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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
166/365

第166話

(想像以上に厳しいな!)


 武はスマッシュを放ちつつ、その軌道の先にある橘空人のラケットを見る。そこからどういう軌道を経てこちら側に切れ込んでくるのかを一瞬で判断している。自分の五感がそうして研ぎ澄まされているのが頭のどこかで分かっている。しかし分かっている自分が、動く自分を見ているような錯覚を得ていた。


(この状態がいつまで続くのか分からない……でも、焦ってはいけない)


 ここで焦って得点を決めようとすれば、その隙を橘兄弟は見逃さない。

 一球一球返すごとに体が軋みを上げても動きを止められない。


「はっ!」


 右サイドぎりぎりにスマッシュを打ち込むが、海人が追いついてクロスに返した。コート奥に届く前に吉田がインターセプトしてネット前に落とす。だが、落ちようとした瞬間を空人がプッシュで押し込んできた。吉田にも反応できない速さだが、落ちる前に武は高くロブを上げた。

 再びコートの両サイドに広がって防御陣形を取る。まだ得点はどちらにも入っていない。最初にサーブを打ってからずっと打ち合いを続けている。無酸素ではないが、連続した動きを続けていることで確実に両者の体力は削られていく。


「やっ!」


 やや低めの軌道で飛んできたシャトルを吉田がジャンプしてラケットを届かせた。ラケットに当たったシャトルはネット前に落ちるが、空人は今度はヘアピンでネットぎりぎりにシャトルを落とす。吉田もスピンをかけて相手側へとシャトルを越えさせた。

 限界に更に近づいた一手には空人も抗えず、ラケットはネットにこすれてしまった。


「フォルト。ポイント。ワンラブ(1対0)」


 武達に得点が入る。ようやくもぎ取った一点。体の限界など分かっている。

 それをあえて無視してただ目の前の一点を得ようと武の意識は先鋭化していく。息を一度大きく吸い、吐き。それを繰り返す。

 血液が流れる感触さえ、今の自分なら感じ取れるのではないかと思うほどに武の世界はコート全域にまで広がる。

 武の様子がおかしいと思ったのか、吉田は「大丈夫か?」と声をかける。それに小さく頷いて武は言う。


「一本、取るぞ。香介」


 小さく、鋭く。

 言葉さえいう力を全てラケットを振る力に変えたい。そんな意思を滲ませた言葉に吉田は口をつぐんだ。

 次のショートサーブも海人が強力なプッシュで返す。だが、武にはその軌道が徐々にゆっくりに見えてきていた。自分自身の動きもゆっくりだということにはすぐ気づいた。別に自分が早く動いているわけではなく、動きが遅くなって見えるのだ。


(ここ……!)


 ラケットの届く範囲にかろうじてシャトルが飛んでいる。その先にあわせてラケットを振りぬくとシャトルが返っている。その軌道もスローモーションで見えていく。武は吉田に「サイド!」と声をかけてから右側に移動して腰を落とす。コートの向こう側では空人がジャンプしてシャトルをより高みからシャトルを落としてきた。武へと向かってきたシャトルに、今度は自分から前に出て迎え撃つ。

 ラケットをシャトルの軌道に合わせて前に押し出すと、より先の位置でシャトルを捕らえ、そのままネット前に落ちていった。

 その速さに、前で守っていた海人も動くことが出来なかった。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」


 シャトルがコートにつく瞬間まで見た武は一つ息をついてレシーブ位置に移動する。そこで吉田が手を掲げて待つ。

 武は軽くその手に右手を打ち合わせた。


「ナイスショット」

「今の調子で行こう」


 言葉は自然と静かになる。外に発散していた闘志を完全に体の中に溜め込み、爆発的な動きのための力とする。

 全ては一本を取るために。

 全ては目の前のライバルを越えるために。

 ラケットに力を込める。


「一本だ」

「おう」


 サーブ姿勢をとる吉田の後ろで、プッシュに備えて腰を落とし、どちらでも動けるように両足を広げて腰を落とす。

 放たれたシャトルは、今度は下に叩き落されるのではなく上に飛ぶ。ロブにあわせて上体を起こして追っていく。

 コートの一番後ろで下降するシャトル。それはラインぎりぎりだと感覚的に武は悟った。


「う……らあぁ!」


 落ちていくシャトル目掛けて飛び上がり、ラケットを振りぬく。

 力を込めず、鞭のように腕をしならせて。

 シャトルは今まで以上のインパクト音を発して中空を突き進む。

 空人の真正面へと。


(取られる……!)


 着地した瞬間に動けるように意思をしっかり持った武だったが、真正面のシャトルを空人は自分の真上へと打ち上げてしまった。乾いた音からフレームに当たったのだと気づくのに少し時間がかかった。

 打った武自身が予測しなかった結果。空人はシャトルが床に落ちる前にラケットで軽く吉田へとシャトルを放る。キャッチしたところで審判も得点が入ったことを告げて、次のラリーを促した。


「ナイスショット、武」

「ああ」


 吉田の言葉に答えたが、武の頭の中は今のショットが決まった理由を探すためにフル回転していた。力みをなくし、腕をしならせるように打ったことで今までよりもインパクト時の「ハマり具合」は大きかった。だが、空人がさほど体勢を崩しもしないのに真正面のシャトルを取り損ねるとは思えない。


(だが現に弾いた。たまたまか、それとも弱点か?)


 熱さと体力の低下。思考がまとまらなくなるのを深い呼吸と自分に言い聞かせることによって補う。

 吉田のショートサーブに合わせて腰を落とす。ネット上ぎりぎりのラインを飛ぶシャトルを正確にプッシュされても、良いサーブとなれば返される軌道は守備範囲内におさまり、速度もそれほどでもない。体力が切れかけている今の状況でこれだけのサーブが打てる吉田に畏怖にも似た感情を武は得る。

 今はパートナーであることに感謝しつつ、まずは思い切り奥へと返した。

 海人が追いついて、飛び上がる。ジャンピングスマッシュの威力は第一ゲームよりも増していた。それでも武の目にはぼんやりと軌道が見え、ラケットを前に出して早めに相手コートへと叩き返す軌道に変える。前に立ちふさがる空人がラケットを伸ばしてシャトルを捉えてネット前に落とそうとするのを吉田が合わせてプッシュで押し込む。後ろから突進するように海人が落ちようとするシャトルをロブで上げて防御陣形を取った。


「武!」


 振り向かずに吉田が叫ぶ。その瞬間にはもう武はシャトルの真下に移動している。先ほどの感覚を思い出し、腕を鞭のようにしならせて、シャトルへと振り下ろす。


「はっ!」


 放たれたシャトルは再び空人の真正面へと突き進む。威力も手ごたえも同じくらい。何かあるのならばこれでまた点が取れるはず。

 しかし、空人はシャトルをクロスヘアピンでネットぎりぎりに飛ばした。吉田も追いかけてシャトルをヘアピンで返すが、狙い打つように空人のプッシュが今度こそ武達のコートにシャトルを沈めた。


「サービスオーバー。ラブスリー(0対3)」


 シャトルを拾い上げて空人へと返す。真正面から見返してくる瞳には「まだまだこれから」という強い意気込みが感じ取れた。確かに、状況は明らかに武達に不利。武の体力もいつ空っぽになるのか自分でも把握していない。吉田ならばまだ限界が分かっているのだろう。

 分かっていようといなかろうと、やることは一つだが。


「武。大丈夫か?」


 吉田に話しかけられて武はどう答えようか一瞬悩んだが、結局は素直に「厳しい」と伝える。ここで嘘をついても仕方がない。吉田は少し顔にかげりを見せたもののすぐにそれを消し、空人達のほうへと振り向く。

 武はレシーブ位置に立って斜め前からこちらへとプレッシャーを送り込んでくる空人。昔の自分ならば、その圧力に耐え切れずに崩れ落ちていただろう。でも、ここまで来る間に越えてきた山は、そんなに低くはない。支えてくれた仲間はけして軽くはない。


「厳しいけど、やってやるよ」

「ああ。俺も限界までやってやる」


 二人で左手同士叩き合わせる。コートに乾いた音が響き、橘兄弟もその音の出所を見て動きを止める。

 武は左手を前に出し、前傾姿勢をとってから叫んだ。


「ストップ!」


 自分も負けないくらいの気迫で圧力を押し返す。目に見えないはずだが、今この場ではお互いの間でせめぎあう空間があることが見えているに違いないと武は確信していた。空人の顔に浮かぶ、笑みがそれを裏づけしているように思えた。


「一本!」


 空人が咆哮し、その荒々しさとは真逆の繊細なタッチから生まれた軌道がネットを越えていく。ネットの白帯を掠めるような高さは見えていても武にはプッシュできない。無理せずに空人から離れるようにシャトルをヘアピンで落とす。そのショットを読んでいたのか、空人は武の目の前を瞬時に通り過ぎて白帯を越したところでプッシュで武の体へとシャトルを叩き込んでいた。


「ポイント。ワンスリー(1対3)」

「すみません」


 淡々と謝った空人は、武が言葉に反応する前にシャトルをネット下からラケットを使って自らの手におさめている。これから先の主導権を力でもぎ取ろうとしているようだ。


「あいつら……負けないぜ」


 一言呟き、自分の力に変える。更に高まっていくプレッシャーに押し潰されないように足に力を込めた。


「ストップだ、香介」

「当たり前だ。このゲームで、決めてやるぞ」


 吉田の気迫も武以上に溢れている。武は自分の二の腕に鳥肌が立っていることに気づいた。パートナーながらもその発するものに畏怖せざるを得ない。


(香介……?)


 だが、その畏怖に武は違和感を覚えた。何か、いつもの吉田と異なるものがそこにある。いつも見ている背中。そこにあるのは変わらない吉田の姿のはずだった。しかし、頭のどこかに今の状態に引っかかっている。


「ストップ!」


 違和感を探すことに意識が沈みそうになったが、吉田の声で現実に引き戻される。目の前の吉田の背中。そしてネットを挟んだ先にいる空人の姿に集中すると違和感は消え去った。疲れからくるものか別の理由か。そこに思考を傾けることは、もうない。

 空人がサーブを打つ。武の目からすれば、先ほど自分に向けて打たれた完璧なショートサーブ。吉田もネット前に落とすしかないはずだ。

 だが、吉田はネットに飛び込むようにしてネットすれすれでラケット面を真横にスライスさせた。そしてシャトルは勢いよくプッシュされてコートに着弾する。完璧なまでに空人のショートサーブを迎撃して見せた。


「セカンドサーバー。ワンスリー(1対3)」


 プッシュされたシャトルを拾ったのは海人。また武へとショートサーブを打つ位置に立ち、もうサーブ姿勢を整える。早く構えろと言わんばかりの行動だったが、武は審判に顔を拭く動作をしてタイムをかけた。

 海人もサーブ姿勢を解くと、同じタイミングでコート外のラケットバッグへと向かった。武はバッグから取り出したタオルで顔を拭きつつ吉田に呟く。


「これでいいだろ?」

「ああ。武、成長したじゃん」

「これだけ一緒にやってるとな。あと、単純に俺が顔を拭きたかった」

「そっちがほんとだろう?」

「まあね」


 顔を拭きながら言葉を交し合う。そこに先ほど感じた違和感はない。集中したから消え去ったかと思ったが、やはり気のせいだったと武は思い直す。

 空人達がコートに戻るのを見計らって、武は最後に思い切り顔を拭くと勢い良くタオルを投げ捨てた。一度切った流れに再び乗るために気合を入れる。吉田も後に続き、軽く武の右肩を叩いた。


「ここで、止めろ」

「ああ!」


 気合を注入されてサーブ位置につく。構えて海人のプレッシャーを受けながらも武は吼えた。


「ストップ!」

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