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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
174/365

第174話

 体育館の内壁に沿って、武達はランニングで汗を流していた。三年と二年。男子と女子が混ざり、それぞれが本気で先を目指している。


「あと一周だぞ! 最初にゴールして五分以降にゴールしたやつは筋トレ追加だ!」


 庄司の張り上げた声に全員が了解の返事をする。そこから走る速度が上がっていった。先頭を走るのは吉田。すぐ後ろを武が追っている。全力の武に比べて吉田は幾分余裕があるような走りを見せていた。


(くそ……負けてられるか!)


 最後の直線に入り、武は更にギアを上げる。それもその瞬間しか出せないような限界を超えたもの。ただ、視線は吉田の背中から横顔が見える位置にまで近づく。しかし、武の接近に気づいた吉田も速度を上げた。


(くっ……)


 結局、そのままゴール地点を通過して二人はクールダウンのために速度も徐々に遅くして走っていった。


「くそー。また負けた」

「まだまだ相沢には負けらんないな」

「中学卒業する前には勝ちたい」

「じゃあ俺は負けないように強くなるってことで」


 息は切れ切れでも笑いあう余裕はある。実際、入学当初に比べて体力はついたと武は思う。最初はとても遠くにいたと思っていた吉田にも、背中のすぐ傍まで来ていると感じている。

 ただ、それでも足りない。この差はなんだろうか。


(何が足りないか……やっぱり無意識に頼ってるというか、凄いなって思ってるのか)


 今、読んでいる漫画の中の台詞で、憧れてしまうとその相手を超えられないというようなものがあった。読んだ時に心臓が一気に高鳴ったが、それは自分のことを言い当てられたような気がしたからなのだろう。吉田には負けたくないと思っていても、その実、最も頼りにしている相棒だから負けて欲しくない。自分をいつまでも引っ張っていって欲しいと思っているのか。


(頼るのは悪くないと思うけど……これは何とかしないとな)


 何とかしないと、と思っていても。自分ではそこまで憧れているという思いは強くない。少なくとも勝ちたいと思っているのに、無意識のうちに頼っているとなってはどうしたらいいのか。


「よし、皆集合!」


 庄司の号令に思考を中断して駆け寄る。学年別まで二週間を切り、これからはより実践的な練習に入るという段階だと庄司は前回の練習で告げていた。


「学年別大会まであと二週間。基礎も大事だが、試合に向けてのコンディション作りを重点的に行う。コートの準備をしてくれ」

『はい!』


 準備運動が終わったところでコートを張る。今日は体育館の全域を使えるため、コートの設置も多少時間がかかるだろう。それを計算してか、庄司は武達の名前を読んだ。


「相沢。吉田。林。橋本。来てくれ」


 呼ばれた四人は庄司の前に集まる。何を言われるのかと不思議そうに庄司を見ていた顔が、次の瞬間に驚きに変わった。


「学年別ではパートナーを変更する」

『え……?』


 武は慌てて吉田の顔を見る。こういうことは、なんとなく事前に吉田は察知しているだろうと思っていた。だが、吉田の顔も他の三人と同じく呆気に取られている。どうやら完全に青天の霹靂らしかった。


「あ、あの。パートナーを変えるって、今の時期にですか?」


 吉田の言葉に庄司は頷く。


「別にこれからずっと変更というわけじゃない。学年別だけだ。確かに今の時期はリスクがあるが、逆に今の時期じゃなければもうタイミングは無い」

「どういうことです?」


 吉田はまだ納得がいっていない。武や林、橋本も同様だ。正規ペアで行くほうが良いに決まっているのに、あえてそれを崩すとは。


「学年別大会以降で、お前達が個人戦でペアを組むことは無いからな。その前にここで互いの短所を長所に変えてもらう」

「短所を、長所に?」


 橋本の言葉に応えるように、庄司は武達一人ひとりに語る。


「相沢。お前は林と組む。そして、前衛で闘うことだけ考えろ。後衛でスマッシュを打つのは禁止だ。吉田。お前は橋本と組んで、逆に前衛に入るのを禁止する。林と橋本はその逆。もちろん、試合の中でローテーション上どうしても入らなければいけない時はあるから、その場合は出来るだけすぐにポジションを入れ替えろ」

「……制限付きで試合に臨めと」

「そうだ。実践は最大の練習だからな。お前達が目指すところにいくために、今回はあえて崩す」


 質問した吉田も顎に手を当てて考え込む。理にかなっているのかどうなのか武は良く分からない。だが、自分の持ち味を発揮できる場所と逆のところで戦うというのは実力アップには確かに良いかもしれない。

 しかし、それで安西達や川瀬といった強敵に勝てるのか。


「それで、安西達に勝てるんでしょうか」

「誤解を恐れず言えば、勝てないのも仕方が無いと思っている」

「それじゃ――」

「相手は中一からずっとペアを組んできた。そして全道大会にも出ている。それを倒すのは即席ペアには難しいからな」

「だったら」

「だから、この制限付きで勝てたらお前達はより強くなれる」


 庄司の言葉に四人は黙り込む。庄司の心の内を、四人はなんとなく理解したのだ。

 学年別大会は確かに公式のもので、全力で当たるべきもの。しかし、その後に控えた大会は全道、全国へと続いているものだ。同じ大会でもランクが異なる。ここが、各自がレベルアップするための最後の場所なのだ。あとは、残りの試合の中であげていくしかない。それに間に合うように、今は無理する必要がある。


「お前達は勝てると、俺は自信を持っては言えない。さっきの理由の通りだ。だが、必ず負けるとも起こっていない。俺がお前達に期待しているのは、一般論を退けることだ。勝つとか負けるとか結果を気にするな。お前達は、精一杯考えて、勝利を目指して戦え。その結果が、勝敗だ」

『はい!』

「よし、準備が出来たらすぐコートに入って試合形式で練習を開始だ。解散!」


 庄司の言葉の後押しを受けて四人は自分のラケットバックがあるほうへと駆けて行く。どうすれば吉田を超えられるか。頼らずにいけるかと考えていた武にとって、最高のチャンスが訪れた。


(そうだ。これで、吉田達に勝てばいい。パートナーに甘えていられない)


 組むことになった林の前衛は目を見張るものがある。そして自分の後衛は全道で鍛えられたはずだ。

 だが、それらを封印して互いに不得手なところに回る。

 この状況で吉田達に勝てるならば、それは自分の甘さを打破するきっかけになるのでははいか。


「頑張ろうな、林」

「うん。よろしく。足引っ張らないよう頑張るわ」

「お互い様さ。そうなれば、フォローしていこう」


 小学校の時に組んでいた橋本とも、中学で組んだ吉田でもない。第三のパートナー。戦略の組み立ても制限の中で、一体どんなダブルスになるのか想像もつかない。


(もうこのペアで戦うことは、ないんだろうから。この二週間と大会は、思う存分楽しんで、成長しないと)


 体を軽くほぐし、橋本と吉田の準備が整ったところでコートへと入った。

 入ったところでどちらがファーストサーバーとなるか決めていなかったことに武は気づいた。


「どっちやる?」

「そりゃ、相沢じゃないか? 前衛メインなんだろ?」

「前衛にすぐ入れるっていうけど、別にセカンドでも同じだろ?」

「攻撃しかけるのにファーストのほうが前衛入る機会多いんだ。大体強い奴らは皆、前衛強い奴が入ってるさ」


 本当かと疑問符を浮かべつつ、武はファーストサーバーとして吉田達の前に立った。ネットの向こう側には橋本。やはりファーストサーブらしい。


「お前とこうやってじゃんけんするのも久しぶりな感じ」

「そうだなー」


 互いにくすぐったいような感覚。慣れないことでどうにも勝手が違う。

 じゃんけんの結果、シャトルを取ったところで、橋本の表情が変わった。


「ここから先は、本気で倒す」

「……臨むところさ。お前達に絶対勝つ!」


 気合を一つ入れてサーブ位置に戻る。自分達で開始の宣言をしてから武はサーブ姿勢に入った。

 橋本へと打つシャトルを考える。まずは後ろに飛ばすか、前に落とすか。


「相沢」


 後ろから林の声。そこで自分の中の選択肢から後ろに飛ばすを消す。


(そうだ。これは俺の前衛の練習なんだから。いきなり後ろ飛ばしてどうする)


 つまりこれはサーブの練習にもなる。橋本ならば、今の武自身の思考を読んで前に踏み込むに違いない。その読まれている状況でも、強いプッシュを打たせない。そんなサーブを打てれば、上の世界でも通用するはずだ。


「一本」


 いつもよりも静かに呟いて、武はラケットを振った。

 シャトルは鋭い弧を描いて橋本へと向かう。そのシャトルに飛び込む橋本。ラケットを前に出し、ぎりぎりのラインでプッシュをしようとする。

 シャトルは、ゆっくりと武達のコートに弾き返される。林は掬い上げるように打ち返して二人はサイドバイサイドの陣形を取った。


「ナイスショット、相沢」

「ありがと!」


 互いに労い、すぐに相手に向き合う。そこには吉田が構えて打ち込もうとする姿。


「はっ!」


 ラケットが振りぬかれるとシャトルが鋭く武へと飛び込んでくる。自分と比べても劣らない速度。それでも武はバックハンドで逆サイドに打ち返す。

 そのシャトルに橋本が手を出そうとして、遅れた。

 フレームに当たったことでシャトルはコート外へと出る。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 武は小さくガッツポーズ。吉田のスマッシュを、前の位置でより早く打ち返す。それは全道で得たタイミングだ。それは全道大会の中だけのことではなく自分の中に生きている。


「相沢、ナイスショット。凄いな」

「林も出来るだけ前の位置で打ち返せばカウンターになるよ」


 林に向けてアドバイスをする自分。それは一瞬だけ、吉田と被る。


(そうか。こうやって俺が得たものをアドバイスしていけば、林も今までよりレベルアップするかもしれない)


 考えれば考えるほど、庄司の意図はいろいろとあるんだと武は思う。

 確かに今の段階では他校のライバルには及ばないだろう。だが、二週間後に向けてこのままお互いに切磋琢磨していけば、本当に勝てるかもしれない。


「いや、勝つ」


 勝てるかもしれない、ではなく、勝つ。

 後々のためにも、次の試合は優勝する。それだけ目指す。


「林。これから二週間で出来るだけやろう」

「頼むよ。頑張ろう!」


 林の肩に手を軽く乗せて叩く。自然と、吉田が武の緊張を抑えるためにした動作と同じ。

 サーブ位置に立って次は吉田へと向かう。さすがに橋本に相対した時とは違い、圧倒的なプレッシャーが襲ってくる。それは全道で川島達や橘兄弟と対戦した時に勝るとも劣らないもの。


(吉田のやつ……相手にしてみるとこんなに怖いのか)


 どんなに綺麗なショートサーブを打っても確実に強打されるような錯覚。それは全道で吉田のショットを後ろ絡み続けてきたことからくるものなのか、事実なのか。


(吉田は浮かないシャトルでもプッシュできる。だから、俺が出来るだけコースを限定させて、林に打ち返してもらうしかない)


 武は体勢を崩さないままで深呼吸をしてから、林に振り向かずに言った。


「シャトル行くから打ち返すのよろしく!」

「おう!」


 返事を確認したうえで、武はショートサーブを放つ。狙いはセンターライン付近。相手に届く最短距離。シャトルは白帯の上をぎりぎりで通り抜け――


「はっ!」


 ――ようとした瞬間、打ち返されたシャトルが武の胸部に当たっていた。


「わり。大丈夫か?」

「……ちっくしょー」


 目の前に落ちたシャトルを吉田へと返す。まだまだ届かない。それでも、届かせて見せる。

 武の挑戦は始まった。

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