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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
162/365

第162話

 海人からのセカンドサーブ。吉田へとショートで繰り出した瞬間に前衛として腰を落とす。吉田はヘアピンで前に落とし、海人はクロスヘアピンで対抗する。吉田もシャトルに追いついてヘアピン。前衛で激しく細かい攻防を繰り広げる二人。武はそれでも吉田の勝ちを信じて体勢を整える。

 ヘアピンが交互に十を超えたところで、海人がロブを上げた。


(来た!)


 シャトルの落下点より少し後ろ。タイミングを合わせて両足でジャンプからの、ジャンピングスマッシュを武は放った。渾身の力を込めて、狙うのは最短距離である、ストレート。海人と空人の間へと。


「らぁ!」


 打った瞬間、十分な手応えが伝わる。重心移動からインパクトまで、力の流れが今までで最もスムーズに行くのを感じた瞬間に、シャトルはコートに着弾していた。


「サービスオーバー。ワンラブ(1対0)」

「しゃあ!」


 気合そのままに拳を握った。


(一つに繋がった。何かが。めっちゃ凄い!)


 最高の一撃を放てたことで気分が高揚する。吉田とハイタッチをかわすが急に背筋から寒気が上ってきた。


「気づいたか?」

「ああ。怖すぎる、な」


 自分の一撃がきっかけになったのは明らか。試合開始から二人は殺気立っていたが、いよいよ本気らしい。


(おそらく、安西や岩代が感じたプレッシャー。いや、それ以上のもの。向かっているだけで体が震えてくる)


 ラケットをしっかりと握りなおしたところで、シャトルが飛んできた。多少強めの速度で。


「さあ、一本だ」


 武の言葉に頷く吉田。サービスラインの前に立ち、サーブ姿勢をとる。対角線上に迎え撃つのは橘海人。今まで武が触れたことのない鋭い視線がネットを越えて突き刺さる。


(バドミントンで人を殺す気か……? それだけ、賭けてるってことなのかな)


 意識すれば体がすくむ。だから意識をそらしてやり過ごす。

 数度息を吐いてから武はバックハンドのロングサーブを打ち上げた。バックハンド側。速度を上げて、出来るだけ低い弾道で。細かいコントロールが必要だったが成功し、コート内を切り裂いていく。

 ――はずだった。


「ふっ!」


 シャトルは一瞬で海人のラケットに叩き落される。前傾姿勢でいたはずの海人は体をそらし、シャトルをスマッシュで返していた。


「せ、セカンドサーバー。ワンラブ(1対0)」


 審判もあまりの速度に何が起こったのか分からなかったのか、口ごもった。武も次の動きに行くまでに時間がかかる。


(くそ……生半可なフェイントとか急な攻撃とか、通用しないんだな)


 今の時点では間違いなく、自分よりも反応速度が数段上だと思い知らされる。そして、今まで何度となくポイントを稼いできた攻撃手段の一つが潰されたこともまた、ダメージはある。確実に点を取れる手段がないという現実は改めて武に厳しい戦いだということを認識させた。


(やっぱり粘り強く待つしかない、か)


 シャトルを拾い上げて吉田に渡す。吉田は何も言わずに武の肩に軽くラケットを触れさせた。まだまだこれからと言う意思表示。堂々とサーブラインに立ち、姿勢を整える。


(インターセプトされたけど、常に攻撃を仕掛けるのは悪くない――)


 思考をめぐらせる武だったが、吉田のサインを見てそれも止めた。サインが間違っていたのかとも思えたが、そのまま打つ体勢に入る吉田を見て試合に意識を集中させる。


「一本!」

「しゃ!」


 吉田に合わせて声を出す武。その内心は多少乱れていたが、ここまでくれば吉田を信じるだけ。

 そしてサーブは放たれた。

 武が打ったものと同じ、軌道の低いドライブサーブを。

 空人が体を後ろに伸ばしてラケットでシャトルを捕らえる。だが、それは高くハイクリアで返された。先ほどの海人へのサーブとは別の展開。武は追いつき、シャトルめがけて飛び上がる。


「らあっ!」


 シャトルを捕らえて叩き込む。狙うのは空人のバックサイド。右コートライン上。空人は難なくネット前に返すが、そこには既に吉田の姿。

 プッシュで空人のいる方向とは逆のサイドへシャトルを叩き込んだ。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」


 客席からナイスショット、の声。一連の流れが整い、綺麗に進んだ。まるで一枚の絵のように。それが分かっているのか、海人がシャトルを武へと返した視線も敵意だけではない何かが含まれている。


「今のは仕方がないって簡単に割り切ってるな。本当に中学生か」

「……それを吉田が言うのが意外」


 苦笑しつつシャトルを吉田に渡す。そこでふと気づく。


「お前に直接返さないのは、意地かな?」

「そうかもしれないな」


 細かいところで負けず嫌いを見せる橘兄弟に破顔してから、改めて引き締める。

 次のターンは吉田のショートサーブから。先ほど返したこと、空人に再度打ったことでさすがにもう通じないだろうと無難な選択をする。海人はプッシュでストレートに武のバックサイドを狙った。武もそれにはすぐに反応し、ラケットを振りぬく。無理せずに高くロブを上げてインターセプトを防ぐ作戦。

 吉田が右側に動き、武はその場に留まる。

 後ろから空人がドロップを落としてくる。今まで強打で打ち込んできた分、武も半歩動きが鈍ったが、体を伸ばして高くロブを上げた。そのシャトルを遮るように海人がラケットを出すも通り過ぎる。何度か同じような場面があるが、今のところ無事に過ぎている。


(もっと遅れてきたら、捕られる)


 武は更にシャトルの流れを見る。視界にシャトル一つを入れていたが、相手コート全体を見据え、空人と海人の動きを一つでも見逃さないように視野を広げた。


「ストップ!」

「一本!」


 武の気合を押し返すかのように、空人がスマッシュを放った。今度は向かってくるシャトルに足を踏み出し、カウンターで捕らえて弾き返す。勢いに乗ったシャトルはドライブ気味に空人へと弾き返されるはずだった。

 そこをインターセプトしたのは海人。ラケットが射線上に現れて、シャトルの移動方向を真逆にする。更に手首を使ってまっすぐ返されるはずだったシャトルを斜めに鋭く返す。武の目の前から消えたシャトルが吉田の目の前に落ちる寸前に、高く上がった。

 吉田は救い上げるようにロブを上げて構える。武の攻撃のカウンターは読んでいたのか、無駄のない動きだった。


「一本!」


 再び空人は叫んで今度は吉田へとスマッシュをする。武に打ったのと同じように真正面。そこに吉田は一歩踏み出す。ここまでは先ほどの武と同じ流れ。だが、吉田は強打せずに完全に勢いを殺して前に落としていた。シャトルはネットすれすれを飛んで行き、超えた瞬間に下に落ちる。


「ふん!」


 海人落ちたところにラケットを伸ばし、手首のみを使ってクロスヘアピンでシャトルを戻した。一瞬でもラケットが触れればネットタッチとして得点になる。それでも触れさせずに返す海人に、吉田もまた超えたところをラケットで捕らえた。まるで小鳥を乗せるかのように優しく、ストレートに落とす。

 同じように海人がまたクロスに。吉田もまたストレートに。同じ動きだが、互いに決められずに繰り返す。


 その攻防の中で、一瞬だけシャトルが浮く。それは武の視界では本当にかすかな差だったが、ラケットを起こしてプッシュで相手の背後へと叩き込んでいた。


「しゃ!」

「ちっ」

「ポイント。スリーラブ(3対0)」


 吉田の競り勝ち。海人が舌打ちしつつシャトルを取りに行く。吉田も武のほうへと戻ってきて片手を上げた。意図を察して軽くハイタッチし、労う。


「よし。今のところ優勢だな」

「ああ……だけどやっぱり凄いよ。一点が遠い」

「でもやるしかないな」


 吉田が汗を腕でぬぐう。滴る汗は確かに、序盤でかく量ではない。自分の汗もある程度流れていたが吉田は更に多い。ネット前で集中力を限界まで研ぎ澄まして攻防しているということだろう。


(吉田をカバーしたいけど、ぜんぜん余裕がない。結局、俺達が潰れる前に勝つしかないんだ)


 いつ訪れるかは分からないが、タイムリミットは存在する。退路は元からない。常に攻めていき、最後に十五点目を取る。


「一本だ」

「おう」


 吉田の言葉に同意し、飛んできたシャトルを掴む。

 相変わらず海人は武にのみ返してくるが、もう気にはならない。


(むこうも、完全に入ってるな)


 ミスをした際に、得点した際に聞こえていた舌打ちも、もう聞こえない。

 冷徹な視線を武達へと向けている男が二人いるだけだ。

 コート内の空気が重く、冷えていく。


(これが、全国レベルのプレッシャーか)


 第一シードの坂下達とやったときも感じた冷たい空気。今回のものは心なしかそれよりも重かった。おそらくは、渇望しているかどうかの差なのだろうと武は思う。

 全国に出たことがある人間とそうではない人間。小学校と中学校の差。

 実力があっても、更に上を目指そうとする人間の枯渇した心を潤すための勝利の美酒を手に入れるために、目の前の二人は戦っている。あくまで迎え撃つ側だった坂下達とは違う。今回は、自分達も橘兄弟も挑戦者なのだ。

 北海道制覇という頂への。

 それは登ってくる他者を叩き落すのではなく、隣を共に登る他者を蹴落とすもの。ニュアンスも何もかも違う。

 吉田がサーブ姿勢を整え、武は膝を曲げる。再び空人に向き合う吉田と共に、コート全体を俯瞰する。次はどこに来るのか、ある程度予想し動くために。

 吉田の手が動き、サーブが放たれた。

 今度は後ろのサービスラインを狙った大きなロブだ。

 シングルスよりも浅くなるため、基本ロングサーブはダブルスでは持ちいられない。吉田も武もそれは十二分に分かっている。だからこそ、ロングサーブは軌道が低く鋭いものしか使わない。それでも吉田は打ち、武は防御に専念するため更に膝を落とした。スマッシュを打たれてもシャトルが完全に真正面から来るように見えるまで。

 空人も大きく振りかぶり、スマッシュを打つ姿勢をとっていた。だが、放たれたのはハイクリア。武は体を起こしてシャトルを追い、逆にスマッシュを放つ。


「らっ!」


 サーブ時にいた位置へ戻った空人は今度は逆サイドにロブを上げる。武がサイドステップで追いついてスマッシュをストレートに放つと今度は海人が逆方向に上げる。武は次に、二人の間へとスマッシュを叩き込む。武からすれば斜めに打つことで多少距離は伸びるが、一瞬でもどちらが打つかを迷わせるために。

 しかし、迷うことなく海人がシャトルを打った。武が最も遠くに走るコースへと。


(これで負けたら……攻められる!)


 武は速度を上げてシャトルに追いつくと、海人のバックサイド側、ライン上に向けてシャトルを放った。ぎりぎりのコースに打てばインかアウトか迷うはず。

 だが、海人はやはり迷わずシャトルを返した。武がいる真逆のサイドへ。


「うおお!」


 武も意地になりシャトルに食らいつく。徐々にシャトルへと追いつけなくなっていることは分かっていた。それでもここで引いてしまえば攻められるという考えが頭を離れない。打ち続けなければという強迫観念が武を支配していく。


「武!」


 そこで吉田が叫ぶ。武が視線を戻すと吉田は同時に動いていたのか、前衛から左サイドに下がっていた。その意図はすぐに通じて武はハイクリアを打ち、右サイドに陣取った。


「くそ!」

「チャンスだ!」


 悔しがる武を制するように吉田が叫ぶ。その意味が分かる前に、空人のスマッシュが武にまっすぐ飛んでくる。一歩足を踏み出した時に先ほどの映像が蘇った。正面にドライブを返したところで、インターセプトされたことを。


(さっきとは、逆に!)


 海人の動きは見ていなかった。それでも、また真正面にラケットが来ると信じて、武はラケットの向きを変えてクロスに打ち込んだ。

 海人のラケットは、真正面に存在していた。


「ポイント。フォーラブ(4対0)」

「しゃあ!」

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