないようにって思ってたから、さっきみたいな考えになっちゃたんじゃない? 自分にもっと、素直になって? 由奈は、今、相沢が好きなんじゃないの?」


 早坂の言葉が由奈の中に染み渡る。

 今までの自分。付き合いだしてからの自分を経て、今の自分。

 武が好きだという自分。その『好き』とはどんな気持ちなのか。

 一つの答えが徐々に由奈の中に固まっていく。


「私は……やっぱり武が好き」

「うん」


 早坂に話しているように思えて、自分に向けて呟いていると由奈は分かっていた。それでも、整理するためにあえて口にして、誰かに伝えるように言う。


「もっと、武の特別でいたい。友達以上とか、家族みたいとかよりも。彼女になりたい」

「それが本当の気持ちよね」


 早坂は由奈から顔を背けて足を速める。距離が少し開いたところで由奈は早坂が離れようとしてることに気づいて声をかけた。


「早さん!」

「そろそろ道が分かれるし、もう答えも出たでしょ? もう私に言えることはないよ」


 振り向いて言った早坂の顔は晴れ晴れしていた。武を好きだということも。由奈への後ろめたさも。何も隠し事がないことで得られるすっきりした笑顔。今の話をしたことで、もう早坂も自分も内にある気持ちに素直に向き合えたのだと、由奈は分かった。


「早さん! ありがとう!」

「私も。ありがとうね!」


 早坂は一度手を振ってから、走りだした。由奈はその背中が道を曲がって見えなくなるまで手を振るのを止めなかった。

 道にひとり残された由奈はまた歩き出す。自分の中の気持ちを改めて整理する。


(私は、武が好き。なんだな)


 改めて自分に言うとやけに恥ずかしくなり、顔が火照る。それまでの好きという感情がまるで偽物だったかのように、全く視界が違って見えた。明日以降、これまでのように武に接することが出来るのか不安になる。意識せずにはいられなくなるだろう。

 でも、どこか楽しみにしている自分がいる。


(全然違う生活が待ってるかもしれないもんね!)


 不安と期待が入り混じった不思議な表情になっているだろうと思いながら、由奈も小走りに家路に着いた。



 ◆ ◇ ◆



 家に着いた早坂は居間にいる家族に声をかけてから部屋へと入った。コートは玄関にあるコートかけにかけてきた為、制服を脱いですぐに部屋着に着替える。そこで、ようやく携帯電話に着信があったことに気づいた。

 部活後に電話が来ることなんてめったにないため不思議に思い、画面を見ると浮かんでいるのは『小島』の文字。


(そういえば番号交換したんだっけ)


 全道の行きか帰りか忘れてしまったが、電話番号とメールアドレスを交換した記憶はある。それっきりだったために忘れていたが、こうして電話が来ていたということは何か用だったのだろう。

 他校の自分に用とは何かと早坂は考えをめぐらせる。思いつくのは、告白関係だ。


(淺川って第一シードに負けてしおらしくなってたけど、諦めきれないのかしら)


 自分が小島に好かれていることは分かっている。実際、ストレートに自分に好意を向けてくれる小島は嫌いではない。むしろ好きなほうだ。それでも、早坂は武が好きだったし、今までは特に振り向く気もなかった。

 そう。今までは。


(もし今でも、私を好きでいてくれるなら、断る理由はないのよね)


 電話に表示されている文字をしばらく眺めていると、電話番号が表示されて、バイブレーションで携帯が震えた。マナーモードにしているために音は出ていない。着信してくるのは、小島の番号。

 反射的にボタンを押して電話に出ていた。


「もしもし?」

『おお、繋がった。もしもし、小島だけど』

「どうしたの? 一体」


 電話越しに聞こえてくる明るい声にどこか安心している自分を感じながら、早坂は会話を続ける。


『いや、早坂と無性に話したくなってさ。大丈夫だったか?』

「これからもう少ししたらご飯だから、あまり良くない」

『あっちゃー。バッドタイミングだったか』

「まあね。でも、嬉しい」


 電話越しに息を呑む音が聞こえる。早坂もまた、自分の言葉に驚いて息を呑んだ。しかし、恥ずかしいと思うよりも素直に気持ちを出せたことへの安堵が大きい。


「また後でいいなら、電話してもいいよ」

『あ、あー。なら、一時間後くらいでいいか?』

「うん。じゃあ、また後で」

『ああ! あとで!』


 元気に電話を切る小島の姿を思い、おかしくなって笑う早坂。

 自分の頬が緩むのはけしておかしいだけじゃない。

 別の感情を、早坂は楽しんでいた。

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