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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
147/365

第147話

 全道大会二日目。

 武は目を覚ましてからまず時計を確認した。時刻は六時半。七時に食事。八時には移動という予定からすればちょうど良いといったところだろう。一日目は準備が遅れて合流したこともあって不安があったが、杞憂に終わったらしい。


(いや、当たり前かもな)


 シングルスだけだった初日と異なり、今日はいよいよ武自身が試合をする。吉田と組んで、そして自分のバドミントン人生で初めての全道大会。未知の強敵との対戦は市内で勝ち抜くのとは全く違う次元になるだろう。

 どの相手も地区の最低三位。自分の地区で言えば川瀬や須永達が最低ライン。元々気を抜くということはなかったが、改めて気を引き締めようと武は深呼吸をする。窓を開け、ゆっくりと朝の空気を体内に取り入れる。夜の間に溜まった淀んだ空気と入れ替えた。


「ふぅ、寒い」


 自分で行動した結果だが、冬の空気は綺麗だが冷たい。一度大きくくしゃみをしてから服を着替える。心は自然と落ち着いていた。一回戦で負ける可能性は十分あるということも頭では分かっているが、武には現実味がないことのように思えた。吉田と組んで負ける光景を想像することが出来ない。


「今日、ベスト8まで勝ち進めば、第一シードと明日当たる」


 そしてその後は橘空人、海人と当たる。

 金田と笠井が敗れた相手。しかし武と吉田が彼らに後継者として選ばれた。勝ったとは思えないほどの接戦。その決着をつけるために、橘兄弟は武達に正に「挑んでくる」

 その思いに応えることが武に出来る唯一のこと。


「まずはベスト8を勝ち抜くぞ!」


 自分に気合を入れるために頬を張る。衝撃に一瞬意識が揺らめくが、持ち直した頃には服の着替えを終えていた。


「おーい、起きてるか?」


 ノックと共に聞こえる声は吉田だった。前日のことを考えてわざわざ起こしに来たのかとそのマメな態度に感心して、すぐに思いなおした。


(考えてみれば、今日、俺が遅刻したら吉田のほうが困るもんな)


 考えてばかりで返事をしなかったからか再度叩かれるドア。武は返事をしながらドアへと向かう。開け放てばそこには吉田。いつも見慣れている顔がある。


「今日は大丈夫そうだな」

「なんとかな」


 お互い笑いあい、右手を中空であわせる。

 小気味良い音と共に互いに気合を充填させるように。

 食事を食べ終えた後は特に時間が押すこともなく、時間通りにタクシーに乗り込んだ武達は会場へと向かう。天候はあまりよくなく、雪がちらほらと降り始めていた。バドミントンは室内競技であり、関係ないといえばそれまでだが、折角なら晴れている空の下にある体育館で試合をやりたいと武は思う。


「晴れないかな」

「俺は晴れてないほうが好きだな」


 隣に座る吉田の言葉に武は何故かと問いかける。吉田は窓の外を見ながら呟いた。


「天気悪いほうがなんか、体育館の中に意識が集中するって言うか。晴れてるとずっと遠くまで何か飛んでいくみたいな感じがしてな」

「ふーん……よくわからん」

「俺もなんとなくだよ」


 吉田はそこで会話を打ち切って外を見る。武も確かに雪は好きで、反対側の窓から外を見ていた。一見すると仲が悪く見えてしまうだろうが、同じように雪が好きで外を見るという点では似通っている。


(良く分からんが、何となく分かる気もする)


 雪は音や色を閉じ込める。周囲の温度さえも。

 その中で聞こえるのは自分の息遣い。感じるものは体温だ。確かに吉田の言うとおり、自分の内に何もかもが吸収されて、集中出来る気がする。


「なるほどね」


 呟きは吉田に届いたとは思えない。タクシーは雪の中を静かに進み、やがて体育館へとたどり着いた。時間通り。遅れることはなく、ホテルから一緒に出たタクシーも到着し、仲間達が次々と降りてくる。

 今日試合がある川瀬と須永。そして安西と岩代。女子も三組が降りてくる。六人とも顔は分かるが名前を把握していない武には声をかけられる相手ではない。だからこそ、安西達に向ける。


「今日はお互い頑張ろうな」


 応えたのは安西だった。


「ああ。川瀬、須永。お前らもな!」


 安西の言葉に二人が頷く。いつになく感情が見え隠れする二人に武もいぶかしげに視線を送った。その後で安西に向けて囁く。


「なあ、あいつらも緊張してるのかな?」

「そりゃしてるだろ。あいつらも。もちろん俺らも全道大会での試合っていうのは初めてだからな」


 そう言う安西の言葉尻もどこか浮ついている。緊張している証拠か。それを認識すると武も体の奥底から何かが迫ってくるように思えた。

 自分に気合を入れるために両頬を挟み込むように張る武。鋭く「よし」と呟くと、ちょうど時間となったのか体育館のドアが開く。それを待っていたというようになだれ込む他校の選手達を見ながら、武も吉田に向けて言う。


「よっしゃ。行くか」

「今日も宜しくな、相棒」

「任せとけ!」


 言い切ってから武は思う。

 任せとけと言えるほどに自分は強くなったのか。強くあれるのか。

 地区で一位という成績はけして軽い成績ではない。楽に勝てることはなかった。安西と岩代は間違いなく強かったし、強い相手に勝てたことで自信も付いた。

 だがそれは、地区内だけのこと。

 シングルスでも全国区の力を見せ付けられた。ならば、ダブルスでも自分の打ち勝ってきた相手が小さく見えるほど強い相手がいるかもしれない。その時、自分はどうあるのか。杉田のようになすすべもなく敗れるのか。


(いや、そんなこと考えることじゃないな)


 隣を歩く吉田を見る。

 自分だけの力でダブルスは成り立たない。パートナーの力があってこそ、ダブルス。そして、ダブルスは個人の力を二倍にも三倍にも高められる。


(二人で、乗り越える)


 ベスト8で第一シードとぶつかる。そのためには、まず今日は二回勝たなければならない。遠くを見ていては足元につまずくことは明白だ。ならばこそ、一戦一戦を大事にしていくだけ。

 体育館に入る頃には覚悟が決まっていた。もう揺らぐことはない。

 中に入ると既に熱気が伝わってくる。武達と同じく、一日目のシングルスを見ていてはやる気持ちを抑えていたのだろう。武も素早くバドミントンシューズに履き替えると自分達の待機場所に向かった。


「お、相沢」


 階段を昇った先にいたのは西村だった。二階のフロアで準備運動をしていたのか額に軽い汗をかいている。傍には見たことがない男。ビンと来るものがあって、武は思わず呟いた。


「山本、龍?」

「知られてるようですね。どうも。山本です」


 その男、山本龍は武に向けて手を差し出してくる。反射的に手を差し出してみた武は、驚きを隠せなかった。


「ああ、驚くだろ。凄い右腕」

「鍛えるの好きでして」


 まるで岩でも握っているかのように固い。

 感触に驚いて何も話せない武を見て、山本は手を引いた。離されたことにようやく意識を取り戻したかのごとく武は目の焦点を山本へと合わせる。


「スマッシュ、凄く強そうだよね」


 武は咄嗟に思ったことを口走る。聞き手を鍛えていることすなわちスマッシュ力の強化。そう瞬間的に思っても仕方がないこと。しかし、山本は首を横に振る。


「いや。スマッシュなら相沢君のほうが速いよ、多分」


 山本の顔に謙遜は見えない。事実をただ伝えているというように武には思えた。それが不思議だったために問いただしたい感情を抑えきれずに山本を見たのだろう。苦笑しつつ、山本は答える。


「本当のことさ。俺のスマッシュはそこまで速くない。こうして鍛えているのは別のことのためです」


 別のこと、というのが気になったが、後ろから仲間達が追いついてきたことで会話は中断する。西村も潮時と感じたのだろう。階段を昇ってくる吉田の元に向かい、脚を止めさせる。


「よう、吉田」

「西村は、調子良さそうだな」

「おう、バリバリだね」


 二人の会話に耳を傾けている間に山本は離れて準備運動の続きを始めていた。聞きそびれた形になるが、聞いても簡単に教えるとは思えないと武は割り切る。


(試合を見てれば、わかるか……あとは、実際に当たるか)


 試合でぶつかるには決勝まで行くしかない。そのためには第一シードを倒すしかなく、そのためには今日の一回戦と二回戦を勝ち抜く。

 綺麗に道筋が改めて目の前に展開される。山本に一度頭を軽く下げて、フロアへと入った。

 先に自分達の位置取りをすませた他地区代表のプレイヤー達は既に準備運動の基礎打ちを開始している。武も昨日荷物を置いていた場所にラケットバックを置くと、すぐさまラケットを取り出して吉田へと呼びかけた。


「おっしゃ、基礎打ち行こう」

「その前にミーティングだ」

「は、はい」


 武の動きを止めたのは庄司だった。安西達も軽く笑いながら武と庄司のやり取りを見ている。すでにラケットはバックから抜いていたが。


「今日のダブルス。昨日のシングルスに出場した選手達が率先してラインズマンなどしてほしい。自分達を応援してくれたダブルス選手に同じように接するように。勝った者も負けた者もだ」


 昨日と今日で違うこと。それはシングルスではすでに勝者と敗者が別れてしまったことだ。


「他の試合を見ることも勉強だが、何よりも大事なのは、勝ち負けなど関係なく仲間の応援をすることだ。地元に帰ればお前達は別の中学だが、同じ地区からの代表者であり、仲間だ。だからこそ、今はお互いを支えあって欲しい」


 庄司の言葉に耳を傾けていた武達は一斉に頷く。その言葉は試合前にアドバイスを送る際よりも真に迫っているような気がしていたからだ。何よりも大事だと言わんばかりに。


(今は良く分からないけど、後で分かるようになるのかな)


 そこから軽く今日の進行を確認し、武と吉田はフロアへと降りた。一回目では回ってこないが、その一巡目を終えればそこに割り込まれるだろう。シャトルを打って軽く汗を流すくらいならば廊下でも出来るが、ネットを挟んでドロップやスマッシュの感触を掴む必要がある。

 駆け足で開いているコートにたどり着いた武と吉田はすぐさま両側に別れて、シャトルを打ち上げる。特に何を打つとは話していないが、練習の順番通りと踏んでその場に腰を落とす。読みどおり、ドロップでシャトルがネット前に落ちていく。武はバックハンドでシャトルを跳ね上げ、今日の調子を確認していく。

 何度か同じようにやり取りをするうちに、じわりと汗が出てくる。

 武はシャトルを跳ね上げるインパクトの感触から、今日の調子はかなり良いと自覚した。


(今日は……なんか、凄い。良いショットが打てそうだ)

「交代!」


 吉田がそう言ってドロップを放ってくる。武は意図を理解して、ロブを上げずにヘアピンでネット前に打ち返した。それから後ろに飛ぶように離れていく。吉田は前に詰めて、今度はロブを飛ばした。武がドロップで吉田の前にシャトルが落ちていく。その軌道も今まで以上に鋭く、吉田のロブが後ろに届かない。前に移動してドロップを打っても、ネットぎりぎりに落ちることが続く。そのことがまた、武に自信をつけさせる。


(出来ればこの調子が最後まで続いて欲しいけど、な!)


 勢いをつけてラケットを振る。フェイントをかねてのラケットの振りでも、シャトルはまたぎりぎりに落ちていく。

 その後、スマッシュとハイクリアをお互いに打ち合ったところで時間となり、フロアを出た。


 バドミントンジュニア全道大会二日目。

 ダブルス、開始。


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