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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
149/365

第149話

「ポイント。テンエイト(10対8)」


 武のスマッシュがサイドラインぎりぎりに決まり、ポイントが加算される。吉田とのネット前勝負に負けて低めのロブを飛ばした杉本へのカウンターとして打ち返したシャトルが綺麗にコートに打ち付けられていた。


「っし」


 武はまた一つ加算された得点に対し、精神が試合開始よりも落ち着いていくのを感じていた。まるで得点するたびに余分な部分が削られていくかのように。


(こういう経験は何度かあった。安西達とやった時……全地区大会で試合した時)


 市内での個人戦や全地区での団体戦。試合経験から知識を吸出し、今の状況について分析する。吉田のサーブで試合が再会してもなお、武の脳内は動き続ける。


(考えていても、体が動く。相手の隙を探す余裕がある)


 武のスマッシュを警戒してか、相手の構える位置が少し後ろに寄っている。それを見越して武はドロップを打った。実に三十分ぶりのドロップ。久しぶりの手に動揺したのか、杉本が慌てて前にシャトルを取りに行くが、不十分な体勢で上げられたロブは吉田が叩き落していた。


「ポイント。イレブンエイト(11対8)」

「ナイスショット~!」


 客席から聞こえて来る女子の声。昨日試合を終えたシングルスや、まだ出番が来ていない女子ダブルスの選手達だろう。その声援だけで武は更に力が沸いてくる気がした。他校の選手とはいえ、もうここまでくると立派な仲間だった。


(吉田も集中してる。俺も調子が良い。今回は行ける!)


 そう思った矢先、吉田のショートサーブをさっきロブを叩かれた杉本がプッシュする。吉田の横を通ったシャトルは武の前に落ちていた。


「くっ!」


 咄嗟にラケットを伸ばしてシャトルをすくうが、中途半端に上がったそれを今度は杉本がスマッシュ気味にコートに叩きつけていた。武のすぐ前に。


「セカンドサーバー。イレブンエイト(11対8)」

「武。油断するな」


 吉田の口調に叱責が含まれているのを感じ取り、武は頭を素直に下げた。吉田の言うとおり、油断していた一瞬を簡単に突かれた。それだけで今が全道大会ということを思い出す。


(調子良くても油断するな、か。やっぱり全道大会は全然違うんだな)


 今までと同じようでいて、少しでも深く覗けば形が違う。それが全道大会。

 武は深呼吸して一度間を外してからサーブ体勢に入る。相手が構えるのを待ち、整ったという瞬間にサーブを飛ばした。低い弾道で強襲するロングサーブ。慣れればカウンターを暗いやすいという不利な点はあるが、今日初めて見せるだけに相手もラケットのフレームに当ててしまい、コート外へとシャトルが飛んでいった。

 武達のポイント。素直にガッツポーズをする武に向けて、敵意が襲ってきた。


(まただ。どこまで恨まれてるんだろ)


 相手の感情の根底が分からない以上、悩んでも仕方がないことだと武は思ったが、それでも初対面のプレイヤーに恨まれるようなことはしてないと首を振って意識をそらした。どういう理由にせよ試合に集中するのみ。


「集中! 一本!」


 自らに言い聞かせることを含めて叫ぶ武。あと三点取れば一ゲーム目を先取できる。初めての大会だからこそ様子見よりも先手を取る。手の内を見せてもいいと武はラケットを握る手に力を込める。


(さっきと同じ軌道で、もう一度)


 二度目は通じないだろうと考えているからこそ、行く。

「次は落とせる」と考えているはずだと武は予想する。だからこそ、同じように来るとは思っていないはずだった。

 案の定、レシーバーである杉本がラケットを空振りし、シャトルはダブルスのサーブラインぎりぎりに落ちていた。


「ポイント。サーティーンエイト(13対8)」

「しっ!」


 あと、二点。先が見えてきたことで武も気合が更に乗る。それでも吹き付けるのはまだまだ諦めていない二人の闘気。一瞬の気の緩みが逆転に繋がると肌で感じ取る。


(まだ一回戦なのに、な)


 それでも最低、各地区の三位なのだ。相手の地区の三位が自分の地区の一位よりも下という保証はない。


「一本!」


 シャトルがラケットから弾かれる。今度はショートサーブで前ぎりぎりに落とすが、竹原が掬い上げている。前衛に武がつき、吉田が後衛からスマッシュを放った。武に負けない鋭さでシャトルはコート奥に突き進んだ。その意図を読み取り、武は右回りで前から後ろに移動する。左側を、吉田が前に突き進んでいくのが見えていた。

 スマッシュ自体は速いがコースは甘い。そのまま前に返されるが、前にダッシュでつめていた吉田にはちょうど良い高さとなり、プッシュで止めを刺す。一瞬で前後を入れ替えるローテーション。練習通りのこと。


「ナイスショット!」

「おう!」


 武が掲げた掌に自分の左掌を叩きつける吉田。あと一点というところまで来て吉田もテンションが上がっているのか、ひりひりする手に息を吹きかけつつ武は笑う。


「さあ、ラスト一本だ」

「ああ」


 サーブ位置に戻り、ラケットを構える武。その後ろで体勢を低くしてシャトルを待つ吉田の気配を感じ取れる。自分の中の空気を循環させて気持ちを落ち着かせると、シャトルを打った。



 ◆ ◇ ◆



 早坂は客席から武と吉田の試合を見ていた。ちょうど他のダブルスも出番が入り、女子達がラインズマンに向かったため一人余っていたのだ。


(そこで……いけ!)


 早坂が力を込めたタイミングと同時に、武がスマッシュを竹原の胸部へと叩き込む。それまでお互い素早い動きでシャトルを拾っていたが、それ以上の速さで飛び込んでくるシャトルに相手は対応できていなかった。苦し紛れに振ったラケットがシャトルを吉田の前に返すが、絶好球を見逃すわけもなくスマッシュでコートに沈めていた。

 これで武と吉田が第一ゲームを先取した。二ゲーム目もこの調子でいけば取れるだろう。


「がんばれ……」


 小さく呟いただけで、早坂は息苦しさを感じた。視線は吉田ではなく武に向く。そのまま固定されてしまう。気持ちを自覚してから制御があまり聞かなくなっていることに早坂は気づいていた。武を見るたびに心臓が高鳴り、気持ちがぐらつくためあえて避けていたぐらいだ。

 しかし周りに誰もいなくなったことで自然と目線が武のほうに向く。スマッシュを決めた姿に思わず顔が赤くなった。


「早坂の好きな相手って、相沢か?」


 誰もいないと思ったからこそ、早坂は急にかけられた声に驚いた。振り向くとそこにいたのは小島だった。よりにもよって前日に告白を受けた相手に今の自分の意中の男を知られることに不安を隠しきれず、顔に表してしまう。

 そして、それこそが小島に武が対象なのだと確信させてしまった。


「いつもあまり感情見せない早坂がそこまで動揺するなら、本当なんだろうなぁ」

「……そうね」


 今から隠そうとしても意味が無いと判断し、早坂は素直に答える。一瞬だけ見た小島の顔がかすかに歪んだように見えたのは見間違えではなかっただろう。優勝したら付き合うということに「考えておく」と返事をしたのに、意中の相手は別にいるのだから。

 小島に悪く思い、早坂は視線をそらす。しかし小島は気にした様子もなく逆に早坂へと近づいていった。隣に立つと武と吉田の試合を見る。

 ちょうど、武のスマッシュが突き刺さってポイントが入っていた。


「早坂が誰を好きでも諦めるって選択肢はとりあえずないからな」

「……うん。ありがとう」


 悪いと思う気持ちも手伝って、早坂は小島に対して素直に謝る。すると小島は顔を真っ赤にして一歩退いた。その反応の意味が分からず早坂は首をかしげる。


「どうしたの?」

「いや、なんでも、ない」


 顔を抑えて落ち着こうとしているのが早坂にも伝わり、関わるのも悪いと試合に視線を戻す。サーブ権が相手に移り、攻撃されていた。一瞬で攻守が入れ替わっていくスピーディな展開。全道まで来ると一回戦からハイレベルだと早坂は思った。自分が経験した昨日の試合も含めて、一試合終えるたびに強くなっている気がする。


「吉田と相沢。あいつらもどこまで強くなるかな」


 復活したのか、小島はいつしか早坂の傍にやってきていた。隣で同じように武達の試合を見下ろしている。


「今はダブルスとシングルスに別れてるけど、高校になれば両方に出場が解禁になるからな。どっちも手ごたえのあるライバルになるよ」

「今の小島……なら勝てる?」

「わからん」


 早坂には小島が即答したことが意外だった。もっと堂々と自分が勝てると言うかと思っていたからだ。しかし小島は少し笑うと続けて言う。


「もちろん、今は勝てると思う。学年別でも、吉田に勝った時は余力があったしな。でも、今後はどうか分からない。ワンステージ上の世界に飛び出して、一気に才能が開花するってことはあるしな」


 最初は吉田のことを言っていたのだろうが、途中で武に変わったことを早坂は見抜いていた。早坂にもそれは十二分に理解できた。市内だけでも少しずつ前に出ただけでめきめきと力をつけていったのだから。


「私ももっと強くなる。小島も、もっと強くなって?」

「そしたら付き合ってくれる?」

「今よりも考える度合いは強くなるかもね」


 自分の思いを自覚しても、小島の好意は嫌いではなかった。だからこそ応援したくなる。


「早坂が応援してくれれば、いくらでも強くなってやるよ」


 そう言って、小島は早坂から離れていった。

 再び一人になった早坂は武達の試合へと視線を戻す。少し離れただけで得点は5対0。武達が一方的にリードしかけている。吉田のサーブによって打ち上げざるを得ない相手に対して、武が容赦なくスマッシュを打ち込み。第一ゲームも、おそらくは途中で挽回するつもりだったに違いない。その気配は早坂からも分かったのだからじかに触れている武達にも分かっただろう。それでも力で押していき、第一ゲームをもぎ取った。流れは間違いなく武達に来ている。


(それだけじゃない。悪い流れを自分達で断ち切る力も付いてきた)


 試合の中に存在する『流れ』

 それは試合をしている選手達それぞれに訪れる。

 一方的に点数を取っているように見える試合でも、それは来た流れを的確に捉えたか捉えそこなったかの違いだ。

 あるいは、相手が掴んだ流れを一気に断ち切ったか。


「らっ」


 杉本の放ったスマッシュが武のバックサイドに決まりかける。ぎりぎりラケットを伸ばして届かせたが、シャトルは甘くネット前に上がった。絶好球に竹原が飛び込んでプッシュを打つ。吉田の傍に打てば取られると思ったのか、完全に逆方向へと。


「うおら!」


 しかしシャトルが向かう先には武が既にラケットを振りかぶっている。いくら速くても軌道が分かれば打てる。武は勢い良くラケットを振り切った。シャトルは完全に打ち返されて相手コートの後ろへ飛んでいく。攻撃的ではないが、十分体勢を整えられるくらいの高さまで上がったロブ。杉本が追いついてスマッシュを打った頃にはもう武と吉田には隙がない。

 吉田の真正面に放たれたシャトルもクロスヘアピンで返され、打ち返しても吉田が瞬間的にジャンプして叩き落した。


(今のも、プッシュを決められていたら相手が流れに乗るところだった。でも武が粘ってラリーを乗り切って、逆に吉田が断ち切る。どちらが攻撃専門とかじゃない。二人して、最初劣っていた部分を延ばしてるんだ)


 武は防御。吉田は攻撃力が足りなかった。しかし、今はどちらも高いレベルになっている。ダブルスを組んで互いに切磋琢磨した結果、長所よりも短所が伸びたのだ。


「頑張って、相沢。絶対勝ち進んで」


 直接でなければこうして口からすんなりと出る。少しだけ寂しさを感じながら、早坂は試合を見続けた。


 全道ジュニア大会二日目。

 吉田相沢組。

 一回戦、突破。

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