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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
176/365

第176話

「ファイトー!」

「一本!」


 由奈のサーブを後押しするかのように、相沢若葉は声を出す。ショートサーブを打つ相手は同じ代のもう一つのペア。実力的にはほぼ互角。だが、一度も勝てない。

 その理由は――


「あ!」


 由奈の打ったシャトルはネットに引っかかり、自分達の側へと落ちていた。

 サービスオーバーのコールを自分達でして、相手へと返す。

 今度は相手側のファーストサーバー・澤田ひとみからのサーブ。ショートサーブで打たれたシャトルに飛び込んで、由奈は浮いたところをプッシュしようと前にラケットを出す。


(早い!)


 若葉は内心叫んだが時既に遅く。シャトルはネットにひっかかり、相手の得点に十一点目を献上する。

 そして練習試合はいつも通り、波乱なく終わった。


「ポイント。イレブンセブン(11対7)。私達の勝ち」


 澤田の言葉に由奈は肩を完全に落とす。若葉もネット前に近づいて握手をした後でコートを出た。次は一年生女子のダブルスが試合をする。


「あーもう。やだ」


 由奈は体育館のステージ上で座り込み、タオルを顔に当てながら呟く。若葉は隣に座って先ほどの試合を振り返りながら、由奈へと言葉をかけた。


「由奈は前が本当に苦手だよね」

「……うん。なんか焦っちゃうんだ」


 ショートサーブが入る確率はそこまで高くない。入っても、浮いたシャトルで打ち込まれることが多かった。若葉にカバーリングの能力があればそれでもやっていけるのだろうが、残念ながら自分に強打されたプッシュを拾える力がないことは分かっている。


「別に弱くないのにね、二人のダブルス」


 会話に加わったのは、相手ダブルスの一人、岡本結花だ。試合が終わったからかロングヘアをほどいて髪を梳いている。若葉達とは別の地区であったが、小学生時代からバドミントンをしている一人。


「私とサワのダブルスは……言うのもあれだけどまだ隙があるっていうか。やっぱりローテーションが悪くて。よく真ん中のシャトルとか一緒に打ちに行ったり、遠慮しあったりしちゃうんだ」

「サワも中学校一年から始めたからね。シングルスならまだしもダブルスだとまだまだって分かるんだけど」


 サワ――澤田ひとみは今は後輩の試合を見るためにステージ下にいた。

 若葉は自分達の代を改めて探す。

 シングルスプレイヤーとして試合に出ている早坂由紀子、清水佳奈、藤田雅美、山下真紀。

 シングルスを行っているコートを見ると、今は清水と山下が打ち合っていた。若葉の目から見て、早坂がずば抜けて実力があるために霞みがちだが、他の三人も市内に限れば上位の実力を持っているように思える。

 山下は中学二年になって実力を伸ばしてきてシングルスでの座を狙うようになってきた。実力的には四番手でも、たまに三番手である藤田を負かす。

 順調に実力を上げている姿に若葉は胸の内に生まれる嫉妬の感情を抑えきれない。


「私も頑張ってるのになぁ。上手くならないよね」

「そんなこと、ないと思う」


 塞ぎこんでいた由奈が顔を上げて若葉へと言う。


「むしろ私だよ。わかちゃんの足引っ張ってるし」

「んーそれを言ったら……ってそんなお互い謙遜しあってる場合じゃないよね」

「そだね」


 若葉と由奈は笑いあい、後輩のコートを見る。

 学年別の一年ダブルスに出る二組。しかし、試合は圧倒的に片方のペアが押していた。先ほど代わったばかりだというのに、もう七点目。もう一方はゼロ点。サーブ権をどちらが最初に持ったのかは見ていなかったが、このままいけばラブゲームで終わるだろう。

 若葉や武がいた町内会の一つ下の代の女子である寺坂知美。その彼女と中学生からペアを組む菊池里香。その強さは、自分達よりも強いのではいかと思える。


「寺ちゃんと菊池さん。組み始めた頃はどうなるかと思ったけど、凄く強くなったね」

「ほんとだね。テラは小学校の時はあと一歩足りない感じだったけど。今回の学年別はいいところいくんじゃないかな?」


 学年別はもちろん活躍して欲しい。しかし、次の年度になった時の中体連は、学年関係なく実力のあるプレイヤーが上から順に出る。

 ダブルスは二組ずつで四つであるため、現在のままいけば洩れることはないが、校内の順位は試合での位置に関係する。


「出来れば、一位とりたいよね」

「出来ればじゃなくて、取らないと。負けてられないよね」


 由奈の言葉に若葉は付け加える。少しでも上を目指すように。

 その若葉の様子に由奈は不思議そうに見ていた。


「な、何?」


 若葉の問いに答えたのは由奈ではなく、岡本だった。


「わかちゃん。変わったよねー。最初の頃って、上を目指すっていうよりも周りと一緒にゆっくり成長したいって言ってたじゃない」

「ん……そうだね」


 若葉は現状と、過去の違いに思いをはせる。


「去年も今年も。最初はたくさん女子が入ったよね。五十人くらい。でも、今はこれだけ少なくなって。やっぱり少し考え方は変わるよ」


 岡本と由奈にそう言って、周りを見てみる。

 各学年五十人はいた、という人数はいまや二年が八人。一年が五人にまで少なくなっていた。最初の一月で半分が止め、夏休みまでにはほぼ一桁になる。

 強さだけを求めるわけでもなく、バドミントンの楽しさを何とか伝えようとしながら、長く続けてもらえるようにと考えながら、若葉は一年部員に接した。三年や早坂達が試合に忙しい分、中心になって後輩の指導やまとめにあたった。

 人数も多く、試合も近ければ自然と打ち合える回数は減るため、自分の練習時間を犠牲にしてまで一年の時間を確保してきたが、結局止めていく数はあまり変わらなかった。

 ただ打つだけでも上手くいかず、その後も動いて打つということも難しく。

 自分の予想と違って簡単ではないことが分かった後輩は、退部届を若葉に渡して去っていく。

 それを寂しく思い、辛く思ってきた。


「確かに皆は無理だったかもしれないけど、少しは効果あったでしょ?」


 岡本の指差す先にはもう試合が終わった女子ダブルス。寺坂知美と菊池里香が流れを途絶えさせることなく勝っていた。負けたほうの女子部員は肩を落としつつも、寺坂達にいろいろと聞いている。


「中学から初めて、ああやって負けてもちゃんといろいろ聞いて反省点を確認してたり。あれは、バドミントンの楽しさが分かったから出来ることだよね。二人とも言ってたよ。『やってたら楽しくなった。全然打てないけど、打てるようになるのは楽しい』って」


 一通り寺坂達に話を聞いたのか、四人ともコートから出る。

 次の試合はその寺坂達と若葉達だった。

 若葉と由奈は立ち上がってステージから降りてコートに向かう。


「若葉先輩~。よろしくお願いします」


 寺坂は若葉を見て愛くるしい笑顔を向けた。身長も小さく、とても中一に見えないが、実力は十分ある。小さい体で、小学校六年の時には全道に出るまであと一歩と迫ったほどだ。


「由奈先輩達と試合するのって実は初めてですよね? 今度は勝ちます!」


 寺坂のパートナーである菊池は寺坂と正反対に、中一女子としては身長が高かった。

 当人はそれをコンプレックスに思っているが、プレイヤーとしては武器になる。

 二人は典型的に、寺坂が前衛。菊池が後衛と別れているダブルスだ。自分達の得意の型に持ち込む術も長けている。

 では、自分達はどうか? と若葉は自問自答しながら試合に臨む。

 ファーストサーブは由奈が取り、サーブ位置について構えた。


(さっきのままだと、また失敗する……よし)


 若葉は覚悟を決めて、サーブを打とうとする由奈へと声をかけた。


「由奈っち! サーブは浮いてもいいから入れて! 返されたら私が返す!」


 突然の声にびっくりして後ろを振り向いた由奈へと、若葉は強く視線を向ける。不得意だから逃げるんじゃなく。今の練習の間に克服する。

 それが、正しい練習の仕方。ちゃんと少しでも上を目指していけば。

 出来ることが増えれば、楽しくなる。


(もっともっと、後輩にそれを伝えたい。そうすれば、来年はもっとバドミントンしたい人が増えるかもしれない)


 由奈が頷いたのを見て、若葉は腰を落とす。以前、武に教えてもらった守り方。格好が恥ずかしいと思っても、ちゃんと足を開いてどちらに打たれてもステップを踏んで移動できるようた体勢を作る。


「一本!」


 由奈がショートサーブを打ち、シャトルはネットから少し離れたところで弧を描く。

 寺坂が飛び込んでプッシュで若葉のフォアハンド側へとシャトルを打ち込む。若葉は由奈の背中でシャトルの行方を見失いかけたが、横に移動して着弾点にラケットを振る。


「や!」


 シャトルはしっかりとサイドラインに沿って返される。トップアンドバックで守っていた寺坂達だが、寺坂が反応できずに菊池が拾い、ロブを上げる。そのままサイドバイサイドへと変更する。


(やった!)


 返されたシャトルを追って若葉は後ろで構える。既に由奈は前にスタンバイしていて、ためらうことなくスマッシュを打てる体勢。


「やっ!」


 若葉は掛け声と共にスマッシュを真正面に打ち込む。シャトルは由奈の肩口を抜けて寺坂達のコートへと飛び込んでいく。どちらにも打ちごろのシャトルだけに、一瞬でも躊躇すれば点が取れるかもしれない。そんな思いはしかし、寺坂が前に一歩出てロブを打ち上げることで霧散する。


(やっぱり取るほうを決めてるんだ!)


 上がってきたシャトルを今度は寺坂のフォアハンドサイドへ打つ。

 武達ほどぎりぎりを狙うことが出来ないため、寺坂の打ちやすいところにシャトルが行ってしまう。寺坂はドライブで若葉の前方にシャトルを打ち込む。ここからロブを上げれば主導権を相手に渡してしまう。


(ここでまた前に落とせれば……!)


 若葉は来たシャトルへのタッチを少しだけ押さえ、前に落とすように打ち返した。

 だが、飛距離が足りずにシャトルはネットに引っかかり、床へと落下していた。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」


 由奈が自分で言い、落ちたシャトルを寺坂へと渡す。気持ちを切り替えるためか、軽く頬を両手で挟み込むように叩いて由奈は構える。

 若葉も少し後ろの位置で腰を落とし、相手のサーブを待つ。


(やっぱり。まだ思ったところに打ち込めない)


 思考が追いついても、技術が追いつかない。

 庄司がよく言う「考えた者が勝つ」ということ。若葉もそれは十分理解したつもりで、相手の手を考えながら自分のショットをするということは続けてきた。しかし、思っても上手く打ち切れない。それがもどかしい。


(一つ一つ。これから試合までに頑張るしか、ないんだよね)


 シャトルを大きく返して横に広がる。サイドバイサイドから菊池のスマッシュを受けつつ、自分の信じた道を一つずつ行くように、若葉は改めて誓っていた。



 ◇ ◆ ◇



「はー、疲れたぁ」


 汗に濡れたシャツを脱いでから、由奈は椅子に座ってタオルで汗が滲んだところを拭く。下着を軽く浮かせながら汗が溜まっている部分を拭き終えて手早く替えのシャツを着る。あまり肌を晒すのは同性でも嫌なのか周りも素早く着替えてそのまま制服まで着ている部員もいた。


「お疲れー」

「わかちゃん、お疲れ様ー。今日は早いね」

「うん。武と夕飯の材料で足りないもの買ってきてって言われちゃったから。先に帰るよ」


 若葉はそう言って誰よりも先に更衣室を出る。そのまま男子更衣室から出てくる武と合流して帰るのだろう。


(チャンス、かな)


 由奈はそう思いつつ、早坂を見た。早坂も既にスカートを穿いて、残るのは制服の上を身につけるだけ。由奈は椅子から立ち上がり、早坂へと近づいた。


「どうしたの? 由奈」


 由奈に気づいた早坂が先に声をかける。由奈は一つ息を吐き、口を開いた。


「武のことなんだけど」


 早坂の顔が強張るのを由奈は見過ごさなかった。

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