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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
160/365

第160話

 終わった瞬間、武はその場に膝をついた。大きな音を立てたために周りの視線が集中する。庄司や小島。早坂が慌てて駆け寄っていく。吉田もゆっくりと傍に近づいた。


「大丈夫、です。緊張の糸が解けちゃって。怪我はしてません」


 一番初めに駆けつけた庄司に肩を借りながら立ち上がる武。そのまま、吉田が差し出した手を取ってネット前に歩いていく。そこには先ほどまで戦っていた坂下と川島。第一シードとして君臨し、大きく見えていた二人が、今は同じ背丈に感じる。


(そりゃそうか。俺らと同じ歳なんだもんな)


 武は内心ひとりごちる。

 そして、相手に勝ったことが今更ながら体に高揚感を与え、血のめぐりが良くなったかのように両足に力が入った。握手くらいは一人でも出来る。

 吉田から手を離し、審判の声に合わせてネットの下で握手を交わした。


「ありがとうございました」

「強かった」


 武が考えていたよりも素直に坂下も川島も、武達を称える。

 もっと第一シードならば悔しがるのかと武は考えていたが、その目に曇りはない。


「試合中にどんどん強くなるんだもんな。勝てないと思った俺達がこらえ切れなかった」


 坂下がそう言って手を離す。二人は堂々とコートから出て行った。対して、武と吉田はふらつきながら。どちらが勝者なのか分からない。


「どっちが勝ったか分からないな」


 武が感じたことを口に出してきたのは小島だった。言い返す力もなく、頷いただけで傍を通り過ぎようとしたが、更に小島が言葉を重ねる。


「でも、勝ちは勝ちだ。どれだけ無様でも勝てばいいんだよ」

「……それってなんか違わない?」


 疲れていても、その言葉には反応する。坂下達のようにこの場から去るまでは堂々といたいのに。


「違わないさ。なぜなら、無様になるだけ全力出したってことはそれだけかっこいいってことだ」


 小島はそう言うと離れていく。武達の試合が長引いたため、シングルスは全て最初の試合を終えて次の試合の開始になったのだろう。

 小島も次はベスト4の戦い。勝てば決勝だ。

 そして刈田の姿はそこには無い。勝者と敗者。その差が見えないところではっきりと生まれている。紙一重の勝利に武は背筋から昇る震えを感じる。

 そんな武を見たからか、早坂はラケットバッグを持って自分の戦場に向おうとしていたのを方向を変えて武の前に立った。


「相沢達は今は休んで。私も、頑張ってくる」

「ああ。頑張って」


 武に頷いて離れる早坂。そこで足を止めて、武へと言った。


「おめでとう」


 その言葉と笑顔に武は動きを止めた。


「あ、ああ」


 口からスムーズに言葉が出てこない。心臓の鼓動、音が言葉の邪魔をしていた。早坂は武のおかしさには気づく様子もなく、背を向けて小走りに去っていった。しばらくその後姿を見ていたが、吉田に肩を叩かれて硬直が解ける。


「なんだ。早坂に惚れたか?」

「そうじゃないけど……今までになくドキッとした」

「確かに。いい笑顔だったな。まあ、とりあえず休もうぜ。俺達もしばらくしたら、準決勝だ」

「準決勝……」


 ぼーっとしていた頭に一つの単語が入ることで、急にしっかりとする。

 ぼやけていた輪郭がはっきりとして、見えてくるのは二人の姿。


「橘兄弟」

「その通り」


 吉田の言葉に頷き、ふと上を見る。そこには武達を覗き込むように、橘兄弟の姿があった。試合がいつ終わったのかは武には分からない。しかし、既に臨戦態勢は整えているようだった。


「お疲れ様でした」


 橘空人が声をかけてくる。その口調は丁寧だが、裏にある闘争心を抑えることは出来ないようだ。隣にいる海人はその心を抑えずに堂々と武に語る。


「ようやく戦えますね、先輩。第一シードを破るなんておまけまでつけて。俺としちゃ、第一シードを倒すのも楽しいんですけど、やっぱり一番楽しいことを出来て嬉しいです」


 何を、とははっきりとは言わない。しかしそれは、橘空人と海人が、吉田と武を倒すということに他ならない。自分達が認めた相手と戦い、倒すまでが一つの楽しみとなっている。


「そうか。それは残念だ」


 吉田の言葉に海人が顔をしかめる。続けての言葉は、宣戦布告。


「俺達が勝つからな。楽しめないぞ」

「……それでこそ。でも今の試合内容なら、俺達には勝てませんよ」

「大丈夫さ。今の試合内容では終わらないから」


 まだまだ成長するという言葉。そこで会話は止まり、二人は楽しみにしています、と言い残して去った。吉田も武に笑いかけてようやくフロアから外に出る。


「香介。今の台詞」

「ああ。半分ははったり。半分は本気さ。俺達は第一シードと試合した中で強くなった。あいつらとやればまた強くなれる」


 自分の中の技術が向上していく。それを現実の結果として感じ取る。

 武もまだ自分が限界とは思っていない。それを代弁した吉田に感謝する。


「勝つぞ」

「ああ」


 そう言って二人は軽く掌を打ち付けあった。



 * * *



 暗闇の中で、武は目を開けた。

 どこが上でどこが下なのか分からない。

 そこで、これが夢だと気づく。


(そうか。俺、寝てるんだな)


 自分が何をしていたのかをゆっくりと思い出す。

 全道大会で第一シードを破り、自分達の待機席に戻ってそのまま寝てしまった。起きた直後は体が硬くなり試合に不利だとは分かっていたが、体が休息を欲していたため、抗うことが出来なかった。それでも、浅い眠りなのか周りの声は聞こえる。

 今はシングルスの決勝進出を決める試合が行われているはずだ。早坂と小島が、自分達の代表として頑張っている。一緒に参加した他校のメンバーもラインズマンとして出払っていて、おそらくここには教師の庄司しかいない。


(みんな頑張ってるのに、悪いな)


 寝ている自分に罪悪感を感じても、体は動かない。

 次の試合に向けて全力で体力回復させているのだろう。それだけ第一シードとの試合はハードだった。


(こんなに体力が尽きるのって、なんか小学校時代を思い出すな)


 試合の途中で体力が尽きて、結局一勝も出来なかった小学校時代。

 強い早坂に憧れ、試合の日の大半を客席から眺めていた。その時に感じていたものは良いなという憧れと、悔しさ。

 自分の中に沸いた不甲斐なさ。しかし、それを無くすためには強くなるしかなく、どうすれば強くなれるのか嘆くしかなかった。

 それが今は、全道という広い世界で第一シードを破り、後二回勝てば優勝というところまで来ている。中学に入ってから世界が一気に広がって、そこの先にあるものは何なのかと思う。


(強くなった。俺は、見ている側から見られる側になった。そこにあるのは、なんだろう)


 なんだろう。

 思い浮かんだものは、期待。憧れ。

 自分が思っていたもの。それはとても重く圧し掛かる。敗れていった相手の力も、自分達の証明となる。力があるからこそ背負う責任。

 その重さに武は体が震え、思わず目を開けていた。


「……はっ……げほっ」


 息が出来ずに詰まってしまい、咳き込んだ。口に手を当てることには成功する。数度息を吐いて落ち着いてから体を起こし、時計を見ると三十分ほど過ぎていた。あと十分もすれば、準決勝が始まる。


「なんかうなされてたな」


 後ろから吉田の声。振り向くと椅子に横になり目を閉じている吉田の姿。

 武と同じように体力回復に努めている。


「あー、なんか昔のこと思い出してた」

「昔かぁ……ってうちらまだ十四歳だぞ」

「うん。そうだよな」


 ほんの二年前は小学生だった。中学に入り、一年後には全道大会の檜舞台に立っている。その急速な成長は自分を何か変えたような気がしていたが、ただの錯覚だということを武は悟る。

 一勝も出来なかった昔の自分も。

 今、こうして準決勝の舞台に立つ自分も。

 確かに繋がっている。

 そう思うと、無性に由奈の声を聞きたくなって武は立ち上がった。

 少しふらついて慌てて右足を踏ん張り体を支える。


「おいおい。今は体力回復してろよ」

「いや、今から少しずつ動いておかないといざ試合って時に震えそうで」


 半分は本音。半分はこの場から離れる口実。武はそのまま観客席区画から離れる。客席入り口を出た廊下にはほとんど人はいない。初日は自分の出番を待つプレイヤーが少しでも体を動かそうと狭い場所でドライブを打ち合っていた姿があったのに。


「そうか。あと、俺達だけなんだな」


 残るのは、シングルス四人とダブルス四組。

 しかも今はシングルスの準決勝が行われているから、また少し減る。

 その後、ダブルスも四人に絞られる。

 次の相手は橘兄弟。中体連全地区大会で見た時からの、因縁の相手だ。


「由奈」


 自然とその名前を口に出し、携帯電話の住所録を探す。

 川崎由奈の名前を見つけるだけでほっとする自分がいることに、逆に不安になった。


(これで由奈の声を聞いたら、俺はもう今日は試合が出来ないんじゃないか?)


 名前だけでこれだけ気が緩む。それほどに体力を消費したということだろうが、それならば今、由奈の声を聞くのは逆効果だろう。

 試合が終わった後の楽しみとしておいて自分を発奮させる材料にすればいい。


(決定、だな)


 自分にけじめをつけて携帯をポケットに戻し、自分も体力を少しでも回復しようと向う。

 しかし、そこにアナウンスが聞こえてきた。


『次の試合のコールをします。男子ダブルス準決勝。第一試合、浅葉中、吉田、相沢。滝河二中、橘空人、海人。第二試合――』


 第二試合のコールを聞く前に体が動いていた。聞かなくても西村達の試合というのが分かったし、何よりも自分達の出番が来たという高揚感があった。

 走って自分の荷物を取りに行こうとしたが、すぐに吉田が武のバッグを持って目の前に現れた。差し出されたラケットバッグを武は受け取り、頷く。

 もう言葉にはせずに、フロアへと足早に降りていく。体に残っていただるさは湧き上がる闘志に押し流される。体は既に臨戦態勢を整えて始めた。

 フロアに出て、自分の試合をするコートを見る。既にシングルスのベスト4は試合が佳境に入っているのか応援の熱が激しく燃えている。武達も、自分達のコートで軽く打ち合って体をほぐす。


「思い切りスマッシュこい!」


 吉田が上げたシャトルを武は渾身の力で叩き込む。

 坂下と川島との戦いで残っていた最後の気だるさが吹き飛び、吉田のラケットもすり抜けていく。今までで一番速いスマッシュ。体調も一気に万全になった。


「いよいよですね」


 いつしか武の隣に来ていたのは橘海人。

 武達と同じように試合が始まる直前まで体を暖めようというのだ。空人が上げたシャトルを打ち込む海人。その強さは武に引けを取らない。このレベルになると一発で相手コートに落ちることはない。何度も何度も放って、隙を生み出してそこへ叩きつけること。それが勝利条件。

 一つ前の試合で学んだことが、武の中から消えずに残っている。


「ああ。いい試合をしよう」

「いい試合? 俺達が勝てばいい試合ですよ」


 先輩も後輩も関係なく、海人は武に対して強気に出る。その闘志を受けられる立場に来たのだという高揚感が武も強くさせた。


「ああ。俺達も、俺達が勝つのが良い試合だよ」


 一歳年上だろうが、同じ中学生。勝つこと以外に大事なことがあると言われても、そんな曖昧なものより勝利が欲しい。気取らずに、欲しいものを欲しいと言う強さ。

 勝ち進んだ中で得た武の気持ち。

 負けられない責任と、勝ちたい思いは今、ここに結実する。


「練習を止めてください」


 審判がやってきて四人を止める。今までのように敗者となったプレイヤーではなく、バドミントン協会の役員が務めることになっていた。ラインズマンは各校の誰か。武達のところに来たのは、岩代だった。


(岩代……)


 空人と海人に負けた記憶。それを持ってなお、岩代はここに来た。

 武達に自分達の思いを乗せて、最も近くで見届けるために。


「試合を始めます」


 審判のコールに、武はもう前だけを見ていた。

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