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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FinalGame
172/365

第172話

「試合、してくれ」


 そう言ってきた川瀬の顔を見て、安西は呆れ半分でため息をついた。最近では同じ部活の時間で三度は試合をしている。明らかにオーバーペースで試合を挑まれてさすがに安西は断ろうと口を開きかけた。


「いいよ。やろうぜ」


 安西を遮って言葉にしたのはパートナーである岩代だった。既に二回全力の勝負をしていて自分と同じくらい疲れているというのに、その顔には笑みが浮かんでいた。川瀬は礼を言って須永を迎えに行くためにその場から離れた。


「どういうつもりだ?」

「どうって。試合しようって言って来てるんだからすればいいんじゃないか?」

「毎日毎日、三回はしてるんだぞ。さすがに疲れるだろ」

「ああ。でも安西も分かってるんじゃないか?」

「何を?」

「あいつらが強くなってるってこと」


 岩代の言葉を反芻して、過去を思い返す。

 全道大会から帰ってきて最初の練習から、川瀬と須永は安西達と試合をしたいと言ってきた。今までも練習の中で終わりに勝負をすることは多少あったが、ここまでしたことはない。時間の関係で一ゲームのみだが、一度も負けたことは無い。それでも、ここ最近は油断すれば負けそうになるという展開は増えてきた。

 疲れが原因と思おうとしたが、そうではないことは岩代の言葉からも明らか。


「確かにな。慣れてきたってわけじゃない。あいつらがどんどん強くなってる」


 そこまで会話したところで、川瀬と須永が戻ってきた。二人ともこれまで部活で同じだけの練習量をこなして体力は低下しているはずだった。それでも、瞳に灯るやる気に安西は気押される。


(全道でやっぱり燃えるものがあったんだろうな)


 まるで夢のように思えた三日間。だが、それは紛れも無い現実で。自分達の力不足を痛感した。同じ高さでしのぎを削っていると思っていた武と吉田が、第一シードを破り、自分達が敗北した橘兄弟と激闘を繰り広げて勝利した。一気に遠くに行かれてしまった、取り残されたという思い。

 安西にとって全道大会は勝てた喜びよりも、頂の高さに跳ね返された苦痛の記憶しか残っていない。


(だからこそ、強くならないとな)


 強くなりたい。その思いは川瀬と須永から十二分に伝わってくる。そして実際に彼らは強くなっている。もし彼らの波に乗ることが出来るなら、自分達もより成長できるのではないか。

 いい言い方ではないが、川瀬と須永を利用しよう。

 そう心で呟いて安西は覚悟を決めた。今日三度目の試合。市内では、武と吉田のダブルス以外には負けない。それを一つの約束として、守りきると。


「よし、やろうぜ。でも今日はこれで終わりだからな」

「おーけー」


 須永が口を開いたことで、周りの部員がどよめく。須永が自分から率先して言葉を発することはしばらくなかった。それだけ今までと違う二人を前に、安西と岩代は呼吸を整えて気を引き締める。


「岩代」

「ああ。相沢達以外には、絶対に負けない」


 岩代の言葉に頷いて前に進む。安西は川瀬とじゃんけんをし、サーブ権を手に入れた。シャトルの羽部分を整えてからゆっくりとサーブ姿勢をとる。バックハンドからゆっくりとラケットを動かしてショートサーブを放った。

 そこに飛び込んでくる川瀬。ラケットヘッドをネットぎりぎりまで伸ばしてぽんと軽く押す。強くは無いが、前に入る安西から逃げていくようにシャトルは落ちていった。


「はっ!」


 安西はほぼ横っ飛びでシャトルをバックハンドで拾い、奥へと返す。そこから後ろに飛びのいてサイドバイサイドの陣形を整えようとしたが、後ろに下がるタイミングと同じところにシャトルがスマッシュで飛び込んできた。

 安西はラケットを咄嗟に振って当てると、ネット前に落ちるようにシャトルが跳ね返る。岩代が代わりに前に入って同じく前に入った須永をマークする。ネット前に落ちてきたシャトルを須永は力を全く入れず、ただ落下点にラケット面を差し出しただけ。結果、シャトルは小さく弾んで岩代へと跳ね返ってくる。

 岩代はネットぎりぎりだったために触れないように高く上げるので精一杯だった。そのまま後ろに下がり、安西と場所を入れ替えてのサイドバイサイドとなる。


(岩代が前に落とせない。それだけ厳しいコースになってるってことか)


 昨日まで出来なかったことが出来るようになっている。川瀬と須永の成長ぶりは安西の中で驚きと戸惑いの感情を強くしていく。


(まるで全道の相沢達みたいだ……)


 急激な速さで伸びてくる。そのまま追い抜かれそうになる恐怖が体を縛る。安西はその呪縛に捕まり、シャトルを捉えるためにラケットを動かそうとしたが、出来なかった。


「どうした? 安西」

「いや、なんでもない」


 岩代にそう伝えて構えなおす。

 大丈夫とは言ったが、そう言い切るには不安が残る。それほどまでに川瀬達にプレッシャーをかけられている自分がいる。だが、安西は顔を振って頬を張った。乾いた音が響き、岩代や川瀬、須永を含めた部員全員が安西を見る。


「っしゃ! ストップだ!」


 何かを吹っ切るように叫んでレシーブ位置に立つ。サービスオーバーでの空いてサーブ。このまま止めようと安西は吼える。


「安西。あんまり気負い過ぎるなよ?」

「分かってるよ。ただ、負けてらんねぇなって思って」


 全道では、岩代をたしなめるのが自分の役目だった。自分が出来ることを見定めて、それをこなすことだけに力を注いだ。自分の実力以上のことは出来ない。しかし、実力相応のものを出せれば、全道でもいい勝負が出来るに違いないと。

 しかし、その思いは橘兄弟に打ち砕かれた。

 岩代を奮い立たせるために常に励ましていたが、何よりも自分が逃げ出したかった。自分はけして強くない。どのショットも十分戦力にはなるが、これといった武器を見出すことが出来ない。それこそが自分の最大の弱点だと気づいてしまった。

 岩代はその身長の高さから振り下ろすスマッシュは武器になる。川瀬や須永は二人とも前に飛び込む速さやネット前プレイの精度が上がってきた。いずれも、ライバルである武達のプレイを見てのことだろう。


(俺には何がある?)


 自分に足りない何かが見つかればいい。

 そんな思いが、川瀬や須永の試合の申し出を最後には受けていた理由だと、安西は自分の正直な気持ちを自覚する。

 強くなる仲間。遠くなるライバル。挟まれて動けなくなってしまう。

 そんな閉塞感を打ち破るためにも、後から追いかけてくるライバルが必要だった。


(川瀬と須永。こいつらなら、一緒にやってきたこの四人なら、強くなれる)


 中学校一年で初めてバドミントンに触れた。それまで一度も触れたことが無いことをやりたいと思い、四人で体育館の扉をくぐって、今までいろいろなものを見てきた。上達するだけで嬉しかった頃から、負けて本当の悔しさを知った学年別。それを与えた武達ライバルの存在。

 その中で流れに任せて成長してきたが、もうそれだけでは駄目という段階にきているのだろう。


(川瀬達は、自分達がどういう風に強くなりたいのかを、見つけたんだ。全道で。そこに向かってどう進むかを、見出してるんだ)


 だからこそ、ここまで強くなれたのかもしれない。

 そして自分ももっと強くなれるかもしれない。

 安西は試合の中で川瀬達と対峙しながらも、時折今までの出来事を思い出していた。過去から続く現在。そして未来に続く道。そこへ一緒に歩く彼らの姿を。


(そうだな。俺達は、岩代と俺だけじゃなくて。お前達もいたんだよな)


 一年の終わりから今まで。ずっと他校の武や吉田のことを意識してきた。自分達のライバルだと目標とし、勝つことを目的としてきた。

 だが、安西は改めて目の前の仲間を見る。

 一番身近に、自分や岩代を高めてくれる仲間はいるのだ。共に上を目指していける仲間が。


「ポイント。フォーティーントゥエルブ。マッチポイント(14対12)」


 いつしかポイントは十四対十二。

 川瀬と須永のマッチポイント。

 意識が試合に集中しきれていなかったと言われれば、原因の一つだろう。だが、全道から帰ってきてからの少ない日数で明らかに川瀬達の力が上がった。シャトルへタッチする位置、速度。前衛や後衛へとローテーションする速度。相手の隙を探す力。

 全てが全道前と別人だ。


「一本」


 それでいて普段と変わらない寡黙さ。必要以上に気合を前に出さない、武と吉田とは真逆のスタイル。安西と岩代もモチベーションで普段以上の力を出すタイプだけに自分達とも違う。二人はどんな思いで自分達を、武達を見てきたのだろうか。


「はっ!」


 高く上がったロブを渾身のスマッシュで打ち返す。それを須永が前でインターセプトし、プッシュで弾き返した。そのままシャトルは安西の目の前に落ちて――。


「ポイント。フィフティーントゥエルブ(15対12)。マッチウォンバイ、川瀬、須永」


 遂に。中学に入って初めて、負けた。その事実はすんなりと入ってくる。同じ時期に始めて、今まで負けなかったのがある意味おかしいのだ。部活の中でしている努力の量はそこまで変わっていないのだから。


「やった……」

「やった!」


 落ち着いて敗北を受け入れる安西と岩代。その二人とネットを挟んで向かい側で、川瀬と須永は天井を見上げて歓喜の雄たけびを上げた。

 ラケットを取り落としそうになるほど腕を大きく振り、川瀬は須永と抱き合って喜ぶ。須永もまた何度も「やった」という言葉を繰り返して勝利を噛み締めている。 

 先ほどまで感情を全く見せなかった二人が、自分達に勝ったことでここまで喜ぶとは思っておらず、安西と岩代は呆気に取られる。それは他の部員も、顧問の教師も同じだったらしく誰もが動きを止めている。


「お、おい。川瀬に須永」

「あ、ごめんごめん」


 須永は散々騒いでいたのを岩代に声をかけられたことで止める。あまりの豹変振りについていけない中で岩代は始めに回復していた。


「そんなに嬉しかったか?」

「そりゃそうさ。俺達はずっとお前らが目標だったんだから」


 須永の代わりに川瀬が答える。バドミントン以外で話す時は笑いもする。感情表現もあることは分かっていても、バドミントンではずっと変わらないと思っていた。しかし、嬉しければ笑う。悔しければ怒るのだ。

 川瀬と須永の喜びとは、武達や全道のライバル達ということではなく。


(俺達に勝つことが目的、か)


 岩代と共に武達を目標にしたように。川瀬と須永の目標にされた。そして、超えられた。その事実を改めて受け入れて、安西は自分の中に生まれるある感情に目を向けざるを得ない。


(……負けた。相沢達以外に)


 理屈じゃない。見えない黒い炎が心から噴出すように安西は胸が熱くなり、痛みに変わる。

 思考をしめるのは仲間だとか、ライバルだとかそういった『綺麗事』ではなく。


「リベンジだ……川瀬、須永! もう一回勝負だ!」


 安西の言葉に二人は嬉々として頷く。それは乗り越えようとする相手への態度ではなく、対等な立場で安西達を倒そうとするプレイヤーのもの。既に川瀬と須永は明光中の二番手ではない。

 一番手になりえる、自分達と同レベルのプレイヤーだ。


「安西の気持ちは分かるが、今日はここまでだ」


 今日四度目の試合を始めようとした四人に、顧問が手を叩きながら制止する。時計を示しながら今日の部活時間の終わりを告げた。


「お互い切磋琢磨することはいいことだが、オーバーワークは駄目だ。四人とも意気込みは買うが体調管理もプレイヤーの仕事だぞ」

「でも」

「今日は色々と変わったことが起きる日だな。川瀬達は普段見せない喜びを見せるし、お前は悔しがるし。何を言おうと今日は終わりだ。さっさと片付け開始しろ」


 顧問はそう言って去っていく。その後姿を一瞥してから安西は川瀬達に顔を向けた。


「明日は負けないぜ」


 その顔は、いつにも増して晴れやかだった。

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