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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
168/365

第168話

 空人のサーブ。先ほどのロングサーブの幻影を払いのけて前に飛び込む。今度はショートで飛び、ネットすれすれをふわりとシャトルが舞う。

 ラケットを前に、タイミングは完璧。あとは、ネットぎりぎりのところを叩き落せるか。


(俺に出来るか……いや、やる!)


 シャトルをラケットの上で滑らせるように。武はラケット面を下から上にスライスさせた。まったくネットから浮いていないシャトルを打ち込む手段。救い上げるように打つには相当の技量が要る。それを、今、武は成し遂げた。

 シャトルは空人の体にあたり、コートに落ちた。


「セカンドサービス。トゥエルブイレブン(12対11)」

「っし!」


 武のガッツポーズに対して、空人は脛をラケットで叩く。ショートサーブをプッシュされたことにも、取れなかった自分にも怒りを得ていたようだった。


(吉田が打つのを、この全道大会で何度見たと思ってるんだ。出来ないなら、俺はただ試合をこなしてただけになる)


 出来るとは思わなかった。少なくとも、さっきネット前に飛び込むまでは。

 ここでロブを上げてしまうようならば、おそらく押し込まれて十三点目を取られ、このまま押し切られていたに違いない。

 今、攻撃を止めるために自分にも相手にも厳しい攻撃をし続ける。ここに最後の力を結集するつもりで武は吼えた。


「さあ、もう一つ、ストップ!」

「ああ!」


 吉田も呼応して気合をほとばしらせる。海人のサーブを迎え撃つために姿勢を低く保つ。セカンドサーブ。ここをしとめればピンチが一気にチャンスとなるのだ。


「ふっー!」


 ネットを挟んで聞こえてくる、海人が息を吐く音。

 溜め込んだ空気を吐き出して、新鮮な空気を体中に送り込む。武はそれを見て、橘兄弟もまたぎりぎりの戦いをしているのだと分かった。

 海人がサーブ体勢を整えて吉田と対峙する。

 武は少しでも早く反応出来るように海人と吉田の動きだけを追うように意識を集中させた。海人がシャトルを打ち出したその瞬間、武には軌道が見えた。


(ロング!)


 吉田が後ろに下がりスマッシュを打つと確信し、武は即座に前に飛び出した。シャトルは低い弾道で後ろに飛び、吉田がバックステップをしつつ振りかぶった。


「おおおあ!」


 けして余裕はなかったが、ネットにかからない弾道でスマッシュを放つ。

 吉田のスマッシュはストレートに向かう。そこにいるのは空人。サーブに対してタイミングが早いスマッシュだが、空人ならば十分取れる体勢にあった。

 ラケットを前に出して、より早いタイミングでカウンターを狙う。前に飛び込んだ武も視界に捕らえ、ラケットが届かない場所までシャトルを高く飛ばした。


「うおおあああ!」


 しかし、武は前に飛び込んだ勢いを変換するように飛び上がった。目いっぱいラケットを伸ばし、シャトルを掴む。

 ただ当てただけだったがシャトルは空人達のコートへと落ちていく。

 その攻防は一瞬。反撃出来ないように早くカウンターを狙った側が、更に早く打ち返された結果、動くことが出来ずにシャトルがコートに落ちる音を聞くだけだった。


「サービスオーバー。イレブントゥエルブ(11対12)」

「うっしゃ!」


 インターセプトに成功し、武は再びガッツポーズ。畳み掛けられそうになった勢いを、完全に自分達の力でせき止めた。


「ナイスショット。武」

「ああ! さあ、一本行こう!」


 自分でサーブ権を勝ち取ったことで疲れなど吹き飛んだように武は笑う。それでいて集中力は切れていない。


「っしゃ、一本!」



 ◇ ◆ ◇



(ここに来て、武の全ての力が上がってる)


 吉田はサーブ姿勢をとる武の後ろで腰を落としながら思う。この終盤に来て、おそらくこの場にいる誰よりもシャトルへの反応速度が速い。

 第一シードとの試合で少し見せた、ネット前の攻防。吉田は試合中でも武の成長速度に戦慄を隠し切れなかった。


「一本!」

「一本!!」


 武は吼え、その気合を一点集中させるように、ショートサーブを打った。

 吉田は後ろに下がり、プッシュにもロブにも対応できるように構える。今の武を生かす戦略はしかし、一つに絞られている。

 空人は武のシャトルをロブで高く上げた。インターセプトされない代わりに、吉田も十分な姿勢でシャトルを迎え撃てる。ここでの選択肢は一つ。


(武に、ネット前でシャトルを取らせる! 今のあいつなら出来る!)


 相手の打ち返しの選択肢を狭める。それが今の自分の役目。

 吉田は自分の考えを実現するために、必要な一手を放った。


「はっ!」


 勢いよくラケットを振り切る瞬間に、完全な停止。 

 フェイントでのドロップを。

 シャトルは軌道は鋭く。しかし速度は遅くネット前へと進んでいく。反応して前に飛び出したのは空人。フェイントにも左右されずにシャトルを追う。


(いや、一瞬だけスタートが遅れた。フェイントは効いてる!)


 その一瞬の差が今の戦況を左右する。それを吉田は分かっていた。武が前に陣取り、吉田が後ろでシャトルと空人の行方を感じ取る。


(いける……!)


 シャトルが微かにネットを越えて、落ちる。プッシュは間に合わず、空人はロブを鋭く上げた。インターセプトされないように、渾身の力を込めて。

 だが、そこを武のラケットが捉えて空人へと叩き返した。

 シャトルを打つ音が瞬間的に二つ聞こえ、着弾の音。

 音と光景が起こったことを周りに知らせる。返された空人でさえ、事態の把握に時間が必要だった。それほどまでの一瞬の出来事。審判がようやく追いついて、ポイントのコールを行った。


「ポイント。トゥエルブオール(12対12)!」


 武がガッツポーズをして全身で喜びを表現する。その姿とネットを越えた先で膝を曲げている空人の姿は対照的に映っていた。今の時点では完全に武の反射速度は空人を上回っている。


「よし、続けて一本だ。武!」

「おう!」


 今の良い精神状態で次に進めようと武を促す。集中具合は良いとしても、体力的には限界だ。吉田自身もいつ、自分の体が動かなくなるか分からない。自分もまた、疲労を感じていても限界を感じていないだけだ。それを無理やり把握するのはこの流れを壊しかねない。

 最後まで体力が持つことに賭けるしかない。


「一本!」

「いっぽーん!!」


 武の後ろで腰を落とし、サーブを見守る。吉田は、武の発した気合が次の瞬間には凝縮していくのが見えた気がした。それほどまでに静かに、海人へのサーブに集中している。

 武のラケットが動き、シャトルを前に優しく押し出す。シャトルはネットから全く浮かずに進む。それを海人は前に踏み込んで強打することに成功した。先ほどの空人とは違い、タイミングはばっちりだった。

 だからこそ武がそのシャトルにラケットを届かせて弾き返したことには反応できなかった。武は体勢を崩して倒れ、シャトルは海人の頭上をちょうど越えて背中に当たった。


「ポイント。サーティーントウェンティ(13対12)」


 一点ビハインドから転じて、一点リード。武のサーブから、インターセプトによる得点。あと二点という意識を頭の外に出そうとしているのか、武はすぐにサーブに入らずに首を右手で揉む。


(本当、成長したな)


 いつも背中を見せているつもりだった。小学生時代に一勝も出来なかったという男。

 その後、成長した武と共に挑んだ学年別大会。二年になってからの中体連。

 そして、今。

 今までは吉田が引っ張り、武が力を発揮して相手を倒すということを繰り返してきた。だが、今この時は違う。

 武自身が吉田の導き以上に力を発揮して吉田を引っ張っている。

 ようやく、真のパートナーになったと吉田は思った。


「行こう」

「ああ!」


 首を揉んでいた武が振り向き、吉田へと笑顔を向けた。それは安心して心の、背中も合わせられる男の顔。

 吉田は一つだけ頷き、腰を落とした。迎え撃つ体勢は整える。第一シードとの対戦でもそう簡単にはいかなかった。橘兄弟は最初から彼ら以上のプレッシャーと実力で吉田達を追い詰めた。そこをかいくぐってここまで来たのだ。油断などない。

 ないはずだった。


「セカンドサービス。サーティーントゥエルブ(13対12)」


 吉田の体の真正面に叩き込まれたシャトル。そこからコートに落ちるまで、少しも動くことが出来なかった。


(まさか、まだスピードが上がるとはな)


 空人がしたことは単純なプッシュ。しかし、先ほどは打つことが出来なかった威力。サーブに関しては吉田から見ると問題なかった。しかし空人は一回目よりも更にラケットワークの速度を上げてプッシュを打ち出した。その結果、シャトルは吉田の脳裏にあった速度をはるかに超えて飛来した。


(やっぱり、強い。こいつらは間違いなく第一シードよりも)


 落ちたシャトルを拾い上げて、前に出る。武は吉田に「すまない」と一言呟くが、吉田は笑顔で「問題ない」と告げる。それだけで十分だった。連続して得点が取れないなら、一点ずつ確実に取ればいい。


「さあ、じっくり一本だ」


 吉田はロングサーブを選択する。さっきは打ち落とされたが、理由が武に伝えた通りならば、次は大丈夫なはず。


(さあ、どう出る)


 吉田はショートサーブを直前まで打つように意識をして、直前でロングサーブに切り替えた。

 鋭く奥へと飛ぶシャトルに対して、迎え撃つ海人は一瞬上体を沈み込ませた後で後ろへと飛んだ。シャトルの低い弾道に平行になるように体を動かしてラケットを振る余裕を確保する。そのまま上体を寝かせてストレートに打ち込む。

 完全に読んだわけではなかったが、スマッシュは十分に速度を保っている。それを拾うのは武。状況は多少違えど同じ展開。吉田は横に広がろうと右足に力を込めたが、すぐに前に体重を移動した。先ほどまでならば正しい選択。しかし、今の武ならば絶対に前に打つ。より厳しいところを狙うはずだ。


(今回は、こっちだ!)


 吉田はネット前中央に陣取り、武のショットを待つ。

 後ろでシャトルがラケットに弾かれた音と同時に、吉田の肩口を通ってシャトルがネット前にふわりと浮かんで向かった。


(よし!)


 自分の思惑通り。武は最も厳しいコース――吉田の体でシャトルが見えにくくなる場所を通した。真正面でリターンに備えて構えていた空人もシャトルの出所が分からなかったのか、シャトルがネットを超えて沈んだ時点でラケットを伸ばす。

 そしてシャトルはネットに引っかかっていた。


「ポイント。フォーティーントゥエルブ(14対12)」


 吉田は無言で手を掲げる。気合の声を上げようと思ったが、体が追いついてこなかった。吸う息と吐く息が自分の体の中で喧嘩をしているようだ。


(一気に体に限界きた……悟られてたまるか――)


 目の前でシャトルを拾う空人の顔には悔しさが滲んでいた。簡単なブラインドに騙された自分を恥じるように。おそらく、普段の空人ならば打ち返せていたのだろう。そこに思い至り、吉田は疲れを悟られぬよう自分を鼓舞したのだ。


(ここで引くな。相手も多分、こっちが限界だっていうのは分かってる。あとは、いかに『まだ限界じゃないか』と思わせるかだ)


 吉田はサーブ位置に戻り、こちらを見ていた武とハイタッチする。打ち合う力も抑え気味に。残りの力を、残り一点に集中するように。


「ラスト一本だ」

「勝つ!」


 最後を強調する自分に違和感を感じて、吉田は息を深く吐いた。萎縮した肺はすぐに空気をなくし、吐ききった後は自然に入っていく。

 一度思考をリセットして、再び一点を取るために目の前の空人に向かい合った。


「一本!」


 サーブはショート。今までで最高、理想のサーブ軌道をイメージして、そこに沿うように、吉田はシャトルを打った。


 ――そしてシャトルは、ネットにぶつかっていた。

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